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第一章
第1課の新入りは知恵の女神様!?
しおりを挟む「はぁ……はぁ……────総司、きゅん……」
「■■……。これでいいか……」
「いや、でも……此処じゃ……人───来ちゃうかも、だぜ?」
神木原 総司はディフィートを草原に押し倒した。ディフィートの本名を呼んで...。そして上着を脱ぎ捨てて、倒れるディフィートに覆い被さった。そのまま声をかけようとする唇を塞ぎ起き上がろうとしていた状態を地面に伏せさせる。するとディフィートのコートに手を掛けて一気にチャックをズリ下げる────。
オイオイオイ!?これは総司きゅん……ってダメダメダメ────ッ!!??
「ぬわあぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!???」
腰掛けていた椅子から飛び起きて絶叫するディフィートに冷たい視線が集まる。見てきているのは噂観測課第2課の実 真と燈火、そして夢に出てきた元旦那の総司。対して反対側の席には自分の所属している第1課の面々が居た。
「いやぁ……あのぉ……。すんません」
「なぁおい。総会中に寝るやつがあるか?あたいだって話聞いてたくねぇぞ。けど30分くらい我慢しろって」
「あ、ああ……何であんな夢、観ちゃったんだろうな……」
原因は分かっていた。昨日の怪異討伐に際し、辰上 龍生の腕を引っ張り間近に感じた時に総司の事が一瞬頭に過ぎった事が夢を観るに繋がっていた。なんて思っていると、モニターに臨時の映像が差し込まれる。
内容はこの総会中に怪異の発生が確認。それもタイプは祟り型。現在待機中の第2課メンバーでは相性の悪い怪異。呼称は【ラミア】。ツチノコの逸話が深刻化して怪異となったそれは街中に出現したどのことだが、生憎と総会は今始まったばかりで開始前にディフィートが眠りこける程には時間を押しているものの、中断して怪異対処に向かっている間に街への被害はどの道甚大であった。
「おやおや、どうします?オレか神木原(兄)のどちらかが抜けましょうか?」
「いいや、それじゃ間に合わねぇ。だが心配すんな」
事態を重く受け止めた実を静止させるようにトレードが席を立つ。すると腕組みして息子の野球を見守る父親のような余裕ぶりで、ここにいる誰も動かず総会を続けろと言って着席した。
寝起きとはいえ、トレードのそれがはったりでは無いことは分かるも、不安になり耳打ちでディフィートは確認する。
「大丈夫だよ。あたいが育てた例の新入り、今日が初戦日なんだ」
「お~~。……あぁ、アイツかぁ……」
「って、また居眠りすんなよ?」
忠告虚しく、トレードの言う新入りが現場に向かったんなら大丈夫と安心して聞きたくもない役員の戯れ言に耳を塞ぐかのように両手で枕を作って背もたれに寄りかかった。
(あれ?そういえばあの新入り……ま、いいか)
何か思い当たることがあったが、今のディフィートにとっては総会よりも総司よりも早急な睡眠が一番大事なようで目を閉じてものの三秒足らずでくかぁと寝息をかいて寝ていたのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
──朝ですか……。起きなくては……。
本日は噂観測課の第1課/2課で総会に参加される日。近況の怪異の発生頻度。発生傾向を上層部から共有されてり、ご指摘を受けたりとそれなりに大変な模様仕事でございます。
さて、その間にも怪異は発生する恐れもございますためわたくし神木原 麗由は龍生様と芳佳様とともに事務所待機となりました。今から、職場へ赴く為の準備をしております。シャワーを浴びて髪をとかしながら乾かし、ダメージケアのヘアオイルを付けながら髪を編んでいきます。メイドの一日は今この時から始まっておりますので────。
わたくしの正装であるメイド服に手をかけ、いざ出発と行きたいのですが...。
「龍生……様」
昨日見てしまったディフィートと辰上の抱き合う光景が脳裏で甦る。それは自分にとって関係のないことのはずなのにどうも胸が苦しい。きっと、ディフィートには兄の総司と結婚生活があることで、羨ましさを感じているのだと思うことで気を取り直しメイド服を着用しカチューシャを付け、玄関を出て事務所へと向かった。
