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しおりを挟む遠目から見えたケインは四人の男に囲まれて、その中心で一人の男と相対していた。
男達は子供のケインを舐めているのか、それとも自尊心の高さからか、腰にある武器を使用していなかった。
「くっ、人攫いがっ、さっさとこの村から出て行きやがれ!」
殴りかかる男の攻撃を避けたケインは、そのまま男の顔へ拳を叩きつけていた。
「おらっ!」
「ぐあっ」
ケインは更に怯んだ男へ頭突きをくらわし、思わず尻餅をついた男を殴り続けている。
「いい加減、諦めて出て行け!」
本当に強かったんだ……。
私は茫然と鍬二本と石が入った袋を持って、佇んだ。
「……っ!痛てぇ!この!クソガキがあぁああ!!」
殴られ続けていた男は、ケインの足を蹴り反撃してきた。
「くっ、チッ」
蹴られたケインはよろめいて、男から距離をとる。
ーーケインっ!
走って、直ぐにケインの元へ行きたい気持ちを必死に押し殺し、私は再び、男に気付かれないように忍び足で、近づいていく。
ここで私が男に見つかり捕まっては、ケインが逃がしてくれた意味がなくなってしまう。
「くくくっ、お前ガキ相手に何やってんだよ。相変わらず、クソ雑魚だなあ」
「はあぁああ!?ブチ殺すぞテメエ!!」
頬が腫れ上がり変形した顔の男が激昂して、腰に刺さっていたナイフを取り出し、ケインに向けた。
「こんなクソガキ、得物があれば楽勝なんだよぉおお!!」
走り出した男を見て、背筋が凍る。
私は鍬を地面に置き、袋から石を出して、危険な男に向かって石を投げた。
行けっー!
だが、石は思っていた所へ行かず、ケインの顔すれすれの前を通過していった。
「…………あれ?」
男達は一斉にこちらを見て、驚いている。まさか、戻ってくるとは思わなかったのだろう。
怯んだ男達を好機と見たか、ケインが男の間をすり抜けて走ってきた。
「馬鹿!何で戻ってきやがった!……くそっ、逃げるぞ!」
「うん」
ケインが流れるように私の足元に落ちていた鍬を持って、そのまま私の手を握り走り出す。
「村の男はどうした」
「獣退治で出払ってる。だから、助けは来ないわ」
「ふんっ、それでお前が戻ってきちまったって訳だな。ま、俺は一人でも十分やれたけどな」
「よく言うわ。さっきは危なかったじゃない……」
「なっ!別にあれは危なくも何ともねえよ!!おめえの投石の方がヒヤッとしたぜ」
「……無事でよかった」
「な、泣いてんのか?」
「泣いてないわよ……馬鹿」
ケインが生きてて良かった。
そのことが嬉しくて、涙が溢れてくる。
どうせ汗だくの私の目から新たな液体が流れ落ちようと、滴る汗がそれを覆い隠してくれる。
私は素直に現状に感謝した。
「待てよぉおお!逃げんなよぉおお!クソガキ共がぁあああ!」
激昂する怒鳴り声に後ろを振り向くと、顔を腫らした男が物凄い速さで迫っていた。
その遥か後方では四人の男達が怠そうに歩いてこちらに向かっているのが伺えた。
ケインの手が離され、一本の鍬を持たされる。
「下がってろ、マリー」
「……分かった、気をつけて」
私はケインの後方へと移動した。
いざとなったら、石をぶつけてやる!
