その悪女は神をも誑かす

柴田

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ネビル・ブレイドを誑かす方法(1)

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 来たる狩り大会。

 皇室所有の森で行われる、年に一度の行事だ。周りを見渡す限り、ほとんどの貴族が参加しているようだった。今年は兄のマイルズが第二皇子の補佐官試験を受けるため勉強で忙しく、ハイゼンベルグ家からはメリーティアしか参加していない。とりわけ若い令息や令嬢が多く参加しているのは、意中の男性にハンカチを贈るだとか、意中の女性に狩った獲物を捧げるとかいう伝統のせいであった。

 かく言うメリーティアもハンカチを一枚準備してきている。
 メリーティアからのハンカチを貰いたがる令息は多かったが、遠巻きにしており近づいてくることはない。まだグウェンダルとの婚約を解消したという噂は出回っていないようだ。

 ハンカチのことを抜きにしても、メリーティアは男性のみならず女性からも注目を集めていた。
 男性が狩りに行っている間、女性はティーパーティーに参加しなければならない。そのためドレスを着ているのだが、メリーティアほど着飾っている女性はおらず少し浮いているせいだ。このまま舞踏会にも行けそうな華やかな服装は、ネビルの気を惹くためのものである。

 渡す相手を捜していると、目的の人物よりも先にグウェンダルの姿を見つけてしまった。ばっちり目が合ってしまったため、慌てて目を逸らす。パートナーもいないのになぜひとりで参加しているのか、さぞ不思議に思っていることだろう。

 陰気なところがあるネビルは、人が多いところは避けているかもしれない。参加者たちが集まっている場所を離れ、メリーティアはブレイド家の幕舎へと向かった。
 ちょうどそこから茶髪の男性が出てくるのが見えて、メリーティアは駆け寄る。

「――ブレイド卿!」

 きょろきょろとあたりを見回したネビルは、呼んだのがメリーティアだとわかるとあからさまに訝しげにする。
 近づくメリーティアから遠ざかるように一歩退いた。

「ぼ、僕になんの用だい? ホールトンならもう待機場に向かったはずだけど」
「実はホールトン公爵とは婚約を解消したんです」
「は? ……え? なぜだい?」
「ほかに慕っている方がいるんです。……それで、その、今日トリーは?」

 ネビルの腕にそっと手を乗せて、彼を上目遣いで見つめる。そうすると彼は挙動不審になり、耳を真っ赤にして明後日の方向へ顔を向けた。

 ネビルは剣の実力もパッとせず、コネで副騎士団長の座を手に入れたとまで言われている。騎士とは思えないほど全体的にヒョロっとしており、クマの目立つさえない容姿は女性からの評判も悪い。家柄こそ伯爵だが、あまり事業も上手くいっていないようだった。そして妻のトリーとの仲は険悪だ。自信はないのに野心家で、グウェンダルに対して並々ならぬ劣等感を抱いている。
 だからグウェンダルとの婚約を解消した理由が、ネビルを慕っているからだとにおわせれば、篭絡することは簡単だった。
 そうでなくとも、こんなふうに女性に迫られたことなど一度もないだろう。

「つっ、妻は、僕のパートナーとして参加するのは嫌だって、来ていないよ」
「よかった。ブレイド卿にハンカチを渡したら、トリーに怒られてしまうんじゃないかって不安だったんです」
「ぼ、僕に……? 冗談だろう?」

 微笑んだメリーティアは、ハンカチを差し出した。
 メリーティアの髪色を彷彿とさせるようなラベンダー色のハンカチに、ネビルの髪色である茶色の糸でブレイド家の家紋の刺繍を入れてある。
 震える手でそれを受け取ったネビルは、ハンカチとメリーティアへ交互に視線を泳がせた。

 さらに身を寄せ、メリーティアは彼の手からハンカチをするりと抜き取ると剣の柄に縛りつける。

「わたし、本当はずっとあなたをお慕いしていたんです」
「そんなはずが……ぼっ僕のどこがいいと言うんだ」
「ホールトン公爵とは、両親から言われて無理やり婚約させられたんです。でもトリーの結婚式に出席したときから、ずっとあなたのことが忘れられなかったわ。わたし、ホールトン公爵みたいな怖そうな人じゃなくて、ブレイド卿のような大人で優しそうな人が好きなんです」
「ホールトンより……僕のことが……?」
「ハンカチ、受け取っていただけますか?」
「あ、ああ、もちろんだよ。ありがとう、ハイゼンベルグ嬢」
「どうかメリーティアと呼んでください」
「メリーティア……」
「ネビル、今日はがんばってくださいね」

 頬を紅潮させた夢見心地のネビルを笑顔で見送っていると、突然背後から腕を引かれた。

 驚いて振り向けば、そこには怒りの形相のグウェンダルが立っている。慌ててネビルのほうを見たが、彼はスキップでもしそうな足取りで歩いておりこちらには背中を向けていた。

「私との婚約を解消してまで手に入れたかった男がネビル・ブレイドだと?」
「……わたしの勝手でしょう。人の好みにケチをつけないで」
「彼は既婚者だ」
「それが何? 貴族男性はみんな愛人をつくっているじゃない」
「あの男の愛人なんかになりたかったのか? 本当にそれでいいのか?」

 誰が好き好んでネビルなどに言い寄るか。
 メリーティアは本心を呑み込んで、グウェンダルの手を振り払った。

「わたしとあなたとはもう何の関係もないんだから、口を出さないでよ!」

 グウェンダルに背を向け、待機場へと向かう。彼はそれ以上追ってこなかった。

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