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EXTRA FILM 2nd ※二章の幕間
栄養補給と成分摂取、そして修行
しおりを挟む現世での視力を断ち、心の中に視力を持たせる。常に敵は己の心の中で作り上げ、これを超えるべし。
(────────。)
そっと精神世界で閉じていた眼を開く。目の前にはかつて倒した怪異。散り行く間際に自身をインフェクターと名乗った二人組────、【ヘンゼルとグレーテル】が立ち塞がった。
容赦なくヘンゼルが手に持つトマホークを振り上げながら襲いかかる。その狙う先は対象の腕。武器を握らせないように無力化への最短最善を的確に突いた一撃を繰り出す。しかし、水面に波紋を生じさせる飛躍をみせて華麗に避けてみせた呼び出し主は素手で構えて追撃を弾き、流した腕を這うように右拳を顔面に目掛けて突き出した。
拳に飛ばされて転がるヘンゼルを跳び越えてグレーテルがガントレットを装着した両拳をガチリと合わせて、素早いフットワークを活かした肉弾戦を仕掛ける。右に左に状態を流して踊るように躱す。そして、僅かに生まれる脚の踏み変えのタイミングに波長を乱す足蹴を加え、体勢崩したところを畳みかけるように肘で急所を突き、ターンした勢いを殺さずに回し膝蹴りでみぞおちを蹴り飛ばした。
(────ふぅ。こんなところでしょうか……)
少しずつ辺りの景色が真っ白に発光し、【ヘンゼルとグレーテル】の消滅と同時に意識を現世に戻していった。
脳内強敵との組み手を終えた次にやることは決まっていた。
竹林に覆われた山奥で一人行なう修行。近くの岩陰に置いていた自身の小刀を手にして刃を見る。メンテナンスを怠っていない刃こぼれなしの状態を確認し、そっと胸前に構える。
小刀の名は【冥府桜】、神木原 渚────。これは自身の母の形見でもあり、怪異となる前のバスジャックから兄妹を救い掟を破ってしまったことで命を落とした両親に変わって、怪異を鎮める業を背負うことを決心した。そのきっかけと勇気を今日まで与えてくれた【冥府桜】の太い竹に食い込ませるように突き立てた。
手を離して、後ろへ下がり掌をかざして念を込める。自らがこれまでの怪異討伐で培ってきた【冥府桜】の扱い方とは違う方法を修得するべく、頭の中で強く想像力を膨らませる。
(ディフィート様のように、遠隔からでも呼び寄せる……)
すると、持ち主の呼びかけに応じるように独りでに突き刺していた竹から刀身を抜き、回転して元鞘に納まることを望んでいるかのように持つ主の掌へと向かった。
「──────、痛っ!?」
しかし、そう簡単に修得出来るものではない。
ましてや、自分の怪異ではないものを遠隔で従わせるなんてことがそう容易く出来るのなら、わざわざこんな人との触れ合いを最小限に留められる環境にまで自分を追い込むようにして修行なぞ臨むものか。
手の甲を切って落下してしまった【冥府桜】を拾って鞘に納めると、遠くからご飯の支度が出来たと声がかかった。険しい道に足を取られることなく近付いて来た老婆は笑顔を向けたかと思えば、すぐに怪我をした手を握って傷口を看た。
「ご心配なく、この程度消毒して包帯をしておけばすぐに治せます」
「あぁら、麗由ちゃん。あたしゃ、そんな心配をしとるんじゃないよ。体に傷を負っちゃってお嫁さんに行けなくなったら大変だからさぁ。傷は出来ることなら痕が残らんようにせんと、旦那さんになってくれる人の自慢のお嫁さんになれんとよ?」
「は、はぁ……」
(確かに、龍生様に余計な心配をさせてしまっては、わたくしも寝覚めが悪い思いをしなくてはなりませんね……)
「ほら、傷の手当てしたらご飯。麗由ちゃん、たくさん食べるからねあたしもこれでもかってくらい作ったよ?」
老婆からのその一言で涎が溢れ出しそうになって、生唾ごっくんをして口元を着物の袖で隠して宿屋へと向かった。
普段着使いのメイド服ではなく、着物と袴姿で食卓の前に正座した。着物の袖に米粒や副菜の汁が付かないように袖を捲り、帯で固定し箸を手に取り食事を始める。
「それでは────、いただきますっ」
闘いの時と大差ない真剣な顔で揃えられた料理に箸を伸ばした。最初に味噌汁を啜り、山女魚の塩焼きを刺さっている串を取り出しやすいように中心から割いて口の中へ一口。続いて湯気に炊き立ての香りを乗せている玄米も頬張る。
肩にグッと力が入るほど自然エネルギーを感じる料理に全身を踊らせて感動して飲み込む。次に食べるは山菜の天ぷら。こごみ、蕗の薹、たらの芽、マニアックなところでイラグサ。それぞれを一つずつ堪能して、米櫃一つ目を完食。
「いやぁ、麗由ちゃんが昨日作ってくれたシチューも美味しかったからね。料理も出来て、食欲も旺盛なんて麗由ちゃん。きっといいお嫁さんになれるよ」