立ち塞がるケインに男はニヤッといやらしい笑みを浮かべた。
「よう、ガキ!いい度胸してんじゃねぇえか!ぶっ殺してやるよぉおおおお!!!」
短剣を持って走り出した男が、ケインに向かってその刃を振り下ろした。
鈍い音が耳にこだまする。
「くそっ!死ね死ね死ね死ねぇええ!!」
物凄い猛攻だが、当のケインは涼しい顔で敵の攻撃を防いでいる。
「死ねぇえええ!」
「いい加減にしやがれっ!」
ケインが鍬を男の手の甲へ叩きつけると、男は悲鳴をあげ膝をつき、短剣を砂へ落とした。
手の甲からは、おびただしい血が流れ出し、砂を赤黒く染めた。
「ふんっ、しつけえんだよ、テメエはよお!」
「あああ……、くそぉ……、許さねえ……許さねえ!」
傷口を抑えながらケインを睨む男を見て、ゾッとした。
この場にいれば悪いことが起きそうで、私はケインの手を引っ張る。
「もう行こう。早くここを離れよう」
「あ、ああ……そうだな」
走ってすぐさまに逃げようと反転した時、私達は再び囲まれていた。
さっきまであんなに遠くにいたのに……いつの間に!?
繋がった掌からは、ケインの警戒が痛いように感じられた。
「残念だったなあ。もう遊びは終わりだ」
山賊のような風体をした髭面の男が、前へ出てきた。
髭面はぼろぼろになった男を冷たく一瞥すると、長く大きいため息をついた。
「……ホント弱えのに、口ばっか達者でそれにうるせえ。お前は蝉かあー?もうミンミン鳴くの止めろよ。ぶっ殺したくなるからよお」
「…………なんだと?」
「さあて、我が隊の蝉は置いといて、決着つけようか、ナイトくん」
髭面は大剣を抜き構える。
その姿は堂々としていて、数多の修羅場をくぐってきているように見えた。
「俺の大剣をそこらの農具でふせげるかな、ナイトくん?」
「俺を変な名前で呼ぶんじゃねえ!」
ケインが鍬を髭面へ向かって叩きつけた。
だが、簡単に髭面に攻撃を防がれてしまう。
「しょうがないじゃねえか、坊主の名前知らねえんだし。ぴったりだと思うんだがなあ」
「ぬかせっ!」
ケインの強烈な一撃が髭面の首めがけて振り下ろされるが、髭面があっさりと剣をさばき鍬を上へ弾き飛ばした。
ケインの両手が自ずと上へと上がり、身体がガラ空きになったにも関わらず、男は攻撃をしてこなかった。
「ぐっ……くそ」
「あ、ナイトくんの名前教えてくれたら、アダ名じゃなくて本名で呼んでやるよ」
「誰がテメエなんかに教えるかよ!」
再びケインの激しい攻撃が始まった。
ケインの猛攻に髭面は手が出せず、防戦一方のように見えるが、男の顔は涼しいまま。
次第にケインの表情に疲れと、焦りが見えてくる。
「うーん、残念……」
男は振り下ろされた鍬を再び上へ弾き飛ばすと、ガラ空きになった胴体に大剣を薙ぎ払った。
「ぐわっ!」
「ケイン!」
ケインの身体が宙を飛び、砂へと落下する。
「安心しろ。切っちゃいねえ、峰打ちだ。だが、ナイトくんいい筋してるね。そりゃ蝉もやられる訳だ。悪くねえな」
髭面の男はケインの側まで歩いて行き、ケインの顔へ手を近づけていった。
男の手からケインを守ろうと、袋の中の小石を掴む。
そして、おおきく振りかぶって投げる!
「ケインに触るな!……あれ?」
だが、石は明後日の方向へと転がっていく。
……きっと、肩がまだ温まってなかったのよ!
私は髭面に向かって石を投げ続けた。
「お嬢ちゃん、威勢が良いのは嫌いじゃねえが、投石の才能ねえぞ」
「うるさいわね!才能がなかろうと、私は石を投げ続けてやるわよ!」
「うおっ、あぶね。てか、ナイトくんにも当たるぞ?悪いことは言わねえから大人しく捕まれよ」
「いや!」
冗談じゃないわよ!
