イケメンマフィアの仰せのままに~断れるはずありません!

氷室ユリ

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第六章 揺るがぬココロ

50 悩める天使

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 無事心臓の手術を終えたユイは、早々に退院を果たし屋敷での療養生活を送っている。
 ミサコがフォルディス邸に滞在してひと月となった。

 静かに眠るサラを、ベッドに上体を起こした体勢で眺めながらユイが言う。
「サラは大人しい子よね~。上の子達の時は、そりゃもう大変だったんだから!」
「男の子と女の子は違うでしょ。でもあなたの時だって大変だったのよ?」
「え?!私もって…それホントの話だったの?」
「な~んてね!だけどサラちゃんは本当に大人しいわ」
「うん…心配になるくらい」

 サラがユイと同じ特殊な血液型である事に加え、心疾患の遺伝も気に掛かる。

 神妙な顔つきになった娘を気にして、ミサコはあえて陽気に声を出す。
「療養中のお母さんに面倒をかけないようにって、そうしてるのよきっと。何ていい子なの!愛してるわ~っ」
 頬擦りしながら言うミサコに、慌ててユイが指摘する。
「お母さん!起きちゃうからっ」
「ゴメンゴメン、つい盛り上がっちゃって」ミサコが舌を出しながら肩を竦めた。
「もうっ…」

 ため息を付きながらもユイは微笑む。
――お母さんのプラス思考、好きだなぁ。ずっとここにいてほしいな…――

 そう思った矢先にミサコが言い出した。
「私、そろそろ帰ろうと思うの。あなたも無事に退院した事だし、サラちゃんの母親代わりはもう必要ないでしょう?」
「っ、まだいいじゃない!…ああそっか。お母さんもいい加減、子守りイヤになったよね。ごめん、気づかなくて」
 元気すぎる3人の息子に囲まれる暮らしは、これまでの夫との穏やかな隠居生活とは一転したはずと、ユイは思い至る。

 ところがミサコは言った。「イヤになったのはそっちじゃないかな~」
「え?なら何に?」
「あなたとフォルディス様の仲睦まじさを見ていたら、私もコルレオーネに会いたくなっちゃって。もう限界!」茶目っ気たっぷりな口調で言う。
「毎晩電話してるじゃない」
「足りない足りない、触れ合えないってつらいのよ?」
 熱烈すぎる母であった。

――そっちか…。ま、気持ちは分かるな。私もラウルに会えなかったらこうなる、絶対、間違いないわ――

「そうよね。コルレオーネさんにも悪いし。もう十分助けてもらったわ。そろそろ解放してあげなきゃね」
「いつでも来てあげる、って言いたいけど、それはできないから…。寂しくなるわ」
 ミサコがユイを抱きしめる。
「私も…」
「今度はサラちゃんと遊びに来て。待ってるから」
「うん!」

 こうして、来た時同様にミサコはあっさりとイタリアへと帰って行った。


 その晩、ユイとラウルは寝室で語り合う。

「ミサコは無事に帰ったか。見送りに行けなくて済まなかった」
「いいのよ、お母さんも気にしないでって」
「これほど長期滞在になるとは、コルレオーネも思っていなかっただろうな」
「かもね。悪い事したわ」
「何か詫びの品を送っておく」
「あら、そういう気遣いも覚えたんだ、ラウル!」
「気遣い?」
 首を傾げたラウルにユイは言う。「…じゃ、ないのか」

――貸し借りはなしだ!とか、そういう系ね、きっと――
 こう思ってこっそり苦笑いする。

「ミサコにはこの屋敷は居心地が悪かったろうな」
「そうかなぁ。ここはイケメン揃いね!って、楽しそうだったわよ?」
「顔で部下を採用したつもりはないのだが…」
「真剣に取らないで!あの人、昔からワル好きだから、そういう意味でよ」
「なるほど」
――確かにダンの事も怖いと思ったのは最初だけと言っていた――

「ならばそれは、ユイもだろう?」したり顔でラウルが問う。
 あえて答えずに口角を上げるユイ。「さ~どうだと思う?」
「骨抜きになるくらいは、好きだろうな」
「それって、とことん好きって事じゃないっ!」
「違うのか?」

