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終黎 創愛 side
視察列車、囮作戦③ ─創愛視点─
しおりを挟む目が覚めると、そこは病室だった。
どうやら、あの後気を失ってしまっていたらしいと、ぼやけた頭で考えているとズキンッと傷みを感じた。
「創愛…、来幸を心配……してる?」
「そりゃあ同じ仲間だからな?怪異討伐する。みんなのことだって心配さ。さっ!ちゃっちゃと片付けようぜ?」
「うん……。でも、その前に……」
その来幸の暗い声に反応して、後ろを振り返る。すると、そこには【毒酒の女帝】の毒液にまみれた来幸が、創愛の肩にしがみついていた。
顔は強酸の毒で半分爛れ、腰より下は溶解して骨すら残っていない状態の"来幸"が、苦しみ悶える表情で語りかけてくる。
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎──「どうして、見捨てたの?」
︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎︎ ︎︎──「痛かった…」
︎︎ ︎︎ ───「辛かった…」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ───「寂しかった…」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ──「助けて欲しかった…」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎──「本当は…」
︎ ︎ ︎ ︎────「変わって欲しかった…」
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎━━━この…裏切り者…ッッ!!━━━
「うわあぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあ────────っ!!!!!!」
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ベッドから飛び跳ね起きて、部屋の隅っ子に四足歩行にながら、激突する勢いで一目散に向かい両耳を塞いだ。
「は、創愛はんっ!?起きはったか?って…………?」
「あたしは……悪くない。あたしは……悪くない。あたしは……悪くない。あたしは……。だって……」
激しい恐怖に襲われて苦しむ創愛は、小言のように受け入れない現実から、目を背けることに集中するしか出来なった。
来幸の死。それを間近に居た創愛は、受け入れなくてはならないことは分かっていた。あの時、助けられたかもしれないそれを振り切って、列車に居る総司達のもとへ向かって走った。それが正しかったと、言えるものも居なければ間違っていると言えるものも居なかった。
「あかんか……、先生……。また鎮静剤……頼んます……」
蘇鉄がそう言うと、病室の中へ入ってきた医療班に取り押さえられて、鎮静剤を打たれて眠りに落ちる創愛。ベッドに寝かせて、身体を固定する。
こんなことが、もう三日も続いていた。
安静になったところに、ドアを開ける音が聞こえた。蘇鉄は、人が入ってきたことに見向きもせず、寝たきりの創愛を看ている視線を逸らさずに、声を尖らせて口を開いた。
「そんで、あんさんは今まで何処に行っとんたんや?」
「────。」
「けっ!答えられへんかいな?どいつもこいつも、ショック受けるんは分かるけどな?人の話、聞かへん阿呆ばっかりじゃ」
「…………悪ぃ。あたい、さ……」
怒りで、背筋を震わせている蘇鉄の隣に座る代伊伽。【視察列車、囮作戦】で、自身の目の前に現れた怪異を探し回っていたことを話し、あれ以来から忽然と姿を消したアリス局長の捜索は、難航していることを伝えた。
「ほんに、ワシらのクライアント自ら蒸発。そのせいで噂零課は今回の作戦失敗の責任者不在により、待機命令や。何が、怪異を扱うスペシャリストなんやかな?視察に乗っとったお偉いさん方にも例の記憶消去装置で怪異の記憶だけ上手いこと消して、冗談と推薦の票は勝ち取ったもんやから」
「ああ。凡浦 須羽侶……、怪異ハンターの中でアリスの次に偉いあいつが今後は指揮するって言ってたな……」
結局、居なくなれば居なくなるで、他の誰かがその後を引き継いで組織は動いていく。誰からも称賛されないこの噂零課でも、その組織体制は変わらなかった。
途方に暮れるなか、創愛が目を覚ました。鎮静剤が効いているおかげで、今度はヒステリックを起こさないが、それでも怯えながらゆっくりと起き上がって言った。
「蘇鉄……、代伊伽……。ごめん……、来幸のやつ……あたし、助けられなかった」
「────。悪ぃ、ちと席外すわ」
「ほんに、どいつもこいつもッ!!好きにしたらええっ!!せやけど、あんさんはこっち来い」
病室を出ていく代伊伽に続いて、創愛を引き摺って病室から連れ出す。向かった先は、重傷者の集中治療室。そこには、人工呼吸器を付けてベッドに横たわる総司と麗由の姿があった。
「総司、きゅん?ヒマワリ……ちゃん?なんで?」
「総司はんは作戦で負った傷が酷かったから。そんで、妹はんの方は撤退後にアリスの阿呆が姿くらましよってな?隠れ家にしていたっちゅう研究所に向かった際に、ワシらが打った注射を使いよってな……。既に身体に居た怪異と反発反応起こして、あのとおりや」
創愛はガラス張りの壁になだれ込むように、その場に崩れた。
自分が恐怖に怯えている間に、本来護りたかったものであった幼馴染みが、命の危機に瀕していること。それを目の当たりにして、心に激しい傷みを与えてきた。
