その悪女は神をも誑かす

柴田

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四人目は鮮やかに(2)

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 メリーティアは、モモネンの花弁を煎じた薬を飲ませた翌日に目を覚ました。

「…………へい、か……?」
「あぁ、よかった、目を覚ましてくれて本当によかった……! メリーティア……っ」

 涙を流して喜ぶケイリクスに対して、メリーティアは安心させるように微笑んだ。それから何が起きているかわからない、といった白々しい演技をする。
 身体を起こそうとすると、ずっと寝ていたせいかあちこちが固まってしまったように動かなかった。ケイリクスに背を支えてもらって上半身を起こす。

 クッションを背もたれにして息をついたメリーティアの手を握り、ケイリクスは真剣なまなざしで見据えた。

「よく聞いてくれ。そなたは毒殺されかけたんだ。かれこれ一週間以上眠っていた」

 さすがにそんなにも長く意識が戻らないのは予想していなかった。だからケイリクスはこんなにやつれた顔をしているのか、とメリーティアは冷めた感想を抱く。

「――ど、毒殺……? そんな……誰がそんな恐ろしいことを……」
「モナだ」
「まあ……皇后陛下が? まさか……信じられないわ」
「余がそばにいながらそなたを危険な目に遭わせ、すまないことをした。だが安心してくれ。あの女は廃位し、今は塔に囚われている。もう二度と地上に出てくることはない」

 ケイリクスが窓から小さく見える塔を指さした。外壁一面に鬱蒼と植物のツタが這った古ぼけた塔だ。皇后という華々しい地位にいた人間が、あの中で誰にも看取られずに死んでいくというのは、モナ本人からしてみればひどく惨めだろう。
 だがしかし、それでは足りない。
 メリーティアは塔を見つめながらすっと目を細めた。

 その変化を敏感に感じ取ったケイリクスは、眉を下げてメリーティアの手の甲を撫でる。

「不安か? 囚われているとはいえ目に見えるところにいるのは嫌か? もっと辺境に送ろうか?」

 不安そうなのは誰が見てもケイリクスのほうだった。今回のことは、ケイリクスのもとにいたせいで命が脅かされたとも言える。メリーティアの心が離れていかないように必死だった。

 矢継ぎ早に質問するケイリクスに振り向き、メリーティアは彼の頬を両手で包み込んだ。

 ぐっと近づいてくる顔に、ケイリクスは緊張で息を呑む。

「――あのお茶は、あなたも飲むはずでしたわ」
「…………え?」
「あなたに出されたお茶も、同じティーポットから淹れられていましたわ」
「あ、ああ、そのとおりだ」
「あなたも毒殺されかけたのです。この国でいちばん尊い、皇帝の、あなたが。――そうでしょう?」

 ケイリクスは吐息のように掠れた声で「ああ」と同意した。
 メリーティアは笑っている。否応なく見惚れてしまうくらい美しく、笑っている。その笑顔にはケイリクスが怯むほどの迫力があり、言葉には肯定以外を許さない強制力があった。

「わたしだけではなく、皇帝陛下を殺そうと企んだ大罪人ですわ」

 間近で見つめ合いながら囁かれていると、すべてを委ねて彼女に従いたくなった。ケイリクスは皇帝であると同時に、メリーティアの愛の奴隷だ。

 ――彼女は何を望んでいる?
 ――どうしたら喜んでくれるだろうか?

 そんなことで頭がいっぱいになったケイリクスは、「そなたはどうしたい?」と尋ねてみた。
 そうするとメリーティアはより一層美しく微笑んで、

「首を刎ねて。――ギロチンで」

 甘い甘い声音でねだった。

 ケイリクスの口から、興奮のあまり息が細くこぼれる。彼女は冷酷なさまさえ美しかった。
 うっとりと笑みを返したケイリクスは、メリーティアの手をすくい取ると甲に唇を寄せる。

「仰せのままに、マイレディ」

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