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34話・私と彼の王の話
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それからもレイスとリイネはあの日が嘘のように仲がよかった。
きっと、レイスは薄々リイネの母親のことを気づいていたと思う。
だから、レイスは自分の母親である湖の乙女の話題をだすことはしなかったのだと思えた。
リイネもまた、自分の母親のことは口に出さなかった。そして、王様は。
レイスが夜寝る前に、毎日レイスの元にやってきていて、本当にレイスが大好きなんだなぁ、とよくわかる甘さだった。
欲しいものはないか、ときいてない、といわれれば落ち込んで。
してほしいことはないか、ときいてない、といわれてまた落ち込んで。
いい意味で親馬鹿なんだろうなぁ、と私は微笑ましく見守っていたけれど、ある日、ぽつりとレイスが呟いた言葉が心に引っかかっていた。
それは王様が帰った後の寝るまでの僅かな時間。ベッドにもぐりこんだレイスが、悲しげに呟いたのだ。
「俺にするみたいに、ほかの王子や姫にも気を使えばいいのになぁ」
王様、は。
湖の乙女が、本当に好きで。
好きすぎて。
その間にできたレイスが大事すぎて。
周りが見えていないのだろうと、さっすることができる呟きだった。
そうして日々がすぎていって。レイスの十歳の誕生日がやってきた。
聖誕祭、として大々的に祝われた日。
パーティーなんてレベルじゃなくて、まさしく祭りだった。どうやら国を挙げての大掛かりなものだったらしいが、いろんな人に挨拶されて疲れ果てているレイスを気にかけることに忙しかった私にはあまり関係がなかった。
そして、その聖誕祭で。
レイスが次期国王となることが発表された。
やっぱり、と思った。
だって、リイネのお母さんの言葉は。自信に満ち溢れていたけれど、そのあと王宮のどこでもそんな話は聞かなかったから。
将来王様になるんだ、とリイネが言うたびに、レイスはがんばってねと無邪気に笑っていても、ルウランはものいいたげな眼差しをしていたから。
とうとう、この日がきたんだな。リイネはどうするんだろう、と少しだけ不安に思いつつ、行事を全部こなして夜になってため息を吐きながら着替えているレイスの傍にいた。
ばん、と大きな音を立てて扉が開かれて、ちょっと飛び上がるくらい驚いたけど、レイスは平静さを失っていなかった。
そこには顔を真っ赤にしたリイネがいて。足音も荒く室内にはいってきたリイネはレイスの首元をぐいっと掴みあげた。
「僕を、馬鹿にしているのか!」
「どうして」
「どうして、だと……っ! 聞けば、お前が生まれたときからお前が次期国王になるのは決まっていたそうじゃないか! 僕が王になるというたびに、内心で笑っていたんだろう!」
まって、リイネ、レイスはそんなことをする子じゃない。
そういってとめたいのに、私はなにもできない。リイネが掴みあげるのをやめさせたくても、この手はすり抜けてしまう。
悔しい。いつだって、私は肝心なときに無力だ。
唇をかみ締める私の前で、レイスはいたって平静に、むしろ、どこか冷めた眼差しでリイネを見返していた。
「ああ、そうだ。生まれたときから決まっていた。だって、考えてみろ。俺は精霊の落とし子だ。その意味がわからないわけじゃないだろう?」
「っ。……精霊の、落とし子は。祝福として人間に贈られる精霊の落とし子は、人間からすれば最大の幸福。落とし子のいる国は栄え、永遠の繁栄を得る。その範囲は落とし子を受け取った者の守る場所全てに及ぶ。ただの村人が受け取れば、その家族は富に困らず、街の長が受け取れば、その街は発展しこの世界のどの街よりも幸福に包まれる。それが、国の単位となれば。栄華は限界を知らず、国に恒久的平和と幸せを約束する、そう伝承にはある……」
「知ってるじゃないか」
「でも! お前は! 僕の補佐をすると……!!」
「それはリイネが王に選ばれればの話だ」
「っ!!」
「リイネは選ばれなかった。俺が選ばれた。……それだけだ」
わかったら、離してくれるか。
どこか突き放すようにそういったレイスは苛立っているようだった。
らしくない、と思った。そりゃあ、いつだってにこにこしていて聖人君子然としていろ、なんていわないけど。それでも、らしくない、と思う程度には、レイスはわかりやすく苛立っていた。
なにをそんなに苛立つのだろうと、リイネのことではなく、レイスを心配していれば、レイスは手を離さないリイネの手を無理やり離して、はき捨てるように言った。
「王になんてなったら、あの子のそばにずっといられない……!」
心底、苛立った様子で。我慢していたものを、吐き出すように。
言い捨てたレイスに、唖然とした。
あの子、って私のこと? 王様になったら、そりゃあ、自由には動けないだろうけど。……それを、気にして、嫌がっているの?