悲しみや悔しさのあまりに、生暖かい涙が零れた。その色は墨汁が混ざったのかという程、漆黒の色をしていた。それを見て、思い出した。創愛はあの時、セミラミスの誘惑に飲まれかけたことで、この体が刻一刻と怪異化の深刻化が、進んでいるということに───。
「そうか……、あたし……。もうすぐで怪異になるんだっけ?」
「はぁ?そんなん初耳やで?……ってのは嘘や」
「っ!?……へ?」
泣きべそのまま隣に立って、手を差し伸べる蘇鉄を見上げた。すると、蘇鉄は怒りの表情を浮かべながら肩を掴み上げて、また腕を引っ張って集中治療室から連れ出した。
「もう我慢ならんわ!!ええか?あん時、ワシの話最後まで聞かんかったことも……。今そうやってウジウジしてんのも許したるわ。せやから言うで?まず、あんさんの怪異化は単に今さらになって毒の効果が起きとるだけや」
「なん、だよ……それ……?」
聞き返してきた創愛。蘇鉄は引く手を止めずに説明する。
本来、【毒酒の女帝】がアリスに渡した血毒で生成した毒液は、体内に居る怪異を強制的に目覚めさせるものであった。しかし、一つの毒液だけでは効かなかった創愛は、複数回注射を打たれても反応が出なかった。そして、そのまま自身の怪異【終焉の秒針】を手に、怪異との闘いに身を投じていたため、毒による反応は迎えていなかったのだ。
「遅れて出ただけってことは、お前らも?」
「ああ、ぎょうさん出ましたって。ほんで、もう1つ伝えることがある。まぁ、この部屋に入れ。ワシの口から説明するより、その方がはよ伝わるやろうし」
そう言って、蘇鉄は黒いカーテンで閉ざされた部屋に創愛を押し込めた。ドアを閉めて、後は1人で行けと目配せして廊下から姿を消した。
入れられた部屋は視聴覚室だった。薄らと光る明かりを手掛かりに中の様子を見ると、中央のテーブルにCDケースが置かれており、中には映像ディスクが入っていた。
「────ッ!?」
創愛は目を見開いた。そこにあったケースに書かれていたものに、驚きを隠せずにいた。
ケースには、間違えなく来幸の手書きの字で、《創愛へ》と書かれていた。筆記テストの丸つけで、隣の席だった時に見た字を覚えていた創愛には、間違えようのないものだった。
固唾を呑んで、近くに置いてあったPCにディスクを挿入し、映像を再生した。
『…………。ん?これ…映ってる?』
来幸が映像に映る。
『創愛…。これを観ている時…、恐らく…来幸はもう居ない……と思う』
その映像の中に真実はあった。創愛はそれを知って、涙が止まらなかった。
────────
嘘…ついちゃって、ごめん。
来幸の力は…、他人の未来を見通す…違う。
来幸の怪異……、来幸が生きる未来…映した。
だけど…そこに創愛達は居ない。
来幸…それ、嫌だった。
それから……幾つもの未来…観た。
どれも、創愛だけ…居なかった。
探した末に、真理を見付けた。
■■■だけじゃない。
□□□も必要……。
来幸、信じてる。
創愛なら……見つけられるって…。
最後に……
━━ みんなと仲良く...来幸の居ない未来を...お願い...出来る? ━━
────────
映像はそこで停まった。続きはない。
創愛は、来幸が何故自分を助けずに走り続けて欲しいと言っていたのか、ようやく理解することが出来た。蘇鉄からの説明もあわせると、来幸に未来予知の力はなく、来幸が直前の死を回避することが出来るものであったのだ。断片的な未来を霧の中に見ることが、来幸の持っていた怪異の能力だったのだ。
しかし、来幸は誰も失いたくないと思い、霧の中に観た未来を変えようと必死に一人で考えていた。例え、それが自分自身が死ぬこととなる結末であったとしても───。
「ひっぐ、────だ、だったら……。自分1人で考えようとすんなよ……、あたしら────仲間だろうが……来幸」
モニター上でぶっきらぼうに笑顔を作って、停止している来幸に向かって、返ってくることのないダメ出しをする。
そして、袖で涙を脱ぐって鼻をすすりながら、立ち上がって言った。
「……ああ、分かったよ来幸。あいつらの仲良くする。そんでもって、もう迷わないからよっ!!お前の生命を奪ったあの毒使いの怪異、倒しに行ってくるぜ」
ドアを蹴破り、病室に戻って荷物をまとめ始めた。看護婦が止めに来るが、身体はとっくに元気なんだと静止を振り切って、病室を飛び出した。その足で集中治療室へと向かい、再び総司と麗由の眠る部屋の前に立った。
「総司きゅん、ヒマワリちゃん。すまなかった。あたし、大事なものなくすとこだったよ」
「はぁ、はぁ、はぁ……。はじ、め…さん」
「ヒマワリちゃん、待ってろ。その毒は持ち主を倒せば効き目がなくなるって蘇鉄に調べてもらったからよ」
麗由の手を握ってそう告げ、病院の駐車場へと向かった。
駐車場に出ると、車の前に蘇鉄が立っていた。手を振ってこっちこっちと、合図するその横に代伊伽が俯いて待っていた。
すると、代伊伽の方を向いて歩きながら、指を鳴らしてラグナロッカーを手に取り、代伊伽の喉元に切っ先を向けた。それを見た蘇鉄はなんやなんやと、目を丸くして驚いていたが、代伊伽もまた手にロッドを携えて創愛を睨んでいた。
「カチコミに行く前に、スッキリさせとかねぇとだろ?」
「……ああ。あたいと、勝負しろ────創愛」
「そういうことで、蘇鉄?ちょっとガチ目の喧嘩───してっくからよ?コインでも磨いて待っててくんない?」
笑顔で蘇鉄に留守番を頼んで真剣な顔に戻ると、創愛と代伊伽は開けた平地の方へと向かうのであった。
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