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第一章
歳を言い当てる男/河野琹
しおりを挟む噂観測課の平和的な朝。今日も詰所待機の辰上のテーブルに煎りたてのダージリンティーが置かれる。
「おはようございます龍生様。わたくしはこれより怪異の調査で現場へ赴きます。内勤が多いとはいえ、コン詰めすぎないよう適度に御休憩なさってくださいね」
「ありがとうございます麗由さん。そっちこそ、戦闘になるかもしれませんから気を付けてください」
メイド服のスカートの裾を摘み上げお辞儀を交わして事務所を出ていく麗由。その光景を見ている小さな子ども体型の燈火はませた子どものように狡い笑みを浮かべてその様子を見ていた。
すっかり板に着いた二人のやり取りをゆっくり見られるほどには、退屈な時間が流れていた。すると燈火は立ち上がり辰上のとの隣へ移動して冷やかしの目を向けつつ提案した。
「どうです?今度の総会に後輩らは参加しないですし、今日暇なんでどうせなら……挨拶しに行ってみます?はい?」
「僕は未だに信じられないんだけどね」
辰上が異動してきたここ噂観測課。それの正式名称が噂観測課極地第2課で、こことは別に第1課が存在していたということを知らされたのはつい最近の話だ。ともあれ、取り扱っている噂の規模からして六名のメンバーで全て面倒が見れるわけが無いことくらい少し考えてみれば分かることであった。燈火の提案により、その第1課の事務所にやってきた訳である。
「そうだ。皆さんに会う前に、後輩の運勢占っときましょう……はい」
「占いってなお前……。それは僕に近付くために成りすましていただけじゃ」
どうやら、占い師は本当だったらしくいつの間にか手に持っていたオラクルカードをシャッフルしてカードを引き辰上の目の前に引き当てたカードを差し向けていた。するとそのカードを見てあれまという顔をして辰上に言った。
「こりゃあ、まずいですね……はい。これ、近々後輩に想いを寄せている者が現れるそうです。つまりは、三角関係や浮気に繋がるかも、と……はい」
「浮気ってね……、僕彼女も居ないってお前がよく馬鹿にしているだろ。ん?つまり相手目線浮気になるってこと?」
「さぁどうでしょうね。総称する意味で浮気が当てはまるだけなのでなんとも。ただ、今いる想い人とはその人との出逢いのせいで拗れてしまうかもしれないどのことです……はい。麗由さんを取るか、その新たな出逢いを取るのかと言ったところでしょう」
何勝手に決めているんだと目を細める辰上であったが、燈火の占いがどうという訳ではなく、そういった類を信じていないので特に気にしないことにして占い結果を考察し始めている燈火を車から出して、目的の場所へ案内してもう事にした。
自分達の事務所は館のような建物だったのに対して、噂観測課極地第1課の事務所は街中のテナントビル。その業務員駐車場の場所から地下に入り、金庫の番号を特定コードを入力して入った地下秘密基地。のようなところから更にエレベーターで地上に上がり、古びた鉄柵に覆われた民間施設のような普通の郵便局にしか見えない建物が事務所であった。
「見た目は一般企業事務所っぽいですけど、撤去工事待ちの私有地みたいな作りですよね……はい。こういうところが都市伝説っぽいとは思いますけどね、はい」
小言を言いながら、引き戸を引いて中に入っていく。葉書や手紙の輸送でも頼むのかとなるカウンターで隔てられた応接口にはガタイがいい、髪はくせっ毛の強めな女性が内勤業務か手元の書類に空虚な目の色で許可印を押していた。
「あん?誰だあんた?」
「ど、どうもこんにちは。え、えっと……う、噂観測課…ぇ……極地、第2課の辰上 龍生と申します」
