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第五章 築き上げるカクゴ

38 小さなわだかまり(2)

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 ヴァシルが4歳の誕生日を迎えて少しした頃、ユイは見事に双子を出産した。
 またも自宅出産を選択したユイ。二度目という事もあり、双子ながら出産はスムーズだった。

「一度に二人とは…喜びも二倍だ。今まで大変だったな、良く頑張った、ユイ」
「苦しみ二倍の分、喜びも二倍ならプラマイゼロね」
 まさか二人同時に産み落とす事になるとはと驚く反面、一度に終わって内心喜ぶ。
――だってフォルディス家って多子の家系なんでしょ?生みの苦しみを毎年味わうんだったら、私は一遍に済んだ方がいい!――

「弟が二人だね。スゴイね、マム!」
「そうね。可愛い息子が一気に3人になって、私も嬉しいわ」
 双子を身籠っていた時、結局ユイはエスパーにはならなかった。その事からすでに次男、三男には能力がない事は分かっている。
 次男はラドゥ、三男はシャーバンと名付けられた。

 それと時を同じくして、ダンのところにも第一子が誕生していた。そのため現在この場にダンの姿はない。

 産毛が生え始めている弟達を好奇心いっぱいに見つめるヴァシルと父ラウル。
「二卵性だから、それほど似ていないな」
「僕にも似てないね」
 一人は赤毛で、もう一人は濃いブロンドだ。瞳はどちらもブルーグリーン系である。
「あなたが一番ラウルに似ているわ、ヴァシル」
「こう男ばかりだと、娘が欲しくなるな…」ラウルがポツリと言う。
「ラウルったら!生んだばかりなんだから、少し休ませてよ?」

――…言われると思ったが――
「済まない、つい欲が出てしまった」

 僕も妹欲しい!とヴァシルも騒ぎ出す。カーテンが風もないのに揺らぎ出し、部屋中の物が躍り始める。
「ヴァシル、そうやっていつまでもやりたい放題できないわよ?しっかり弟達の面倒見てね!」
 指摘を受けてパタリと室内が落ち着いた。

「あ、ねえ?今度ダンのところに遊びに行きましょ」
「行く行く!」
「先程連絡が入った。無事に出産を終えたそうだ」
「これで一安心ね。あっちは女の子だっけ?」
「ああ。娘ができたと、大層な喜びようだったよ」ラウルが苦笑しながら言った。
「目に浮かぶ!娘さん、ダンに似てなきゃいいけどっ」
 同じノリでヴァシルが、いいけどっ!と真似をする。

――こういうところはユイにそっくりだ…――
 ラウルは二人を交互に見やりながら笑った。

・・・

「だけどお金持ちってのは楽でいいわね~。ホントだったら、子供3人育てるって大変な事よ?」
 専属ベビーシッターがそれぞれに付いている。もちろんユイもあれこれするが、しなくてもいいのだ。身の回りの事はメイドが、3度の食事はコックがと、奥方の仕事などほとんどない。

 雑事をテキパキとこなすシッター達をぼんやりと見守りつつ、ユイは愛する我が子に触れながら微笑む。
「ね~。私は日本一…じゃなかった、ルーマニア一お気楽なママね~」
「あう、あうっ」
「あら。何て言ってるのかしら?」
「奥様、ラドゥ様はミルクが欲しいそうです」ベビーシッターが近づいて来て指摘する。

――何よ、何で分かるの?母親の私には分からないのにっ――
 こんな事でムッとする負けず嫌いさは今も変わらず。

 さらには、エスパーではないもののラドゥとシャーバンにもテレパシーが使えるようで、時々ラウルは息子達と沈黙の会話をしている。その事もユイには面白くない。
 だがメリットもある。双子達が泣き出すと、何が足りないあれが欲しいとヴァシルが教えてくれたりする。ラウルが不在でも、ユイは困らなくなった訳だ。

 有り難く思いつつ、やはり母親としては不満だ。

「どうして私だけ蚊帳の外?何よ、男達皆で私を除け者扱いして、酷いっ!」
「まあまあユイ様、男達とは言っても相手はあなたのお子ですぞ?ストレスは女性にとって大敵、心穏やかに行きましょう」
「ダン!」
「…墓穴を掘った。付き合えばいいのだろう?分かった分かった!」

 こうしてダンはトレーニング場にてボコボコにされる。こんなのは以前から見慣れた光景ではある。
「あ~スッキリした!」
「全くもって容赦がないっ…あいたたっ!」
 ダンのお陰でいつでもユイにストレスは皆無だ。

 ユイの稽古相手は今やダンしかいない。その理由はラウルにある。
 口には出さないが、部下達がユイに触れる事をラウルは以前から良く思っていなかった。全く気づいていなかったユイだが、ヴァシルの読心術により発覚。
 それを知れば、ユイとしてもさすがに我がままは通せない。

