【完】意味が分かったとしても意味のない話 外伝〜噂零課の忘却ログ〜

韋虹姫 響華

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終黎 創愛 side

また会えたね...

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 時を遡ること、三時間程前。

 総司と別れたラットは、新入りと面談するために喫茶店へと来ていた。店内をキョロキョロと見渡すと、奥の席で退屈そうにしている如何にもといった雰囲気を醸し出している女性が、脚をブンブンと床に付けずに前後に遊ばせて座っていた。
 何処となく、既視感のあるその女性のもとへと近付いたラットは声をかけることにした。そして、振り向いた女性の顔を見て、驚愕した。

「よう、蘇鉄♪なんかなぁ?ここ……、どうもあたしの知っている出来事とさ……、節々が違うみたいなんだよ?」
「は、創……愛、はん……?」

 行方不明になった怪異使い、終黎 創愛。その彼女本人が、ニコニコと初めて出逢った時と変わらない笑顔を向けていた。
 驚きの表情に声を上げていたのは、ラットの他にも居た。噂観測課に新しく配属される、即戦力となる新入りの資料に記載されていた、保有する怪異能力を見て、慌てて素性を確認しに来ていた。

「ぬあっ!?た、代伊伽ぁ!?そ、そんな馬鹿力で……ゲホッ!!」
「こんにゃろーっ!この4ヶ月もどこ行ってやがったんだぁ!!」
「トレードはん。まずは落ち着きなはれ。どうやら、創愛はんも訳ありみたいやで?」

 感動の再会を果たした家族のように、力一杯抱きしめるトレードを宥めると、一旦席に着いて情報を整理することにした。


 □■□■□■□■□


 これまでの起きた事柄。その記憶に、齟齬があることを確認した創愛。
 例えば、噂零課。そんな組織は一日とて存在はしておらず、怪異ハンターなどと呼ばれる存在も居ない。今も昔も、怪異使いと呼ばれる怪異を身体に飼うことが出来る特別な人間がいるとされ、古来から世間に飛び出して暴れ出す怪異を鎮めるべく戦う、影の組織。
 それが、ここ最近で噂観測課という表向きの名を手に入れ、活動する組織であるということになっているらしい。

 例えば、血毒を注射された人体実験。情報統制局が秘密裏に開発した、ハイブリッド因子。その被験体となって、創愛達は怪異の力を手に入れた事になっており、上級怪異である【毒酒の女帝】。
 セミラミスは、自身の怪異を怪異と戦う組織を利用して生み出そうとしたという暗躍は、一般の人間から毒の耐性を持っている者を怪異に変えて、自身の最終兵器としていた空中庭園ムウムに格納し、空へ旅立とうとしていたことになっていた。

「んじゃあ、あたしらはそのインフェクター1号と呼ばれた【毒酒の女帝】を倒すために総出で立ち向かったのか。まぁ、そこは概ね間違えてはいねぇんだけどな……。来幸のやつ、少し違うって何処がだよ……。ってか、来幸だよ来幸ッ!!」

 創愛は自分の記憶していることと、ラットやトレードの持つ記憶に齟齬があることに違和感を感じながら、肝心なことを思い出して二人に尋ねた。すると、暗い顔に首を横に振った。
 来幸が、セミラミスとの戦いで生命を散らしたことは、変わっていないことを知らされたことで、創愛の期待は儚く砕けてしまった。それも、自分が生きてきた記憶の時と同様に、ままであることまで一緒であった。
 ただ、セミラミスとの激闘で創愛を庇って、一人怪異に立ち向かって行くところを、全員が目撃しているという違いはあった。

「それでも、あれは助かってるはずはない。来幸は死んだんだよ……」
「────。」
「せやな。せやけど、創愛はんにもちゃんと記憶に残っとるんやな?来幸はんはワシらに未来を託したってメッセージディスクに記録しとったこと」
「あ、ああ……」

 変わってしまったこともあったが、変わらないものもあった。それは、ここに居る全員が来幸に助けられて、今日を迎えられていることだった。
 創愛は、両頬を叩いて喝を入れると、手を開いた状態で前に出した。それにラットとトレードも同じように、手を重ねてそれぞれ名乗りを始めた。