言い慣れない所属を口にして、愛想の悪い応対をしてきた女性に挨拶をした。すると、隣に居る燈火が口を開いて同業者に対する挨拶が相変わらずなってないと女性に向かって悪態を付いた。相手は第1課ということは一応立場は上なのではないかと焦る辰上に対し、聞き覚えのある声を聞いてからか目の色を変えて辺りをキョロキョロし始める女性。それもそのはずでカウンターの高さよりも燈火の身長が低く、アホ毛のように飛び出ているツンツンくせ毛が辛うじてカウンターを飛び出しているくらいのため、そこには誰もいないように見えるのだ。
「ふんっ。今でも脳に栄養が行かず、そのでっけぇ乳に栄養が吸われてるんじゃねぇですか?トレードさん?は~い?」
「てんめぇ……、わざわざそんなこと言うためにこんな所に来たってのかよ?第2課ってのはあたいらと違って、相当暇なんだなぁ?万年低身長の座敷わらしがよォォ!!??」
トレードと呼ばれたその名前は勿論、コードネームで本名ではない。第1課は所属しているメンバーをお互いコードネームで呼び合い本名では呼ばず知らずが原則の掟だ。
そんなトレードとは初対面ではあるが、お互いにいつもと違うと言うくらいに口の悪い当たりであると、辰上は感じ取った。その証拠に燈火はカウンターから身を引きトレードに自身の姿が見えるようにしてから口喧嘩がエスカレートしていく。
「言ったですねコイツっ!?この身長で得しかした事ねぇですが、おめぇにだけは弄られたくねぇですよっ!こっちが座敷わらしなら、そっちは巨乳症の脳筋乳壁女ですぅぅぅ♪はいっ!!」
「はぁ!?なんだそりゃあ?ヌリカベならまだしも、勝手にオリジナル妖怪作ってんじゃねぇぞ!?」
「やーい!今のはおめぇはもう怪異になったってことを皮肉増し増しで言ってやったですよぉ?」
カウンターを飛び越して燈火の前に立ち、その男顔負けに逞しい二の腕に力を込めて「それよりずがたけぇですよ」と偏屈を言ってきた燈火の胸ぐらを掴み自分の頭と同じく高さに持ってきて「これで対等だな」と偏屈を返した。
「これじゃ地に足着いてねぇですよっ!!地の利はおめぇにあるじゃねぇですか?やっぱり脳みそ筋肉なんじゃねぇですか?はい?」
「んなこと言って人の乳触ってんじゃねぇぞ?こう見えてもちゃんと定期的に吸引して減量してんだよっ!!」
「うあぁぁぁ!?痛てぇですっ!!頭がかち割るですぅぅ!?パワハラで訴えてやるですっ!!はぁ~いっ!?」
「あ、あのっ!!!!」
このままでは、警察沙汰の取っ組み合いに発展しかねない二人に辰上が声を上げて、トレードのいた受付の奥の方を指さして言った。ずっと、こちらを見ている人が居る。スーツに身を包んでいるところと、座っている席が他と隔離されていることから第1課の課長と思われるその人が、騒がないでくれと言っていると伝える。
すると、さっきまで喧嘩していた二人は顔を見合せて手を止めた。燈火を床に降ろし辰上の方を見て二人は大爆笑した。
「お、お前……何言ってんだ?今はここ、あたいしか居ねぇよ。あんたらが今日初めての客だよ」
「アーハッハッハッ……そ、それに1課の課長は明日の総会には来ますけど、年に1回くらいしか出勤しないことで有名ですよ。その課長が今日出勤している訳……ぷふっ♪」
何がそんなに可笑しいのか分からず、辰上はもう一度後ろを振り返るとそこにはここへ入ってきた当初からスーツ姿の男がそこに座って業務をしている。笑い収まったトレード曰く、一人で捺印業務をしていると覚えのない書類の数こなしていることが多々あるけど、同じ手作業で虚無状態の自分にある潜在能力か何かだと思っているのだとか。
そして、この状況はどうやらいつものことらしくてスーツ姿の男は後ろのホワイトボードに【誰も気付いてくれない】と書いていた。それを見てほしいと辰上は二人にもう一度奥の席を見てもらう。
「何も書いてないですけど?後輩、お前疲れ過ぎで頭おかしくなったんじゃないですか?はい」
「だな。このチビの教育がストレスなんだろうさ。さてと……」
「なんや?燈火はんやないのぉ♪おっと?あんさんが2課の新入りさんかいな?」