「それでね麗由ちゃん……」
「は、はぁ……。それは難儀でございましたね……」
「ん?んー、はいこれっ!お代わり♪」
「あー、ちょっ!?先輩。それ僕の茶碗なんですけど」
「いいじゃない食べ盛りでしょ?麗由ちゃん♪盛りに盛っちゃって♪」
この二人は此処へ来る前からの先輩後輩の仲。茅野のように慣れ親しんだ接し方をすれば辰上はもっと自分を見てくれるのだろうか。そんなことを考えていると無意識に盛り合わせていたお代わりが茶碗に収まりきらない量を山盛りにしてしまっていた。茅野に言われるまま辰上の前に置くが、当人は白目を剥いて驚いていた。
「麗由ちゃんの手作りなんだから、全部食べれるわよね?さっきまで美味しいって言ってたわよね?」
「た、食べます……。そういえば、何で先輩はちゃん付けにしたんですか?」
それは麗由も気にしていた。前は麗由さんだったのが突然麗由ちゃんに変わったのは、一体どんな心変わりなのかは気にはなっていた。すると茅野のは箸で指揮を執るように空を突きながら言った。
「そりゃあ、私も怪異と闘える力手に入れたし?これからは麗由ちゃんのサポートも出来る訳だし」
「なるほど。確かに芳佳様のこのところの活躍は、わたくし達の助けともなっております」
「でしょでしょ♪ほら、辰上君も。もっと沢山食べて早く怪異に立ち向かえる能力を開花させなさい。ほい♪私の鮭フライ1個あげるわ♪」
これ以上食べるものを増やして欲しくないという辰上を横目に、この距離感のままでもいいのかもしれないと心に言い聞かせる。それでなんとなく和んでいる感覚を覚える。でも────、次の一言が耳に入った瞬間。それは一気に絶望を呼び起こす感覚がした。
「とにかく、僕も麗由さんの相棒になれるように頑張ります。それじゃいただきますっ!!」
盛られたお代わり分は絶対に食べると意気込んで、無言で食べ進める辰上を視ている眼に生気が亡くなっていることは自分が一番理解していた。二人が食事に集中しているなか麗由は心が空っぽになった抜け殻のように辰上を視ていた。思い出したくもない記憶が戻ってくる。そんな感覚に呑まれないようにするのが精一杯だった。
かつての自分は、メイドのように振舞っていなかった。あの一件が、あれさえなければこんな事をして心の距離を。心閉ざす必要なんてなかった。忘れる為に続けていたそれを、寄りによって胸の内に不可解な不快感にも似た何かを与えてきた辰上の口から聞かされるなんて思ってもみなかった。
────相棒...。
「麗由……さん?どうかしました?僕……なんとか食べ終わりました、よ?」
お腹を満たして苦しそうな表情をしながらもこちらへ向かってくる。ザザァっと砂嵐がかかる。するとそこには辰上の姿が徐々に変わりかつての相棒。いや、技のし師が姿を現した。
血塗れの全身を持ち上げるように肩に力を入れ、こちらの胸に雪崩込む。討伐を果たせなかった怪異。それは今もこの世界の何処かに居る。そんなことよりも、その師でもある相棒が最後に言った一言が脳内再生させられる。今見えているのが幻影なのか自身の魅せる悪夢なのか分からないまま。
──君は……生きなさい。あの怪異は……倒せ、ない……。
「ひっ────ッッ!?いやあぁぁぁ!!!!」
次の瞬間苦しくて寄りかかりそうになった辰上を強く押し倒してしまった。椅子に背中を打つようにして転んでしまった辰上を見て直ぐに手を差し伸べようと我に返るも、躊躇っている間に茅野が辰上の背中を擦りながら起こしていた。
「流石に今のは好きな子にされても悲鳴出ちゃうわよ!ねぇ?麗由ちゃん」
「あ……いえ……その……」
(何か言わないと、怪しまれてしまう。早くなにか言わないと。)
そうしている間に辰上が謝罪してきた。それに対して、それまで内心でグルグル巡っていた考え事と、忌まわしく思っている過去を思い出してしまった事への苛立ちが混濁して意図していない言葉が紡がれてしまった。
「いえ……龍生様は、ディフィート様と一緒に楽しまれれば良いのですっ!では、怪異のパトロールにわたくしは向かいますので、お2人は引き続き事務所待機のほどお願いします」