「ワシのコードネームはラット。ネズミのようにすばしっこい立ち回りで情報網を広げる。あと、ネズミものの服や装飾品が大好きやからその名を使うとる」
「あたいはトレード。代伊伽って名前が対価にそっくりなことと、怪異である【死の商人】デッドマイスターが地獄行きの免罪符に対価を要求することから交換を意味するその名を貰った」
「言っても、あたしが付けてやった名前だろ?」
「嗚呼……♡そして拙僧はアブノーマルという素敵な名を授かりましたぁ♡♡節操なしから繰り出される変態っぷり///それに恥じらうことなく抜きん出るセクシーなプロポーションと無限快楽のポテンシャル♡♡はぁぁ♡創愛様、もう素敵でございます//////ソワカソワカ……♡」

 ヌルッと、そしてしれっと輪に当たり前のように手を添えて、もう片方の手で自身の紅潮する頬を触るアブノーマルが全身をクネクネさせて、悶えるように会話に割り込んできた。
 創愛は驚きの余り、火傷を恐れて手を引っ込めるよりも早く引いた手で、アブノーマルの後頭部を引っぱ叩いた。その拍子に、ムワッと桃のような甘い匂いが店内に充満し、創愛達はむせていた。

「嗚呼♡拙僧の節操なしフェロモンが駄々漏れして……ソワカソワカ//////」
「うえぇぇ────、死ぬっつーのッ!!」
「拙僧の匂いを嗅いで昇天して下さるのなら、喜んで♪」

 まったくもって会話にならないアブノーマルを無視して、店内の開けられる窓すべて開けて回る一同。
 程なくして、立ち込めていた匂いは消えるも、まともに匂いを吸ってしまった店内の店員や客は、そろって魂を抜かれたように呆然としていた。ここに居ても迷惑がかかってしまうと、会計を済ませて外へ出ることにした創愛達。

「まぁ♡店長さん、ご立派っ♡」
「ざけんなッ!この変態女ッ!!だいたい、何だっててめぇがあたしの付けたアダ名気に入ってやがんだよ」

 怒りを顕にする創愛は、アブノーマルの耳を摘んで外へと引きずり出した。その間も、アブノーマルは自身が絶賛した店長のご立派なソレを見つめて、鼻血を垂れ流していた。そんな様子を完全に無視して、会計をラットが済ませて喫茶店を後にするのであった。

 外へ出てからも、記憶違いの照らし合わせは続いていた。
 そもそものきっかけについて、取り上げてみても違っていた。ハイブリッド因子の被験体として怪異使いになったということは、無理矢理ではなく自ら進んで怪異使い。詰まりは、噂観測課となる道に進んだことになる。
 そして、死者特例法と呼ばれる法案によって国籍を持つことの出来ない人種となり、これから生きていくことになると説明を聞いて、創愛はトレードに掴みかかるようにして聞いた。

「なぁ、代伊伽。お前家族がいるだろ?いいのかよ?家族にはなんて言ったんだ?」
「あたいはなぁ……、悩みの持病出る巨乳症が直せる薬の治験に参加してみませんかってのに乗っちまってさ……」
「見事、怪異使いにされてしもうたんですわ♪でもまぁハイブリッド因子って奴は体内に怪異が巣食っていなければ反応は出ないもんらしいねんて」

 何とも間抜けなきっかけで、とんでもない死地に立たされたことになっている事実に、堪らず顎を外す創愛。
 そんな様子を笑って見ているラットはというと、情報統制局側の間諜スパイとして、噂観測課に潜入する道すがらハイブリッド因子の被験体となったのだった。

 結果的に、須羽呂の企てが明るみとなったことで居場所を失くしたため、騙していた訳でもない創愛達と一緒に居ることを決心して、今日に至ると自信満々に語っていた。

「かく言う拙僧は……あぁんっ!!??」
「るせぇよっ!!どうせ、お前は治癒力の高さから薬を作るために利用された口だろ?」
「嗚呼♡創愛様ぁ♡♡ど、どうしてそれを……♡拙僧、ハイブリッド因子を打ち込む前から怪異を飼っておりまして。その怪異の放つフェロモンを香水に使いたいという紳士様方と……そのぉ♡♡激しい毎夜を……おふっ!?!?」
「それ以上言ったら殺すぞ、てめぇぇぇ!!!!」

 肩を踊らせるように捩る身体から、悶々と色気ムンムンな人間が放つ芳香を、桃色の湯気で見立てて溢れさせているアブノーマルを、創愛は胸ぐら掴んで押し倒して、卑猥な惚気話が飛んできた口を塞いだ。
 もごもごと、くぐもった声で語りを止めないアブノーマルは、創愛に乱暴にされていることが、至福の悦びであるかのように頬を紅潮させると、腰を突き上げて創愛を押し飛ばした。

