【完】意味が分かったとしても意味のない話 外伝〜噂零課の忘却ログ〜

韋虹姫 響華

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終黎 創愛 side

秤にかける想い

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 □■□■□■□■□


真っ暗だ────。


何にも見えねぇ────。


『代伊伽……?』


声────?


『何してるんだ……?代伊伽、……代伊伽っ!!』


憐都れんと────?それに、寄凪よりな────?


「ちょっとママ?何ボーッとしてんのさ?」
「あ?あー、わりぃわりぃ。ちょっと考え事しててさ……」

そうだ。

あたいには家族がいる。

ついさっきまで夢を見ていたような気がする。

どんな夢だったかまでは覚えていないけど、家族と離れ離れになる夢だ。

そこで、ひたすら強くなってバケモノどもと、戦い続ける非日常的な生活を送っていた。

 だけど、そんなことは有り得ない。

「代伊伽……」
「おっ……憐都……///」

 隣に来てくれた旦那──、憐都と口付けを交わす。舌を絡ませてするキス。もう時期する娘が傍で、見ているのもお構い無しに互いの酸素を交換するように続ける。


甘い───、脳が溶けそう───、ずっと───。


 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎──こんな幸せが傍にあったんだ──


「ねぇママ?アタシは別にいいんだけど……、お客さん……待たせてるよ?」
「んぱぁ……、ん?お客、さん?」
「…………………」

 寄凪が指さす玄関に立っているのは、灰色の髪の毛に灰色のパーカー。殆どが灰色を基調とした格好をした少女。
 でもなんだろうか。この女のことを───。


あたいは知っている気がする────。


誰だ?なんかとてつもなく、気がする────。


名前は────?


霧谷きりがや 来幸ここ……。でも…そんなこと……どうでもいい、でしょう…?代伊伽……続けるよ……」
「ぁ……、ぁぁ……?」

 最愛の人からの強引な接吻。嫌ではない。寧ろ、強引に求められて嬉しいまである。舌を遊ばせるように回し入れてくる。
 こんなテクで悦ばされたことなんて、あっただろうか。


現実────?


駄目だ───。


駄目だ──。


駄目だ─、駄目だ──、駄目だ───、駄目だ────。


「んっ!?来幸っ!!にぃ…………!?」
「何処に行く?僕は代伊伽が欲しい。君の心も体も、僕の───喜久汰きくた 憐都れんとの物だろ?支配される悦びを知って寄凪を孕んで産んだんじゃないか」
「離せっ!!てめぇはあたいの旦那じゃねぇ!あたいはこんな形で、家族との再会を果たしてきたんじゃねぇ!この手で、平穏を勝ち取って帰るって決めたんだっ!!だから────来幸っ!!!!」

 この夢とも幻ともつかない空間でただ一つのへと手を伸ばす。それは、度重なる非日常的な日々で起きた戦友との死別。


そうだ、もうこの世界に来幸はいねぇ────。


それでも────。


「あいつの想いを背負って生きているあたいらが居るッッ!!」
「でも無理だ。君じゃあの怪異は倒せない。だから僕が愛してあげるよ。この君の夢の中で、いつまでもどこまでも。惚れて一生を誓った僕となら、君も幸せだろ?」
「黙れっ!!憐都はなぁ、あたいが子どもを持ちてぇって。寄凪を産みてぇんだって言った時、ずっと反対してたんだよっ!!それでもあたいは、憐都と生きた証として寄凪を産むこと決心したんだッッ!!」

 "憐都"の顔面を蹴って引き離して、来幸が立っている玄関の方へひた走る。途中、"寄凪"にも腕を掴まれて動きが鈍くなるが、振り向かず。振り返らず、ただ目の前の来幸に手を伸ばして歩み続けた。


───んだよ?普段、あれだけ心臓バクバクさせってから旦那の奴隷にでもされてるのかと思ったのによぉ?なんて、純愛だよそらぁ。


 聞いたことがあるようで、一度も聞いたことがない声が聞こえた。
 すると、目の前の玄関と来幸がホログラムのように崩れ去り、"憐都"と"寄凪"も同様に崩れ去った。


 □■□■□■□■□


 目を開くと、そこには大きな門があった。代伊伽の目の前に聳え立つ、その門以外にはモヤがかかったかのように、何も見えない闇が存在しているだけだった。

「よぉ憑代♪クッヒャッヒャッ♪」
「なっ!?誰だてめぇ?」
「俺様かぁ?俺様は【死の商人】。あんたの身体に巣食う……あいや、借りぐらししている怪異さ。クッヒャッヒャッ♪」

