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終黎 創愛 side

新たに動き出す時間

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    噂観測課課の初の怪異調査依頼が神木原 総司のもとに送られてきた。総司は調査書に目を通した。

「極地の発足は、これからの怪異発生頻度に備えてのものだけじゃない。オレ達は怪異討伐のプロフェッショナルってことで極地が付けられることになった。神木原くん(妹)は、沙羅さらくんのもとで修行することになった」
「…………分かった。俺一人で十分だ」

    無愛想にそう返すとバットケースを担いでその場を後にする。
    総司が玄関口に向かうと、そこには麗由と沙羅が話をしている光景があった。目に止まった総司は聞き耳を立てるわけではないが、二人の話を聞くことにした。
    頻発する怪異発生に政府はという、人間が元来持つ怪異の力を無理矢理に引き出させる方法で自然発祥して力を自身のものにする総司達と違った次世代の怪異使いを生み出す研究が進められていた。
    妹である麗由は、既にその身に怪異を宿していたにも関わらず強敵との戦いについていけない焦りから、ハイブリッド因子を自らに注入し副反応によってついこの間まで病院で安静にしていた。
    沙羅はそんな麗由の中には、二体の怪異が混在していると見込んでいた。その力をものに出来れば、これから現れる怪異への対抗策となるかもしれないという理由で訓練教官を志願し、麗由もまたその申し出を受けたことでしばらく離れ離れになる。

「兄さん。これから、怪異調査ですか?」
「ああ。噂観測課極地課としての最初の調査だ」
「そうなんだ。気をつけてください兄さん。わたしは、これから沙羅さんのもとで新しく芽生えた怪異の力を会得して来ます。次に会えるのはいつになるか……。それに……」

     麗由の言葉づまりに釣られて総司も顔を落とした。しかし、直ぐに顔を上げて目配せで「大丈夫だ」と伝えて肩に手を添えた。麗由もまた頷いて、心で会話をすると頭を下げて沙羅とともに車に乗ってその場を去った。

    やがて、総司を怪異事件の報告があった場所へ案内してくれる車両が到着し乗車して現場へと向かうのであった。

    後部座席に座って腕を組んで意識を落とすように目を閉じると、隣に座っている男に肩をトントンと叩かれたので目を向ける。そこには、いつも細目をしたラットがにっこり笑顔で総司のことを見ていた。その手にはガム握られており、一つ分けようと取りやすく束の中から浮かせて差し向けていたがそんな気分ではないと突っ返した。

「なんやぁ?後で欲しい言うてもあげへんからな?それにしても、あんさんが初めての極地課としての調査に赴くとはねぇ」
「ん?……やけに機嫌が良さそうだな」
「まぁな♪この後、人と会うんやけど。そいつな……かもしれへんよ?下手したら、行方知れずのあの二人よりも腕は立つかもなぁ」

    あの二人とは終黎 創愛と霧谷 来幸のことだ。

    終黎 創愛。総司と麗由の幼馴染。怪異との戦いに人生を賭している総司達の助けになりたいとハイブリッド因子の実験に自ら志願し、【最後の審判】ドゥームズデイという噂観測課史上最候補とも言える怪異をその身に宿した怪異使い。
    霧谷 来幸。創愛と同様にハイブリッド因子の実験に参加し、怪異の力を手にする。

「だが、来幸は死んだ。あの状況では……。死体が見つからなかっただけで、来幸は上級怪異である【毒酒の女帝】に生命を奪われた」
「せやな。しっかし、その庇って助けた創愛はんも…………」

    行方不明のままであった。
    来幸の犠牲を生みながらも、【毒酒の女帝】とその配下を倒すことが出来た噂観測課は【毒酒の女帝】の残した切り札の空中庭園ムウムを止めるべく向かった創愛の姿を最後に創愛を誰も見ていなかった。
    一部では空中庭園ムウムが存在すらしていなかったのではという声も上がるなか、今回の一件には怪異使いも裏で手を引いていたとして創愛の行方不明よりも噂観測課としての今後の有り様についての対応に追われて、捜索は難航を極めていた。情報統制局の局長、凡浦 須羽呂が創愛が行方不明になったとされる施設の近くで遺体として発見されていた。鎖骨から腹部に渡って広げられた傷口から黒い血を流していたことから、怪異に呑まれ深刻化が進んでいたものとして事件の黒幕であったとして審議会は情報操作を行い公へのカバーストーリーで工場が火もと不明の火災被害にあったこととしたのだった。

「そもそも、情報統制局っちゅう胡散臭い組織におった怪異使いは、ハイブリッド因子を使うて自分らの言いなりに出来る怪異使いを作りたかったらしいねんけど。どうも────、気がするねんなぁ」

