グラップラーミサキ、あるいは格闘王の俺が種族:サキュバスとしてTS転生しましたが異世界でも世界最強を目指します

孫真

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「3日か……」
流石に様子を伺いもせず、出場する気には、なれなかった。まずは3日後に行われる試合を観ることとした。
どうやら試合が行われていない時も観客席へは自由に出入りできるようであった。

闘技場の見学口へと向かう石畳の路地は、本通りから少し外れた細い道だった。魔法灯の数もまばらで、建物の影が深く落ちている。露店街の喧噪は遠く、代わりに路地裏特有の湿った冷たさと、ごみの腐敗臭が混ざった空気が立ち込めていた。ミサキは翼をわずかに畳み、鋭い爪を隠すように袖口に手をしまいながら歩いていた。

そんな時、路地の奥から怒鳴り声と、けたたましい笑い声、そして何かを打つ鈍い音が聞こえてきた。

 そこには三匹のゴブリンに囲まれた少年の姿があった。少年は明らかに人間ではない。金色の短髪、血色の良い唇、そして何より目を引くのは小さな角だった。インキュバス――サキュバスの男性版である魔族だ。年齢は十代前半といったところだろうか。華奢な体躯は、まだ少年から青年へと移り変わる途中のようだった。

 だが、その少年の態度は意外なものだった。囲まれているにも関わらず、挑発的な笑みを浮かべている。

「へっ、たかがゴブリンごときが調子に乗ってんじゃねーよ」

 少年――リオは舌打ちしながら言った。その生意気そうな口調に、ゴブリンたちの顔が歪む。

「なんだと、このガキ!」
「金も返せねえくせに、偉そうな口を利きやがって」
「3ヶ月も延滞してるんだぞ、リオ!」

「ちっ、うっせーな。金なんてすぐ稼げるっつーの」

 リオは鼻を鳴らして答えた。ミサキは眉をひそめる。借金トラブルか。しかも、この少年はかなり舐めた態度を取っている。

「稼げる? お前みたいなガキにゃ無理だ。大人しく奴隷商人に売られちまえ」

「は? 誰が売られるって?」

 その時、リオの瞳が妖艶に光った。周囲の空気が急に甘い香りに包まれる。ゴブリンたちの動きが鈍くなり、目が虚ろになっていく。

「ざまあ」


その隙に少年は身を翻し、路地の出口へ駆け出した。だが数歩と行かぬうちに、背後から棍棒が飛んだ。
「ぐあっ!」

尻餅をついた瞬間、四方から押さえ込まれる。
「ガキが調子に乗りやがって!」
「金も払わねえくせに、逃げようとしやがった!」
拳と棍棒が容赦なく振り下ろされる。少年の細い体はすぐに打撲で痣だらけになった。

 ゴブリンの拳がリオの頬を打った。少年は石壁に叩きつけられ、うめき声を上げる。他の二匹も正気を取り戻すと、怒り狂ってリオに殴りかかった。

「生意気なガキには、お仕置きが必要だな!」


 リオは身体を丸めて殴打を耐えようとしたが、三対一では分が悪い。血が唇から流れ、頬が腫れ上がる。それでも、リオは屈服しようとしなかった。

「ちくしょう…こんな雑魚どもに…」

 一匹のゴブリンが錆びた短剣を抜き、リオに向けた。ミサキは思わず身を乗り出そうとして、しかし一度立ち止まった。

 この世界のルールはまだ分からない。安易に関わって面倒事に巻き込まれるのは得策ではない。それに、今の自分にはサキュバスという弱々しい外見しかない。下手に手を出せば、自分も危険に晒されるかもしれない。

 だが、リオの震える姿を見て、ミサキの中で何かが疼いた。

 元の世界でも、弱い者が理不尽に蹂躙される光景を何度も見てきた。地下リングの世界は弱肉強食が当たり前だったが、それでも筋の通らない暴力には反発を覚えていた。そして今、目の前で起きているのは、まさにそれだった。

「その少年、放せ」

低く、しかし威圧的に響く女性の声。

ゴブリンたちは一瞬怯んだように見えたが、すぐに哄笑した。

「おう?てめえの連れかぁ?関係ねえんだったら、すっこんでろ。邪魔するならお前ももらうぞ?」

ミサキは無表情でゴブリンを見つめた。内心では計算が働く。三人。小柄だが、数は多い。今のこの身体で、元の世界の戦闘技術はどれだけ通用するのか。力は明らかに劣る。スピードと技術、そして不意打ちで勝負するしかない。


一人のゴブリンがずんずん近づいてくる。その手には、錆びた短剣のようなものが握られていた。

ミサキの体が、自動的に動いた。

かつて何千回、何万回と繰り返した、接近戦における最適解が、神経を駆け巡る。ゴブリンが踏み込んできたその瞬間、ミサキはわずかに体を捩り、相手の突進を流す。華奢な体躯が、思いのほかしなやかに動いた。

「ぬ……!?」

ゴブリンが驚く間もなく、ミサキの細い腕が鞭のように絡みつく。狙いは極めて明確――人間でも魔物でも、関節の動きは基本的に同じだ。ゴブリンの短剣を持つ手首を、ミサキの両手が鷲掴みにする。そして、体重を乗せ、反対方向へと――

「ぐええっ!?」

鈍い音と共に、ゴブリンの手首関節が不自然な方向へ捻じれた。悲鳴と共に短剣が石畳に落ちる。

「てめえ!この野郎!」

もう一人のゴブリンが背後から飛びかかってきた。ミサキは捕らえたゴブリンを盾のように引きずりながら、回り込む。鋭い爪が、ふと視界に入る。そうだ、今の俺にはこれがある。

背後から来たゴブリンの腕がミサキの肩を捉えようとしたその時、ミサキはわずかに爪を立て、相手の腕の急所――橈骨神経溝めがけて、すっと撫でるように引っかいた。

「いでででっ!?痺れるっ!?」

ゴブリンの腕が瞬間的に脱力する。その隙に、ミサキは最初のゴブリンを地面に投げつけ、すぐに神経を刺激されたゴブリンの背後に回り込んだ。そして、その細いながらも締め付け力のある脚を、相手の首元に絡めつける。

「げほっ…!は、離せ…!」

三人目のゴブリンは、状況を理解し、恐怖に駆られたように後ずさった。ミサキの冷たい視線が、最後の一人を射抜く。

「次はお前の番だ。さっさと消えろ。二度と見かけたら、次はもっとひどい目に合わせる」

ゴブリンは震える手で地面の袋を放り出すと、転ぶようにして逃げ出した。ミサキはゆっくりと脚を解き、地面に喘いでいる二人のゴブリンを見下ろした。

「お前たちもだ。今すぐ視界から消えろ」

ゴブリンたちは這うようにして立ち上がり、お互いを支え合いながら、悲鳴とも嗚咽ともつかない声を上げて路地裏へと消えていった。
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