「違わない!…好きよ、ラウル。もう骨抜きっ」
 ユイは自分から顔を近づけてキスをした。

 その体をそっと引き寄せて、ラウルはさらに深く唇を合わせる。
「傷口は痛くないか?」
「ええ、大丈夫。早くもっと愛し合いたい…」
「今度は私が心行くまでおまえを愛してやれる。もう気兼ねする必要はないのだ」
「そうよ。ふふっ、待ち遠しいわ」
「ユイ、愛している…今こうして共に過ごせて本当に嬉しいよ」

「ええ。全部新堂先生のお陰ね」
「そうだな。今回も報酬は惜しみなく与えよう」
 新堂は退院後もユイに付いてフォルディス邸に滞在している。
 札束を前に勝ち誇った新堂の顔を想像して、ユイは笑う。

 だがその笑顔はすぐに陰る。
「もうすぐ先生ともお別れかぁ。さらに寂しくなるじゃない…」
 ユイのポツリと呟いた言葉に、ラウルは無言を貫く。
「それと、やっぱり心配なのは…サラの血の事」
「ああ…」

 ラウルの予想が的中して、ただ一人ユイと同じ特殊な血液型である第四子は、若干虚弱体質で生まれた。サラには今のところ超能力はない。
 そして不思議な事に、ヴァシルにサラの頭の中が読めない。双子達の時は赤ん坊の頃から会話していたというのに!

「あの子、何だか不思議よね。何て言うか、大人しすぎる?」
――悪く言えば存在感がない。お腹にいる時からそう感じた。どうしてなの?――
「初めての女の子だからな。これまでとは違うだろう」
「まあ、それもあるけど…」
「シャーバンは妹ができて、とても喜んでいる」
「ええ。たくさんお手伝いしてくれる。あの子が一番面倒見てくれてるんじゃないかしら」

 ここでふとユイが思い出す。
「そう言えば、まだ性別が判明する前なのに、シャーバンが妹がって口にした事があったの」
「シャーバンが?」
「ええ。もしかしてラウル、初期の頃からすでに性別を知ってたとか」
「いや。ヴァシルもそれについては何も言っていなかった。サラの考えている事は私にも分からない」

 ヴァシルが誕生した折、ただの泣き声でも何を訴えているかが容易に分かったラウル。だがサラに関しては何も分からない。
――もしや、シャーバンだけにはサラの声が聞こえているのか?――
 こう思ったラウルはユイに言った。
「それについては、私に預けてくれないか。少し調べてみる」
「分かったわ。何か分かったら教えて。なら、私がやる事は一つね。あの子のために、いっぱい血液のストック作っておかなきゃ」

 張り切るユイを見てラウルは思案顔になる。
――そう来るだろうとは思っていたが…――

「ユイ、無理はしてほしくない」
「もちろん。無理はしないわ。ラウルを心配させるような事は、もうしたくないもの」
「…それでいい」
 二人は視線を交わして微笑み合う。

 こうして今夜もまた、フォルディス夫妻の静かな夜が過ぎて行った。

・・・

 月日は流れ、サラも3歳を迎えた。ヴァシルは中学生となり、双子達も小学校中学年に上がっている。

「サラの熱はどう?新堂先生」
「峠は越えたようだが、まだ完全には下がっていない。今日一日安静だな」
「そう、もう少しね…。いつもありがとう、先生」
 サラは体が弱く、頻繁に熱を出して寝込んでしまう。そんなこんなで新堂は出て行くタイミングを逸し、あれからずっとフォルディス邸に身を置いている。

「サラの体が弱いのは、きっと私のせいよね…」ユイが気を落として言う。
 サラが熱を出す度にこんな事を言ってしまう。ラウルにではなく新堂に。弱音を吐けるのは新堂にだけなのだ。
「まだ言うのか?そうであっても、サラはこうしてちゃんと立ち向かってる。お前がそんな事でどうする?ほら、そんな顔するな」
「…っ、ゴメンなさい。そうよね、先生もいてくれてるのに私ったら!よ~し、私も頑張るわよ!」

 顔を上げたユイは張り切って拳を握る。そんな姿を見てため息をつく新堂。
――やれやれ…。まあ、気にしてしまう気持ちは分かるが。実際サラが病弱なのは発育不全の影響だ――