    ラットの言うことに総司も同感だった。
    創愛が行方不明であることや、来幸が死亡したこと。その他、【毒酒の女帝】と同等の上級怪異の存在。どれも、周知の事実であるもののどこか自分達の知っている経緯ような感覚がしていた。

     そうして頭をかしげていると、ラットの目的地に路上駐車して車を降りた。別れ際に総司に向かってニコニコと歯を見せつけると口を開いた。

「新入りが半端ないの間違いないから、直ぐに総司はんの方へ向かわせてやるで。ほななぁ」

    やけに自信満々に豪語したラットが手を振るなか、車のミラーを閉めて現地に辿り着くまで仮眠を取るべく、今度こそ意識を落とした。

□■□■□■□■□

━事件現場━

    調査を開始すると、総司は報告にあった男性の変死体を確認するべく捜査線のテープの前に居る警官の前に立ち、実から授かったバッジを見せた。すると、警官は既にそのバッジを見た時の対処を頭に叩き込まれているかのように敬礼をして中へ総司を案内し始めた。

「本当に効果があるんだな……これ」

    半信半疑だった総司はバッジを眺めながらそう言うと、ポケットに閉まって問題の仏さんとご対面することになった。

    酷く刃物で斬り付けられたといった外傷が特にないが、口から泡を吹いて死亡している男性の服を脱がせると体表面が焼け爛れるように変色していた。

「こりゃあ酷い。しかし、薬品でこれだけの反応を起こしているんだとしたら。仏さんの服もタダでは済んでいないだろう。科捜研からも薬品の類が検知されないとのことで、これから司法解剖なのだが……」
「…………、流石実さんだな……」

    総司はこれが怪異の仕業であることを確信した。それも事前資料の内容に目星が付けられていた。
    【嘲笑う掟破り】トリックスター。変異型の怪異で、嫉妬深い人間が対象を欺こうと暗い意識を増大させて変異する怪異がこれに該当する。総司は直ぐに現場を後にして資料に記載されている記述にある野心を果たしたあとの【嘲笑う掟破り】トリックスターがどのような行動を取るのかを確認して、検討の着けた場所へと移動を開始した。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

どうしてなのだろう。
妬み嫉みを抱く原因となっていたものをこの手にかけたというのに...。
心は未だに満たされない。

不意にこの力をくれた女の声が聴こえる。

『きっと…来る。来たるべきそれを…向かい入れる、そのための力……』

そうだ。
来るべき最終戦争、ラグナロクに備える究極の神々馬鹿どもを欺くためにこの力を...。
黄昏の堕落者たるロキの異名を手にしたのだ。

『そいつ。使えるのかい?まぁ、自分には関係ないことなんで。どうでもいい次いでに聞いてみただけなんだけど』

あのサングラスの男。
葬ったあいつと同じ匂いがした。
そうか、分かった。
この胸のどうしようもない焦燥感、これが晴れる時はこの世から嫉妬の対象になる存在を全て消さない限りは胸中から消え失せることはない。

「────ん?」

視線を感じる。
その視線の先にいる男、またしても野郎が嫉妬の対象というのは不服だったがそいつの手には刀が握られている。
そういえば、葬ったあいつも剣道が出来ると言って恥をかかせてきたことがあった。
高校時代の思い出とはいえ、クラスの笑いものにされたこちらの気持ちも考えずにあいつは手を差し伸べてきた。

不平等と劣等感の板挟みに合っている気持ちのやり場を求めて、告白した女もあいつが好きだからと振り、向かった進路先も同じで常に比較比較の毎日。
気が狂いそうになるくらい、あいつは何もかもかっさらっていった。
そのくせに決まっていつも、同じ言葉をかけてくる。

『お前のお陰で今回も上手くいった。その注意力が俺にもあればな……』

本当にそのとおりだったよ。
あいつは突如家を訪れたにも関わらず、心を許した友人だからと何も疑わずに迎え入れてくれた。
だから、この手で殺してやった。
今思うと、その決断すらも...のかもしれないと思うと、目の前に刀を持ってこちらへ向かってくるこいつに、これまで見透かされていたことへの怒りをぶつけてやりたい。

そう思うと、体が三つに分裂するのを感じたと同時に意識が暗黒に染められていった。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

    分身して襲い来る怪異【嘲笑う掟破り】トリックスターは三方向から総司を狙って武器を構えて走る。総司は、腰に下げた鞘に手を添えて抜刀。素早く向かってきた左手を手首から切断し、振り切った腕を戻す動作で肘で急所を突き飛び越えた先に控えているもう一体へ切っ先を伸ばした。

