エスター公爵家の男たち~男性恐怖症の薄幸令嬢ですが、竜の父子に溺愛されて4人で幸せになります~

柴田

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9-1.灰色のアカデミー生活


 アカデミーに到着してからは、ヴァルトロとキリアンとは別行動になった。性別も違えば学年も違う。この広いアカデミーの中では、偶然すれ違うこともほとんどないだろう。

 荷馬車から荷物を下ろすところは御者やヴァルトロが手伝ってくれたが、彼らは女子寮に入ることはできない。荷物を運び入れるのはすべて自分でやらなければならなかった。周りの生徒たちは友だち同士で協力して荷物を運んでいる。
 荷物運びは慣れっこだ。ジゼルはヴァルトロたちを見送ってから、汗だくになって荷物を一人で部屋に運んだ。

 女子寮の建物は立派ではあったが、決して豪華さはなかった。学校なのだから華やかさは必要ない。ジゼルにとっては、エスター公爵家のきらびやかさよりも、こちらの落ち着いた雰囲気のほうが馴染みがあってよかった。
 寮はすべて二人部屋で、事前に部屋が決まっている。ジゼルは入学案内書を見ながら自分の部屋を探した。ルームメイトは毎年抽選で変わるらしい。必ず同学年がいっしょの部屋になることだけが決まっている。

 どんな女の子がルームメイトだろうか、友だちになれるだろうか、とジゼルはわくわくした気持ちで部屋の扉を開けた。

「――――アーノルドの妹ってあなた?」

 嘲りを含んだ声に、ジゼルは弾んでいた気持ちが一気に沈むのを感じた。

 ――アーノルド・ブランテはジゼルの兄だ。
 もう二度と聞きたくはなかった名前を耳にして、ジゼルはぶるりと身震いする。
 アーノルドだってかつてはアカデミーの生徒だったのだ。それに貴族の世界は案外狭い。学年は違えども、アーノルドの顔見知りがいたっておかしくはない。ルームメイトの言葉に他意はないはずだ、とジゼルは笑顔を取り繕った。

「じ、ジゼル・エスターです……1年間、よろしくお願いします」
「ふんっ」

 妬むような目でにらみつけられ、ジゼルの表情がこわばる。
 ルームメイトとの間には、親しい関係を築けそうになかった。

 入寮から2日後にアカデミーでの進級式が行われ、ジゼルはその場に中途入学者として出席した。中途で、しかも16歳になってから通い出す生徒などほとんどいないため、周りから奇異の目を向けられるのは必至だ。しかもエスターの姓を名乗っているから、余計に注目を集めている。
 人に注目されていることに慣れていないジゼルは、あんなにアカデミーに通えることを楽しみにしていたというのに、既に逃げ出したい気持ちと戦っていた。

 そんな状況で、クラスで馴染めるはずもない。ジゼルは当然そこでも浮いていた。そもそも周りのみんなは入学当時からいっしょに過ごしているのだ。既にグループはでき上がっていて、ジゼルの入る隙などない。

 どうやらルームメイトの彼女以外にも、多くの生徒がジゼルを妬ましく思っているようだ。エスターの名が持つ影響力と、いかに自分がその名にふさわしくないかを思い知らされた。視線がチクチクと突き刺さり、わざと聞こえるように暴言を吐かれる。悪意がジゼルを貫いた。それはジゼルが授業の内容で躓くたびなど、些細なことで鋭さを増していく。

 ジゼルは視線から逃れたくて、背中を丸めて歩くようになっていた。アカデミーには「無教養な奴がエスターを名乗るのは反対だ!」と言っていたキリアンと、同じ考えの人がたくさんいる。ジゼルもそのとおりだと思った。

 もちろんジゼルなりに努力はしている。独学だけれど一生懸命教養も学んで、授業にもついていこうと必死だった。しかし幼い頃からそれが当然のように育った人たちには、そうかんたんには追いつけない。

 また、どうにもならない問題が一つあった。
 ジゼルは読み書きができないのだ。教師が話す内容を理解できても、教科書が読めない。習ったことをノートに書き留めることもできない。支障があるのはわかっていた。ヴァルトロに相談しようかとも思ったけれど、彼には既にテーブルマナーも教えてもらっている。これ以上ヴァルトロに迷惑はかけられないと、ついぞ言い出せなかった。
 ヴァルトロはジゼルがテーブルマナーに詳しくないことは見抜いたようだったが、さすがに読み書きができないとまでは思い至らなかっただろう。

 耳で聞いた言葉と板書された字を見て、自分で文字の表を作った。合っているのか間違っているのかもわからないまま、ジゼルは死に物狂いで文字を勉強する。虫が這ったあとようなジゼルの字を見て、クラスメイトはバカにしたように笑った。
 みんなずる賢くて、教師の前では決してそういった態度を見せないのだ。唯一教師はジゼルに親切だったが、それはなんの救いにもならなかった。

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