突如そこへ、関西弁で喋る男性が現れた。ラットというコードネームのその男性は、怪異解決の報告書をカウンターに叩きつけて話の輪に入ってきた。目が細いのと鼠のような灰色の髪に鼠のアニマルヘアバンドを付けていて、それがコードネームの由来であると主張しているようであった。
燈火とは随分と仲がいいらしく、なんでも燈火の旦那さんはラットの紹介で知り合ったのだとか。しかし、そのラットもまた辰上にしか見えていない課長らしき人の姿は見えておらず、同じく課長はレア出現する人と回答してきた。
「ほんにオモロい後輩やねぇ♪燈火はん、いい目してんでぇ♪そんでもって、辰上 龍生って辰年のために付けられた名前みたいでカッコええなぁ」
「い、いえありがとう……ございます」
気が付けば課長らしき人はホワイトボードに【伝える意味、どうせないですけど、外回りに行ってきます】とメモを残して姿を消していた。影が相当薄い人なのだろうと、自分を納得させることにした辰上であった。するとそこへ、もう一人事務所に入ってくる影が輪の中へ割り込んできた。
「お、おう。ディフィートじゃねぇか?怪異の調査はどうした?まだだろ?」
「────。」
「ん?な、なんでしょうか……?」
ファー付きコートにショートパンツと動きやすさ重視のファッションに身を包むディフィートと呼ばれた女性が真っ先に向かってきた。暗い目で睨むような。それでいてここではなく別の場所で話をさせてくれないかと視線だけで訴えかけると辰上の手を取りその場から連れ出した。
「おぉう……?占い、当たっちまったですか……はい?」
「なんやなんやぁ?ディフィートはんのヤツが総司以外の男の手ぇ引くなんて、文字通り審判の日でも来たのかねぇ?」
置き去りにされた燈火、ラット、トレードの三人はしばらくきょとんとしていたのであった。
引き連れられて車に乗せられた辰上は、ディフィートの方を見て質問をした。突然、連れ出して来てなんなのか。このまま怪異の調査に行くから付き合えと随分と強引な物言いをすると、信号に捕まった時にミラーを通して視線を向けながら重々しい空気にメスを入れた。
「なぁ?お前、総司きゅんとはどんな関係なんだ?」
「はい?総司さんですかぁ?…………、麗由さんと一緒に居ただけで殺されかけました。それで初めてお会いした時は2人の喧嘩を止めようとして、吹き飛ばされて気を失いましたし……。こないだも事務所に顔出された時に、殺気立った目で麗由さんの淹れてくれた珈琲を僕の机から持ち去って行きました」
至って真面目に非日常的な総司との直近のことを聞いて、剣幕を解いて息を吐いて脱力した。すると次の瞬間信号の切り替わりと同時に強めにアクセルを踏んでニッコリ笑って辰上の方を見て言った。
「なぁんだよ♪やっぱそうだよなぁ!!総司きゅんはそうでなくっちゃ♪」
「わっ!?ま、前見て、前ッ!!」
「ん?ぉああ────」
脇見運転で対向車線に完全に乗り出していたのをディフィートはぐんとハンドルを切って起動修正し、現場までの運転を続けた。辰上はこれならジェットコースターに乗っている方が数倍マシだと冷や冷やしながら道中を過した。
ディフィート。噂観測課極地第1課の係長の立ち位置にいる彼女は独自の感性であだ名を付けることがある。同じ1課の人間はコードネーム呼びのため、彼女にとっては2課は趣味全開で接することが出来ると言っても過言ではないだろう。
「っつーわけで、宜しくなオトシゴちゃん♪」
「タツノオトシゴってことですか……。な、なんでもいいですけど」
「んでオトシゴちゃんはヒマワリちゃんと一緒に居るの総司きゅんが許してくれないのはどして?」
ヒマワリちゃんとは総司の妹の麗由に付けたあだ名。なんでも、二人とは幼馴染みの関係でその昔兄の総司とディフィートに向けて向日葵の花冠を造ってくれた時からそう呼んでいるそうだ。