言ってしまった以上は勢いに任せて、その場を出て外へ巡回にその足取りのまま向かった。自分でも何故あんなきつい言い方をしてしまったのか分からない。その焦燥も消して頭を冷やすべきと自分を説得した。
───どうして、龍生様のこと……こんなに気になってしまうのでしょう。そして、どうしてかつての相棒と重ねてしまったのでしょう。
そのことで頭がいっぱいにならないように首を横に振って行く宛てもなく走り出した。数十分後に街中で怪異が確認されるまでの間ひたすらに走り続けた。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「流石に……機嫌、悪そうだった、ね?」
「僕のせいなんですかぁ?あんな麗由さん、はじめて見ました……」
「んー、こりゃあ終わったかな?……ごめんちゃい」
流石に調子に乗りすぎたと頭を搔く茅野に肩を落として凹んで答える。勝手にからかっておいて勝手に終わらせるなんて、とんだ災難だとテンションどだ下がりで食器を洗って片付けを済ませる。すると、少し元気を取り戻した辰上はふと気付いた。何故、麗由がディフィートと自分が一緒にいた事を知っているのかと。
もしかしてあの時感じた人の気配は麗由だったのか。だとすれば、ディフィートが自分が情けなく生理現象を起こしたのを戯けるディフィートが抱きついてきたのを誤解しまっているのではないかと考察した。だとしたら、今すぐにでも誤解を解くべきだと後を追おうとしたその時、怪異発見の報告が来たと茅野に呼び止められる。
「こんな時に怪異ですか?課長達は総会が始まる時間ですよね?」
「ええ、そうよ。しかもこれ、祟り型って……。私も麗由ちゃんも闘わないタイプよ」
茅野はともかく、麗由なら多少のやりようを知っていそうではあった。なら、先に外へ出た麗由が先に到着しているかもしれないと辰上達は車で現地へと向かった。
街中の閉鎖地に逃げ込んだ怪異【ラミア】は、通報を受けてやってきた警官隊を薙ぎ倒していた。銃弾は勿論のこと効いていない。いや、着弾する前に石に変えられて充分な威力を発揮出来ていないのだ。そこへ駆けつけた一台の車。
「自ら建物に篭ってくれたのは不幸中の幸いね……。辰上君、今からライブラリーをやってみるから、状況報告よろしく」
「分かりました。でも、茅野先輩の戦術が有効でなかった場合は?」
「それはその後でっ!行くわよ?」
そう言うとノートパソコンをその場で開き、独自のサイト画面を開き遷移した画面に【ラミア】が映し出される。怪異の解析を行って弱点や耐性をやり出すことが茅野の怪異に対抗する力だ。それは噂話を信じる信じないに問わず趣味感覚で親しんでいる茅野に共鳴した怪異【嘘から出た誠】を茅野の使いやすい方法で行使した姿でもあった。
「駄目ね。やっぱり電脳的攻撃や干渉は有効ではないみたい。麗由ちゃんの武器、小刀は本人が持っていたわね?辛うじて薙刀が有効みたいだけど、事務所に置いて来ちゃったわよ?」
「そんなの取りに行っている余裕無いですよ?ほら、突撃隊が引き返してきたした」
「こうなったら、麗由ちゃんが来るまで私が何とかするわ!!」
逃げ帰ってきた警官隊とすれ違うように、閉鎖地の旧地下道へと【ラミア】を追って突き進む茅野の後を追う。警官隊が一定間隔に設置したライト以外に頼るものがないから現状で、茅野はどんどん奥へ進んで行った。すると、大蛇のような下半身に女性の上半身をした女怪がスルスルと地を這いながら二人の前に現れた。
パソコンにキーボードでコードを打ち込み、実体化させた拳銃で応戦するも警官隊の銃器同様に直前で石化しているため豆鉄砲も同然の威力で皮膚に当たって地面に落ちる。しかし、中には弾丸のまま当たっているものもあるのか怯んで闇に消えては、姿を現して繰り返していること確認した辰上は近くに落ちていた鉄パイプを手に取って、茅野の反対方向から【ラミア】に近付き自分の肩の辺りまでの質量の大蛇の腹部を叩いて注意を自分に向けた。
「今です先輩っ!!発砲をっっ!!」
「おっけいっ!!」
━━━ シャアァァァガララララ...!?