――ま、全面的に禁止されるよりマシよ!ダンには悪いけどね――


 そうこうするうちに、ヴァシルは小学校に入学。4つ下のラドゥとシャーバンは徐々に言葉を覚え始めて、フォルディス家はさらに賑やかだ。
 弟が出来た事によりヴァシルにも責任感が生まれ、時折大人顔負けの言動を見せたりもするが、まだまだやんちゃぶりは健在だ。

「こらヴァシル!何度言ったら分かるの?その力は人前で使ってはダメと言ってるでしょう?」
「だから何で!」
「何でじゃないの。そんな事誰もしてないでしょう」
「それ理由になってないよ、マム」

 ああ言えばこう返されて、ユイは舌を巻く。
「ダン!来てっ!」
「お呼びでしょうか、ユイ様」
「このやんちゃ坊主の相手、お願いしていい?」
「また屁理屈攻撃が始まったのですか」
「そういう事!」

 こんな会話をする傍から、ユイの目前におもちゃのミニカーがプカプカと飛んでいる。
「ヴァシル!!」再びユイがキレた。

「…ユイ様、後はこのダンにお任せください。さあ、あちらでお休みになって」
「…ありがと。もう頭痛くって。どうしてあの子だけあんななの?」
 手に負えない息子を横目にユイが嘆く。それに比べれば双子達は大人しいものだ。
――もっと近所の子達と交流させたいんだけど…この分じゃ無理かぁ――

 ダンの子ならば多少超能力がバレても問題ない。なのに断固拒否され続けている。
「何でダメなのよっ!せっかくこんな近くに住んでるのに?」
 ダンの娘とラウルの息子達が交流する機会は、まだやって来ていない。

 至近距離に住んではいても、そもそも住む世界が違うのだ。通う学校も遊ぶ場所も何もかも。
 存分に金持ちの恩恵を受けつつも、未だ富裕層になり切れないユイにとっては、大いに嘆かわしい問題である。

 ダンも元メイドもラウルに対する畏敬の念が強いため、ユイの願いは残念ながら叶う事はなさそうだ。

「一緒にピクニックだって行けてないし。あ~この壁、取っ払いたい!いつかやってやるんだからねっ?」
 一人こんな野望を抱くユイであった。


 男の子は元気が一番とはよく言ったもの。やんちゃなヴァシルには豊富なエピソードが揃っている。例えばこれだ。

 庭で遊んでいたヴァシルが忽然と姿を消した。

「静かになったかと思えば…全くどこに隠れたのかしら!」
「いや、誘拐かもしれない。総出で探せ!」
 今ではユイが立ち上げた警備事業がほぼメインとなっているフォルディス家だが、そう簡単に手を引ける世界ではない。
 なまじマフィア一家という家柄にあっては、こんな疑惑も持ってしまう。


「ラウル…心配だわ。私も行く!」
「いや。おまえはここにいてくれ。帰って来るかもしれない。ラドゥとシャーバンを頼む」こんな冷静な判断を下すラウル。
 内心慌てふためいているのだが、一切顔には出さない。
――テレパシーが届かないほど遠くにいるのか?…どこだ、ヴァシル!――

 大勢の部下を従えてラウルが車に向かう。一本道を下って行く車の列を、ただ見守るしかないユイ。
「ヴァシル、どうか無事でいて…いざとなったら私も参戦するわ」
 登場頻度がめっきり減ったコルトだが、今もユイの定位置にある。
 そっと手を乗せて決意を新たにする。

 …と、こんな大騒ぎをした後にヴァシルを発見した先は何と、屋敷の屋根の上。そこで遊んでいて眠ってしまったのだった。

「外見はどう見てもラウル様なのに、中身はユイ様…。どうせなら半々にしてもらいたかった!」
 ダンがこう嘆いたのは言うまでもない。

 そしてこんな事はしょっちゅうだ。
「ダン!」
「はいっ!」
 唐突に名を呼ばれてかしこまるも、振り返ってみればそこにいるのはヴァシルだったりする。
「声も勢いも何もかもそっくりだ…。ふっふっふっ」

 この様子を近くで見ていたユイ。
「ダン、あなたも疲れてるみたいね。あの子の世話押し付けてごめんなさいね」
「ああユイ様。当然です、今はまだラドゥ様とシャーバン様のお世話が優先です。こちらの事はお任せを」
「だって、今の笑い、ちょっとヤバいヤツだったわよ」

「は?」
「ダンが壊れちゃったのかなって?」ユイは悪戯っ子のような顔で言う。
「ユイ様、まるで自分をおんぼろなロボットのように…失敬ですぞ!」
「あははっ!ごめんなさ~い。おんぼろはまだマシね、そのうち老いぼれになるんじゃ…キャハハッ」
「ユイ様!…もう何とでも言ってくれ」

 あまりに言動が似すぎている母と息子に、ダンは大きなため息をつくのだった。
――血筋じゃ、お手上げだな…――

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