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リオの案内で辿り着いた先は、街の外れ、廃墟と化した古い神殿の地下だった。湿った冷気とカビ臭い空気が鼻を突く。崩れかけた石段を下り、重厚な石扉をくぐると、そこには思わず息を呑む光景が広がっていた。
天井からは不気味な淡い紫色の光を放つ魔晶石がぶら下がり、ぼんやりと空間を照らしている。広い洞窟のような場所には、所狭しと簡素な寝床やテントが設けられ、数十人――いや、百人近いサキュバスとインキュバスが暮らしている。
しかし、その様子はミサキの想像とは大きく異なっていた。
どこからか甘ったるく、腐ったようなワインの香りが漂ってくる。その正体はすぐにわかった。部屋の隅々にたむろる同胞たちの多くが、ある液体を詰めた瓶や皮袋を手にし、げっそりと虚ろな目をして横たわったり、千鳥足で歩き回ったりしていた。まるで…アル中患者の溜まり場のようだ。
ろれつが回らない者、壁にもたれかかって呆然と虚空を見つめる者、突然訳もなく笑い出す者。そのほとんどが著しく活力を欠き、怠惰と虚脱に支配されているように見えた。
「ここが…俺たちの隠れ家だよ」リオが少しばかり誇らしげに、しかしどこか諦め混じりの声で言った。
「なんだ…ここは…?」
ミサキの呟きは、失望と困惑に満ちていた。
「酔うんだよ、みんな。」
リオは肩をすくめた。
「血を飲むと…ほら、ハイになるっていうか。普通の人間にとっての酒以上に。でも、度が過ぎると…ああなるんだ」
リオが顎で指した先では、一人の男性インキュバスが痙攣するように震えながら、空の瓶を舐め回していた。その目は完全に虚ろで、よだれを垂らしている。明らかに正常な精神状態ではない。
「血の…中毒?淫魔というのは人の精を吸うものと思っていたが?」
「そっちはただの食事だろ。
あんた血飲んだことないのかい?
みんな、金が入ると真っ先に新鮮な血を買い漁るんだ。あのゴブリン共に金を借りたのは、皆の血を買うためだったんだよ」
ミサキは集落内を見渡した。確かに、皆の着ているものは粗末で、生活環境も決して良いとは言えない。
「見ない顔だね。」
しわがれた、しかし威厳のある声が響いた。振り向くと、深いフードを被った老女が、杖をつきながら近づいてくる。その顔には深い皺が刻まれ、目は濁っているが、鋭い観察眼を感じさせた。
「長老」
リオがぴしっと、少し緊張した様子で挨拶する。
「リオ、またゴブリンに因縁つけられていたな。この傷は…まあ、いつものことか」
長老はため息をつくと、ミサキをじっと見た。
「で、お前がリオが連れてきたというよそ者かい。随分と…しまった身体をしているな。何処か遠くから来たのかい?」
「…はい、そうです」
嘘ではない。が、どこまで話したものかと思う。この長老なら、何か知っているかもしれないが。
「ふむ…その瞳…。珍しいぞ、最近の若い者はすぐに血の誘惑に負けてだらしなくなるというのに」
長老はミサキの周りをゆっくりと回り、観察する。
「名前は?」
「ミサキ」
「ミサキか。私はこの集落で一番の年寄りでね。皆々勝手に長老と呼んでおる。さて、お前さんはなぜここへ来た?血に酔いしれたいのかい?それとも…他に用か?」
ミサキは迷ったが、率直に話すことにした。
「闘技場で戦うために情報が欲しいのです。リオが、ここなら詳しい者がいると」
オルドラ長老の目が細められた。
「闘技場?ふむ…確にな。あそこは血の宝庫だ。負傷者から流れる血は…最高の陶酔をもたらす故、多くの者が血を求めて集う。しかし、お前さんは違うな…血よりも、戦いそのものを求めているようだ」
長老はミサキを集落のより奥へと案内した。そこには比較的まともな状態の同胞たちがいた。皆、何らかの作業に従事しているが、その目にはどこか虚ろさが残っている。
「我々は血に依存する病にかかっているのだよ、ミサキ」
長老は悲しげに言った。
「お前のように清らかな状態でいられるのは、羨ましい限りだ。だが、いつか必ず…血の誘惑に負ける時が来る。」