「嗚呼♡そんな乱暴されると……♡はぁ────、達してしまいました……ソワカソワカ//////」

 ぶるぶると身震いさせて、自分の肩を抱きしめて独りきりの世界へと意識を落としていくアブノーマルを見て、呆れ返る創愛達であった。
 そして、創愛はアブノーマルの血液は霊薬を擬似的に作り出すことが出来ることを伝えると、目をキラキラさせながら驚いていた。
 こっちの世界では、まだ怪異を同居させてからの血液を採取していないとのことで、アブノーマルは鼻息を荒らげながら胸中を掴む如く、自らの乳房を押し込むようにして胸奥に手を当てて、脚を渦巻き状にして駆け出して行った。

「血液を抜かれる快感を拙僧は味わい、人々を癒す霊薬ぅぅぅ♡作りに逝かせてもらいまぁ~~~~~~すっ♡♡」
「あいつ……、怪異とか抜きにして病気だろ……」

 煙を立たせて姿を消したアブノーマルに向けて、聞こえてはいないであろう小言を投げた。

 色々と話を整理し、状況を理解した創愛はラットの方を向き、神木原 総司の居場所について尋ねた。
 喫茶店に向かうまで一緒だった総司は、噂観測課として初の怪異調査に向かったことを聞くと、ラットとトレードに手を振って別れて伝えられた場所へと向かったのであった。


 □■□■□■□■□


 ━ 現在 ━

「大丈夫だった?────総司きゅん?」

 現場へと駆けつけ、総司の不意をついた突いた【嘲笑う掟破り】トリックスターを仕留めた。
 その手に持っていた愛剣【最後の審判】ドゥームズデイに付いた血を払ってから、ケースに納めた。まるで、バディーを組んでいるかのようにドゥームズデイに向けて、「お疲れさん♪」と声をかけて手放す。すると、愛剣は独りでに何処かへと飛翔した。

「は、創愛……なのか?」
「────。」
「………………?」

 痛みを憶えた箇所を押さえながら立ち上がると、助けてくれた恩人に名前を尋ねた。すると、総司の足もとに落ちている布の首飾りを見ながら、ゆっくりと歩いてくる。
 総司とお互いに、顔が見合わせられる距離まで来たところで足を止めると、またしても無邪気な笑みを浮かべて、ニコッとした表情で話しかけてきた。

「それ。────まだ、着けててくれたんだ……?」
(と言っても、あたしの生きていた世界線の総司きゅんは捨てたかもなんだろうけど。なんか、世界に1人取り残されたような気分)
「ああ。一応、お前が俺がのために作ってくれたからな……」
「ふーん……」
(そこは変わってないんだな。でも、着けていてくれて嬉しいな)

 内心ではそう思うものの、総司に対しての表向きの態度は無愛想に返す。何を隠そう、ペアルックだなどと言って渡した張本人は、転校した後二ヶ月程で壊してしまい、修繕もせずに捨ててしまっていた。────なんてことは、言えないからである。
 会話が途切れてしまったことで無言のまま、現地まで送ってくれた観測課の協力者達と合流し、状況を終了したことを報告する。そのまま事務所へは帰投せずに直帰すると連絡をつけて、総司は恩人と歩き出す。
 すると、恩人は話題を切り出さないとと、焦った様子で口を開いた。

「あのさ?総司きゅんは……覚えてる?あたしがさ、ヒマワリちゃんとどっちが総司きゅんのお嫁さんになるかって話をしていた時のこと」
「ああ」
「いやぁ~、総司きゅんったらさ。半べそかいてるヒマワリちゃんのこと見るなり『リユを泣かしたのか?』っておっかない顔してさ……」
「それはお前が悪いだろ……」

 悪いのは間の方だと、内心でツッコミを入れながらも、幼き日々の事を語り合う。不思議と記憶違いなんてなくて、心の底から安堵したといった様子で、話を続けている恩人と総司。気がつけば、お互いに感じていた違和感なんてものは忘れていた。
 木登りが出来ると自信満々で登って、降りられないと総司が泣いていたなんて話や、妹の麗由が割ってしまったガラス細工の飾り物を、恩人が嘘をついて自分がやったと言って、しばらく総司の部屋に入ることを出禁にされていたなんてことも───。無垢であったことを思い出すかのように、話は盛り上がり続けた。

