意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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第一章

今日から配属される課はいわく付き!?

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 辰上たつがみ 龍生りゅうせい
 先日まで、役場の企画政策課に勤めていたのだが、いきなりの異動命令を受けて今日で、この課ともさよならかと肩を落としていた。

「どうした少年。悩みがあるならお姉さんが聞こうか?なぁんちゃって♪」

 気を落とす辰上の背中を叩いて、隣の鉄柵に寄りかかる女性。
 茅野かやの 芳佳よしか
 彼女もまた、辰上と同じところへ異動が決まった職員で、今日が保険健康課の勤めは終わりになるのであった。落ち込む辰上の頬に、自販機から取り出してそんなに経っていないコーヒー缶を、ぐりぐりと押し当て差し入れとして、渡してくれた。

「搬送料300万円になります」
「ブッ!?そんな小学生じゃないんですから、先輩は……もう」
「でどうよ?挨拶は終わった?偶然よねぇ、私達同じ配属先だなんてね。でも、一体何をするとこ何でしょうね?」

 そう言って、ポケットからしわくちゃになった異動通知書を取り出した。もう少し綺麗に保管は出来ないのかと、内心思いつつも自分の内ポケットに閉まっておいた、同じ通知書を広げて眺める。

────────────────

────噂観測課。


茅野 芳佳、辰上 龍生

両名は以下の課への異動を任命する

噂観測課

本通知に規定された日付をもって異動先の職員とする

両名のますますの活躍を期待している

────────────────

 ふざけているとしか思えない字面で、異動先が書かれている通知書。そもそも、役所勤めの人間がするのか。その考え自体が、合っているのか違っているのかすら、読み取れない配属先。文字を読み終えると、またしても項垂れる辰上。

「観測同好会みたいな地方にたまにあったやつとかだったりして」
「何よそれ?辰上君みたいに不真面目そうに見える人なら、ともかく皆勤賞貰った私までそんな訳わかんないとこに飛ばすってどういうことよ?」
「先輩……、皆勤賞はちょっと関係ない気がします。僕たちお祓い箱じゃないことを祈りましょうか」

 深刻そうなテンションで喋りながら、先輩である茅野を見る。うわの空という感じで、スマホ画面スクロールの片手間に「うんうん」と、相槌を適当に打っているだけだった。
 こういう、ガサツなところがなければ良い人なのにと、内心思いかけていたその時、寄りかかっていた上体を起こし、姿勢よく直立してスマホ画面を近ずぎるってところまで、突き出して来た。

「出たのよ、また。今月だけで3件目……」
「先輩ッ!!見えないですって!?なんですか────えっと……」

 スマホを受け取り、内容に目を通した。

━━━━━━━━━━━━━━━

またしても通り魔現る!?

昨夜、〇〇地区の高層マンションで男性の死体が発見された。

殺傷状態が酷く、顔から人物特定がその場では出来ず司法解剖の結果発見された自室の住人であることが確認された。

なお、これまでの男性の殺傷事件同様に寝室には女性を拘束する為の器具が多く散乱しており、警察は今回も一連の事件と繋がりがあるのではないかと捜査を続けております。

━━━━━━━━━━━━━━━

「男性だけを狙った犯行なんですか?」
「そうなのよ。でも不思議なことに、女性の方が目撃された報告がないのよね」
「それって……、人間による犯行じゃない、とか?」
「どういうことよ?馬鹿言ってないで、辰上君も気を付けるのよ?未だに犯行パターンの共通性は分かっていないってことは、狙われる可能性があるってことよ?」
「大丈夫ですよ。僕、彼女とか居ませんし……。それにSM?って言うんですかこういうの?興味無いですから……」

 本当にそうかと言いたげに、キッと睨む茅野はスマホを取り返しポケットにしまうと、異動通知書をビリビリに破ってゴミ箱に捨てて、その場を立ち去った。
 そろそろ自分も、挨拶と私物整理して退勤しないとなと思い、成り行きで奢って貰ったコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に入れて自席に戻った。

 私物は手に持てるだけしかなかったので、交通機関を使って帰宅することにした。特急に乗って、二駅移動して駅から徒歩二十分。それも今日で終わる、訳ではいはずなのに変な胸騒ぎがしていた。そして、どうも視線を感じる。