辰上は麗由との出逢いから、今日まで受けている職場でのからかいについて話すとディフィートもそういうことかとケラケラ笑って、どこか納得した様子で話した。
「でもヒマワリちゃんってよ、『男性に滅法興味ありませんので……』って感じだかんなぁ。珍しい事だから不安なのかも総司きゅん」
「その総司きゅん……と呼んでいるのは、何でなんですか?」
恐る恐るではあるがそう聞くと何も隠すことなんかないと景気良く話してくれた。二人は結婚して三年間結婚生活が続いていたが、ある時総司からの申し出で離婚してしまったらしい。それでもディフィートの方は総司のことは好きだし、自分に落ち度があったとは思っておらず今でも何で離婚しちゃったのかさっぱりであると笑って答えた。
そうこうしているうちに現場へと到着し、車を降りると早速今追っている怪異の資料を一緒に確認する二人。ディフィートが追っている怪異は【歳を言い当てる男】であった。これは擬態型の怪異で、文字通り人間に擬態して一般社会に紛れ込み自身の信憑性を高めて力をつけるタイプの怪異なのだ。
「とりあえず、この辺だって聞いているからよ……」
「────、あっ?あれは、どうですかね?」
「?」
そう言われて指を指された方向に目を向けるディフィートであったが、直ぐに辰上の頭を叩いてそんなわけないだろとダメ出しをしていた。指を指したそれは街角アンケート。その声かけの人間が「あなたはいくつですか?」と歳を聴いて回っていたのだ。
「歳を言い当てるのに何でわざわざ相手に歳聞いてんだっつーのっ!そんくらい分かれ……、あん?」
「いてて……すみません。ってあれ?ディフィートさん……?」
顔を上げて振り返るとそこにはディフィートの姿はなかった。周囲を見渡してみると雑居ビルの間の細道に向かうディフィートの姿を発見したので、慌てて辰上もその後を追って向かった。
【歳を言い当てる男】。
それは、ある列車の中で次々と乗っている人間の年齢言い当てる男がいた。
その男が確実に年齢を言い当てる中、最後の一人の年齢を外してしまう。
外れたことに感動を覚える乗客達がいる中、言い当てていた男だけ顔色が悪い。
最後に外した乗客は間もなく誕生日を迎えるから年齢が一つ上がると。
そう男が当てていたのは、唯の年齢ではない。
───その人の命日となる年齢を当てていたのであった。
「なぁ~んて話は有名だよな。でも、それを模倣したもう一つの話がアンタだな?【歳を言い当てる男】……。質問だ。今日は何人殺した?」
ディフィートは追いついた目の前に居るフードの男に尋ねた。
【死期の見える人】という話がある。
一見すると、その人間の死期を見るだけの話であったそれは何故その人間に死期が見えているのかにフォーカスを置いていく。
それは自分で殺せる相手なのかを見ることの出来る人間であったというのが話のオチであった。
「お前は────年齢が見えない……。でも死期が見えるぞ……。なら、俺でも殺せるっ!!」
「ほぉ?やってみるかい?いいぜ」
手に持っていた血のついたナイフを刺し向ける怪異の攻撃をポケットに両手を突っ込んだまま躱しているディフィート。するとそこへ金髪の小太りしたおじさんが突然走ってきてディフィートに向けて言った。
「あんた、噂観測課の人なんだろ?そいつを倒してくれるよう依頼したものだ。早くそいつをやっちまってくれ」
「────。ま、言われなくてもあたしは、怪異は全部ぶっ潰すけどな」
そこへ遅れて息を切らして辰上が姿を現した。ちょうどいいから第1課の戦い方と、請け負っている怪異の特徴ってやつを教えてやろうと先駆者としての余裕をみせると指を鳴らして愛剣の名を叫んだ。
「来いっ!ドゥームズデイッッ!!」
「あ、あれが……ディフィートさんの武器?というか、飛んできたぁ!?」
武器が飛び出してそれを手に取って戦うのは、燈火で目の当たりにしていたがディフィートのそれは違う。主人に名前を呼ばれて駆け寄る飼い慣らされたペットのようにディフィートの手に納まるように武器自ら飛んで来たのだった。そして、手に持った愛剣を依頼主を名乗る男に投げて突き刺した。