 骸骨が頭陀袋と籠を背負って笑っていた。その指には、それぞれに指輪をはめて翳しては、その輝きに酔いしれている様子を見せていた。
 代伊伽は名前を聞いて、自身の怪異であることを知り一安心した。しかし、何故今まで姿をはっきりと見ることのなかった自身の怪異が、わざわざ偽りの家族と戦死した来幸の幻まで見せてきたのかを尋ねた。

「いやぁそらぁよぉ?あんた、見事に【胡蝶の夢】だかって怪異にやれちまっただろ?だから、別れを惜しんで追悼ってやつだよカーヒャッヒャッヒャッ♪…………んでも~、俺様。あの女だけは呼んでねぇぜ?何ってたって俺様の能力はあくまでもあんたの記憶の中で奴しか登場させられないからなぁ?ア───ヒャッヒャッヒャッヒャァァ!!!!」

 癖のある、下手打てばただ不愉快な笑いを投げつつ【死の商人】は、代伊伽の後ろを指さした。
 代伊伽は仕方なく、指さされた方に体を向けると、そこには来幸が立っていた。すると、来幸はゆっくりと代伊伽の方へと歩き、代伊伽の前で立ち止まってニコッと笑って言った。

「代伊伽……、ここから……」
「は?ここからって何かがだぁ?」
「代伊伽……まだその身体に、怪異…宿して…ない」
「宿してないって、あたいにはコイツが……?」

 【死の商人】の方を振り返ると、人差し指を横に振って「チッチッチッ……」と舌もないだろうに、音を立てていた。
 代伊伽の隣に来幸が立ち、【死の商人】に今こそをするように迫った。すると、【死の商人】は頭陀袋から秤を取り出して、地面の上に置きその場に胡座をかいた。それを見届けた来幸は、代伊伽の肩に手を置き言った。

「この秤に何を賭けるか……それは、代伊伽……次第……」
「あたい次第っておいっ!…………っ!?」
「どうやら、それだけを伝えたかったらしいな?律儀な死者も居たもんだ……クゥ~~ヒャッヒャッヒャッ♪」

 振り向いた方向には、既に来幸の姿はなく、代伊伽と【死の商人】だけが門の前に残された。そして、【死の商人】は説明を始めた。

 この空間は地獄。代伊伽はこれまで、セミラミスの毒血を注射された時から、体内に怪異は存在していなかった。そのままでは、毒で死滅する身体に【死の商人】が仮契約を強制的に結んで、命を取り留めていたのだ。
 その後も代伊伽は、一時的に【死の商人】の力を限定的に発揮して、戦っていただけに過ぎず、これまで一度も怪異の力を行使したことはなかったのだと【死の商人】は、代伊伽の馬鹿正直さを嗤うように言った。

「つまりあたいは、だけで創愛と何度も戦ってたってのか?勝てもしねぇ組み手をずっと続けてたって?────んでもよ?ここへ来る前、あたいはあいつに勝ったぜ?」
「だから、計算違いが起きたってことさなぁ♪クゥフフフ……♪」
「勿体つけずに言えよテメェ!?」
「まぁ……要はあれだ。適正のなかったあんたは思い込みでになったっつーことさね♪今のあんたなら、俺様と本契約が出来る。無論、あんな少し空が飛べる程度のヘボい怪異なんざ瞬殺出来ると豪語しようじゃないか♪」

 【死の商人】は、秤の根元を人差し指でコツコツと叩いて逆の手を差し出して、物を置けと合図した。すると、代伊伽から見て右側に秤は傾いた。
 そして、【死の商人】は、この傾きは既に死んでいる代伊伽の地獄行き確定を意味していると、説明した。この秤を覆すだけの対価を差し出せば、地獄行きは免れ天国へと送られるとも言った。
 しかし、それでは本契約とは何かという話になる。死が確定しているということは、結局現実の代伊伽は【胡蝶の夢】に殺されたことに変わりはなく、今更【死の商人】を身体に取り込まえても、遅過ぎる契約になるのではと疑問に思って口にした。
 すると、【死の商人】からは「死人に口なしだな」と、質問に答える気はないと言って、代伊伽を見つめていた。

「さぁ、何を差し出すんだぁ?どれでもいいぞ?天国に行って愛する家族との再会に賭けるのも一興だろ?安心しな♪ここで秤がこのままなら、あんたは死んで家族もあの怪異に殺される。天国にお前が行くことになったら、現実の身体を俺様が使ってあんたの家族は俺様が守ってやるぜ」
「もうどの道助からねぇってんなら。あたいは────…………」