 ひとしきり話し終えて、熱を冷ましていくように夜風が二人を包んだ。

「なぁ、創愛?お前は本当に……怪異使いになったこと────」

 ふと、冷静さを取り戻して現実へと意識を戻した総司が、恩人の名を呼んで質問した。形はどうあれ、結果的に幼馴染である自分達兄妹のために、わざわざ危険と隣り合わせの世界に、飛び込んできたことに変わりはなかった。

「違うよ。あたし────創愛じゃない」
「ん?」
「もう終黎 創愛なんて人間は────、この世界には居ない。今のあたしは……ううん、これからのあたしは────……」


怪異や試練に続ける、処刑執行人ディフィート


 ディフィートにとって、来幸が生命を賭けて託した未来。があの後、どうなったかなんて分からない。【終焉の秒針】ラグナロッカー【最後の審判】ドゥームズデイ。この両方を持つ終黎 創愛は、これまでのどの世界線にも存在しなかった。
 そうであるのであれば、の出来たこの世界線こそ、来幸とセミラミスに託された未来であると、ディフィートは信じることにした。
 他の連中が、自身のつけたアダ名をコードネームとして、使っていてもいなくても、自分のコードネームは決めていなかった。だから今、決めた。

 誰しも、決められたレールの上を歩いて行く必要なんてない。それは、約束された未来や絶望に抗い続けた者達が居たから、勝ち得たものであるかもしれない。
 そのことを、ディフィート以外の人間は知らない。何食わぬ顔で、この現世を夢だとは疑わずに、平和を説いて生きている。
 それが不条理と感じることは、ディフィートにはない。何しろ、自分が首を突っ込んだ世界は、最初から《人々が何食わぬ顔で生きていける世の中》を保つために、秘匿行為を主体とした組織としての活動なのだから。

「どう?カッコイイでしょう?ディフィート♪」
「…………。コードネーム呼びか……。俺はパスだ……」
「大丈夫だよ。総司きゅんは総司きゅんだから♪────あ、そうだ!首飾り壊れちゃったしさ、今度あたしらの新しいペアルック探しに行かない?」

 ウキウキと、デートプランを考え出す。
 渋々な表情を向けつつも、壊れてしまった首飾りを乗せた掌を眺めて、ディフィートの機嫌を損ねさせるのも気が引けると、テンションに合わせてデートプランの話し合いに身を投じるのであった。


 □■□■□■□■□


 噂観測課全体で、コードネーム呼びをすることが定着した頃───。噂観測課極地は、第1課と第2課に展開することを検討することとなった。噂観測課がのちに、と記録することになるそれに遭遇したのも、ほぼ同時期のことであった。

 その日、ディフィートと総司は上級怪異、インフェクターと呼ばれる存在を目撃した情報が入り、調査に赴いていた。インフェクターは、目撃から記録された順番で番号を付けられている。


────────────────────

・インフェクター第1号:【毒酒の女帝】
・インフェクター第2号:【不死の蜃気楼】
・インフェクター第3号:【蒼炎の先駆】
・インフェクター第4号:【贄を映せし幻影】
・インフェクター第5号:【偽りの歌姫】
・インフェクター第6号:【残念美形の魔将】
・インフェクター第7号:【目覚めずの禁欲】

────────────────────


 現地に到着した二人に襲いかかってきた怪異は、【ジキルとハイド】だった。

「まさか、初めてあたしが戦った怪異が相手だったとは…。総司きゅん?そっちは……って聞くまでもないか」

 その質問に言葉も発さずに納刀して、無事に討伐完了したことを総司は知らせていた。
 情報は外れだったのかと、辺りを見渡す。もう長いこと使われていないコテージ。外は舗装もされずに、緑の生い茂りのままに閉ざされつつある、山道があるだけだった。
 本当にインフェクターの目撃がされていたのかと、今回の調査資料に目を通し直すことにする。その総司の首元には、ドラゴンの翼を模したアクセサリーを吊るした、新しい首飾りが着けられていた。対するディフィートも、同じアクセサリーを髪飾りとして頭に着けて、髪が戦闘で乱れて視界を奪わないようにしていた。

「総司きゅん、やっぱりハズレかな?情報に記されていた霧も確認出来なかったし。どう見たって【ジキルとハイド】が目撃と情報が一致している」
「そうだな……」

 目撃にあったのは、『濃霧の中に人影を複数見た』と記されており【ジキルとハイド】は、二人組で行動する怪異であることから、情報と一致していた。濃霧はその時の天候であったとすれば、辻褄はあっているとディフィートは合点がいったと解釈しているなか、総司は違っていた。
 総司が考え込み始めると、突如として湿度が上がるのを感じ取った。まるで、シャワーを出しっぱなしで戸を開けていたのかと思うくらいに、ジメジメとしていた。

