【完結】守護龍の寵愛、傭兵ステラの長い旅路〜次期守護龍候補の赫き竜〜

久遠れん

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17話・独白(1)

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 リースが落ち着く頃までシェリアもステラも言葉もなく傍にいてくれた。

 やがて落ち着いたリースの泣き声が止まった頃、ステラは一言「処罰は明日言い渡す」とだけ告げて部屋を出て行った。

取り残されたのはリース一人、ではなかった。

 シェリアもまた残って、甲斐甲斐しくリースの世話を焼いてくれた。

 体に力のはいらないリースの血にぬれた髪を丁寧に拭って血を落とし、上の服を脱がせて新しい服を着せられるのをぼんやりと眺めていたリースは「下は自分で変えなさいよ」という一言で渡されたズボンにのろのろと履き替えた。

 リースがズボンを履き替える間そっぽを向いていたシェリアはリースが着替えたと告げればくるりと振り返って、まずリースの吐瀉物を魔術で燃やした。

匂いも残らず、床に焦げ目もつけない見事な焼きっぷりだった。元々窓はあけてあるから後は部屋にこもっている匂いが抜けるのを待つだけだ。

 それからずっとシェリアがもっていたらしいリースの剣を差し出された。

 びくりと大きく肩を跳ねさせたリースにステラは軽くため息を吐いて「鞘だけでいいから貸しなさい」といった。

 大人しく剣帯から鞘を抜けば、剣を鞘にしまってテーブルの上に置く。今は剣を直視するのが辛い。

 そんなリースの心を慮ってか、ぽんと背中を叩かれるとベッドに誘導された。

ぽすんとベッドに座れば隣にシェリアも腰を下ろす。今日はなにくれとなく世話をやいてくれるな、となんともなしに思った。いつもなら、こんなことはしないだろうに、とも。

 沈黙が落ちる。

 決して心地いい沈黙ではなかった。けれど、何をしゃべっていいのかもわからなかった。

 シェリアは口を開かない。だから、たっぷりとした沈黙の後に先に口火をきったのは、リースだった。

「……なぁ、シェリアは、人を、殺した……こと、あるの、か?」

 恐る恐るとたずねた言葉に、そろりと見上げたシェリアはこともなげに頷いた。

「あるわよ」
「……」
「なにを勘違いしているのか知らないけどね。剣は武器よ。武器は人を殺す道具よ。アンタの目指す皇宮の騎士だって、戦争になれば人を殺すわ」
「そう、だな……」

 憧れだけでなく現実を見ろと言われている気がした。

 掠れた声で頷いたリースに、小さくため息を吐き出して、ステラはリースに視線を映さないままぽつりと呟いた。

「私はね、孤児なの」
「……え?」

 思いがけない告白に膝に下ろした視線から思わず再びシェリアをみれば、シェリアは無表情で淡々と言葉を続ける。

「気がついたときには、薄暗い路地裏で泥水啜ってたわ。当然親の顔も知らない。兄弟なんていたかもわからない。目の前では人がバタバタ死んでいく。死人から剥ぎとらなきゃ、自分が死ぬ。時には生きてる人を踏み台にしても、まだ自分の命が危ない。……そんなところで、私は育った」

 衝撃的な告白だった。

 リースには一度しか見せなかったが、ステラ相手にはよく笑うシェリアが、そんな過去を抱えていたなんて。

 最果ての寂れた農村の要らない子だといっても、リースは最低限の食事は保障されていた。言葉では色々言われたけれど、暴力は振るわれなかった。それが、どれほどに恵まれていたのか、いまさらながら実感する。

「ラキト様に拾われるまで、毎日が死と隣りあわせだった。ラキト様はそんな薄汚い場所で生き汚く生きてきた私を拾ってくださった。ラキト様は私に魔術的な才能を見出したからだとおっしゃったけれど、……重ねておられたのよ、ラキト様は」

 だれに、とは聞かなかった。聞けなかった。

 ただ、静かにシェリアの言葉に耳を傾ける。

「私は二度とあんな場所に戻りたくなかった。だから、死に物狂いで勉強したわ。多分、七歳か八歳の頃にラキト様に拾われて、十四歳で一人前と認められて……誕生日も、ラキト様が下さったものだけど……先生と一緒に世界をみるための、旅に出た」

 最後だけは聞いたことがあった。ステラもそういっていた。シェリアはステラのお目付け役なのだと苦く笑ってはいたけれど。

「世界は広かったわ。知らないことがたくさんあった。知りたくないことも知った。それでも世界は素晴らしかった。私の生きてきた世界のなんて狭かったことか、身に染みてわかるほどに。……ねぇ、アンタの目にうつる世界はどう?」
「……え?」

 唐突な問いかけに、間の抜けた声を返せば、ふいにステラはリースの目をまっすぐに見据えて、言葉を紡いだ。

「希望で輝いてる? 絶望で悲しみにくれている? ……私の世界は、ラキト様と先生がいればよかった、つい最近までは」
「……」
「アンタのこと、嫌いじゃないのよ。ここにくるまでの間、先生は基礎の基礎、体作りしかアンタにさせなかった。アンタは文句の一つもいわなかったし、最初からちゃんと先生には敬語だった。あんな最果ての村にいて、敬語が使えたことに、ちょっと驚いたくらいにね」
「……いまのは馬鹿にしてるだろ」
「事実よ。普通ああいうところにいたら、敬語なんて使えないものよ。私だって使えなかったわ」

 少しばかりむっとして言い返せば、シェリアはこともなげにいう。

 シェリアの今の話し方を知っている身としては、敬語が使えなかったというのも若干信じられなかった。

 だからだろう。リースは今まで誰にも話した事のないことを、そっと口に乗せた。

「昔、本当に俺がガキの頃、師匠達みたいにキャラバンが来た。その人たちがどこでも売れないからって、本をくれた。その中に、敬語でしゃべる登場人物がいて、……師匠にあったときに、とっさにこういう場面で使うんだ、って思った」
「へぇ、アンタほんと、頭は回るのよねぇ。ちょっとたりないけど」

 いつもなら言い返す言葉だが、そのちょっとが今回ばかりは先の一件を示しているのがわかってしまったので、なにもいえずに口を噤む。

「それにアンタ、馬鹿みたいに真っ直ぐで、そこも嫌いじゃないわ」

 リースの馬鹿みたいな真っ直ぐさは、好ましいとシェリアは思う。きっとステラもそうだろう。

 シェリアとて馬鹿ではない。成人した人間が家を村を飛び出してステラに師事した理由くらい考える。

 おおよその見当も、リースの言動からつく。よく性根がまがらなかったものだと、最初は感心さえしたのだ。

 ラキトに拾われた頃のシェリアは悪ガキそのものだっただけに、真っ直ぐに前だけ見据えて、人を殺して吐くほどの罪悪感を抱けるリースが、少しばかり羨ましくすらある。

 その感覚は、当の昔にシェリアが無くしてしまったものだから。

 だから、これは素朴な疑問。こんな機会でなければ、きっとずっと口にすることはなかっただろうことだ。
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