「局長……。貴方は俺の……ではあった。それでも、貴方のした事は許されないだろう……。ならば────」

    受け継いだ剣技と付けてくれた怪異の名はこの後も持ち続けると、覚悟を決めて自らの怪異【滅却零鉄砕】に力を込めていく。二体目への突きは甘かった。だが、それは最後の一体を誘き出すために敢えてそうしていた。
    腹部を刺し貫くと、振り向き様にバッティングの構えに持ち替えて斬り返す。総司を目掛けて放たれた魔弾を斬撃ですべて打ち砕いていき、空を裂くかまいたちが三体目を捕らえて八つ裂きにした。しかし、一体目と二体目の【嘲笑う掟破り】トリックスターが直ぐに体勢を建て直して攻勢に出た。

    三体はまるで一人の意思で思考した三つの行動を一人で行っているかのように、見事に連携の取れた動きで総司を翻弄しようとしていた。だが、そんなことを百も承知の相手に効くほどの万策というものではなく眼を閉ざした総司の心眼から放たれた斬光の前に一体目の体が上下真っ二つとなって消滅した。空かさず、決めの一手を上段の構えにて披露した。

「残念だが、煉獄へとその命……還す刻が来た……」
「ギィアァァァ────────ッッッ!!!!」

    火炎球に重なって腕を剣に変形させて襲いかかる【嘲笑う掟破り】トリックスター。それを地面目掛けて解き放った渾身の斬撃で斬り伏せる。目の前に黒い塵が霧散していくなか、鞘に納めた刀に自身の息を重ねて引き抜いた一刀で最後の一体へ間合いを一気に詰めてスパッと綺麗な曲線美を描いてカチリッと元鞘に納めると、数秒遅れて【嘲笑う掟破り】トリックスターの首が地面に落ちた。同時に、一刀両断された火炎球も斬り捨てられて向かった先の木に引火する寸前で残像のように効力を無くして姿を消した。

「ふぅ……。これにて、討伐…………んっ!?」

    総司は【嘲笑う掟破り】トリックスターを討伐した事を確認するように状況終了の言葉を無線機にかけようとしてふと冷静さを取り戻して顔を上げていた。

   神の取り決めた秩序。その枠組みを進んで外れた神話上の生き物の事をトリックスターと総称する。だが、それは同時にがあるということ。嘘、欺瞞、堕落の三つがあるようにその基礎となった祖がそこにはあるものだ。
    破壊は無からは生まれず、創造の前には破壊があるようにどんなものでも、有形の存在であるということは必ず大基が存在している。怪異もその例外を出ないものだったことは、総司は誰よりも理解していると言ってもおかしくないほど当たり前のことであった。しかし、息をするよりも当たり前に覚えていたからこそ見落としてしまった。その言い訳の代償が今目の前に迫っていた。
    総司が顔を見上げた途端、右脇の下に熱を感じる。そして、身体を持ち上げるようにそれは奥深くに差し込まれて近くにあった敷地を隔てる柵に身を放り出された。宙を舞いながら吹き飛ばされる総司の服が風になびき首元から布で作られた首飾りが揺れた。首飾りは服の中で偶然にも刺された箇所に重なっていたことで、致命傷を辛うじて避けることが出来ていた。

「ぐはっ!?ぐ……」
「お前も……殺、スッ!!この……嫉妬……、消シタイ……」

    そう言って両手の指を出鱈目で不規則な動かし方をして、内から迫る昂りに身を震わせて【嘲笑う掟破り】トリックスターの隠れていた一体────本体ともいうべきそれが総司にトドメを刺しに向かってくる。背中を打ち付けただけでなく、脇の下を刺されたことで満足に刀を持つことも出来ない総司は心の中で死を覚悟した。

───創愛...、お前に救われたようだが...ここまでらしい...。

    責めて痛みには耐えてみせると歯を食い縛って全身を強ばらせた。荒々しい息遣いで手に持っていたナイフを振り回しながら向かって来る【嘲笑う掟破り】トリックスター。すると、その横から漆黒の雷撃がみぞおちを穿いて吹き飛ばした。

    総司が眼を開けて気配を感じる方向を見た。そこには、雷撃に撃たれて転がった【嘲笑う掟破り】トリックスターにトドメの一撃を突き刺す影があった。季節を問わないといった黒いコートに身を包んだ人影から、懐かしい声が総司の耳に入ってきた。

「大丈夫だった?────総司きゅん…………?」

    そう問いかけて陽射しが反射して顔がハッキリ見えていない女性は乱れた髪を耳にかける仕草をしながら、総司を見つめて優しく微笑みかけていた。
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