「ちょっ……何やってるんですか?ディフィートさん、その人は────」
「人間じゃねぇよ。ソイツ────これと同じで怪異だぜ?」
「まさか見抜いていたとはな……フフフ」
脳天を貫通しているのに口を動かして体を起こす依頼主に成りすました怪異。というよりこれもまた【歳を言い当てる男】の怪異の派生系であったのだ。ディフィートは忘れていたというような態度でそれが何かを言い放つ。
「幾つも派生系はあるもんさな……。何も今に囚われることはねぇんだから。言うなれば【名もなき未来人】ってやつだな」
辰上は怪異が二体いたことに驚くが、戦闘が始まった中ディフィートが言っていたことが薄ら聞こえていたことが気がかりだった。怪異を全部ということは目の前で闘っている以外にも怪異がまだ居るということなのかと。
「すいませ~ん。あの、あなたは歳。お幾つですか?」
「え?」
不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、そこにはさっき怪異なのではないかと指を指した街角アンケートの男の姿があった。まさか、そんなことがある訳と思ったその時背後を風を切って何かが通り過ぎると男は吹き飛ばされた。
「はぁ……、大したヤツだぜオトシゴちゃんも♪アイツが怪異だって見抜いた時には内心焦ったぜぇ……」
再び愛剣を投げて吹き飛ばした三体目は壁を伝ってディフィート達の居る方へ回り込んで地上に脚を付けた。一体これは何者なのか辰上が不思議がって居ると街角アンケートの人間がテンプレートのように同じ質問を繰り返していることに気が付き、質問の全容を聞いてみることにする。
「すいませ~ん。あの、あなたの歳は幾つですか?それと、足入りませんか?」
「お生憎、ナンパも怪異も足も……間に合ってますってなぁ!!」
大きく振り上げて、縦に真っ二つにするとその隙を突いて【歳を言い当てる男】のナイフが迫る。舌打ちをしつつ向き直るが少し間に合わず喉元を押し付けられ、それを解くと胸元を線を描く斬り込みが走った。ディフィートのコートがチャック部分挟んで綺麗に布が避けてダメージジャケットのようになってしまった。
「ほぉ?いいねぇ♡あたしのお気にがまたダメになっちゃったよぉ♡」
腰を落としている体勢から起き上がると、切れ目のヒラヒラがあるなら大差ないとチャックを全開に開き、集中力を高めていく。息をするように前へ走り出して二体の怪異と刺し違える。肩部のファーが斬られて地面に落ちるディフィートに対して、外傷を受けていないと笑う【名もなき未来人】とゆっくりと立ち上がる【歳を言い当てる男】であった。
顔を下に俯けているディフィートに辰上が駆け寄ろうとするが左手を向けて、来るなと合図を送ると徐々に口角を上げて会いに向かって言った。
「拍子抜けだよなぁ……。おい?そっちのフード野郎。どうでもいいけどさ、こっち振り向くなよ?」
「何をいっ────て、いる?」
振り返った【歳を言い当てる男】は体が斜めになっていることに違和感を覚えたのか言葉が詰まり、上半身がその場に落下してくのを目にして黒い塵となって消えた。なんと、ディフィートは刺し違えた時既に体の中心に愛剣の刃を通していたのだった。
「うっしッ♪オトシゴちゃん。危ないからどっかに掴まってるか隠れてなっ♪」
「え?はい?今なんて────」
ディフィートの言葉が最後まで聞こえる間もなく、周囲から風がディフィートのもとへ集まってきた。まるで台風の目にでもなったのかというくらい狭い路地を吹き抜けて、風が吹きすさぶ。そして、逃げ惑う【名もなき未来人】を風の壁で内側に閉じ込めると、愛剣の切っ先で照準を定めるように姿勢を落として決まり口上を述べた。
下世話な作り話を喰らって、人々の記憶に返せっ!!ドゥームズデイッッッ!!!!
