意味のないスピンオフな話

韋虹姫 響華

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世にも無意味な物語

つり

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 人気のスポットってのは、何処も人が賑わっているというものだ。だから、その少し外れたとこで待ち合わせをするのは、出会い系としては定石だろう。
 そうは言ったものの、ここは釣りをしている人が居るくらいで、他に居るとすれば家族で子どもとピクニック感覚で、ボール遊びをしている人くらいだ。

「はぁ……ツレないやっちゃ」

 川が流れる前で、折りたたみ式の椅子に座っている目の細い男が、ふと呟く。どうやら、今日は引きが悪いようで釣竿までしまっている。その隣へ向かい、何故か声がかけたかったので話しかけた。
 どうせ、待ち合わせしている対象はまだ来ていないみたいだったし、退屈しのぎにちょうどいいと思った。

「釣れないですか?今日、天気はいい方だと思いますけど」
「あん?ああ、魚釣りならほれ。あっちのあんちゃんが、結構釣り上げとるよ」

 細目の男が指さした方を見ると、確かに生け簀から水が立つほど活きのいい魚を釣っている男性がいた。すると、細目の男はこちらを見て自分は釣りはしないのかと問いかけてきた。
 川魚なんて、釣っても捌けもしないからやらないと苦笑いして返答した。とはいっても、今から釣りはするんだけど。

 実は今、ここで待ち合わせしている人間は、出会い系アプリで釣ったオタク男子だ。今どき、ちょっと女のフリして寄り添った内容のメッセージと、それっぽいアイコンにするだけで、簡単に騙される奴がいたことにも正直驚いたが、これがアルバイトなんだって言うんだからたまげた。
 出会い系アプリにサクラとして登録し、マッチング相手を釣って現地に向かう人間の統計を撮るための、サンプリング画像を撮影するだけで報酬が出る。それも、一口五万と来た。そんなの、時給制のアルバイトして真面目に働くよりも、楽が出来て稼げるならいいに越したことはない。

「それにしても、あんさん。さっきからワシの話聞かんと、スマホとばっか睨めっこしとるな?なんや、恋人かいな?」
「え、ええ……まぁ。遠距離なもんで、この辺分からないって言っていたんですけど、迎えにでも行こうかと連絡しようとしてたんですよ」
(チッ、ハズレなのかな?全然、渡された写真の見た目したヤツ居ねぇし)

 こういうこともある。
 何度か、失敗したケースやサクラ同士のマッチングになっていたことだってあった。しかし、そうである場合は必ず既読が着く。メッセージを確認しないと、対象のことを把握出来ないし、内容から同業者であると見抜くことも出来る。
 だというのに、今回の対象は昨日の寝る前にやり取りした内容だけで、それ以降は未読になっていた。流石に、こんなことは今までなかったからこそ、少し焦りを覚えた。

「おっと、悪ぃね。ワシ、仕事じゃ」
「えっ?」
「いやぁ~、しっかし……こりゃあ釣り合わんやろな……」

 よくは分からないが、細目の男は突然立ち上がり、折りたたみ式の椅子を公園前にあるホームに返却し、森の中へと入っていった。

「あ~もう。ちゃんとポッケに入れないで、吊り下げておくから無くすんでしょ?ほら、パパとママと一緒に帰るわよ!」

 子どもがお気に入りのものを失くしたらしく、酷く泣いていた。だが、替えのものなら家にあるから帰ろうと、母親に手を引かれて川辺から姿を消した。そういえば、川釣りをしていた人もいつの間にか居なくなっていて、公園には自分一人だけになっていた。
 結局、アプリの待ち合わせしていたオタクも現れないし、このまま帰って次の対象を探した方がよさそうだ。そう思いながら、アプリの個人メッセージの履歴を見返す。
 昨日のやりとり。オタクがキモいことを言ってきたから、素直に「気持ち悪い。無理ww」と返した辺りから、オタクの文脈は必死に自分を取り繕った言い方に変わっていた。自分だけが、オタクのことを見てくれる天使のような存在だからとか、これで付き合えなきゃ人生終わるだとか、激重な内容を書き綴って着ていた。

「こんなこと言われて、キャー嬉しいって。本気で言われると思ってんのかね?このオタク。見た目も不衛生だし、体系はいかにもって見た目。関わりたくないランキングなら、速攻上位だっつーのって感じだよ」

