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馬車の揺れで席から落ちてしまわないよう、ヴァルトロがジゼルの身体をそっと横たえる。
ヴァルトロが甲斐甲斐しく世話を焼く姿を見て、それまで口を閉ざしていたキリアンがハッと渇いた笑いを漏らした。
「なんなんだよ、コイツ」
「怖がらせるからだよ」
「チッ……めんどくせぇ女」
「キリアンはどうしてそんなにジゼルのことを嫌うの?」
「嫌いってわけじゃねえけど……ただイライラする。なにかと父上がコイツのことを気にかけてんのも気に入らねぇ。父上は実の息子の俺にも興味なんて1ミリもねーのに、なんでこんな女なんかに」
「アハ、ヤキモチかな? 父上にそういうの期待しちゃダメだよ。人じゃないんだから。父上は父上なりに僕たちのことを見てくれてはいるさ」
ヴァルトロの言葉でキリアンは黙り込んでしまう。キリアンにとってヴィンセントは、父親である前に憧れの存在でもあった。剣だって魔法だって、キリアンの知るなかでヴィンセントが一番の腕前だ。直接稽古をつけてもらいたくても、皇命で多忙なヴィンセントは不在がちで、幼い頃から寂しい思いをしてきた。
そんなヴィンセントが突然見知らぬ少女を連れて来て、他人からはそうは思えないかもしれないが、キリアンからすると見たこともないくらいとても大事に扱っている。
ぽっと出の少女に父親を取られたようで、気に入らなかった。
ヴァルトロはキリアンのように感じたことはないが、その気持ちも理解できる。ヴァルトロは小さく溜息を吐いたあと、鞄を開けて書類の束を取り出した。
「本当はあとで見せようと思ってたんだけど、ジゼルは寝ちゃったし、いつまでもキリアンの態度がそんなだと僕の堪忍袋の緒が切れそうだから、これ読んで」
渡された書類の束の表紙に目を滑らせ、キリアンは眉を寄せた。
「ジゼル・ブランテの調査報告書? なに兄貴、コイツの素性調べさせたんだ」
「そりゃあいきなり父上が養女を迎え入れるだなんて変だもん。父上にバレたら怒られそうだから内緒ね。もうバレてる気もするけど。もっと早く情報を共有できなくてごめんね。調査が終わるのが遅くて、僕も一昨日受け取ったんだ」
キリアンは書類をぺらぺらと捲り目を通していった。
そこにはジゼル・ブランテが生まれてから、エスター公爵家の養女になるまでの出来事が書かれている。どれだけ優秀な情報屋だとしても、所詮は本人から聞くよりは詳細に欠けるため、これが全てではないだろう。――全てではない。そう考えると、キリアンは胸糞悪さに吐き気がした。
――――ジゼル・ブランテ。
ブランテ伯爵と娼婦との間に生まれた私生児。2歳の頃に生活に困窮した母親に捨てられ、ブランテ一家で育つ。寝食は主に厩。ろくな食事も与えられず、奴隷のように伯爵家で働かされていた。使用人からストレスの捌け口にされることも多かったようだ。
15歳頃になるとブランテ伯爵はジゼルに母である娼婦の姿を重ね、性的暴行を繰り返すようになる。それに激怒した伯爵夫人は、ジゼルに暴力と暴言を毎日気を失うまで浴びせた。
ブランテ家からの逃亡を試みたジゼルは兄、アーノルド・ブランテに捕えられる。
アーノルド・ブランテは父母の仲をこじれさせたジゼルとその母親に恨みを抱いており、ジゼルが最も絶望する方法で復讐するために、性的暴行を加えた。
アーノルド・ブランテの行いにより伯爵夫人はより激怒し、暴力及び暴言は激しさを増していく一方だった。ブランテ伯爵はアーノルドに性的暴行を加えられたジゼルを売女と罵り、性的暴行に暴力も伴うようになった。
16歳。ブランテ一家が馬車の事故でジゼルを除き死亡。エスター公爵家の養女となる。
――淡々と書き連ねられた一人の少女の半生は、あまりにも壮絶だった。
「…………なんだこれ……クソッ」
「まともな教育なんて受けさせてもらえなかったんだよ。わかる? キリアンが思うより、人にはさまざまな事情があるんだ」
「胸糞悪ぃ」
ヴィンセントに初めてエスター家に連れられて来た頃の、やせ細った身体。テーブルマナーが身についていないことを指摘された時の恥じた様子。男に触れられるのをいやがる姿。大声を怖がり全身を震わせる哀れなさま。
これまでのジゼルの姿が頭によぎり、キリアンは罰が悪そうに舌打ちした。
「それと、これは僕の憶測でしかないけど」
「まだなんかあんの?」
「ジゼルは、父上のつがいだと思う」
「はあ?」
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