 次の瞬間、代伊伽が秤にかけるものを口にした時、目のない骸骨の目が飛び出しのかというほどの、リアクションを【死の商人】は見せていた。


 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎━━━家族のを秤にかける━━━


 その代伊伽の出した対価は、自身の地獄行きと同じ重さを保ち秤は均等になった。すると、【死の商人】は今まで秤が均等になった事などなかったと、満足そうに腹を抱えて笑った。ジタバタと骨の脚を地面に何度も叩き付けてひとしきり笑った後に、何故家族の死後を差し出したのかを問う。

「おめぇの口車は信用出来ねぇから。なら、死んで地獄で再会することは確定するこの選択で充分だ。ほら……あたいの身体使えよ。【胡蝶の夢】から、あたいの夢を守ってくれ。約束だろ?」
「いいや、気が変わった。そもそも俺様は秤がどちらかに傾いた時の条件しか口にしてないぜ?イ~~ヒッヒッヒッ♪」

 やはりそういう手口かと、胸ぐらを掴む代伊伽であったが、黒い煙となって消えた【死の商人】は、代伊伽の後ろに回り込んでいた。そして、秤が均等になった場合の条件を口にした。

「こりゃあ、あの来幸って女の手の上でまんまと転がされたなぁ♪だが気に入ったぁ♪代伊伽……、あんたが俺様を使え。それで【胡蝶の夢】をこの秤にかけてやんなぁ♪面白いそうなことになったぁ♪」
「あたいがおめぇを使うったって、あたいはもう死んでんだろ?なら、この目の前の門……恐らく地獄の門なんだろうけどよ……」
「あ~、こりゃあ嘘だ♪地獄の門には俺様に斬られねぇと辿り着かねぇからなぁ♪キャハハハハハッ♪」

 【死の商人】の指鳴らしを合図に、硝子のように割れていく周囲の風景。そして、代伊伽は一人発電所の廃棄物置き場に捨てられている、自分の遺体の上を浮遊していた。

『時期に俺様のがそっちに向かうから、あんたは先に身体に戻ってな♪』
『戻るってどうやって?』
『今回は契約成立大サービスで《第三の心臓》って品物を使わせてやるよ♪あ、言っとくが何でなのかは俺様も知らねぇから聞かねぇでくれよぉ?クッヒャッヒャッヒャッ♪』

 名前の由来なんてどうだっていいと、代伊伽は自らの遺体に飛び込んだ。


 □■□■□■□■□


 突如、水色の光柱が立った。音を響かせて光柱は太く、より鮮明になっていくのを【胡蝶の夢】が振り返って目撃していた。

「?これは……!?」
「────。」
「ッ!?」

 目を見開いて驚愕している【胡蝶の夢】の前には、先程命を奪ったはずの代伊伽が、ゆっくりと歩いて向かってきていた。空かさず、ナイフを投げ飛ばすと避けもせずに、歩いてくる代伊伽の頬や横腹を掠めて傷を負わせていく。
 しかし、その後も避けもせずに向かってくる代伊伽に、気味悪さを感じた【胡蝶の夢】は両手にナイフを指の間に挟んで、走り出して斬りかかった。

「どのような手品を使ったのかは存じ上げませんが、今度は本当に苗床として生け捕りして差し上げましょう」
「出来るもんならな……。にしても────」

 手を翳してロッドを引き寄せて、ナイフを防ぐべく握りしめる代伊伽は、非常に落ち着いた対応で、攻撃を退けていた。
 踊るように攻撃を繰り出す【胡蝶の夢】の攻撃を、必死に受け止めていた生前とは違い、生き返った代伊伽にはそれに合わせて踊るように、捌き切ることが出来ていた。

「ッ!?何故、ここまで強く……!?」
「わりぃな……。さっきまでのあたいは、お前の言う【死の商人】デッドマイスターと契約すらしてなくてな。今しがた契約書にサインしてきたからよぉ」

 その静かな返答に合わせて、忍び寄る気配に振り向いたが────、時すでに遅し。
 高速に動くソイツは、【胡蝶の夢】の両脚を掠め取るように切り裂き、地に落ちる体から両肩を切断した。そのまま地面に転がる【胡蝶の夢】の目には、代伊伽の持つロッドに刃がくっつき、サイスとなった武器であった。