読みどおりに【ラミア】の背後に茅野のお手製銃弾が連続ヒットする。石化しているのは【ラミア】が睨み付けたものに限定されていたのだ。つまり、【ラミア】が今見ていない茅野の方向は石化されないということ。これならば、例え致命傷にならなくても麗由が来るまでの時間稼ぎは出来ると、続けて同じように二手に分かれて茅野がデジタルから作り出した遠距離武器で、どちらかの攻撃が当たるように連携して【ラミア】を追い詰めていく。
━━━ シャアァァ...オト、コ?オマエ、オトコ?
「────ッ!?しまっ……」
被弾しながらも辰上をその長い尾で巻き上げることに成功した【ラミア】辰上を盾に、茅野の方を見た。すると眼光を強くすると茅野の周囲を石化して出られないように閉じ込めて、辰上を女性の上半身の前に持ってくる。
腕を開いた状態で吊るすようにして四肢に長い大蛇の部分を巻き付けて固定し胸部を突き上げさせるように背中に骨太の胴体を巻き付ける。無防備になっている上半身を蛇のように長い舌で舐め上げる女怪は瞳孔と瞳の区別がない複眼のような目で見つめて笑うと、グッと締めつけを一段階強くする。
「ぐ、ぁぁぁ────っ……か、はぁ…………」
「辰上くぅーんッ!!」
【ラミア】は散々自分をコケにしてくれた辰上を辱めるのではなく、じわじわとなぶり殺しにしたのか簡単には殺さず、茅野の叫び声も楽しんでいる様子で締めつけを徐々に強くしていく。ミシミシと骨が軋み始める音を聞きながら恐怖を訴えることも出来ない辰上をただ見ているしか出来ないこの状況に、俯きかけたその時。茅野達が来た地下道とは反対方向、つまりは【ラミア】が逃げようとした方向から光が指す。ブロロロと重点音を聞かせるその正体はバイクだと分かった時、【ラミア】の上半身にバイクのまま飛びかかるとそのまま吹き飛んで壁に激突し辰上の拘束を解かせた。
「ふぅ~、間に合った感じ~?んーと、あっちが茅野先輩でっしょ?」
━━━ ドゥギンドゥギンッ!!パリリン...。
楔のような物を腕に巻いていたボウガンから打ち出して茅野を覆っていた石化を砕いた。そして、打ち尽くしたボウガンを地面に捨ててヘルメットを外した。
一瞬、麗由が助けに来たのかと思っていたがヘルメットから飛び出た白みがかった金髪に小麦色の肌からして、別人であることを確認した辰上が起き上がりながら尋ねた。
「き、君は……一体?」
「おぉー♪あーしの王子様、じゃなかったっ!辰上 龍生先輩♪体の方だいじょぶですかぁ?それと初めまして、音雨瑠 空美っていいまぁ~す♪噂観測課極地第1課の期待の超新星ですっ♪」
バイクから降りて、辰上の前でセクシーポーズを取る空美の服装はどう見ても女子高生と見間違えてしまいそうな格好をしていた。本人は航海士の制服をモチーフにした手作り正装だと言うが、噂観測課には変わったファッションが流行っているのかと辰上達は顔を見合わせていた。そんななか起き上がってきた【ラミア】に肩を回しながら一人向かっていく空美は首だけ振り向かせて言った。
「そんじゃあ♪あーし、これが初出動なんで……」
観ててくださいね...龍生♪
ドタドタと向かってくる【ラミア】の移動音で聴こえない部分を口の動きでそう聞き取った。完全に余所見しているようにしか見えない空美に来てると口を押さえて慌てる茅野にニコッとスマイルを見せながら回していた腕に力を込めて拳を突き上げて返り討ちにする。
「あのさぁ?今……先輩方とレクレーション終えるとこだったんだけどぉ?」
━━━ キシャァアァァ────ッッ!!!!
