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しおりを挟む目を開けた時、私は見知らぬ場所に寝かされていた。
豪華な内装の部屋で寝台は3つ。
天井は高く、細かい所まで丁寧に彫刻されていた。
ーーここはどこ?
どうしてこんな場所で寝ていたんだっけ?
こんなに煌びやかで豪華な部屋を私は知らない。
誰かが部屋にいれば、疑問も解決する気がするが、この部屋には私以外に誰もいない。
何故か酷くぼんやりしている頭を必死に働かして、状況を整理し始めようとした。その瞬間、ケインが血まみれになっている姿が頭を掠める。
頭が一気に覚醒し、残酷な記憶に眩暈がした。
ケインは……ケインは…………死んでしまったの?
そんなのきっと記憶違いよ……。
「ケイン、いるの?出て来てよ……」
頭の憶測では彼がここに居るはずもない事を分かっていた。
けれど、幼馴染の死という残酷な現実を受け止めることが私には出来なくて、現れることのないケインの名を呼び続けた。
いくら呼んでもケインが現れることはなく、時間だけが過ぎていく。
私は攫われ、ここへ連れてこられた。
けれど誘拐されたことよりも、ケインの事が心配で彼の事ばかり考えてしまう。
涙を流せばケインがもう現れない気がして、泣くことすら出来ないまま、後悔ばかりが募っていく。
……どうせ攫われるなら、初めに交換条件持ちかけてケインの安全を確保すべきだったんだ。
そうすれば、ケインは男達の恨みを買う事もなく、……最悪の事態にならなかった。
後悔して、過去ばかり見る事は非生産的な行為であるのは、重々承知だった。
けれど、病んだ心が私を過去に縛り付けた。
このまま村に帰らなかったら、ケインの今を知る事がなく、ただ……ケインが生きているとこの先信じていけるのかな……?
ふと、浮かんできた嫌な気持ちを首を振って追い出した。
嫌だ……私、なんて事を考えてしまったの!
……弱くて自分が嫌になる。
私の考えは、私の帰りを望んでいてくれる村の人達全て、そして誰よりも頑張ってくれたケインを裏切るものだった。
己が一瞬でも手酷い裏切りを考えてしまったことを強く恥じた。
だけど結局、ケインが既に亡くなっていても、村に帰ることが出来なかったとしても、未来にケインは居らず、これから先、私の中で彼は過去に留まり続ける事は変わらないのだ。
その事に気付いたとき、心臓が止まりそうなくらい胸が苦しくなった。
胸を押さえた時、首にかけていたネックレスが小さく音を立てる。
私は服の下の御守りを表に出した。
ネックレスには、黒く変色した銀の指輪と小粒で可愛らしい桃色の貝殻が付いている。
この貝殻……ケインが誕生日プレゼントにくれたんだった。
誕生日に突然家に来たケインが、「やる」って、ぶっきらぼうに渡して去っていった。
可愛らしい貝殻で上機嫌になった私に、母さんが貝殻に穴を開けて「大事にしなさい」とネックレスに付けてくれた。
ずっと身につけていたせいか、貝殻は所々欠けている。
私が貰った貝殻を身につけていると知った時のケインは、柄にもなく狼狽えてたんだっけ。
ケインってカッコつけだから……。
……だから、最初に攫われそうになった時、自分は逃げないで、私を優先して逃してくれたのかな。
……ううん、違う。
ケインが仲間思いの優しい奴だったからだ……。
ケインとの思い出がどんどん私の中に溢れていく。
喧嘩ばかりだったが不思議と嫌な思い出は一つもなく、楽しかった思い出だけが残っていた。
貝殻をさすりながら思いに馳せていると、貝殻がネックレスから外れて床へと落ちていく。
私はまた見ていることしか出来なかった。
それが今の私とケインの関係のようで、苦しくなる。
恐る恐る、床に落ちた貝殻を拾い上げる。
貝殻の状態を丁寧に見ていくと、貝殻に穴を開けた部分の周辺が欠けていた。
いつまでも現実を直視しようとしない私に、ケインが怒っているような気がして苦笑した。
ケインが今の私を見たら『うじうじすんな!めんどくせえ』って言うわね……。
簡単に吐き捨てるケインの姿が想像できた。
そして、当回しに私を元気付けてくれるんだ。
ケインは口が悪いけど、いい奴だから、私が彼について思い悩んで病むのは望まないだろう。
そこで私は自分目線ではなく、ケインの目線に立って、今の現状を考えはじめた。
……ケインは命がけで私を連れ去られないように守ってくれた。
結局は攫われちゃったけど、ケインがもし怪我だけですんだなら、周りが止めても私を助けようとすると思う。
ここが何処かわからないけど、そんなことになれば命が三つ四つあっても足りない。
ケインには……もう、危険を冒して欲しくない。
充分、守ってくれた。
…………早く帰らないと。
ケインの怪我が治る前に。
それに村に帰れば、……ケインの今の状態が分かる。
生きているって信じてるけど、どんな結果になろうと受け入れる。
どんな事にも正面から立ち向かってきたケインに恥じる事がないよう、私も前を向こうと思う。
その時を迎えるまで、涙はお預けだ。
「必ず帰ってみせるわ」
ケインから貰った貝殻で、私は前を向くことが出来た。
なんだか年季の入った貝殻が神々しく見える。
私は目の前の床にハンカチを敷き、貝殻様を神様が宿っているかのように丁寧に置いた。
そして、両手を合わせて、ゆっくりと目を閉じ、貝殻様を拝む。
ーーどうか無事に村に帰れますように。
一種の願掛けだったが、こうして拝んでみると願いが本当に叶いそうな気がした。
ーーどうぞよしなに。どうぞよしなに。何卒よろしくお願いします。
「何……してるの?」
驚いてドアの方に目を向けると、同じ年頃らしき少女が目をまん丸く見開いて、こちらを凝視していた。
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