私は石ではなく、借りてきた鍬を手に取ると、男に向かって投げつけた。
「もう!この村から出て行ってよ!!」
「ぐわぁぁあああ!」
「あ……」
鍬は見事に男の身体に当たった。
けれどそれは髭面の後ろにいるぼろぼろの男の方だった。
「痛てぇええ!痛てぇええ!くそ!!くそがぁああ!!」
痛みに悶絶する男に、髭面は呆れたようにため息をつき、その他のやる気がなさそうな男達は一斉に笑い出した。
「おいおい、情けねえなあ」
「ふっ、女のガキにやられるとか喜劇だな」
「……ぷっ、ダッセー」
「弱過ぎて笑える。お前、赤子にも負けるんじゃない」
ボロボロの男はまさに四面楚歌の状態で、敵とはいえ少し可哀想に見えてくる。
男にとっては散々だろうが、私にとっては好機が向いて来た。
男達の監視の目が私から逸れたのだ。
私はケインを火事場の馬鹿力ですぐさま担ぎ、男達から逃げるように一歩一歩踏み締めるように歩いた。
だが、私より重いケインの体重は、私に支えきれるものではなく、途中で倒れてしまう。
悔しかった。
結局何も出来なかった無力な私を自分で呪った。
ケインは私を最後まで守ってくれたのに、気絶したケインを運んで逃げることが私には出来ない……!
どうしたら、ケインを守れるの?
どうしたら……。
「さて、おいたをした悪い子には、お仕置きしねえといけねえな」
男はもう迫っていた。
小動物をいたぶる肉食獣のように、男の顔は明らかに楽しんでいる。
身体は最初に男達に囲まれた時と同じように、硬直し震えていた。
「ま、待って!」
私は震えて思い通りにならない身体を無理矢理動かして、倒れたケインの下から這い出て、ケインを庇うように前へ出た。
屈強な男達の前に一人で立ってみると威圧感があり、恐怖が襲ってくる。
膝がガクガクと震えて、真っ直ぐ立つ事もできない。
けれど、もう逃げない!
今度は私がケインを守るんだ。
「もう抵抗しない。あなた達について行く。だから、ケインにはもう手を出さないで」
「へえ?殊勝な心変わりだ。ナイトくんの為に攫われるってか?泣けるねえ」
「元々、私を攫うのが目的だった筈。ケインは関係ないわ」
「ま、いいか。そうゆう訳だ。嬢ちゃん連れて出発するぞ」
「へーい」
男達はぞんざいに返事をした後、「さ、撤収撤収」と言って引き返した。
だが、その判断に納得出来なかった男がいた。
ケインにボコボコにされた男だった。
男は密かにケインに近付いていた。
そしてーー。
「納得できるか!テメエは死ねぇえええっっ!!!」
ケインの胸に短剣が突き刺さる。
振り向いた私の目には馬乗りになった男の姿があった。
すぐに男は、男の仲間に取り押さえられたが、不気味な笑い声を上げている。
「ひひひひっ、やった……。クソ生意気な餓鬼一匹ぃ、ぶっ殺してやったぜ……ふひっ」
「……ケイン?」
ケインの倒れた胸には短剣が奥まで刺さり、じわじわと服が赤黒く濡れて広がっていく。
「嘘よ……ケイン!起きてよ!目を覚まして、ケイン!!!」
必死に呼びかけるが、ケインはピクリとも動かなかった。
まるで、もう死んでいるかのように見えて、血の気が引いていく。
「……っ、ケイン……ねえ……起きてよ……お願いだから」
目の前の現実を信じたくなくて、私は膝から崩れ落ちた。
悪い夢であって欲しい。
さっきまで、私達の未来は明るかった筈だ。
ケインが漁師になったら、私はケインから新鮮な魚を買って、美味しく食べるの。
そんな平和でありきたりな毎日を送って、私達は……。
涙が溢れて止まらない。
視界がぼやけて、世界が霞みがかった時、私の首を誰かが強く叩いた。
「……っ」
私の身体は砂の上へと倒れていった。
暗くなる視界の中で最後に見たのは、赤く染まったケインの姿だった。
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