「へぇ~?そんなちゃちなもんで、あーしとやろうってわけ?」
人混みを掻い潜る人間のように身体を最低限しか動かさずに何かを避けている空美を見ていると、衝撃波のようなものが通り過ぎて壁や地面にぶつかるとその部分が石化していた。
【ラミア】の石化は目で見たものではなくその視線そのものに石化の念が込められており、それを空美は肉眼で捉えて必要最低限の微動で回避していたのだ。何故当たらないのかと動じたその一瞬を突き、一気に駆け出して手につけているグローブで殴りつけた。
「あーしの怪異は【知恵の女神】。そうミネルヴァがあーしの名前の由来なんで、そこんとこ────よろしくぅ!!!!」
自分の内に飼い慣らしている怪異の自己紹介まで済ませて、自身の何倍もの大きさの【ラミア】をねじ伏せる。着地して、バク転で間合いを取ると右拳に意識を集中させ深く息を吸い込んだ。すると全身から白金のオーラが発せられ、右拳に集まっていきスプリンターの如く走り立ち向かう。身体に乗った助走をアクロバット飛行する為にステップを地上で踏んで天井を蹴って、これから出すのが凄い大技であることを表現したい空美は技名を咄嗟に付けて叫んだ。
ブリッド・オブ・フィストォォォォ────ッッ!!!!
見事にその一撃は【ラミア】の脳天に直撃し、ノックアウトさせる。スタっと着地し振り返らず辰上達の方へ向かう空美。しかし、【ラミア】の身体がピクっと動くとぞろっと起き上がり獲物に噛み付く蛇のように空美を背後から襲いかかった。危ないと声をかけようとした時、空美の背中に残り数cmで届きそうなところで向かってきた部分から黒い塵を撒き散らして消えていった。
「ふっふ~んっ♪どうでした先輩?あーし、カッコよかったっしょ?」
「本当にこれが初めての出動なのかしら?」
「ええっ♪一昨日まで、教官のもとで修行してたんで。あ、だから噂観測課としては後輩ですけど、関わりはもっと前からってことになるねぇ~」
そう言って怪異解決報告の連絡を総会中の1課宛に入れた。茅野は外で待機している警官隊に状況説明して、撤収作業に移ると言って地上へと向かった。辰上も後に続こうとした時、クルっと後ろを振り向かされた。そして、壁に辰上を押し付けて逆壁ドンをする空美は驚いている辰上の身体をクンクンと匂い嗅ぎを始めた。
「な、なんだよ……?」
「ふんふん……ふんふん……」
首の周りから肩、二の腕。胸部、腹部────そしてさらにその下。しゃがんでその場で匂いを嗅ぎ続ける。ふふっと吐息をわざとかけるようにそこで息を漏らして上目遣いで辰上を見上げる。当然、辰上もいきなりのことで困惑しつつも横歩きで壁ドンされていた場所から離れる。
その後をスキップしながら着いてきた空美は、含み笑いをしながら耳元で吐息が沢山かかるように囁き声で言った。
「先輩……彼女、居ないんですか?」
「なっ!?何言ってんだよ!?僕達……初対面だぞ?もっと他に聞くことあるだろ?」
「んー、じゃあ先輩は何の怪異飼ってるんですか?見た感じそっちもチェリーって感じが、あーしはしてるんですけど?」
「ぐっ……」
空美の言うことは見事に的中していた。辰上は、他の観測課のみんなと違い怪異に対抗する為の力がない。そして怪異に対抗出来る力の正体が、その人の身体に巣食う怪異であることも知っている。しかし、辰上にはその怪異すら巣食っている気配がないということが最近分かっていた。