「わっ!」
「うわあああ!!??────って、占い師の人か……」
「おやおや?どうしたんですか?こんなに手荷物を持って……はい。ひょっとしてクビになったんですか?」
「違う。異動だよ異動」
「どこへ行くのですか?恐い上司から逃げるとかですかね、はい」
「それだとただのな気がするけど、異なる部署に移る方の異動なんだけど」

 ぐわっと背後から迫ってきたのは、右半分の顔面が火傷を負った占い師の少女であった。
 どうやら、視線の正体も彼女のようで辰上の話を聴いて「ほうほう、それは難儀難儀」と、まるで同情している様子のない生返事で、リアクションを取っていた。

「じゃあ、こいつを持っていくといいですよ……はい」
「あのな……、舐めていたりんご飴渡されても、困るんだけど?」
「はい?────ああ、これじゃなかった!?私のこと恐がらずに仲良くしてくれていたご近所さんですからね……っと、これですこれ!はい」

 りんご飴を壁の駄菓子を差し込む什器に置き、腹部にぶら下がっているボロボロのポーチの中身を、ゴソゴソして取り出してきた。これまた、中身は更にボロボロでしたという程に使い古された、なにやら臭いが漂う御守りを手渡して来た。

「あの……初詣で御守りなら買ったんだけど。それに、これ僕が産まれるよりも前に作られた御守り……だよね?」
「そうですね、はい。何でも120年ものですからね。印字が掠れてしまってもう何の御守りなのかも分かんねぇので、あげるです……はい」

 得体の知れない物を、例え御守りであっても渡すか───、そもそもこれは大事なものなのではないのか。
 辰上よりも年若いであろう少女が、120年前に存在していたことを知っているというのも、おかしな話であったが辰上は知っていた。このまま受け取らないと、延々と立ち話をしてくること。この少女に、今日は構って居られない。明日から新しい職場になるので、今日はもう早く帰って休みたい気持ちが勝っていた。
 仕方なく御守りを受け取り、その場で別れ自宅を目指して歩くことにした。少しだけ気になって後ろを見ると、既に閉店している商店街の雨戸に残った、僅かな屋根で雨風を凌ぐつもりなのか、少女はダンボールを敷いてポーチを隣に置いて、りんご飴を再び舐めていた。
 はじめて見た時は驚いたが、もう見慣れたもので彼女がどこに住んでいるのか、辰上は知らなかったがこうして何回も合って話すからには、帰る場所はあるのだろう。

(って余計なことは考えなくていいんだよ)

 自問自答に終止符を打って、玄関前に着いてポケットの中を漁る。家の鍵を取り出して鍵穴に指すが、違和感を感じた。それもそのはず、何を隠そう鍵を開ける方向に回すことが出来ないのだ。
 それはつまり、鍵がことを意味していた。今朝、家を出る時には確実に鍵をかけたと記憶しているのと、今まで鍵を閉め忘れることを経験していない辰上は、足先まで冷えきっていく鳥肌を感じた。
 同時に、茅野から見せられたネットニュースのせいで、より一層の恐怖が支配してくる。しかし、人の気配を感じたら直ぐ、警察に通報すればいいとスマホを構えながら、恐る恐る部屋の中へと入る。

(誰も……居ない?風呂場にも、トイレにも寝室、押し入れにも……)

 辺り全てを見て回ったが、人の気配はなく影も形もないと知り、一安心した辰上は玄関外に置き去りにしてしまっていた、私物を中へ入れて鍵をかけた。
 まさか、最終出勤だからと緊張して、鍵をかけ忘れたのだろうか。なんて考えながら、シャワーを浴びに風呂場へと向かい服を脱衣して、シャワーに当てられる。シャンプーで髪を洗っていると、何やら物音がしている気がして、出しっぱなしにしていたシャワーを止めて、耳を澄ました。


━━ガチャ…ガチャチャ……ガタガタガタ……


 湯冷めなんてレベルではなく、背筋が一瞬で凍りつく。
 この音の正体は、玄関から聴こえていると、確信出来たからである。急ぎ、シャワーでシャンプーを洗い流してバスタオルを手に取り、身体を拭いて風呂場を出る。
 ルームに出て玄関の方を確認すると、物音はなくなっていた。しかし、この家へ何かが押し寄せて来ているかもしれないと、スマホをとりあえず手に取って、警察へ通報する準備をしていたその時──、


━━ カチッ…ガチャッ!!