目を見開いた私の前で、リイネがほえる。
「なら、僕によこせ! 僕には……っ。僕にはそれしか価値がないんだ!!」
その血を吐くような叫びに、さすがにレイスの眉がよった。
リイネ? と声音にも僅かに気遣いが滲む。だけど、今度はリイネが余裕をなくした表情で、言葉を吐き出す。
「僕は王になることだけを求められてきた。王になること以外に、僕の価値はないんだ!!」
「リイネ、なにをいって」
「決闘だ!!」
レイスの伸ばした手を振り払って、リイネが叫ぶ。そのころには騒がしさに気づいたのかメイドさんがやってきていて、ルウランの姿もあった。
腰に挿した儀礼用の剣を抜いて、リイネがレイスにつきつける。
「明日の正午、第一の庭で、国王の座をかけて決闘だ!」
「リイネ、なにをいっているのです……!」
慌てた様子で仲裁に入ろうとするルウランを、リイネが睨む。
「こいつはあろうことは王の座をいらないといった。なら、僕によこせ!」
「リイネ!」
「うるさいっ! ……逃げるなよ!」
それだけ言い捨てて、リイネは足早に去っていった。
嵐が過ぎ去ったような室内は、沈黙が降りて、ややおいてからルウランのため息がどこか大きく響いた。
「すみません、レイス。……私が、悪かったのです。彼に、王にはなれないと。きちんと伝えることが出来なかった」
「母親の期待だ。裏切れないだろう」
「知っていて……?」
「ああ」
らしくないほど、淡々と。レイスは掴まれて伸びた襟をただして、といき混じりに語る。
「俺には母親の期待というものはよくわからないけれど。リイネにとって心のよりどころだったことは知っている。だから……冗談でも、なんでもなく。リイネが王になれればいいと思っていた。同時に、それが無理だと知っていた。俺がいる限り、リイネが王になる未来はない」
「レイス……」
「でも、俺は譲らない。俺にも、目的があるから」
「目的、とは?」
「会いたい人がいる」
そうはっきりと断言する姿は、年不相応に大きなものに思えた。
きっと、レイスは薄々リイネの母親のことを気づいていたと思う。
だから、レイスは自分の母親である湖の乙女の話題をだすことはしなかったのだと思えた。
リイネもまた、自分の母親のことは口に出さなかった。そして、王様は。
レイスが夜寝る前に、毎日レイスの元にやってきていて、本当にレイスが大好きなんだなぁ、とよくわかる甘さだった。
欲しいものはないか、ときいてない、といわれれば落ち込んで。
してほしいことはないか、ときいてない、といわれてまた落ち込んで。
いい意味で親馬鹿なんだろうなぁ、と私は微笑ましく見守っていたけれど、ある日、ぽつりとレイスが呟いた言葉が心に引っかかっていた。
それは王様が帰った後の寝るまでの僅かな時間。ベッドにもぐりこんだレイスが、悲しげに呟いたのだ。
「俺にするみたいに、ほかの王子や姫にも気を使えばいいのになぁ」
王様、は。
湖の乙女が、本当に好きで。
好きすぎて。
その間にできたレイスが大事すぎて。
周りが見えていないのだろうと、さっすることができる呟きだった。
そうして日々がすぎていって。レイスの十歳の誕生日がやってきた。
聖誕祭、として大々的に祝われた日。
パーティーなんてレベルじゃなくて、まさしく祭りだった。どうやら国を挙げての大掛かりなものだったらしいが、いろんな人に挨拶されて疲れ果てているレイスを気にかけることに忙しかった私にはあまり関係がなかった。
そして、その聖誕祭で。
レイスが次期国王となることが発表された。
やっぱり、と思った。
だって、リイネのお母さんの言葉は。自信に満ち溢れていたけれど、そのあと王宮のどこでもそんな話は聞かなかったから。
将来王様になるんだ、とリイネが言うたびに、レイスはがんばってねと無邪気に笑っていても、ルウランはものいいたげな眼差しをしていたから。
とうとう、この日がきたんだな。リイネはどうするんだろう、と少しだけ不安に思いつつ、行事を全部こなして夜になってため息を吐きながら着替えているレイスの傍にいた。
ばん、と大きな音を立てて扉が開かれて、ちょっと飛び上がるくらい驚いたけど、レイスは平静さを失っていなかった。
そこには顔を真っ赤にしたリイネがいて。足音も荒く室内にはいってきたリイネはレイスの首元をぐいっと掴みあげた。
「僕を、馬鹿にしているのか!」