そんな辰上自身が気にしていることを言い当てた空美は、容赦なく距離を詰めていき自分の意思を全面的にアプローチして行く。先程も言っていた王子様について辰上に聞かれて答える。なんでも、訓練期間中に自主トレで街をランニングしていた時に、定期巡回で外回りをしていた辰上を見て一目惚れしたのだとか。
「だから、もし先輩に彼女がいないんなら。あーしとデートしてくれませんかぁ?って、今お誘いしてるんです」
「そんなこと急に言われても……」
「ん~~?ふふっ♪────でぇも?こっちは正直ですよぉ?」
そう言って辰上の身体にまとわりつくと、さっき沢山吐息をかけた下腹部に手を当てる。そのまままさぐるように表面を摩る空美は、辰上の耳元に口を向けて「行こう……デート?」と誘いをかけ続ける。がしかし、怪異討伐の危機を救ってくれた人間とはいえ初対面でここまでスキンシップが過ぎるのは駄目だと空美を振り払うと少し言葉強く出てしまう。
「やめてくれっ!僕は、そんな目で君の事は見れない。知りもしない人間のことすんなり受け入れるなんて、そう簡単できるものではないだろう」
「え~?そんなに怒らなくてもいいじゃん……。分かったよ。あーしが悪かったです……先輩」
「────。」
しょぼくれて謝罪をする空美を見て、流石に言葉が強過ぎたなと感じて辰上はこれからもお世話になるだろうと握手をしようと手を差し出した。空美も握手して外へ出ようとして手を伸ばすが、二人の手が組まれそうになる瞬間に間を割って白いレディースグローブが割り込み辰上の手を掴んだ。
「随分と楽しそうな交流をなさっておりますね。龍生様、芳佳様がお待ちですのでお早い移動を心がけてください」
「り、麗由さん!?って、ちょっとっ!!引っ張らいないでぇぇ」
そのまま辰上の手を引いて地上階へと続く階段の方へ姿を消した。その様子を見ていた空美はあっけにとれることもなく、寧ろ頬を紅潮させて口角を上げていた。
(あれが神木原 麗由先輩……。ふ~ん、どうやら麗由先輩はライバルみたいだねぇ♡それに、龍生……チョー可愛い♡♡)
地上へと上がったところで手を離す麗由に、辰上は様子が変だと顔色を伺う。すると、睨むように見返してきたまま不機嫌そうに言った。
「あの……。わたくしに、パートナーは……要りませんから」
「はい?麗由さん、今日凄く怖いですよ?僕……何かしましたか」
「────ッ!?」
純粋に自分に非があったのかと聞き返してくる辰上に目を向けられない。それもそのはずで、麗由は打ち明けられていないからだ。自身の過去と、辰上を前にすると自分が壊れていきそうになっている恐怖を胸に閉まっていることに。何でもないと返して歩みを再開するが、一切振り向こうとはせず淡々と撤収作業を続けるのであった。
「ん?麗由ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「あ、いや……」
「ちゃんと話した方がいいわよ?まぁ、昼間に二人の間に変な空気作っちゃった私が言うのもなんだけどね」
茅野は一人で車で先に帰るから、麗由にちゃんと話しなさいと言って事務所へ向かった。警察に後は任せる事にして挨拶を済ませて麗由を探す。徒歩で事務所まで戻るつもりらしく街外れへと続く道をとぼとぼと歩いている姿を見かけて駆け寄った。さっきの話の続きをと肩に触れようとしたその時、手の甲でそれを弾き振り返った。その形相は怒りとも悲しみとも取れない、抱えきれなにかをぶつけようとするものであった。
「何なのですか?後をおって来ないでいただきたいですっ!!昨日はディフィート様と……、そして今日は1課の新入りさんと……、抱きつかれるほどの関係を見せつけておいて……」