「────っ?何だ?」
「ディフィート……、お、おいっ!?」

 総司の声かけよりも、先に飛び出して行ったディフィートを追いかけようとした時に、スマホから着信が入った。相手は別件で、近場の怪異調査に出ていた、ラットだった。しかし、その口調はとても落ち着いた様子とはいえないものであった。

『総司はん──、ディフィートはんは今近くにおらんのか?そのインフェクターの情報は当たりや!!』
「っ?どういう事だ……?」
『新たにインフェクターが発見された。第8号や────』

 その第8号が、この濃霧を創り出したインフェクターなのかと聴き返しながら、コテージを飛び出したディフィートを探すべく外へ出て見渡すと、足下の1m先すら見えない濃霧が森を包んでいた。
 そして、ラットから返ってきた答えは、第8号ではないというものだった。第8号は、沙羅と麗由の調査現場に現れたらしく、ラットとトレードが現場に急行しているところだった。では、何でそんなに慌てて居るのかと、総司が疑問に思っているとラットは「見た」と答えた。
 その声色から総司は、ディフィートを探す意識を止めて言葉を詰まらせているラットに、迫るように聴き直した。

『インフェクターの資料。今から、その前のページに書かれているデータをそっちに送る……』

 スマホを耳元から離して、送られてきたデータを画面に映して確認する。
 戦慄した。記されている情報を見て、言葉を失う総司にスピーカーへと変わったスマホから、ラットの声が響いた。

『これがほんまやとしたんなら……、情報統制局とインフェクターのパイプを繋いどったアリス・ルードは……変死したんやない。の憑代としてだけっちゅうことや……。そんでワシとトレードはんが見たは幻なんかやない。丁度アリス・ルードの変死前にディフィートはんを庇って行方不明────、つまりは……そういうこと、やね────』

 まともに、先の足場も見えない濃霧の中を全速力で走った。総司は、ラットの言っていることと送られたデータに記された内容を見て、ディフィートを捜した。

 一方、濃霧が発生したタイミングと同時に気配を感じ取ったディフィートは、気配が一番濃い場所まで一目散に向かっていた。辿り着いた先で、愛剣ドゥームズデイを手に構えて探るように目を閉ざす。

「────────、…………ッ!!そこかっっっ!!??」

 濃霧で視界を遮られようと、隠せない怪異の気配を捕らえたディフィートは勢いよく駆け出して、突き立てた愛剣を身に引いて遠心力を加えた回転斬りを、繰り出そうとした。
 しかし、接近したことで見えた濃霧に隠れていた怪異の全貌を視たことで、急ブレーキをかけるように、振るった愛剣の進行をピタリと止めた。
 唖然としているディフィートに、姿を見せた怪異。いや、インフェクターは忘れもしない笑顔と声で、肌スレスレのところで止められた愛剣に手を当てながら、鮮明に覚えている脳内再生を現実のものとさせるように、言葉を紡いだ。


 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎───また、会えたね...創愛...。───


 呆然と立ち尽くすなか、濃霧が晴れてインフェクターの姿も消えていた。後に残ったのは、その場に膝から崩れ落ち硬直していたディフィートだけであった。
 そこへ総司が駆け付けて、ディフィートの背中を手で叩きながら、安否確認をする。外傷のないことを確認し終える総司の方へ、顔を見上げると重々しく口を開いて言った。

「────来幸…………」

 そのまま放心状態になったディフィートを、肩担ぎしてその場から連れ出す総司。車に押し込むように、後部座席に乗せて走り出す。助手席に置かれたスマホの画面に、ディフィートが視たインフェクターのことが記されていた。


