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特進科の2年生にヤンキーの彼女ができた⁉
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一章
授業が終わり高校の正門を出たときから、律輝は誰かに尾行されていることに気づいていた。しかし、尾行される覚えなどない。
両親の教え通り、周囲に困った人がいれば手を差し伸べているつもりだし、志望校だった県立の進学校に落ちて、今の高校に通い始めてからは勉強中心の毎日なので、誰かに恨まれることもやっていない。しいて言うなら、同級生との成績の順位争いぐらいなものだ。
背中に視線を感じながら、律輝は大通りから狭い路地に入った。そして、ビルの裏側に付いているエアコンの室外機の陰に隠れ、尾行者の接近を待った。
尾行者は急に姿を消した律輝を探して、足早に路地に入った。エアコンの室外機に近づいたとき、突然、律輝は姿を現す。
「何かご用ですか?」
尾行者は律輝と同じ高校の制服を着た女子生徒だった。ギクリと肩を動かして一歩下がる。女性としては背が高い。166センチの律輝より6、7センチは高いだろうか。セミロングの髪は茶色で、切れ長の目は美しいのだが、目つきが悪い。一見してヤンキーだった。
女子生徒は戸惑いながらも口を開いた。
「‥‥特進科2年の矢村律輝君だよね。あたし、普通科3年の九重紗里。あの‥‥」
九重紗里と名乗った女子生徒の声は緊張で固かった。そして、意を決したように目の前の律輝を真っすぐ見た。
「あの‥‥あたしと付き合ってください」
紗里の顔は見る見る赤くなった。
「はっ? 僕と?」
赤い顔で紗里はうなずいた。律輝は訳がわからなかった。学校は同じだが、2人が通う太陽学園高校には普通科と特進科があり、2つの科の間に交流は、まったくと言っていいほどない。
普通科には結構ヤンキーやギャル、チャラ男がいるが、特進科は本気で有名大学を目指す者ばかりで、今年の4月に2年生になったが、律輝は今まで普通科の生徒と話したことがなかった。
背の高い紗里は目立つので、何度か校内で見かけた記憶はある。だが、話したことはまったくなかった。
「誰かと間違っていませんか? 僕とあなたには接点がありません」
しかし、紗里は首を横に振る。
「間違いじゃない。あたし、本気であんたと付き合いたいんだ」
「‥‥どうして僕なんですか?」
紗里は告白の理由を語り始めた。
「先月の半ば、あんた、駅の近くにある踏切でおばあちゃんを助けたでしょ? あたし、あれ見てたの」
律輝は思い出した。まだ2年生になったばかりの4月の半ば、いつも通学で使っている私鉄の駅近くの踏切の中で、足の悪い老婆が転んでしまった。なかなか起き上がれないうちに踏切の警報が鳴り始め、黄色と黒の遮断棒が下りた。もうすぐ電車が来る。しかし、老婆は気が動転したのか動けなくなってしまった。
踏切の両側にいた人々は「危ない!」と思ったが、迷いや恐怖で誰も動くことができなかった。人々の中にいた紗里もそうだった。老婆を見つければ電車の運転士は急ブレーキをかけるだろう。だが、間に合うのだろうか。
誰もが金縛りになっていたとき、電車が見えた。「間に合わない!」。電車の速度を見て紗里はそう思った。そのときだった。向かい側の踏切から遮断棒をくぐって、1人の少年が飛び出した。
少年は紗里と同じ高校の制服を着ていた。彼の目を見て紗里は驚いた。その目に恐怖は一切なく、「絶対におばあさんを助けるんだ」という、熱くて優しい心しか映ってなかった。老婆のもとに着いた彼は何かを老婆に話していたが、警報機の音が大きくて聞こえない。
電車が急ブレーキをかける音がした。もう目前まで迫っている。現場にいる誰もが悲劇を予想した。だが、少年は老婆を抱きかかえ、信じられないほどの跳躍をした。次の瞬間、今まで2人がいた空間を電車が通り過ぎた。少年と老婆は無事だった。
少年は踏切の外まで老婆を連れて行き、そのまま名前も告げずに立ち去った。紗里は人込みに消えていく彼の姿を追ったが見失った。あのときの少年の目は紗里の心に深く刻まれている。彼女は『本物の漢』を見たと思った。