「ち、違うんですよ麗由さん」
「何が違うというのですか?そうやって姫方とお戯れになりたければ好きになさってください。わたくしには関係ありませんからっ!!ですが……」
「────────ッ。麗由さん……」
「そんな色恋に現を抜かしながら、二度とわたくしの相棒になりたいだなんて言わないで……ください」
そう言って踵を返し走ってその場から去る麗由の目から雫が飛び散っていた。辰上は、そんな麗由の後ろ姿を見届けることしか出来なった。まさか、自分のことをそこまで見てくれていたなんて知らなかったことと、麗由の過去や事情について何も知らずに軽率なことを言って追い詰めてしまったことに罪悪感を感じて、足が動かなかったのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
──馬鹿。わたくしの馬鹿っ!
──龍生様は何も悪くないのにっ!
──ディフィート様やさっきのあのお方との関係だって聞いてもいないのに、勝手に恋仲と決めつけて何がしたいのですかわたくしはっ!?
──本当は……もう、気付いているのに……。
麗由は気付いていた。はっきりと分かっていた。自分の中に蟠るコレの正体を。何故ソレを受け入れられないのかも。
麗由はこの数ヶ月で辰上 龍生のことが気になっている。それが恋というものであることも分かっている。だからこそ、他の女が辰上に言い寄っている見えている自分が恥ずかしい。それどころか嫌悪を抱いている。それと同時に不安が大きくなっている。
怪異討伐のスペシャリストだった両親は、麗由達兄妹を救ってこの世を去った。
それが怪異になる前であったとはいえ、怪異に触れたとして殺されるはずだったところを実に救われた。
しかし、それは両親と同じ道で生きていくことしか生き残る術がなかったため、学生生活を満喫する歳頃の時から、ひたすら怪異を倒す為の訓練を積んできた。
そんな自分にとって、他人への興味なんてもの自体が新鮮な感覚だった。
初めての他人への興味は、同じ道を生きる人だった。
尊敬していたその人もまた、怪異に寄ってその生命を奪われた。
自分に【陽炎纏いし一閃】を託した事が死因であると思い続けている。
──龍生様をあの人と重ねてしまう自分が恐い。
──また、自分の手元から大切な人が消えるくらいなら...。
──その想いでこの仮初の自分で隠してきたのに...。
──結果的に自分が分からなくなり、龍生様に...。
心が張り裂けそうになる。自分の不器用さに。過去に囚われている自分の心の脆さに絶望と嫌悪感を覚える。鏡に映る本当の自分に吐き気がする。罪の上でしか息をしてこなかった自分自身が受け入れられなくなっていた。それだけなのに。それを誰にも話せないでいただけなのに、好意を持ってしまった相手に強く当たってしまった。
もう、こんなことならいっそうのこと出逢わなければよかったとすら言い聞かせないと、正気を保っていられないほど誰にもぶつけられない憤りが支配していく。それでも、今はただただ残された正気と理性を絞って本人の居ないこの場で心の中で叫ぶ。
まるで心の模様を描いたかのように不穏な雨が降る。無我夢中に走っていた脚が古木の浮き出た根に取られ転がり落ちるように草木の中に身体を打ち付けた。ぶつけた衝撃とは別の痛みに苦しみながら顔を両手で覆った。
「龍生様……、ごめん、なさい……わたくし……」
その鳴き声は、誰の耳にも届くことはなかった。
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