 釣られなかったことに対しての鬱憤から、声に出して罵声をスマホに浴びせていると、突如メッセージに既読が着く。
 そして、メッセージを書き込んでいる最中の動作が生じ、メッセージが送られてきた。そこには、信じられないことが書かれていた。


 ────────────────
 〇〇ちゃんへ

 僕を騙したんですね。言われた公園に、待ちきれなかったので午前中に向かいました。
 けど、〇〇ちゃんの姿はおろか、女性は子連れの方しか居ませんでした。
 最後に公園を後にした際にすれ違ったのも男。
 はっきり言って、僕はこの出会いにすべてを賭けていました。
 その僕の覚悟が踏みにじられたことに絶望したので、
 僕は〇〇ちゃんにはもう連絡をしません。それだけじゃない。
 金輪際、騙されないためにこんな惨めな僕ともお別れすることにしました。

 さよなら

 ────────────────


 ネットでよく見かける、自殺前の遺書みたいな文面。けれど、何故だがこのオタクが本気である気がした。しかも、公園に来ていたというし、自分が見た光景と同じものを見ている様子だ。
 だが妙だ。公園に来てから、一度も出入口の方へ向かった人影を見ていない。家族の人達も、釣り人も車を停めている駐車場に向かったから、正門を通っていない。正門の一番近くの川辺で、細目の男が座っていた場所にいた。
 試しに、通知を送ってみるが既読がつかない。思えば、細目の男も正門ではなく森の方へ向かった。車すら通らない森の方へだ。もしかすると、オタクのやつも森の中へ行ったのではないだろうか。だとすれば、男はオタクのことを見つけているかもしれない。

「ちょっと、そこの人。森へ行くのかい?あそこは、一応立ち入り禁止なんだよ。昔は自由に行来していたんだけどね、犬の散歩に来た人達がフンとかをそのままにするもんだから……」
「そんくらいなら、いいだろう!!俺、急いでいるからさ」
「ああ、待ちなさい。道は舗装されてないんですよ?」

 ホームで公園の番頭をやっていたおじさんが、なんかごちゃごちゃ言っているがそんなの聞いている余裕はない。もしかしたら、待ち合わせしていたオタクは自殺するつもりかもしれない。いや、既に自殺しているかもしれない。

 森を駆けていると、女性とぶつかった。黒いパーカーに、黒いスウェット。とにかく、黒ずくめな如何にも不審者って見た目している女性。マスクにサングラスまでつけて、道端歩いていたら確実に職質されるだろう。

「危ねぇだろお前。こっちは、人と待ち合わせしてんだ。ガキが好奇心で遊びに来たってんなら、帰った方がいいぜ」
「冗談じゃない。俺だって、人と待ち合わせしている。もしかしたら、この森に入ったかもしれないから探しに来たんだよ」

 方向音痴でも、そうはならないだろと悪態つくマスク女。
 すると、奥から男性の悲鳴にも近い声が響いてきた。間違いない。あの細目の男が発している声だ。となると、やっぱりオタクの男は死んでいるのか。そう考えながら、悲鳴の出処へと真っ先に向かうマスク女の後ろを着いていく。

 辿り着くとそこには、木の枝に首を吊って命を落とした人が居た。小太りで、ちりちりの髪の毛に黒縁メガネ。それは紛れもなく、待ち合わせしていたオタクだった。細目の男とマスク女は、急いでオタクを介抱する。しかし、心臓が止まっているため、処置も虚しく完全な死亡が確認された。
 細目の男は警察を呼んでくると言って、その場を離れる。マスク女は、道中でスマホが破損したから連絡が取れなかったと言って、周辺に協力を依頼出来そうな人が居ないかを探しに行くと姿を消した。
 自分とオタクだったものの死体だけが、その場に取り残された。まさか、対象の人間が命を落とすなんて思わなかった。だからだろうか、淡い期待を持ってしまいアプリを起動する。そして、メッセージを送信した。結果は、目の前にいる死体のポケットから、バイブ音が流れ通知が届いたことを意味していた。

(それはそうだよ、な。アイコンにしてた顔写真の……まんま、だもんな……)