 解錠の音ともに、ドアを開ける音が聴こえた。恐る恐る、玄関の方へ視線を向けると、それは声をかけて来た。

「ん?お帰りなさいませ辰上……すいせい、様?でしたっけ?」
「ひっ!?ど、どど……どうやって部屋へ?」
「どうって、わたくし鍵は持っておいででございますよ?───ッ!?あらいけませんっ!!龍生様でございました!?これは大変失礼を……」
「警察……、警察……っ」

 知らない女が。メイド服を着た、桃色の髪を結んだ女が、当たり前のように人の家に入ってきた。
 それも、まるでずっと前から同棲していたのかと思わせる、買い物袋をぶら下げてだ。もしかしたら、ネットニュースの犯人かもしれないと、恐怖で指がかじかむなか、送信ボタンを押そうとした時、辰上の両脚が地面から離れて、重力が反転した。
 瞬きすらしない間に、ベットに押し倒されていることを、遅れて脳が状況理解を示すと、頭上にメイド服の女が映画のフルスクリーンで、出演者をズームしているシーンのように、視界を奪い尽くしていた。

「ダメ、ですよ?龍生様は明日、噂観測課に異動になられますよね?」
「えっ……?────んんっ!!」

 何故、そんな事情まで知っているんだと、恐怖が更に加速して変に力が入りスマホを手元に引き寄せようとするが、両腕を十字架に釘打ちするかのように、物凄い力で押さえ付けて来る女の力に圧倒され、起き上がることすら出来ない。


────殺される。


 スマホを握る手に握力が入らなくなって、意識も心做しか独りでに手放す準備を始めた。まさか、異動先がなんなのか知ることもなく、ここで死ぬのか。それともこれが、本当の意味での異動なのか。
 クビではなく、殉職。それも刑事でもない自分が……。その割には、なかなか死ねないな。というか痛くない……。

「えっ?」
「ま、まぁ……。人間、死を目の当たりにすると、繁殖機能が種の生存本能を爆発させると噂を聴きますが……」

 女は仰け反るように、辰上から離れていた。同時に、急に頭が冷静さを取り戻した辰上は、目の前の不審者を警戒して風呂場から飛び出してきて、バスタオルを巻いているだけで服を着ていない。そんな状態で、体が宙に浮くほどの力で投げ倒されたら……。
 急に羞恥心を覚えた辰上は、恐る恐る起き上がると予想は的中していた。巻いていたバスタオルの結目が解れ、全裸になっていたのだ。それだけに留まることなく、そんな状況ではないというのに、女が顔を両手で覆って見ないようにしていることで、察しはつくだろう。

「お、お願い致しますっ龍生様っっ!!その…まずは服を着ていただけませんか?わ、わたくし……その───っ、と、殿方のソレを見たことはございませんので」
「ご、ごめんなさい……」

 確かに、こんな状況で警察に通報しても、真っ先に疑われるのは自分であると赤面しながら、そそくさと服を適当に選び着替える。
 顔をまだ赤らめて、目を逸らしているメイド服の女。そして、向かいの席に座って直ぐに殺される訳ではないことを確認し、一旦冷静になるように深呼吸をする辰上であったが、直ぐに二人の間に置かれていた自身のスマホを手に取った。

「もう一度聞くけど、君は一体誰なんだ?どうして、僕の家の鍵を持っているんだ?」

 返答の内容次第で、直ぐに通報してやる。どうやら、相手に辰上の命を奪う様子はないが、あくまでも今だけかもしれないと、警戒していたからだ。
 ようやく、顔の紅潮も収まった女は辰上の方へ、視線を向けて言った。

「わたくしの名前は神木原かみきばら 麗由りゆと申します。龍生様が明日から配属となる噂観測課の庶務を務めております」
「噂……観測課。いやいやでも、僕の家の鍵は──」
「鍵は事前にオーナー様に許可を取って、作らせていただきました。ご心配いりません────」