「死神の鎌……なんつってなぁ♪クッヒャッヒャッヒャッ♪そんでコイツが、その蝶々を振りまいてる【胡蝶の夢】だとかいうヘボ怪異かい?…………の割りには斬りごたえのありそうな奴だなぁ?グヒャヒャ♪」
「遅せぇんだけど?ともあれ、あたいの心臓も無事に動いているし、痛みもねぇってあたり、本当に生き返ったのかよく分かんねぇな……」
「何故、だ……」
「あん?」

 地面を這いずっている【胡蝶の夢】は、今の代伊伽からは家族との夢が感じ取れない。それどころか、迷っていたはずの心の動きすら見えないことに、不思議といった様子で見上げていた。
 すると、代伊伽の持つ【死の商人】デッドマイスターが問いかけてきた。

「それで?お前は地獄への対価に何を差し出せるんだぁ?」
「…………夢。……夢を……、貴女に……?私、なら……創愛あの女に勝たせてやれる。その、夢を……永遠に見せてあげられ、ます……」

 そんな夢は、もう既に叶っていると見下ろす代伊伽。手脚もない【胡蝶の夢】は、まるで幼虫のように地を這って代伊伽の足元を目指した。
 一方で、問いかけておいて差し出してきた対価が、能うものなのかの返答をしない【死の商人】デッドマイスターに、代伊伽はこの後どうするんだよと目配せをサイスの刃に送った。

「あんたが決めな」
「え?」
「こいつが地獄への情状酌量に出してきた、あんたの夢ってやつが、果たして地獄行きを回避出来るほどのものになるのか。あの秤が傾くことがあるのかは、これから先あんたのってことさなぁ……クッヒッヒッヒッ……♪」

 その言葉を聞いて、【死の商人】デッドマイスターの扱い方を完全に理解した代伊伽は息を深く吸った。そして、眼を開いてサイスを大きく振り被って、裁決を下した。

「情状酌量の余地なしッッ!!」
「応さッ!!」


━━問答無用、地獄行きィィィ!!!!


 代伊伽の裁決を聞いた【死の商人】デッドマイスターの叫び声を号令に、サイスが【胡蝶の夢】の中心を刺し貫いた。ぐしゃりと音を立て、身体を反り返えらせるほどの衝撃を身体に受けながら、【胡蝶の夢】は泡のように消えていった。
 振り降ろしたサイスを、肩の上に担ぐ代伊伽のその耳元で尚も不愉快な笑い声を上げてから、代伊伽に向けて語りかけた。

「俺様の見込んだ通りだぁ♪これからもよろしくな代伊伽♪キュヒヒヒ……♪」
「拾った生命だもんな。いいぜ、死神とだって相乗りしてやるさ……家族の為ならな」

 契約したこと。そこにかける想いは、尋常ではないということを言葉にして、今一度の確認に応じた。しかし、代伊伽は顔を赤らめて怒りを露わにする皺を寄せて、握りこぶしを作って言った。

「いくら契約したって言ってもな……?さっきから、あたいの胸揉んでんじゃねぇぞコラァ!?」
「いやぁ~、こんなにでっかい巨峰は俺様も初めて見たからよぉ?こいつ、下手したら俺様よりも重いんじゃないかぁ?」

 刃から細く伸びる影のような、複数の手を代伊伽の胸に向かって伸ばし、触って重さを確認している【死の商人】デッドマイスターの付け根部分をぶん殴った。痛みを感じたのか【死の商人】デッドマイスターは、涙を浮かべてロッドから離れてどこかへ飛び去って行った。
 また出番が来たら呼んでくれとだけ、言い残して姿を消したのであった。

 【胡蝶の夢】を無事に撃破したところへ、蘇鉄が走って向かってきた。息を切らして、発光体がこっちに飛来したのを確認して、やって来たと伝えるとこれまでの経緯を説明した。

「えぇ!?そんじゃ代伊伽はん、さっき1回死んだんかいな?そんで、実は今まで仮だった契約を改めて結んで【胡蝶の夢】を撃破しはったって?」
「だからそう言ってんじゃねぇかよ?心臓だってちゃんと動い────っ!?」
「ほんまやな?動いとるな?ん?聞ことるか?心臓の音?…………あいでっ!!??」

 ここにもが居たと、拳骨をお見舞いして引き離し、残すところは【毒酒の女帝】セミラミスのところに向かった創愛だけだと、二人は顔を見合わせた。

 休む間もなく、そのまま二人は蘇鉄の見た地中を目指して、突き抜けていった光の落ちたところから地下へと向かうのであった。
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