その悪女は神をも誑かす

柴田

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転落(1)




 葬儀が終わるまでとても目まぐるしかった。
 だが、忙しいと何も考えないで済んだ。

 やるべきことがすべて終わり弔問客が帰っていくと、どっと現実が押し寄せてくる。
 家族が死んだ。父も、母も、兄も。――いや、殺されたのだ。メリーティアだけが無事だったことから、あのワインに毒が入っていたのだろうと推測できる。ワインは中身を残したまま保存してあった。今のところ怪しいのはアイボリー家だ。徹底的に真実を調べ上げなければならない。

 だというのに、気力がわかない。
 メリーティアは喪服のまま、聖堂でただ祈りを捧げていた。

「神様……神様、なぜ家族は殺されなければならなかったのでしょうか」

 膝をつき祈るメリーティアの前には、ヴェドニア帝国の唯一神――ニルスの彫像があった。
 今は心の拠り所が神しかない。メリーティアはずっと昔からニルスを信仰していた。
 幼い頃に悪夢に悩まされていたとき、藁にも縋る思いで「神様、怖い夢からわたしを助けてください」とニルスに祈ったところ、翌日からぱたりと悪夢を見なくなったのだ。そのときから神を信じ、毎日祈りを捧げている。
 神に祈ったところで家族は帰ってこないだろう。それでも祈らずにはいられなかった。

 両親と兄の訃報を伝えたのに、グウェンダルは葬儀に参列するどころか手紙すら寄こさない。気づけば、ホールトン邸を飛び出して二週間も経っていた。
 どうしてつらいときにそばにいてくれないのだろう。グウェンダルの父が亡くなったときにメリーティアがともに涙を流したように、彼に慰めてほしかった。悲しい気持ちを分かち合ってほしい。

 メリーティアはニルスの彫像の足元に額を押しつけた。

「……ッお嬢様!」

 ハイゼンべルグ邸の執事が聖堂に飛び込んでくる。
 メリーティアが生まれる前から仕えている彼も、深い悲しみに打ちひしがれていた。この二週間のうちにとてもやつれてしまったように思う。しかし今はさらに10歳は老け込んだ顔をしていた。青褪めている執事は手に何かを握っている。新聞だ。メリーティアのそばに膝をつくと、震える手で一面を見せつけてくる。

 メリーティアは心ここにあらずといった様子で誌面に目をすべらせ、それからわなわなと唇を震わせた。
 どうやら悪いこともまた、立て続けに起こるものらしい。

「わた、わたし……っ、帝都に戻らないと」
「おもてに馬車を用意いたしました! お急ぎくださいっ」

 メリーティアは馬車に乗り込むと、急いで走らせた。
 新聞には、『ホールトン公爵、第一皇子暗殺未遂で処刑か』と書かれていた。
 グウェンダルが葬儀に来なかったのも、手紙の返事をくれなかったのもこれのせいだったのだろう。

「どうして……っ、グウェンダル」

 グウェンダルがそんなことをするわけがない。絶対に、絶対に、ありえない。
 たしかにグウェンダルは第一皇子ではなく第二皇子を支持している。ホールトン公爵家が支持したほうが次期皇帝になれる、とまで言われるほどの影響力を持っていた。それなのにわざわざ危ない橋を渡るなど考えられない。
 第二皇子も、暗殺を指示するような人ではないはずだ。
 誰かがグウェンダルを陥れようとしている。

 今から向かったところで間に合うかどうかわからない。しかし公爵という地位にある彼を、すぐに処刑することはないだろう。まずは裁判が行われるはずだ。そこでグウェンダルの身の潔白は明らかになる。きっと。だって彼は絶対にやっていない。
 誰か――たとえば第一皇子やその支持派閥がグウェンダルを計略にかけようとしているとしても、身の潔白さえ明らかになれば処刑は免れる。

 グウェンダルがそんな人ではないと、貴族のほとんどが知っているのだ。皇帝だってグウェンダルの人柄を知っている。それにグウェンダルは帝国を守る騎士団長だ。皇帝とて彼を失うのは惜しいだろう。どんな人物が黒幕であろうと、きっと彼を庇ってくれる。
 最悪の場合、メリーティアは自身が皇帝に縋ることも考えていた。未だに皇帝からは恋文が届く。愛するメリーティアのためならば、願いを聞いてくれる可能性が高い。

「あぁどうか。どうか。神様、わたしの夫をお守りください」

 メリーティアはひたすら祈りながら、休む間もなく馬車を走らせた。


   ◇◇◇


 メリーティアは走った。
 馬車が通り抜けられないほどの人だかりを掻き分けて、広場の中心へ急ぐ。メリーティアの目線の先には、ギロチンの刃が見えていた。

「あのホールトン公爵が第一皇子殿下を暗殺しようとしたなんて、本当なのかしら……」
「でも現場からはホールトン公爵の剣が見つかったって。副騎士団長がホールトン公爵の剣だと証言したそうだから、間違いなはずがないだろう」
「被害者の第一皇子殿下が、犯人はホールトン公爵だと証言したらしいぞ」
「あぁお労しい。第一皇子殿下はひどいけがをしていらっしゃるようだ」

 野次馬の言葉が耳を右から左へ抜けていく。
 必死で進んでいくが、なかなか最前までは辿り着けない。処刑を見物しているだろう皇帝のもとに行かなければならないのに、もどかしくてたまらなかった。

 やっとのことで前のほうまでくると、メリーティアは思わず立ち止まる。
 処刑台の上には、拷問をされたのかボロボロになったグウェンダルの姿があった。彼は、処刑人たちによってギロチンに固定されるのを粛々と受け入れている。
 ――どうして諦めたような顔をしているの! どうして抵抗しないの!
 裁判がどう進行したのかわからない。けれどこんなに早く死刑が執行されるということは、グウェンダルの言い分などひとつも通らなかったのだろう。

「……グウェンダル……!」

 声を張り上げるけれど、群衆のざわめきにかき消されて彼には届かなかった。
 グウェンダルは顔を伏せた状態でギロチンに固定されている。太陽の光を反射した刃がぎらりと光った。

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