その悪女は神をも誑かす

柴田

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さえない男の下ごしらえ(1)

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 あれからネビルとは、何度か手紙のやりとりをしている。トリーに文通の相手がメリーティアだとバレないように上手くやってくれているようだ。
 手紙の文面からして明らかな好意が滲んでおり、笑みが堪えきれない。

 デートの約束を取りつけるのも簡単だった。
 馬車で迎えに来たネビルは、彼にしてはとびきりおしゃれをしていた。服装を褒めると頬を真っ赤にして表情を蕩けさせる。こんなに単純だと、普段トリーからどれだけ粗雑に扱われているか想像できて少し哀れになった。

 トリーは侯爵家出身の令嬢で、元々はネビルより身分が高い。彼女の両親が調えた政略結婚だが、トリーは格下の家に嫁ぐことに対してずっと文句を言っていた。
 哀れに思いこそすれ、同情はしない。

「メ、メリーティア、君をイメージして作ってもらったんだ。受け取ってくれるかい?」

 差し出されたのは、紫色と桃色を組み合わせた大きな花束だった。茶色のリボンが巻かれており、とても上品な仕上がりに素直に感嘆する。受け取るとずっしりと重く、使われている花は高価なものばかりだ。
 匂いを嗅いでみせ、はにかんだ顔をネビルへ向ける。

「うれしい。わたしにこんなすてきな花束をくれたのはあなたが初めてだわ」
「……っ! そうだろう! あの朴念仁のホールトンではこういう細かな気遣いはできないだろうな。喜んでもらえたならよかった」

 ネビルはほっとしたように頬を緩めた。女性に対してこのような贈り物をした経験がないのだろう。
 メリーティアは見送りに来ていた侍女を呼びつけると、花束を渡した。

「このお花、わたしの寝室に飾っておいてくれるかしら」
「し、寝室……」
「それじゃあ行きましょう、ネビル」
「あ、ああ、行こう」


 それからもネビルとは頻繁に、何度もデートを重ねた。ふたりとも顔を隠すような工夫はしていなかったため、当然ゴシップ誌に記事が掲載されたが、恋に恋するネビルにはそんなもの関係ない。
 メリーティアからしてみれば、記事がトリーの目に留まったほうが都合がよかった。グウェンダルとの記事を目にしたときの気持ちを、彼女も味わえばいい。

 デートのたびに贈り物をくれるネビルに対し、メリーティアは次第に「あれが欲しいこれが欲しい」と要求を言うようになった。安価なものからはじまり、果ては高価な宝石にまで及んだが、ネビルは彼女の気を惹こうと必死だったためどんな要求も呑んだ。


 一カ月経つ頃、メリーティアはネビルにカフリンクスを贈った。スクエア型で、シルバーの枠の中央に白蝶貝をはめこみ、そのふちにアメジストが彩りを添えた上品なデザインだ。オーダーメイドで制作してもらった唯一無二のものであった。
 カフェで向かいではなく隣同士に腰かけ、ネビルの腕にしなだれかかりながらシャツの袖にとめる。

「君からの贈り物だなんてうれしいな」
「未来の騎士団長様にプレゼントしたのよ」
「――騎士団長が代替わりするとどこから聞いたんだい?」
「ふふっ、ナイショ」

 ネビルはうれしそうにカフリンクスを眺めたあと、深く息を吐き出した。

「……でも、団長は次の騎士団長にホールトンを指名するつもりだ。副騎士団長である僕ではなく、ね。あんな若造より、僕のほうが騎士歴は長いのに。血筋で言うなら、僕の祖父だって先々代の騎士団長だったのだから相応しいはずだろう?」
「そうよね。わたしもネビルのほうが相応しいと思うわ」
「君だけだよ。そんなふうに言ってくれるのは」

 メリーティアの手を握り、ネビルはすりすりと肌を撫でた。

 日に日にネビルの愛で飾られていくメリーティアの姿を見ては、彼は満足そうに頬を緩める。髪飾りも、ネックレスも、ピアスも、ドレスも、指輪も、靴も、すべてネビルが贈ったものだった。まとう香りさえネビルが選んだ香水だ。
 並んで街を歩いているとき、周囲から視線が集まれば集まるほど優越感で胸が満たされる。メリーティアは皇帝すら懸想する帝国一の美女。それからグウェンダルの元婚約者。そんな彼女が選んだ男が自分なのだと実感するたびに、世界を手に入れたような気持ちになった。

 ずっとメリーティアを繋ぎとめておきたい。一生愛してほしい。
 彼女の心を得るために何が必要かと考えて、考えて、考えて、ネビルはひたすら高価な物を贈り続けた。それしか方法がわからないため、いつしか家計がひっ迫しようと贈り物をやめることができなくなっていった。
 生活が苦しくたって、トリーから怒鳴られたって、莫大な借金を背負ったって、メリーティアさえいれば満足だ。

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