紗里は赤い顔で律輝を見つめた。
「あたし、あんたのことを『本物の漢』だと思った。絶対に彼女になりたいと思った。ウチの学校の制服着てたから、普通科の男子を1年から3年まで探したけどいなかった。だから、まさかとは思ったけど、ゴールデンウィーク明けに特進の子たちの中から探した。そしたらいた。あたし、『本物の漢』の彼女になりたい。どうか、付き合ってください」
そう言って紗里は頭を下げた。律輝は目を丸くしていた。何かに驚いているようだ。
「‥‥僕で良ければ、こちらこそ、よろしくお願いします」
紗里が顔を上げると、律輝も赤い顔をしていた。2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
それから2人は駅の近くにあるコーヒーショップに入った。アイスカフェモカをストローで混ぜながら、紗里は不満気な顔をしている。
「だからね、もうあたしたち彼氏と彼女なんだから、敬語はやめなって。呼び方も九重さんじゃなくてサリでいいから」
「でも、こ‥‥じゃなくてサリは僕より1つ年上な訳だし‥‥」
「そんなの気にしなくていいって。あたしもあんたのこと律輝って呼ぶよ」
「ああ‥‥親しい人からはリッキって呼ばれてま‥‥呼ばれてる」
「じゃあリッキ。もっとリラックスしてよ」
律輝は緊張していた。女の子と付き合うなど生まれて初めてなのだ。しかも、相手は1歳年上のヤンキー女。何を話せばいいのかわからなかった。紗里の目が次第に怖くなっていき、ポツリとつぶやいた。
「あたしといてもつまんない?」
慌てて律輝は首を横に振る。
「そうじゃないんで‥‥そうじゃないんだ。サリはきれいな目をしているのに、何だか怒ってるように見える。どうしてなのかなって‥‥」
紗里は深々とため息をついた。
「あたし、今まで自分の未来が見えるような気がしてたの。高校卒業しても進学も就職もせずに、バイトとプーの繰り返し。そのうち適当な男と付き合って、子供ができて結婚。それからは子育てとパートに追われて、気がついたらつまんないおばちゃん。そんな未来を変えたくて、あんたに付き合ってって言ったんだ」
話を聞くうちに律輝の顔に楽しそうな笑みが浮かんだ。
「ウチの母さんもそんなおばちゃんだよ。でも、つまんなそうにはしてない。いつも楽しそうにしてる」
「楽しそう? なんで?」
「ウチの父さんと母さんは、結婚して20年以上経つのに今でもラブラブなんだ。だから父さんを支えて、父さんとの間に生まれた僕や兄さんを育てるのが楽しいんだって」
「そんなもんかなぁ」
腕組みして紗里はぼんやり考え込んだ。律輝はスマートフォンを取り出して、タッチパネルをいじっている。
「実はね、母さん、昔はバリバリのどヤンキーだったんだ。若い頃の写真が面白いからスマホで撮っちゃった」
そう言って、スマートフォンを紗里に見せた。
「ぷふふうっ」
紗里は思わず笑ってしまった。画面に映っていたのは、真っキンキンの髪で紫の特攻服を着た若い女が、派手なバイクにまたがっている姿だった。目はカメラのレンズをにらみつけている。
「これって、完全にレディースじゃないの?」
「僕もそう言ったんだけど、母さんは否定して『友達と一緒に夜のツーリングを楽しんでいただけ』って言うんだ」
再び紗里は笑いが込み上げてきた。
「お母さんがこんな人なら、お父さんもどこかの族の頭だったとか?」
これには律輝は静かに首を横に振った。
「父さんは真面目な人。ゼネコンのエンジニアで、今は単身赴任でサウジアラビアに行って、大きなダムを作ってる。いつも土木工事の現場を飛び回って、家にいるのは1年のうち2ヶ月ぐらい」
そして、律輝は両親の馴れ初めを話し始めた。
母の美智と父の龍平が出会ったのは、2人が18歳のときだった。街をブラブラしていた美智は、狭い路地の奥で数人の男女が集まっているのを見つけた。何事かと近づいてみると、体の大きな不良が少し年下ぐらいの男に殴る蹴るの暴行を加えていた。
大男はその地域ではケンカが強いと恐れられていた有名人で、地面に転がっている男を一方的に蹴っていた。そろそろ止めないと、やられている男は本当に大ケガをしてしまう。周囲にいる者は誰もがそう思っていたが、大男が怖くて止められなかった。