ミサキは背筋に冷たいものを感じた。ここは助け合いの集落というより、血に依存する患者たちの共同体だった。
天井からは不気味な淡い紫色の光を放つ魔晶石がぶら下がり、ぼんやりと空間を照らしている。広い洞窟のような場所には、所狭しと簡素な寝床やテントが設けられ、数十人――いや、百人近いサキュバスとインキュバスが暮らしている。
しかし、その様子はミサキの想像とは大きく異なっていた。
どこからか甘ったるく、腐ったようなワインの香りが漂ってくる。その正体はすぐにわかった。部屋の隅々にたむろる同胞たちの多くが、ある液体を詰めた瓶や皮袋を手にし、げっそりと虚ろな目をして横たわったり、千鳥足で歩き回ったりしていた。まるで…アル中患者の溜まり場のようだ。
ろれつが回らない者、壁にもたれかかって呆然と虚空を見つめる者、突然訳もなく笑い出す者。そのほとんどが著しく活力を欠き、怠惰と虚脱に支配されているように見えた。
「ここが…俺たちの隠れ家だよ」リオが少しばかり誇らしげに、しかしどこか諦め混じりの声で言った。
「なんだ…ここは…?」
ミサキの呟きは、失望と困惑に満ちていた。
「酔うんだよ、みんな。」
リオは肩をすくめた。
「血を飲むと…ほら、ハイになるっていうか。普通の人間にとっての酒以上に。でも、度が過ぎると…ああなるんだ」
リオが顎で指した先では、一人の男性インキュバスが痙攣するように震えながら、空の瓶を舐め回していた。その目は完全に虚ろで、よだれを垂らしている。明らかに正常な精神状態ではない。
「血の…中毒?淫魔というのは人の精を吸うものと思っていたが?」
「そっちはただの食事だろ。
あんた血飲んだことないのかい?
みんな、金が入ると真っ先に新鮮な血を買い漁るんだ。あのゴブリン共に金を借りたのは、皆の血を買うためだったんだよ」
ミサキは集落内を見渡した。確かに、皆の着ているものは粗末で、生活環境も決して良いとは言えない。
「見ない顔だね。」
しわがれた、しかし威厳のある声が響いた。振り向くと、深いフードを被った老女が、杖をつきながら近づいてくる。その顔には深い皺が刻まれ、目は濁っているが、鋭い観察眼を感じさせた。
「長老」
リオがぴしっと、少し緊張した様子で挨拶する。
「リオ、またゴブリンに因縁つけられていたな。この傷は…まあ、いつものことか」
長老はため息をつくと、ミサキをじっと見た。
「で、お前がリオが連れてきたというよそ者かい。随分と…しまった身体をしているな。何処か遠くから来たのかい?」
「…はい、そうです」
嘘ではない。が、どこまで話したものかと思う。この長老なら、何か知っているかもしれないが。
「ふむ…その瞳…。珍しいぞ、最近の若い者はすぐに血の誘惑に負けてだらしなくなるというのに」
長老はミサキの周りをゆっくりと回り、観察する。
「名前は?」
「ミサキ」
「ミサキか。私はこの集落で一番の年寄りでね。皆々勝手に長老と呼んでおる。さて、お前さんはなぜここへ来た?血に酔いしれたいのかい?それとも…他に用か?」
ミサキは迷ったが、率直に話すことにした。
「闘技場で戦うために情報が欲しいのです。リオが、ここなら詳しい者がいると」
オルドラ長老の目が細められた。
「闘技場?ふむ…確にな。あそこは血の宝庫だ。負傷者から流れる血は…最高の陶酔をもたらす故、多くの者が血を求めて集う。しかし、お前さんは違うな…血よりも、戦いそのものを求めているようだ」
長老はミサキを集落のより奥へと案内した。そこには比較的まともな状態の同胞たちがいた。皆、何らかの作業に従事しているが、その目にはどこか虚ろさが残っている。
「我々は血に依存する病にかかっているのだよ、ミサキ」
長老は悲しげに言った。
「お前のように清らかな状態でいられるのは、羨ましい限りだ。だが、いつか必ず…血の誘惑に負ける時が来る。」
ミサキは背筋に冷たいものを感じた。ここは助け合いの集落というより、血に依存する患者たちの共同体だった。
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