19 / 132
9-1.灰色のアカデミー生活
アカデミーに到着してからは、ヴァルトロとキリアンとは別行動になった。性別も違えば学年も違う。この広いアカデミーの中では、偶然すれ違うこともほとんどないだろう。
荷馬車から荷物を下ろすところは御者やヴァルトロが手伝ってくれたが、彼らは女子寮に入ることはできない。荷物を運び入れるのはすべて自分でやらなければならなかった。周りの生徒たちは友だち同士で協力して荷物を運んでいる。
荷物運びは慣れっこだ。ジゼルはヴァルトロたちを見送ってから、汗だくになって荷物を一人で部屋に運んだ。
女子寮の建物は立派ではあったが、決して豪華さはなかった。学校なのだから華やかさは必要ない。ジゼルにとっては、エスター公爵家のきらびやかさよりも、こちらの落ち着いた雰囲気のほうが馴染みがあってよかった。
寮はすべて二人部屋で、事前に部屋が決まっている。ジゼルは入学案内書を見ながら自分の部屋を探した。ルームメイトは毎年抽選で変わるらしい。必ず同学年がいっしょの部屋になることだけが決まっている。
どんな女の子がルームメイトだろうか、友だちになれるだろうか、とジゼルはわくわくした気持ちで部屋の扉を開けた。
「――――アーノルドの妹ってあなた?」
嘲りを含んだ声に、ジゼルは弾んでいた気持ちが一気に沈むのを感じた。
――アーノルド・ブランテはジゼルの兄だ。
もう二度と聞きたくはなかった名前を耳にして、ジゼルはぶるりと身震いする。
アーノルドだってかつてはアカデミーの生徒だったのだ。それに貴族の世界は案外狭い。学年は違えども、アーノルドの顔見知りがいたっておかしくはない。ルームメイトの言葉に他意はないはずだ、とジゼルは笑顔を取り繕った。
「じ、ジゼル・エスターです……1年間、よろしくお願いします」
「ふんっ」
妬むような目でにらみつけられ、ジゼルの表情がこわばる。
ルームメイトとの間には、親しい関係を築けそうになかった。
入寮から2日後にアカデミーでの進級式が行われ、ジゼルはその場に中途入学者として出席した。中途で、しかも16歳になってから通い出す生徒などほとんどいないため、周りから奇異の目を向けられるのは必至だ。しかもエスターの姓を名乗っているから、余計に注目を集めている。
人に注目されていることに慣れていないジゼルは、あんなにアカデミーに通えることを楽しみにしていたというのに、既に逃げ出したい気持ちと戦っていた。
そんな状況で、クラスで馴染めるはずもない。ジゼルは当然そこでも浮いていた。そもそも周りのみんなは入学当時からいっしょに過ごしているのだ。既にグループはでき上がっていて、ジゼルの入る隙などない。
どうやらルームメイトの彼女以外にも、多くの生徒がジゼルを妬ましく思っているようだ。エスターの名が持つ影響力と、いかに自分がその名にふさわしくないかを思い知らされた。視線がチクチクと突き刺さり、わざと聞こえるように暴言を吐かれる。悪意がジゼルを貫いた。それはジゼルが授業の内容で躓くたびなど、些細なことで鋭さを増していく。
ジゼルは視線から逃れたくて、背中を丸めて歩くようになっていた。アカデミーには「無教養な奴がエスターを名乗るのは反対だ!」と言っていたキリアンと、同じ考えの人がたくさんいる。ジゼルもそのとおりだと思った。
もちろんジゼルなりに努力はしている。独学だけれど一生懸命教養も学んで、授業にもついていこうと必死だった。しかし幼い頃からそれが当然のように育った人たちには、そうかんたんには追いつけない。
また、どうにもならない問題が一つあった。
ジゼルは読み書きができないのだ。教師が話す内容を理解できても、教科書が読めない。習ったことをノートに書き留めることもできない。支障があるのはわかっていた。ヴァルトロに相談しようかとも思ったけれど、彼には既にテーブルマナーも教えてもらっている。これ以上ヴァルトロに迷惑はかけられないと、ついぞ言い出せなかった。
ヴァルトロはジゼルがテーブルマナーに詳しくないことは見抜いたようだったが、さすがに読み書きができないとまでは思い至らなかっただろう。
耳で聞いた言葉と板書された字を見て、自分で文字の表を作った。合っているのか間違っているのかもわからないまま、ジゼルは死に物狂いで文字を勉強する。虫が這ったあとようなジゼルの字を見て、クラスメイトはバカにしたように笑った。
みんなずる賢くて、教師の前では決してそういった態度を見せないのだ。唯一教師はジゼルに親切だったが、それはなんの救いにもならなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
【完結】女当主は義弟の手で花開く
はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。
※他サイトにも掲載しています。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。