 不意に恐怖が込み上げる。今すぐにこの場を離れたい。けど同時に、今このオタクの写真を撮らないといけない。そう感じた。このアプリを使ったアルバイトの目的は、利用者の現地に向かう統計を取ること。なら、今の隙に撮影だけしてこの場を去った方がいい。
 スマホをカメラモードに切り替えて、オタクの死体に近付く。そして、シャッターを切ってしっかり撮れたことを確認して、踵を返して走った。

「どこ行くんや?」
「うわぁっっ!!??」
「なんだなんだ、慌ててよ?」

 振り返ると、細目の男とマスク女が立っていた。しかも、やけに落ち着いた様子で声をかけてきた。そして、スマホを奪って画面を操作する。

「なんや、あんさんだったんかいな。ほんなら、ここまでせんと、良かったやないか」
「へ?」

 細目の男に向かって、間抜けな声が出てしまった。
 すると、細目の男はニコッと口角を少し上げながら、奪ったスマホを差し渡して、記載されている内容に指を指していた。そこには、このアプリを使用するうえでの利用規約についてが、事細かく記されたページを開いていた。
 指先の先に記載されている内容を見て、凍りついた。

「どうやら、最後まで規約を読まなかったみたいだな。もしも、マッチング上で生死に関わるトラブルに発展する可能性が疑われた場合は────」


 ───該当の利用者へ利用制限処置と、弊社からのエージェントを派遣し、オールタイムでの監視をさせていただく場合がございます。───


 ゆっくりと、細目の男とマスク女の方に目を向ける。二人がそのエージェントだったのだ。

「いやぁ、でも悪ぃ。あたしが途中でスマホ壊しさえしなければ、死者は出さずに済んだのにな」
「ほんまやで。ま、ワシはこっちの不正行為を行なった方を担当しとったから、関係あらへんけどね」
「う、うわああああああああ!!!!!!」

 恐怖のあまり、その場から逃げ出した。振り返らずに、ひたすら全力で走った。男達が追ってくる様子はなく、遠くから「つりは程々にな」や「あんさんは人殺しとらんから、何もせぇへんけど」と声を上げているが、耳を傾けることも出来なかった。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 あれから、二年が経った。
 結局あの後、アプリは利用制限となって利用できなくなった。そのため、そのアプリを使ったアルバイトも続けることが出来ず、辞めることになった。
 警察がやって来ることもなく、ニュースで自殺者が出たとだけ報道されて、二年も前に終わった。自分は、その後に就職した会社を退職して、コンビニでアルバイトをしている。

 すっかり事件のことも忘れて、真面目に働いてなんとか食い扶持を繋いでいる。それに、釣りを辞めて気が付いたことが、もう一つあった。コンビニによく来る美人さん。お昼時に弁当を買いに来たり、夕方には雑誌の立ち読みをしに来ている。
 そんな、一個人のお客様を行動監視するように見てしまっているのは、どうかと思う。それでも、見入ってしまう。店員だから、贔屓は良くないのではないか。いや、常連客みたいなものだから、ちょっとした会話くらいはしてもいいだろうか。でも、美人さんはいつも電子決済で買い物を済ませている。
 それになんだか、風邪をひいたのかよく咳をしている。少なくとも、今日ではないだろう。考えていると、レジに並んだ美人さんが買い物カゴを目の前に置いた。

「お会計は?」
「現金で」

 珍しい。というか、はじめて現金で会計するところを見る。しかも、生憎自分がいるところのレジは現金投入口が壊れており、直接手渡しでの会計を今日に限って、要求されていた。
 でも、これは逆にチャンスかもしれない。手渡しでレシートを渡す際に、一声かけられる機会が巡ってきたのだから。ちょうどではなく、余剰が出る金額を支払ってきたので、レシートと釣り銭を渡そうとした時、美人さんは咳が酷くなってきた。
 マスクを取り出し、着用する。そして、レシートを受け取るとお釣りをすべて募金箱に入れた。

「まだ、に拘ってるんだな?」
「は?」
「いいや、こっちも仕事なんでね」
「────────ッ!?」

 そう言って、こちらを見る美人さん。その表情は、マスクと一緒にかけられたサングラスで見えない。だが、目の当たりにした自分は、心臓を掴まれたような気分になっていた。
 マスク女は、買い物袋を持って鼻歌を歌いながら、コンビニを出ていくのであった。

 それ以来、自分は《つり》が関わることに対して、酷く恐怖を覚えるようになってしまい、今は病院でカウンセリングを受けてひっそりと生活している。
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