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【毒酒の女帝】 side
そして、収束の狭間にて
しおりを挟むそこには、真っ白な世界が広がっている。
あるのはただひたすらに、白だけが広がる空間と上空からどこを目指しているのか、まったく分からない銀色の鎖が無数に伸びているだけの光景だった。
「お~~~~いっ!!」
人を探している女性の叫び声がした。
仕方がないので、白い砂で築いた玉座から重い腰を起こして、声の主のもとへと向かうことにする。
しかし、思えば滑稽なことだ。こんな間の抜けた声で叫んでいる小娘を相手に、IFの世界とはいえ敗北した自分を観なくてはならないというのは。
時が流れているのかも感じられない、無風の虚空に向かってひっきりなしに叫び続ける小娘に、術式を込めた布陣から鎖を呼び出して飛ばした。するとどうだろうか、丸腰のくせに飛び避けると姿勢を落として、戦闘を始める気満々といった様子でこちらを睨んできた。
「っ!?セミラミス……?」
そうであった。何を思ったのかあの世界線の自分は、自身を【毒酒の女帝】などと呼称していた。もちろん、ネーミングセンスは疑いの余地なく、完璧な名前を付けたとは思うが───。断片的とはいえ、観ていて恥ずかしいものではあった。
このままでは、すぐにでも殴りかかって来そうな小娘を宥めることが、先決であるだろう。だが、困ったものだ。何せ、この小娘にとっては妾もまた、倒したはずの存在なわけなのだから。
「お主……、見事であったな。妾の置土産となったムウムを破壊することまでやってのけたのだからな?まぁ、妾の空中庭園は今も健在なのだが……」
「マ、マジかよ!?まさか……あんなもんが2台も3台もあるってのかぁ?」
しまった。
妾は、この小娘が生きていた世界を知らない故に、扱い方が分からないせいもあって、返って更なる誤解を招いてしまったようだ。
聞く耳を持たない顔付きになって、向かって来る小娘。正直に言って、妾は戦いに来たわけではないと困っていると、拳が突き出された間に割って入る小さな影があった。小娘の攻撃が、その影によって遮られた。
「お願い…。創愛、私達は…戦う意思は…ないの」
「なっ!?────来幸…?」
小娘の顔色が、突然変わった。
やはり、来幸とは仲が良いらしい。同じ人間であるのだから、無理もないことではあるし、この二人は確か───、高校時代の同級生とこちらではなっていた。
来幸が来てくれたお陰で、話がようやく進んだ。
これまでの終黎 創愛の闘いは、我々の知る世界の未来とは異なること。そして此処が、分岐した可能性が収束して創られた、鎖状世界と呼ばれる場所であること。
創愛は、それはそれはなんの事やらさっぱりといった顔で、何度も来幸に聞き返していた。ぶっちゃけた話というやつで、この空間に辿り着いたこと自体差ほどの意味はない。強いて言えば、この空間に小娘が迷い込むことになったのは、妾と来幸が送り届けたラグナロッカーの影響であると考えられるだろう。
「つまりなんだぁ?お前はあたしの知っている霧谷 来幸じゃなくて、そこに居るセミラミスもあたしがぶっ倒したセミラミスじゃない、と?それで、お前らは協力関係で自分達と同じ未来を辿らせないように、あれやこれやしていた……でもよ?それって────」
「私達は《分岐点》……。本来人は……《特異点》となる、存在を除いて……時間運行で……記憶を持ち続けること……出来ない」
「あ~、待ってくれ!その手の話は詳細に話されてもあたし、分かんないよ」
ご最もな返答だろう。実際、怪異である妾もこの来幸の話は腐るほど聞いたが、今でも半分程度しか理解は出来ていない。
宇宙には、時を越えて時代そのものに干渉する行動が許されているのは、《特異点》と呼ばれた存在なのだとか。しかし、《分岐点》はその例に含まれない。《分岐点》とは、数ある剪定された結末の中で、異質的に《特異点》に近い形で記憶を継承してしまう現象を指す。人はこれを予知夢や未来視などといった、何らかの形で確認することがあるとされているが、怪異である妾には縁遠い話であった。
来幸は、自身に秘めた怪異の力の性質上、通常よりもこの影響が受けやすかったらしく、交渉を持ちかけてきたことで、妾も協力することにした。結局、妾と来幸の世界では、凡浦 須羽呂の思惑どおりの世界になるのだが、インフェクター共がこれを利用し、怪異を使役した全面戦争で星諸共に、すべてが荒廃しきってしまった。
妾は、最後まで中立を保っていたことが災いして、死に損ないとなった。来幸もまた、自身の能力で災厄を回避し続けて、生き長らえていた。
「それで、何でこのラグナロッカーをお前が持っていたんだ?」
「託された…。創愛に…。『こいつを任せられるあたしを探せ』って……」
「あ~、そっちのあたしはお前に託して死んだのな……。なんか、呆れを通り越して納得って感じ……」
宇宙でも見つめているのかというほど、空虚な瞳で創愛は空から何処へと向かうか分からぬ鎖を、静かにジーッと見つめていた。
それに、妾は創愛を「お主」と呼び、来幸は自身の一人称を「来幸」ではなく、「私」と言っていることで、この創愛の知る妾達とは別の存在であるという認識は飲み込めたようだ。その証拠に、さっきまでの敵意はまったくなくなった。そして、今更になって自身の手に、ラグナロッカーが握られていることに驚きを示していた。
