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ハズレな話
お守りの達人
しおりを挟む燈火宅に新しい家族が加わった。
それから、数日経ったある日のこと。
「あの……ディフィートさん?また、来たんですね……はい」
「そりゃあ来るだろ。いいか?なんども言ったけど、この子は通常よりも1℃低い粉ミルクが1番好きなんだよっ!」
燈火の養子としてやって来た綻火。
まだ、粉ミルクを飲まないといけない赤ん坊である彼は、とある怪異事件で本当の母親を亡くしてしまっている。怪異となってしまった母親は、子を残して敵対した怪異との戦闘で命を落としてしまった。
引き取り手をその後、探して保護センターへ送り届けようとしていたところを身元引受人に志願した燈火。それから、色々な事件やゴタゴタがあって引き取りに行くのに時間が掛かってしまったのであった。
「ヨチヨチ♪いっぱい飲んで、大きく育つんでちゅよ~♡」
だが、赤ん坊の育児に苦戦していた燈火。
そんな燈火の前に現れた救世主。いや、赤子のお守りの達人がディフィートなのである。
本人は今はバツイチ独身であり、元旦那である神木原 総司との間には子どもはいない。だというのに、本人は産む気満々で育児本を今でも読み漁っている。それどころか、搾乳教室にも通っている異常な母性の持ち主であった。
ディフィートの行き過ぎた育児頭脳は、この綻火の育児には大いに貢献している現在。
燈火にしっかりと世話が努まるように、こうして毎日といってもいい頻度で燈火宅に現れては、綻火をあやしに来ていた。
「ほれほれ♪たかいたかい♪ん?あたしはお前のお母さんじゃないでちゅよ~♪でも、お前のお母さんはチビでちゅね~♪」
「会話になってねぇです。ちょっと、母親である私にも抱かせてくださいよ?はい?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねている燈火に、綻火を丁寧に抱き渡してゲップのレクチャーを始めるディフィート。
赤ん坊のゲップは命に関わる場合がある。大抵は出ない場合、ミルクを飲んでいる時に取り込んでしまった空気やガスは放屁として排出され、命に別状はないまま終わる。
だが、苦しそうな顔をしていたり放屁の仕方が分からないまま、体に溜め込んでしまうと病気を併発させてしまったり、最悪の場合は吐き戻しや窒息でそのまま死に至る。
「違う!そんな強くお尻叩いたら、赤ちゃんはビックリして逆に出せなくなるだろ!」
「こ、こうですか?……はい、……はい、……はい」
「ちょっと弱くし過ぎだ。寝かしつける気持ちで擦る感じなんだけどなぁ……」
言われたとおりにやっているつもりだが、出来ていない燈火にイライラして指が開いたまま独立して動かしているディフィート。
だが、これは母親である燈火が出来るようにならねば意味がない育児の階段。
怪異使いで万能、赤ちゃんの育児でも万能な才を発揮するディフィートにとって、最強である本懐は身に付けた技術を伝承出来なければ一人前ではないと、言い聞かせることで押さえつけるのがやっとであった。
「そ、そう……その調子……くぅぅ……」
「おっ!ゲップしたです!……はい♪」
「出来たか!?よかった……。ん、でも……まだまだ道は険しいぜファイアーボール」
ようやくゲップをさせることが出来た燈火に、安心してソファーに溶けるディフィート。
綻火の方もウトウトして、眠りにコケようとしているのを見てディフィートは一足先に昼寝をする。いや、ここはディフィートの家ではないと燈火は困り顔を見せつつ、ベランダから差す陽の光が当たる位置にロッキングチェアを移動させた。
そして、綻火を抱いたまま腰掛けて少しして意識を落として昼寝に入った。静まり返った空間、三人の寝息だけが支配する密室。微笑ましい光景だけが残る昼下がりの一時────、
「ゴラァァ!!何やってんだお前はぁ??」
「んぇ?」
「熱射病にさせる気か?ほれ、水飲め……」
大声で燈火に怒鳴りつけて、綻火を日陰になっている部屋に連れて水分補給をさせる。
そう、体が小さい赤ん坊であれば、成人とは違い内包できる水分量が少ないのである。それはつまり、成人と同じ時間の日光浴は脱水症状になってしまうのである。
少なくても、体温管理がままならない赤ん坊に長時間の日光を浴びせる行為は、熱中症を引き起こさせかねない。そのため、昼寝の間とはいえ時間を考えて陽の光を浴びせないといけないのだ。
ディフィートが危機を察知して飛び起きたことで、事なきを得たがもしこの場に自分がいなければ綻火に危険が及んでいた。そう考えると、この怒りを燈火に向けているのも仕方のないことである。
「いいか?赤ん坊の時ってのはな、育ての親の愛がなきゃ、すくすく子育てにはならないんだよ!お前がもっと親としての自覚を持てるまで、あたしがみっちり扱いてやらねぇとな!」
かくして、ディフィート鬼教官の子育てレッスンはエスカレートするのであった。その甲斐あって、燈火は綻火の泣き声だけ何を求めているのか理解するまでに成長した。
今では、完璧な育ての親として家事に仕事をこなしながら、子育ても出来る母親へと変わっただけでなく、旦那である家小路とも分担して育児出来るほどになっていた。
しかし、いいことだけではなかった。
あれからというもの、綻火がどうしても泣き止まない時がある。それの対処法を知っているため、燈火は最終手段としてそれを試すのであった。
そして、それが今日で効力をなくすことになる。燈火は怪異調査を終えたその日の帰り道に、お守りの達人にして鬼教官のディフィートが向かった調査の潜伏先に向かっていた。
「うぇぇ!?も、もう匂いなくなっちまったのか?参ったな……、今あたしの匂いがちゃんとしているやつで渡せるやつって……」
「お願いしますよ……。ちゃんと口に含まないように置いておくので、そのネックストラップでよくないですか?はい?」
「ざけんな!これは総司きゅんがあたしに買ってくれたものなんだ。お前の赤ん坊におしゃぶりにされたら、たまったもんじゃねぇ。とりあえず、コイツで我慢してくれ。この任務終わったら速攻帰ってお前ん家に届けっから」
なんと、ディフィートに世話を受けてしまっていた綻火は母親である燈火が育児をマスターするまでの間、すっかりディフィートを母親の匂いと覚えてしまったらしく、母親が近くに居るのに安心出来る匂いがしなくなったと泣き出す時があったのだ。
そうなってしまうと同じディフィートの匂いを嗅ぐまで泣き止まなり、家小路と燈火の睡眠時間は削られ続けていた。耐え兼ねた燈火は、ディフィートから私物や洗濯したディフィートの匂いが付いているものを借りて、家に置いていたのである。
燈火家の事情を知り、協力はしていたものの今は任務中のディフィート。そんななか渋々と鞄から取り出し、手渡してきたのはガラガラであった。
それはディフィートが育児イメージトレーニングで持ち歩いているという、これまた変わった動機で常備しているアイテムであった。本人は総司との再婚後には、子どもを授かる算段でいるため当然のことらしいのだが、そもそも再婚までの脈がないのではと燈火は目を曇らせていた。
しかし、受け取れるものは受け取らないと、締め切り間近で睡眠時間を満足に獲得出来ない家小路が、死にそうになりながら泣き止ませようとしていることを思い出す燈火。このままでは一家の生計に関わると、急ぎ帰宅してガラガラを綻火に使うのであった。
もちろん、寝かしつける時に持って眠りに落ちてしまった燈火の目を盗んで、口に含んだり振り回してあっという間にディフィートの匂いがなくなってしまい、すぐに替えのものをディフィートが届けに来ることになるのであった。
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