〈旅行記〉意味がなければインドカレーはない

こえ

文字の大きさ
4 / 14

まくら運についての考察

しおりを挟む
「まくら運」
 という言葉がある。いや、ぼくの造語なのでそんなものないのだが、もしかしたら、と思い辞書を繰ってみても、やはりそんな言葉はなかった。まちがいなく、ぼくの造語である。
 どういうことかというと、要は、旅の滞在先で、自分に合うまくらに恵まれるかどうかという、旅にとって非常に重要なツキのことだ。
 睡眠を何よりも大切にするぼくにとって、旅の途中で十分な睡眠が取れるか否かは、なかなか重要なことなのだ。数時間しか眠れなかったとなると、体力的には問題なくとも、なんとなくその事実だけでその日は気が乗らないことも多い。
 その睡眠にとって、まくらが重要なのはいうまでもない。小津安二郎の『東京物語』のリメイクといわれる山田洋次の『東京家族』では、東京に出てきた老夫婦が横浜のホテルに泊まり、「まくらが高くてよう眠れなんだ」という箇所があったが、ぼくはそこに深く共感したものだ(どこに共感しているんだ)。ぼくも高いまくらは嫌いだ。
 人間の体の構造上、後頭部に何かしらの高さのあるものを当てないと心地よい睡眠がとれないのは仕方がないとして、でもそれは割と微妙な話なわけで、なにも高ければよいというわけではないだろう。まくらは高ければ高いほど良いサービスだとでも思っているのだろうか。「休まさせていただきます」という奇妙な敬語のようで、何か誤解のようなものがある。
 さて、今回の旅は、そのまくら運が良かったといっていいだろう。泊まったホテルは全部で四ヶ所。初日にニューデリーのコテージ・イエス・プリーズ。ここは去年と同じ所なので、まくらがいいのは経験済みだ。次に、チベット人たちの住むレーに移ってからは、ホテル・メハク。ブータンをイメージさせる明るい木の造りの三階建で、中庭を囲むようにコの字型に建てられている。ここはまくらが二つ置いてあり、どちらも高さは同じなのだが、悪くなかった。そこから泊りがけで出かけたヌブラ渓谷のホテル・シアチェンは、コバエが多い上にまくらはいまいちだった。しかし一泊だけだったので、わりと我慢できた。さらに、ニューデリーに戻ってから休憩したエバーグリーン・ゲストハウス。一泊四五〇ルピーの安宿だが、ここのまくらがいちばん気持ちが良かった。宿泊費とまくら運の関係は今のところ認められていない。
 ぼくはいつも、旅に出る前は神社にお参りすることにしている。道中の安全の他にまくら運に恵まれるように祈るのだ。「家内安全」や「商売繁盛」「心願成就」「合格祈願」など、神社でのお祈りには様々あるだろうが、ぼくはいつも「枕願成就(ちんがんじょうじゅ)」をお祈りするのだ。「枕願成就」と書いたお札など作ってみてはどうだろうか。そんなものいるか、と言われそうだが、案外必要としている人は多いのではないかと、個人的には思っている。
考えてみれば、旅とは、運を旅することである。
 まくらの良不良に始まり、小さなものでは、立ち寄った料理屋での味や、道を聞いた人が親切か否かということや、天気、その他諸々、運に関係することは旅のほぼすべてといっていい。運の悪い人はスリに遭ったり、電車を乗り過ごしたりする。
 しかし最も大きいものは人と物の出会いだ。人によっては、生涯の伴侶となる人と出会う人もいるだろうし(実際そういう人を何人か知っている)、日本にいては出会えない珍しい物を見に、わざわざ遠くへと出かけるのだ。わざわざそこに出かけて、そして流されるのである。体のすべてをそこの空気にと溶かし、その土地の一部になった人は、旅の醍醐味を知ることになる。旅の意味を知るのである。
 大袈裟なことをいったが、旅に努力なんて必要ない。少なくとも、必要だとは聞いたことがない。旅をがんばっている人ほどみじめなものはない。これから続く旅、それを意識するだけで、それはずいぶんと楽しいものになるのではないだろうかと、思う次第であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...