 何で管理人は何の確認もなく、目の前のメイド服を着た女。麗由に鍵を作る許可を与えるとは、一体どういうことなのかって想像がつかないが、一先ずは安心かと肩の力を抜いた次の瞬間、麗由の口からとんでもないことを聞かされて、凍り付いた。

「本日、ここを出ますので鍵を作られたことを気にする必要はありませんよ」
「ちょ…ちょっとここを出るって引っ越しですか?何も聞いてないし、こんな時間に業者さんは来ませんよ?」

 ぶっ飛んだことを言って、買い物袋の中身を見せてくる麗由。中身は全て、調理を必要としない食べ物で、これを持って今から、異動先の部署の地域まで車に乗って移動すると言うのだ。
 状況が飲み込めない自分には、目もくれずに麗由は押入れから、キャリーバッグを持ってきた。いつの間にと思いつつも中身見てみると、必要最低限度の物がしっかりと入れられていた。

「そ、それじゃ、残っている荷物は?」
「後日、搬送してもらう手配は済んでおります。あと、15分程で近くのバス停に到着致しますので、乗車準備をお願いいたします」
「え?もう移動するって?……というか何で前もって言ってくれないんですか?」
「それは……秘匿部署であるからとしか、今はお伝え出来ません。それでは、お忘れ物がないように。それと通報なさらずにお話を理解いただき……ありがとうございます」

 深くお辞儀をして、一足先にバス停へと向かった麗由。いきなりのことで、何が何だかと思いつつも、これも明日からの仕事に関わることだから仕方ないと思い、しぶしぶ家を後にする。

(というか、夜間に移動しないといけないほど遠いのなら移転代を渡して、前持って転属させるだろ普通)

 内心役場の対応の悪さに悪態を着きながら、手を振ってこちらですと合図する麗由のもとに、停められたワゴン車に乗ろうとしようとした時、聞き覚えのある声が車内から聞こえてきた。

「辰上君。こっちこっちぃ」
「あ、茅野先輩。やっぱり先輩のところにも来たんですか?噂観測課の人?」
「え?来ていないわよ?便りが入っていて、そのとおりにこの車乗っただけだけど。後日、必要な荷物は送ってきて貰えるって書いてあったし」
「先輩……、あなたという人は……」

 いつもの空気感が与えてくれる安心に脱力しながらも、あまりにも無警戒すぎる茅野に脱帽していると、辰上が言っていた一言が気になって姿勢を低くして、外を覗き込んだ。

「ちょっと誰そのメイドさん?辰上君の彼女?」
「いや、違いますって!いないって言ったでしょっ!!この人は、配属先の職員さんで────」

 名前を告げようとした時、すぐ隣に身を乗り出して腕を組んで来る麗由。すると、先程の恥じらいを感じている姿を見せて照れるかと思いきや、意外にも乗り気で茅野に見せつけるように、辰上の腕を自分の胸を押し当てるように擦り寄って、淡々とした声で挨拶した。

「神木原 麗由と言います。お察しのとおり……と言いたいところなのですが、同じ所属の職員には、奉仕の精神でお務めするための正装なだけにございます。龍生様の方へはお便りの配送手違いがございまして、代わりにわたくしがお迎えに上がらせていただきました。これからよろしくお願いいたします茅野 芳佳様……」
「ふ~ん。まぁよろしくねえっと……麗由さん?」
「はい。気軽に麗由とお呼びください。道中ご質問等ございましたら、何なりとお申し付けください」

 どうして、茅野のことはちゃんと名前を把握しているのかと目を細める。同時に、ついさっきまで感じたことのない恐怖に怯えていたというのに、休む間もなく部署異動に伴う夜間移動が始まる。
 既に、キャパシターがオーバーしているなか、ワゴン車へと乗り込み後部座席の方へ入っていくと、麗由が席は沢山開いているというのに、後ろを着いて来ていた。

「他にも席空いているんだから、何も隣に座らなくてもいいんじゃないですか?」
「はぁ、夜更かしはお肌の敵ね。麗由さん着いたら起こしてぇ……」
「はいかしこまりました」


 目隠しを着けて、運転席後ろに腰掛ける茅野は、直ぐに眠りに就こうとしていた。その様子を見て、相変わらずマイペースだなと苦笑いをする辰上であったが、質問に回答せずに席の隣にいる麗由の方へ向き直ると、車が走り出して車内がグラッと揺れ上体が前のめりになった。
 その拍子で、麗由の唇が耳元を横切った時に、小さな声で囁いてきた。そして、その声が脳裏に静かに届いた。


 ─── 本当にお付き合いするのも、悪くありませんよね?