────────────────

・インフェクター第0号:【美しき残滓】スレンダーマン

行方不明となった人間の見た目をしている。

観測課と情報統制局はこれをこの上級怪異が持つ能力であると推測しており、

目の前すらまともに見れない濃霧を発生させることに加えて、

濃霧の中心地にいる人間の影が巨大で手脚が異常に長い人影であることから、

外来で目撃されている【スレンダーマン】と同一視の存在とする。

なお、この情報は最重要機密事項として噂観測課内でも一部人間のみが知り得る情報とし、これを秘匿フォルダとして保管する。

────────────────

 このインフェクター第0号との遭遇と同時に、インフェクター第8号と会敵した南條 沙羅の戦死を受けたことで、噂観測課極地のニ課体制が本格始動することとなった。
 インフェクターの存在は、噂観測課極地第1課だけが知る秘匿情報とし、インフェクターに関わる情報を知らず、従来どおりの怪異調査に専念するものを第2課にして、情報秘匿体制を維持することとなった。
 そのために、みのる まこと神木原かみきばら 総司そうじの両名が、監視役と兼務させることとなった。


 ︎︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎~ 完 ~


 ✳✳✳ あとがき ✳✳✳

最後まで読んでいただきありがとうございます。
これ以降のお話は《意味が分かったとしても意味のない話》の本編へと繋がります。

さて、途中というよりも終盤にこれまでやってきたことが意味なくなってないかというくらいに急展開でいろいろと読者を混乱させてしまう描写もございましたが、最後までお読みいただけた方なら何となく察しが着いているかもしれません。この物語はであってIFでもあるということ。つまり、『どう足掻いても意味がない』をテーマに書くことにしました。

それと同時に、本編の方でディフィートがめちゃくちゃ強いキャラクターとなったルーツを描くことにした本作は、作者としても【強くてニューゲーム】をさせてみるのもいいなと思い、本編で登場した二つの怪異に着目を置いて描いて以下のような構想を作りました。

・ラグナロッカーがかつての相棒なのに本編で使っているのはドゥームズデイなのは何故なのか?

・ラグナロッカーを頑なに使いたくない理由があるのでは?

・ラグナロッカーを持っている創愛とドゥームズデイを持っている創愛……。

・二つの世界線でそれぞれ出逢う怪異が違う創愛。では、両方を持っている創愛は特異的存在なのでは?

とこんな感じで、この物語に至りました。

ちなみに、【終焉の秒針】とは人間から見て『終わりへのカウントダウン』ということでこちらの怪異を持っていた創愛はどんな未来を辿っても死んでおり、また人間側が怪異に敗北する世界線でした。

【最後の審判】は人間から見て『怪異に判決を下し裁く』ということでこの場合は人類側が勝利しますが、人の欲で怪異を利用していたことはどちらの世界も変わらないため闘いは終わりません。
 加えて、本作に登場したインフェクターの【毒酒の女帝】が切り札としていた空中庭園を破壊することが敵わないため、人類が勝利しても創愛の願望である総司達兄妹を闘いの日常から解放することがいつまで経っても達成出来ません。


それに本作の鎖状空間にいた霧谷 来幸が言ったことからして、どちらの世界も空中庭園を破壊することが出来ていないことと、終黎 創愛はいずれも死んでしまっているということからして、救いのない未来しかなかったものと作者的にも思ってます。
※そんななか、創愛からラグナロッカーを託されて《分岐点》を探していた来幸ちゃんとセミラミス自体がかなりイレギュラーな気がしています。

そして、この最終話にして判明しました。本編に名前だけ登場していた上級怪異の【スレンダーマン】の正体は霧谷 来幸というのは、薄々勘づいてくれた方もいるのではないでしょうか。
これは、もう一つ《来幸が死んだ場合は怪異の憑代になる》という世界線が隠れており、これを解決することがなく創愛は自分が二つの怪異を手にした世界線に辿り着いてしまったということで描写していました。

そのため、ディフィートが創愛として生きた世界の来幸も最終的に帰ってきた世界の来幸も【スレンダーマン】の憑代にされてしまったということになります。
※【美しき残滓】というのは、この忘却された記憶を唯一持つ、ディフィート(創愛)から見て付けた名前だったりします。

最後になりますが、改めて突発で執筆した本作を読んでいただきありがとうございます。
この後のディフィートと【美しき残滓】スレンダーマンの因縁の対決は本編にて展開されますので、この作品を読んでくれた読者には本編の辰上くんと麗由ちゃんよりもディフィートのファンになってくれると嬉しいです。

次回の外伝(スピンオフの予定)は燈火ちゃんと家小路の夫婦がメインの作品となる予定です。なんともギャグ調で展開されるこれまた違った《意味ないワールド》が繰り広げられる方向性で執筆しておりますので、もしよければそちらもお楽しみにしていて下さい。
※全年齢対象と出来る内容に落として、書こうと思っております。

それでは、引き続き《意味ない》本編の応援をよろしくお願いいたします。

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