「お主のもとへと向かった最初の【終焉の秒針】は妾が模倣して造った贋作であった。来幸曰く、ラグナロッカーを託せるのはドゥームズデイを持って闘う終黎 創愛である必要が絶対条件だと」
「うん。ムウム…破壊出来るのは……2つの怪異を宿した、創愛だけ…」
「そんなの、他にいくらでも居たんじゃねぇの?」
見当も解釈も、我々とは違っていた。
このどの道、数奇な運命が最悪なものである事象の原因が、そこにあったというのだから。
終黎 創愛という人間は、【終焉の秒針】か【最後の審判】。そのどちらかを手にする分岐で、未来が枝分かれしていたため、両方を携えて戦いに身を投じるという世界線自体が存在しない。
そのために、幾度となく【終焉の秒針】の贋作を、【最後の審判】へと分岐した終黎 創愛に託して、経過を見守っていたのだ。そして、遂に見つけたのがこの創愛───、これから名を捨てる終黎 創愛だったのだ。
「さ、長話も終わりじゃ。お主はこれから、その剣であの上空に連なっておる鎖を断ち切るのだ。さすれば、この不毛な連鎖に終止符が打たれる」
「応ッ!!───って、はぁ?…………それって、お前らも消えちまうんじゃねぇのか?てか、あたしはどうなるんだよ?」
「確かに。此処へ来た記憶も、お主は持つことはあるまい」
「でも大丈夫。少し形は…変わる。けど、創愛は元の世界に……戻れる」
最後の最後で、勘のいい小娘だ。妾と来幸は《分岐点》ではない。あくまでも《分岐点》となった終黎 創愛を探すために、永い時の間をこの空間に住み着いていただけであった。それはつまり、この空間が破壊されるということは、本来の形に戻るべく異物である妾達もまた、元の世界線へと返されるだろう。
嫌なもので、この幾星霜の過ごした時を覚えていられる保証はなく、意味のない時と消えることになるかもしれない。ここまでやって、一番の落としどころへバトンだけ渡して消滅するとは───、これではこの小娘に約束事を交わしたいた、鏡越しに観ていた自分と全く同じではないか。
「あるぜっ!!」
「っ!?」
「意味なら、あるって。お前らが今日まであがき続けたことの意味は、『あたし』───、なんだろ?」
腹が立つ程に、頼もしい笑顔だった。だが、そうでなくては困る。
本来、生存していた妾達を踏み台にして、見出した怪異と人間の双方に未来を委ねられた世界────。誰もが、平穏に平然として生きる世界を築くために、礎となった者の時間と運命。
━━抱えるからこその、終焉、秒針、審判。
「任せたぞ」
「応ッ!!まだ、よく解ってない部分もあるけど、あたし……この先のどんな試練にだって打ち勝ってみせるから。だから、忘れてなきゃ見守っててくれよ。セミラミス、来幸────」
来幸が託したラグナロッカーを手に持って、砲撃の反動を利用して空高く舞い上がり、この悲しみの連鎖を断ち切るように、天へと伸びる鎖を両断して粉砕した。
「ありがとう……創愛。ようやく……、渡せる人…………見つけたよ…………」
隣で来幸が、涙を流して創愛を見送った。妾には、人しての感情というものは理解出来ぬが、これだけは理解出来る。その涙は────、
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎━━━悲しみによる涙ではないということを...━━━
崩壊を始める鎖状世界に、殷々たる音が時計の針が動き出したように、聴こえてくる───。
これで、やっと終われる。無謀とも言えた試行回数の末に、ようやく始まりを迎え、妾達は終わりを迎えられる。不思議と清々しい。理由も分かっていた。
妾は、自分が怪異であることに不平等を感じていた。人は自由に生きているその中で、勝手な造り話から妾のような怪異を生み出しておいて、それを化け物と言って蔑み創られた側の想いなど、聞き入れてもくれない。
だからこそ、妾は自由を求めていた。インフェクターという怪異を作り出し、管理する存在とは違う。もっと人間のように、自由な生き方をしてみたかった。
そのために、世界を怪異の生きられるものへと、変えようとして暗躍した自分が懐かしく思える程には、長生きしたものだ。
それでも、これまで来幸とともに本来望んだものへと続く、唯一無二の世界線を探すという、宛のない考察は楽しくもあったが、同時に『人間も不自由なものである』ことを知っただけに終わった。
だというのに、元の世界へと送り返されたであろう創愛と戦っていた自分のことを───、断片的とはいえラグナロッカーを通して、見ることが出来ていたせいだろう。怪異が、思い至ってはいけない結論を出してしまった。
「悪くないものなのだな……、他人に想いを、願いを託すというものは────」
あまりの満足感に、声が漏れてしまった。すると、隣に立っていた来幸が、手を握ってきた。
やがて、崩壊が完了する鎖状世界の中で、静かに「セミラミス…おつかれ…」と聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で、まるで歴戦の相棒を労うように言葉を紡いだ。
その言葉に返事をしたかったのだが、直ぐに意識まで真っ白になって遠のいていく───。温かい感覚に、ぐっと押し寄せる眠気に身を委ねて、意識を閉ざしていった。
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