「ぇ?そ、そんな……御恥ずかしいですっ!!それにしても、山の幸、川の幸。どれも美味しゅうございます。料理の腕も1つでも多く身に付けて、龍生様に振る舞いたいものです」
「あんれ?ひょっとして、その人が旦那さんかい?」
つい一週間も会えないことに寂しさを感じて、心の声が会話に出てしまい恥ずかしくなる。赤面していることを忘れるように食事のペースを上げた。
麗由は自分だけこんな美味しいご馳走を食べてしまって申し訳ないと心の中で辰上に謝りつつ、老婆が持ってきた釜の中身を見て宝石のようにキラキラな眼をして涎をじゅるりと舌なめずりしてしまった。
「山奥まで来たっていうのに、鯛飯ってのは変かね?」
「いいえ。いただきますっ────ごくんっ」
醤油ほのかに薫る米に混ぜ込まれた肉厚な鯛の身が、麗由の食欲を無限大のものにさせてくれそうな感覚になる美味さ。そこへ、たらの芽の苦味を鼻に通すことで味わいは究極の美食と変わる。
噂観測課となる前から、生きた心地のしない人生を強要されて来た麗由にとって、これほどのグルメを堪能することは生を実感するに等しいものであった。
釜に残された鯛飯を茶碗に移そうとした時、老婆がそれに待たをかけた。そして、釜を囲炉裏の火にかけると釜のなかにこぶ茶を注ぎ、水菜、クレソン、刻みネギに刻み海苔を入れて卵でとじた贅沢粥。
醤油とこぶ茶を混ぜて発生させる磯の香りにも似た匂い。肉厚の身とシャキシャキの水菜が織り成す調和に、麗由は完全に虜となってしまっていた。この後の修行にも身が入るだけの精のつくもの。その〆が我流であった意外性に酔いしれながら食事を終えた。
食器や調理器具を洗い終えた麗由は怪我をした箇所に包帯をしっかりと巻き、修行に再び打ち込んでいた。
先ほどの料理のなかで得たもの。その意外性を使って、怪異を自在に呼び出せるようになる術を修得することを試みる。麗由の修行が気になった老婆も見に来ているなか、小刀【冥府桜】、鉤爪【夜叉帰】、薙刀【陽炎を纏いし一閃】を目の前にすべて置き、両手を広げて息を深く吸って意識を中心に向けて集中する。
「黒点を落とせしは、太陽神のよう───。その金色の翼は、いつもわたくしの胸に──────、汝の名は【金烏】なり」
祈り子の詩のように自身の中に眠る怪異の真名を告げると、一瞬焔の渦が麗由を包むと着物と袴姿から黒いドレスへとコスチュームを変えた。すると、姿を変えた麗由に刃を一斉に向け始め、そのまま躊躇せずに持ち主の心臓を目掛けて飛来した。
避けることもせずにすべてをその身に受ける麗由に、老婆は驚いてあんぐり開けてしまった口を押さえて目を離せずにいた。
身体に突き刺さり、麗由の背中から飛び出た刃から重々しく血液が重力に引かれて地面に落ちる。なんてことは起きず、麗由の心臓に飛び込んだ武器は麗由の中へと姿を隠してしまった。小刀も──、鉤爪も──、薙刀も──。
「ふぅ……」
「だ、大丈夫なのかい麗由ちゃん?」
「はい♪料理は食材だけじゃない。真心…………、つまり愛情が大切なのです。それは、怪異も一緒でした。心から一つになってはじめて一つの存在となれるのです。おばあ様の料理が、わたくしの修行にヒントをくださったのです。うふっ♪」
そう言いながら手をかざして祈りを込めると、近くの空間に波紋が生じて麗由の中に入った武器達が飛び出して、周囲を鳥のように飛び回っていた。戻るように念じれば波紋の中に姿を消すことで、完全にものに出来たことを確認した麗由は黒いドレスへの変身。つまりは、【金烏】の力を解いて元の着物姿に戻った。
グウゥゥゥゥ────......
食事を取ってからまだ三時間ほどしか経過していないというのに、まるで肉食獣のように大きな腹の虫の音を奏でた麗由は顔を紅潮させてソワソワと人差し指を合わせて老婆の方を見た。
食べても食べても、すぐに空腹となってしまうことから大食いを超えて暴食とまで言われたことを気にしていないわけではない。ただ、いいお嫁さんになるには食欲を少し抑えられた方が可愛げがあるのではないだろうかと、不安感を持っていることを告白する。老婆は笑って答えた。
「いいじゃないかい。わたしゃ、食うことは生きてる証だって思ってるからね。あははは…………。麗由ちゃん、そしたら山菜採りと魚釣りさして精神力っちゅうのも鍛えていかないかえ?」
「ッ!?────はい♪是非っっ!!」
両手を肩に構えるように振ってまたしても目をキラキラさせて、老婆とともに山菜採り、魚釣りでその日の夕飯を用意することにした。
やがて、修行を終えて山を降りる頃にはしばらく収穫採取は控えるようにと立て付け看板がされることになるのだが、それほどにまで麗由が大自然を満喫したことを噂観測課の人間は誰も知らないのであった。
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