「どうして」
「どうして、だと……っ! 聞けば、お前が生まれたときからお前が次期国王になるのは決まっていたそうじゃないか! 僕が王になるというたびに、内心で笑っていたんだろう!」
まって、リイネ、レイスはそんなことをする子じゃない。
そういってとめたいのに、私はなにもできない。リイネが掴みあげるのをやめさせたくても、この手はすり抜けてしまう。
悔しい。いつだって、私は肝心なときに無力だ。
唇をかみ締める私の前で、レイスはいたって平静に、むしろ、どこか冷めた眼差しでリイネを見返していた。
「ああ、そうだ。生まれたときから決まっていた。だって、考えてみろ。俺は精霊の落とし子だ。その意味がわからないわけじゃないだろう?」
「っ。……精霊の、落とし子は。祝福として人間に贈られる精霊の落とし子は、人間からすれば最大の幸福。落とし子のいる国は栄え、永遠の繁栄を得る。その範囲は落とし子を受け取った者の守る場所全てに及ぶ。ただの村人が受け取れば、その家族は富に困らず、街の長が受け取れば、その街は発展しこの世界のどの街よりも幸福に包まれる。それが、国の単位となれば。栄華は限界を知らず、国に恒久的平和と幸せを約束する、そう伝承にはある……」
「知ってるじゃないか」
「でも! お前は! 僕の補佐をすると……!!」
「それはリイネが王に選ばれればの話だ」
「っ!!」
「リイネは選ばれなかった。俺が選ばれた。……それだけだ」
わかったら、離してくれるか。
どこか突き放すようにそういったレイスは苛立っているようだった。
らしくない、と思った。そりゃあ、いつだってにこにこしていて聖人君子然としていろ、なんていわないけど。それでも、らしくない、と思う程度には、レイスはわかりやすく苛立っていた。
なにをそんなに苛立つのだろうと、リイネのことではなく、レイスを心配していれば、レイスは手を離さないリイネの手を無理やり離して、はき捨てるように言った。
「王になんてなったら、あの子のそばにずっといられない……!」
心底、苛立った様子で。我慢していたものを、吐き出すように。
言い捨てたレイスに、唖然とした。
あの子、って私のこと? 王様になったら、そりゃあ、自由には動けないだろうけど。……それを、気にして、嫌がっているの?
目を見開いた私の前で、リイネがほえる。
「なら、僕によこせ! 僕には……っ。僕にはそれしか価値がないんだ!!」
その血を吐くような叫びに、さすがにレイスの眉がよった。
リイネ? と声音にも僅かに気遣いが滲む。だけど、今度はリイネが余裕をなくした表情で、言葉を吐き出す。
「僕は王になることだけを求められてきた。王になること以外に、僕の価値はないんだ!!」
「リイネ、なにをいって」
「決闘だ!!」
レイスの伸ばした手を振り払って、リイネが叫ぶ。そのころには騒がしさに気づいたのかメイドさんがやってきていて、ルウランの姿もあった。
腰に挿した儀礼用の剣を抜いて、リイネがレイスにつきつける。
「明日の正午、第一の庭で、国王の座をかけて決闘だ!」
「リイネ、なにをいっているのです……!」
慌てた様子で仲裁に入ろうとするルウランを、リイネが睨む。
「こいつはあろうことは王の座をいらないといった。なら、僕によこせ!」
「リイネ!」
「うるさいっ! ……逃げるなよ!」
それだけ言い捨てて、リイネは足早に去っていった。
嵐が過ぎ去ったような室内は、沈黙が降りて、ややおいてからルウランのため息がどこか大きく響いた。
「すみません、レイス。……私が、悪かったのです。彼に、王にはなれないと。きちんと伝えることが出来なかった」
「母親の期待だ。裏切れないだろう」
「知っていて……?」
「ああ」
らしくないほど、淡々と。レイスは掴まれて伸びた襟をただして、といき混じりに語る。
「俺には母親の期待というものはよくわからないけれど。リイネにとって心のよりどころだったことは知っている。だから……冗談でも、なんでもなく。リイネが王になれればいいと思っていた。同時に、それが無理だと知っていた。俺がいる限り、リイネが王になる未来はない」
「レイス……」
「でも、俺は譲らない。俺にも、目的があるから」
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