誰も止めないので美智は自分が止めようと思った。相手が相手だけに無事には済まないだろうが、目の前で人が大ケガするのは見たくない。前の人をかき分けようとしたときだ。大男の前に真面目そうな身なりをした男子高校生が立ちふさがった。
高校生はもう止めるように言った。すると、今度は大男は高校生を殴り始めた。ケンカとも言えない一方的な展開だった。だが、そのとき美智は殴られている高校生の目を見て驚いた。血まみれになっているのに、彼は大男をにらみつけている。
ケンカの勝敗はどちらかが地面に転がって決まるのではない。殴られ、蹴られ、相手に恐怖を感じたときに決まる。『心が折れた』という状態だ。
その高校生は『心が折れる』どころか、全身から大男に向かって「もう止めるんだ」と言わんばかりの気迫が溢れていた。そのうち、通行人が通報したのか警察官が駆け付け、大男は逃げ去った。
高校生はポケットからハンカチを出すと、自分が血まみれになっているにも関わらず、最初に殴られていた男の顔に付いた血を拭ってやった。そして、「お互いやられたね」と微笑んだ。
美智の胸に血まみれの男子高校生の顔が刻み込まれた。『本物の漢』を見つけたと思った。それから美智は男子高校生が市内の有名進学校に通う、矢村龍平であることを突き止め、猛アタックを開始した。
自分で決めた『男でやめることは許さない』というルールに従い、仲間から凄惨なリンチを受けてレディースをやめて、ようやく交際が始まった。龍平が東京の大学に行っている4年間は遠距離恋愛を継続させ、その間に美智は真面目に仕事をして結婚資金を貯めた。
そして、龍平が大学を卒業した年に2人は結婚した。
話を聞いていた紗里は目を丸くした。
「何それ? あたしとそっくりの話じゃない」
話し終えた律輝は飲み物で喉を潤した。
「そうなんだ。だから僕はサリと付き合うことにしたの。僕、女の子と付き合うの初めてだから、話がつまんないかもしれないけど、そのときはごめんね」
「そんなことない。あたし、あんたといると楽しい」
うれしそうな顔の紗里を見て、律輝は少し頬を赤らめた。
「‥‥笑ったときのサリって、きれいだね。いつもそんな顔しててほしいな‥‥」
紗里は満面の笑みを浮かべた。
授業が終わり高校の正門を出たときから、律輝は誰かに尾行されていることに気づいていた。しかし、尾行される覚えなどない。
両親の教え通り、周囲に困った人がいれば手を差し伸べているつもりだし、志望校だった県立の進学校に落ちて、今の高校に通い始めてからは勉強中心の毎日なので、誰かに恨まれることもやっていない。しいて言うなら、同級生との成績の順位争いぐらいなものだ。
背中に視線を感じながら、律輝は大通りから狭い路地に入った。そして、ビルの裏側に付いているエアコンの室外機の陰に隠れ、尾行者の接近を待った。
尾行者は急に姿を消した律輝を探して、足早に路地に入った。エアコンの室外機に近づいたとき、突然、律輝は姿を現す。
「何かご用ですか?」
尾行者は律輝と同じ高校の制服を着た女子生徒だった。ギクリと肩を動かして一歩下がる。女性としては背が高い。166センチの律輝より6、7センチは高いだろうか。セミロングの髪は茶色で、切れ長の目は美しいのだが、目つきが悪い。一見してヤンキーだった。
女子生徒は戸惑いながらも口を開いた。
「‥‥特進科2年の矢村律輝君だよね。あたし、普通科3年の九重紗里。あの‥‥」
九重紗里と名乗った女子生徒の声は緊張で固かった。そして、意を決したように目の前の律輝を真っすぐ見た。
「あの‥‥あたしと付き合ってください」
紗里の顔は見る見る赤くなった。
「はっ? 僕と?」
赤い顔で紗里はうなずいた。律輝は訳がわからなかった。学校は同じだが、2人が通う太陽学園高校には普通科と特進科があり、2つの科の間に交流は、まったくと言っていいほどない。
普通科には結構ヤンキーやギャル、チャラ男がいるが、特進科は本気で有名大学を目指す者ばかりで、今年の4月に2年生になったが、律輝は今まで普通科の生徒と話したことがなかった。
背の高い紗里は目立つので、何度か校内で見かけた記憶はある。だが、話したことはまったくなかった。
「誰かと間違っていませんか? 僕とあなたには接点がありません」