螺旋描く竜巻を切っ先に込めて放った、風の矢に穿かれた怪異は消滅するなか放たれた反動は周囲に吹き抜ける突風を巻き起こした。それによって忠告を聞きそびれた辰上は吹き飛ばされて壁に頭を打ち、その場に気絶してしまった。
怪異を解決して辰上が意識を取り戻すのを待っているディフィートは、スマホで隠蔽工作の必要性を報告し帰還が少し遅れる旨伝えて切話した。すると意識を取り戻したのを見て手を差し伸べた。しかし、目覚めてそうそうに顔を赤らめている辰上を見て首を傾げた。
「なぁどした?ふっ、あたしは怪異には容赦ねぇけど仲間には寛大だぜ?」
「いや────そのっ」
焦れったいなとグッと手の腕を掴み体を起こしあげる。改めて距離が近くなって分かる身長差を見てディフィートも少し内心で照れて視線を逸らした。
「────。」
(ディフィートさんのコートの中……、下着しか着けてないの目のやり場困るだろ)
「────。」
(オトシゴちゃん……、総司きゅんと同じくらい背が高けぇな)
「あの……さぁ、悪かった……な?無理矢理付き合わせちゃって」
「あ、いいえこちらこそ。忠告聞き取れなくて……すみません、でした」
いくら何でも挙動不審過ぎるだろと、顔絵を舐め回すように睨むディフィート。どうやら気付いていないようで、目線を合わせようと身体が揺れるとコートに着いている洗剤の匂い。というよりはディフィートの人肌の匂いが感じられるだけの距離感であるということを。しかし、ディフィートはその後も接近すると腹部にぶつかる物を感じて下を見る。
「おまっ……!?」
「ええ?うわっ!!これは違いますってっ!!」
スルっとディフィートの後ろに回り通路側に身を乗り出してディフィートから距離をとる辰上のそれは場も弁えずに硬直してしまっていたのだ。そうか少し刺激の強すぎる格好かと気付いたディフィートはチャックを上げてコートを着合わせ整えて近寄り抱き着くようにして耳元に口を当てて言った。
「そういうのはヒマワリちゃん相手にしてあげるんだな♪」
「そ、そんなんじゃないですって!?」
「男の生理現象ってかぁ?まぁ、そうだわな。あ~、肩凝ったかもな……帰りの運転頼めるかぁ?」
事務所に戻るべく車へと向かうディフィートに運転は引き受けますと答えて後ろを着いていこうとした時、ふと気配を感じて暗闇の方に目をやる辰上は動く影が視界に入ったので後を追うとそっと足取りを進める。
「何してんだよオトシゴちゃんっ?」
「あ、いいえなんでもないです。今行きます」
そう言うと、もう一度暗闇の方を見てから踵を返して車へと向かうのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
河野 琹。
「なぁ、今日もゲーセン行くか琹?」
「ん~そうだなぁ。健一君はゲーセンで遊びたい?」
「ん?あ……いや別に。でもこないだオレんち来たじゃん」
「そうだね。この前は健一君のお家に行ったね。じゃあ……。今度はボクのお家来ない?」
──今回の怪異なんだけどさ。擬態型だってさ。
「それでね?もうその子がホント可愛いの♪」
「へぇ。オレそういうマスコットキャラクター的なグッズ集めないからさ」
「え?そうなの?最近は男の子でも集めてる人居るよ?」
──でさ。神木原くんに行ってもらいたいんだけど...。
「そうだ!お家行く前に薬局、寄って行かない?」
「いいけど。お前体調とか悪いのか?」
「ん?別に。ボクは元気だよ?」
──その怪異がさぁ...。
「よっしゃ♪これで準備万全だね♪健一君も楽しみでしょ?」
「あのな……琹。オレ達高校で知り合ったばっかだぜ?」
「でもでも、ゴムはあった方がいいでしょう?それに活力剤とか精力剤とかあれば、ね?沢山楽しめるよ♪」
ルンルンにはしゃぐ琹に手を引かれるまま歩いている健一。するとその前にピンクの髪を後ろで結んでカチューシャを着けたメイド服姿の女性が立ちはだかる。そして、女性は垂れ下がる横髪を耳にかけるように顔を上げて淡々とした口調で話しかけて来た。
「河野 琹 様……でございますね?大変申し上げにくいのですが、冥土へと通じる門は────開いております。ですので、お迎えに上がりました」
「え?ボクぅ?健一君、ゴメンね。ちょっとそこのメイドさんに呼ばれたから行ってくるね♪ほらほらこっちぃ♪」