 その一言が意味するものが、何なのか分からず聞き返そうとした時、麗由は茅野の隣の席へ移動して、シートベルトを閉めて運転手に安全運転で送り届けるようにと、一言告げて静かに前方だけに意識を集中していた。

(何なんだよ……。でも、色々あって疲れた……)

 流石に、慣れない出来事に振り回された精神は、休息を欲していたらしく辰上も静かに、眠りへと意識を落としていった。

 やがて、車のエンジンが停められ目を覚ますと、外はもう陽射しが指し始める時間になっていた。茅野が寝ぼけ眼を擦りながら、伸びをして口を開いた。

「ここが次の職場ってとこかしら?」
「はい。ここが噂観測課の事務所となります」

 何故、そんなに状況をすぐに受け入れられるのかと、茅野の方を睨みながら寝起きの頭を持ち上げて、これから務めることになる場所を視界に納める。
 しかし、あまりにも突然のことであったから忘れていたが、またしても恐怖心が波のように押し寄せてくる辰上は、茅野の手を掴んで確認するように言っていた。

「新しい部署に異動してきたのはいいですけど、先輩途中目を覚ましたりしましたか?」
「いいえ……、ぐっすりだったけど?」
「じゃあ、ここ何処だか分かりますか?どれだけの時間、車で移動していたのか分からないんですよ?」
「あ───、確かに!?」

 流石のマイペースも、辰上の疑問は応えたのか顔面蒼白で、今置かれている状況を理解していた。そして、改めてこれからお世話になる事務所があると、麗由が口にしながら指さしている方向を見る。
 しかし、そこには何もない。建物と呼べるものは周辺にはなく、薄暗い森だけが広がっている。
 気が付けば、送迎してくれていたはずのワゴン車すら、影も形もなく消えていた。すると、肉眼で確認出来ている状況に脳の処理が追い付かなくなったのか、目をぐるぐる回して倒れ込む茅野を、辰上は背中を抱き止めると、そっと身体を横たわらせた。
 やはり、何かあるんだと感じた辰上は、尚も一人姿勢よく佇む、麗由の方へ向き直る。その時、どこからともなく振り子時計の音が聴こえてきた。


━━カッチ、カッチ、カッチ……


 続け様に階段を人が降りる音が、森中から木霊する。
 よく見れば、森は広がっているのにも関わらず、草木が風に揺れる音も動物の鳴き声一つ聞こえていない、不気味な緑が生い茂っているだけであることに、気付いた瞬間に吐き気を覚えた。
 するとそこへ、男性の声が───。しかもそれは、直ぐ近くにいるらしく、声の主に名前を呼ばれた。

「辰上さんに茅野さん。ようこそ、噂観測課に。おっと?もしかしてオレの姿が見えていないね……これ?いや、見えていないよね?神木原くん、解除していないなら解除してくれないかな?」
「申し訳ありません。みのり様にちょっとした悪戯でございます♪」

 ニッコリ笑顔を浮かべながら、指をパチンと鳴らすと周囲の森が、上下左右にザラザラと揺れて消えていった。ホログラムで出来た森が消えると、そこは記念展示等に使われていてもおかしくない、公民館の風情をしている建物であった。

「いや~ごめんね。神木原くんのせいでなんじゃ?って思ったでしょ?あ、オレはみのり まこと。一応、ここの課長をしています」

 ケラケラと笑いながら、倒れている茅野を休憩室に運ぶよう、麗由に言い付けて事務室に辰上を案内するのであった。

(いや、充分にいわく付きだろ……此処)

 内心で呟きながら、辰上は実の後をついていくのであった。
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