しかし、紗里は首を横に振る。
「間違いじゃない。あたし、本気であんたと付き合いたいんだ」
「‥‥どうして僕なんですか?」
紗里は告白の理由を語り始めた。
「先月の半ば、あんた、駅の近くにある踏切でおばあちゃんを助けたでしょ? あたし、あれ見てたの」
律輝は思い出した。まだ2年生になったばかりの4月の半ば、いつも通学で使っている私鉄の駅近くの踏切の中で、足の悪い老婆が転んでしまった。なかなか起き上がれないうちに踏切の警報が鳴り始め、黄色と黒の遮断棒が下りた。もうすぐ電車が来る。しかし、老婆は気が動転したのか動けなくなってしまった。
踏切の両側にいた人々は「危ない!」と思ったが、迷いや恐怖で誰も動くことができなかった。人々の中にいた紗里もそうだった。老婆を見つければ電車の運転士は急ブレーキをかけるだろう。だが、間に合うのだろうか。
誰もが金縛りになっていたとき、電車が見えた。「間に合わない!」。電車の速度を見て紗里はそう思った。そのときだった。向かい側の踏切から遮断棒をくぐって、1人の少年が飛び出した。
少年は紗里と同じ高校の制服を着ていた。彼の目を見て紗里は驚いた。その目に恐怖は一切なく、「絶対におばあさんを助けるんだ」という、熱くて優しい心しか映ってなかった。老婆のもとに着いた彼は何かを老婆に話していたが、警報機の音が大きくて聞こえない。
電車が急ブレーキをかける音がした。もう目前まで迫っている。現場にいる誰もが悲劇を予想した。だが、少年は老婆を抱きかかえ、信じられないほどの跳躍をした。次の瞬間、今まで2人がいた空間を電車が通り過ぎた。少年と老婆は無事だった。
少年は踏切の外まで老婆を連れて行き、そのまま名前も告げずに立ち去った。紗里は人込みに消えていく彼の姿を追ったが見失った。あのときの少年の目は紗里の心に深く刻まれている。彼女は『本物の漢』を見たと思った。
紗里は赤い顔で律輝を見つめた。
「あたし、あんたのことを『本物の漢』だと思った。絶対に彼女になりたいと思った。ウチの学校の制服着てたから、普通科の男子を1年から3年まで探したけどいなかった。だから、まさかとは思ったけど、ゴールデンウィーク明けに特進の子たちの中から探した。そしたらいた。あたし、『本物の漢』の彼女になりたい。どうか、付き合ってください」
そう言って紗里は頭を下げた。律輝は目を丸くしていた。何かに驚いているようだ。
「‥‥僕で良ければ、こちらこそ、よろしくお願いします」
紗里が顔を上げると、律輝も赤い顔をしていた。2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
それから2人は駅の近くにあるコーヒーショップに入った。アイスカフェモカをストローで混ぜながら、紗里は不満気な顔をしている。
「だからね、もうあたしたち彼氏と彼女なんだから、敬語はやめなって。呼び方も九重さんじゃなくてサリでいいから」
「でも、こ‥‥じゃなくてサリは僕より1つ年上な訳だし‥‥」
「そんなの気にしなくていいって。あたしもあんたのこと律輝って呼ぶよ」
「ああ‥‥親しい人からはリッキって呼ばれてま‥‥呼ばれてる」
「じゃあリッキ。もっとリラックスしてよ」
律輝は緊張していた。女の子と付き合うなど生まれて初めてなのだ。しかも、相手は1歳年上のヤンキー女。何を話せばいいのかわからなかった。紗里の目が次第に怖くなっていき、ポツリとつぶやいた。
「あたしといてもつまんない?」
慌てて律輝は首を横に振る。
「そうじゃないんで‥‥そうじゃないんだ。サリはきれいな目をしているのに、何だか怒ってるように見える。どうしてなのかなって‥‥」
紗里は深々とため息をついた。
「あたし、今まで自分の未来が見えるような気がしてたの。高校卒業しても進学も就職もせずに、バイトとプーの繰り返し。そのうち適当な男と付き合って、子供ができて結婚。それからは子育てとパートに追われて、気がついたらつまんないおばちゃん。そんな未来を変えたくて、あんたに付き合ってって言ったんだ」
話を聞くうちに律輝の顔に楽しそうな笑みが浮かんだ。
「ウチの母さんもそんなおばちゃんだよ。でも、つまんなそうにはしてない。いつも楽しそうにしてる」