「行ってくるって……え?琹?お前……」
建物の細道へと姿を消した琹を追い掛けるメイドを唖然として健一は見送り薬局で買った買い物袋を落としてしまった。
呆然と立ち尽くす健一の足元の買い物袋の中から、商品の一部が顔を覗かせていた。それは座薬とクリームタイプのローションのパッケージが見えていたのであった。
──変わっててさ。河野 琹...こおの こと。アナグラムで、【おとこのこ】なんだよね...。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「ち、ちっくしょォォォォ!!!!」
「冥府の扉へ堕ちていただきますっ……、陽炎を纏う一閃ッッ!!!!」
麗由の持つ薙刀に纏ったオレンジ色の焔が振り立てた一撃から、河野 琹という怪異へと燃え移り、その身を焼いていき灰となって姿を消した。これにて怪異調査の対象となった怪異を倒すことが出来た麗由は、ワゴン車に薙刀と怪異討伐報告書を詰み一足先に事務所に送り届けてもらうよう、現場の後処理とともに本庁の警察部隊にお願いしてその場を後にする。
任務を終えて向かったのは先程置き去りにしてしまった健一という男子高生が、立ち尽くしていた場所だった。ようやく立ち直ったらしく買い物袋を手に取ると、何かに気が付いた様子だった。河野 琹が【おとこのこ】という怪異であると確信した場合、この場で麗由は健一を処分しなくてならないと息を殺して見る。がしかし、懸念が過ぎただけで「やっぱ、琹のやつ具合悪かったんじゃん」と言って自宅があるのであろう方へ姿を消して、警戒を解く。
「ん?あれは……ディフィート様のドゥームズデイの気によるもの……?」
そっと一安心したところに、ディフィートと辰上が怪異と戦っている現場の様子が遠巻きに見えていた。辰上の存在も確認した麗由は二人の怪異状況を確認しようと向かった。
別にディフィートの腕を信用していない訳ではない。ディフィートの実力は幼馴染みとしての付き合いもある麗由も承知のものであった。ただ、事務所勤務のはずの辰上がディフィートと居るのが少し気になっていた。
「そういうのはヒマワリちゃん相手にしてあげるんだな♪」
「そ、そんなんじゃないですって!?」
その会話が聞こえていなかったが、駆け付けて挨拶しようとした麗由の目にはとても自分の話をしているようには見えていなかった。ディフィートのからかい顔は辰上を誘っている表情に見えて、辰上の恥ずかしがる顔も言われたことを否定しての恥らいではなく、期待している事を言い当てられて照れているように映っていた。
(龍生様……あんなに楽しそうに……。それよりもディフィート様と仲が良かっただなんて……)
自分でもどうしてそんな感情を抱いているのか分からなかった。だって、ただ課が異なるだけの同じ職務の社内恋愛だったとして、それが第三者の麗由には関係ないの事であることは承知のことだったからだ。だと言うのに、この胸の内に小さな穴を開けられたような。魚の骨が喉に刺さるとはこういった痛みなのかと想像し難い痛みにも似たもどかしさが蟠っていた。
そんな脳内処理が出来ずに居るうちにこちらに向かってくる気配を感じ、急ぎ身を暗闇の中に潜める麗由は怪異との闘いの時同様に息も気配も殺して闇と同化してみせた。
「あ、いいえなんでもないです。今行きます」
(りゅ、龍生様……!?そうですね……ディフィート様がお待ちです……)
気配を殺していたことで辰上に気付かれることなく、その場をやり過ごし二人の乗った車が去って行く音を聞いて暗闇から姿を出す。自分でも意識出来ていないほどに胸に当てた手に力が篭もっていた。二人がそういう関係なのかもしれないと気を使って身を潜めておいたつもりなのに、どうしてか心でずっと呟いているその言葉に意識を落としていた。
━━━どうして、気付いてくださらなかったのですか...龍生様。
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漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
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