「楽しそう? なんで?」
「ウチの父さんと母さんは、結婚して20年以上経つのに今でもラブラブなんだ。だから父さんを支えて、父さんとの間に生まれた僕や兄さんを育てるのが楽しいんだって」
「そんなもんかなぁ」
腕組みして紗里はぼんやり考え込んだ。律輝はスマートフォンを取り出して、タッチパネルをいじっている。
「実はね、母さん、昔はバリバリのどヤンキーだったんだ。若い頃の写真が面白いからスマホで撮っちゃった」
そう言って、スマートフォンを紗里に見せた。
「ぷふふうっ」
紗里は思わず笑ってしまった。画面に映っていたのは、真っキンキンの髪で紫の特攻服を着た若い女が、派手なバイクにまたがっている姿だった。目はカメラのレンズをにらみつけている。
「これって、完全にレディースじゃないの?」
「僕もそう言ったんだけど、母さんは否定して『友達と一緒に夜のツーリングを楽しんでいただけ』って言うんだ」
再び紗里は笑いが込み上げてきた。
「お母さんがこんな人なら、お父さんもどこかの族の頭だったとか?」
これには律輝は静かに首を横に振った。
「父さんは真面目な人。ゼネコンのエンジニアで、今は単身赴任でサウジアラビアに行って、大きなダムを作ってる。いつも土木工事の現場を飛び回って、家にいるのは1年のうち2ヶ月ぐらい」
そして、律輝は両親の馴れ初めを話し始めた。
母の美智と父の龍平が出会ったのは、2人が18歳のときだった。街をブラブラしていた美智は、狭い路地の奥で数人の男女が集まっているのを見つけた。何事かと近づいてみると、体の大きな不良が少し年下ぐらいの男に殴る蹴るの暴行を加えていた。
大男はその地域ではケンカが強いと恐れられていた有名人で、地面に転がっている男を一方的に蹴っていた。そろそろ止めないと、やられている男は本当に大ケガをしてしまう。周囲にいる者は誰もがそう思っていたが、大男が怖くて止められなかった。
誰も止めないので美智は自分が止めようと思った。相手が相手だけに無事には済まないだろうが、目の前で人が大ケガするのは見たくない。前の人をかき分けようとしたときだ。大男の前に真面目そうな身なりをした男子高校生が立ちふさがった。
高校生はもう止めるように言った。すると、今度は大男は高校生を殴り始めた。ケンカとも言えない一方的な展開だった。だが、そのとき美智は殴られている高校生の目を見て驚いた。血まみれになっているのに、彼は大男をにらみつけている。
ケンカの勝敗はどちらかが地面に転がって決まるのではない。殴られ、蹴られ、相手に恐怖を感じたときに決まる。『心が折れた』という状態だ。
その高校生は『心が折れる』どころか、全身から大男に向かって「もう止めるんだ」と言わんばかりの気迫が溢れていた。そのうち、通行人が通報したのか警察官が駆け付け、大男は逃げ去った。
高校生はポケットからハンカチを出すと、自分が血まみれになっているにも関わらず、最初に殴られていた男の顔に付いた血を拭ってやった。そして、「お互いやられたね」と微笑んだ。
美智の胸に血まみれの男子高校生の顔が刻み込まれた。『本物の漢』を見つけたと思った。それから美智は男子高校生が市内の有名進学校に通う、矢村龍平であることを突き止め、猛アタックを開始した。
自分で決めた『男でやめることは許さない』というルールに従い、仲間から凄惨なリンチを受けてレディースをやめて、ようやく交際が始まった。龍平が東京の大学に行っている4年間は遠距離恋愛を継続させ、その間に美智は真面目に仕事をして結婚資金を貯めた。
そして、龍平が大学を卒業した年に2人は結婚した。
話を聞いていた紗里は目を丸くした。
「何それ? あたしとそっくりの話じゃない」
話し終えた律輝は飲み物で喉を潤した。
「そうなんだ。だから僕はサリと付き合うことにしたの。僕、女の子と付き合うの初めてだから、話がつまんないかもしれないけど、そのときはごめんね」
「そんなことない。あたし、あんたといると楽しい」
うれしそうな顔の紗里を見て、律輝は少し頬を赤らめた。
「‥‥笑ったときのサリって、きれいだね。いつもそんな顔しててほしいな‥‥」
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