「先生、血液のストック作り、そろそろ再開してもいいでしょ?また手伝ってくれるよね?」
「この間したばかりだろ。これ以上やるとフォルディスさんに俺が叱られる!どうしてもなら病院で勝手にやれ」
「病院に行くのイヤだから言ってるんじゃない。大丈夫よ、ラウルにはちゃんと言っとくから」
「大丈夫じゃない。必要ない事はしなくていいと言われてる。俺を巻き込むな」

 突き放されて、ユイは不貞腐れ顔になる。

「…だから、そういう顔するなって」
「先生が悪いんじゃないっ」
「おおそうか。ならフォルディスさんは見た事ないよな。隠し撮りして見せてやる」
 ポケットからスマートフォンを取り出そうとする新堂の手をユイが掴む。
「そうよっ!こういう顔させるのは、あ・な・た・だけ!ラウルはそういう意地悪言わないもの?」

「こら離せ、シャッターチャンスを逃すじゃないか」
「ムっカぁ~!先生の右手、ただじゃ済まないわよ?」
「やめろ、商売道具に何かあったら訴えるぞ!」
「受けて立つわ、正当防衛ですもの?」

 サラが眠っている横でこんな言い合いに発展してしまう。ドアをノックする音は当然聞こえていない。

「失礼します!お二方、いい加減になさったらいかがですか!」
 突如大声が響き渡り、新堂の右手を掴んだままユイが振り返る。
 続いて新堂が目を向けて訴える。
「ちょうどいいところに、ダンさん!助けてくださいよ」
「全く何をしとるんですか、いい大人が!サラ様にご迷惑ですぞ?さあさあ、ケンカは外に出てやってください!」
 ダンは大人であった。

――ドクター新堂も大概子供ではないか?ユイ様といい勝負だ!…ああなるほど、だから仲がいいのか――
 そうすると大人なラウルとは気が合わないのでは?と自問し始めるダン。
 その耳にはまだ二人の言い合いが響いて来る。

「お前のせいで俺まで叱られたじゃないか、どうしてくれる?」
「人のせいにしないでよ!」
 廊下に出ても言い合いは続いていた。

 一方入室したダンは、サラに新しい飲み物を運び入れてから声を掛ける。
「サラ様、お水、こちらに置いておきます」
「…ダン?」
「お目覚めでしたか、お加減はいかがですか?騒がしくて申し訳ありませんな」
「私のせいなの…ママとドクターがケンカしちゃうのは、私のせい…。どうしたらいい?」

 儚げな表情でこんな事を言い始める幼き天使に、ダンはどこまでも感動する。
「おおっ、そのような事で心を痛めていらっしゃるとは!サラ様のせいではございません、あのお二人は大昔からああなのですから!」
「おおむかし?それってサラが生まれる前?」
「そうです。ですから、気にされる必要はございません。ケンカする程に、仲がよろしいという証拠です」
「ケンカは良くない事よ。どうして仲がいいの?…うう~ん、分かんない!」
 混乱してサラが唸り声を上げ出す。

――これはしくじった、難しい話をしすぎた!また熱が上がったらどうする!――

「サラ様!とにかく、今は何もお考えにならず。そうだ、ダンが子守唄を歌って差し上げましょう!」
「いい」サラは即答する。
「え」早すぎる返答に目を瞬くダン。
「もういいから出てって!」
「…かしこまりました」

 あっさり拒絶されて、ダンはあからさまにショックを受けながら退室した。
 廊下に出ると、もう二人の言い合う声は聞こえてこなかった。
「ようやく静まったか。全く困った人達だ…」

 一人になったサラの部屋に、また一人やって来た。

「サラ。起きてる?」
「シャーバンお兄ちゃん!うん、来てほしいと思ってたの、凄いね、グッドタイミング」
「なら良かった」
 ホッとした様子で入って来て、サラの枕元の椅子に腰を下ろす。

「具合どう?」
「ちょっと良くなったと思ったんだけど…また頭が痛くなったわ」
「また熱が上がったか?先生を…」
 シャーバンが立ち上がりかけたところで、サラが引き留める。
「大丈夫!そこまでじゃないから。ダンがワケわかんない事言うんだもん…」
「ダンのヤツ!何考えてる?オレがよ~く叱っとくからな」
「うん、お願い。お兄ちゃん、今日学校は?」
「今から行く。その前にサラの顔が見たくて」
「嬉しい…」

 泣きそうな顔で言うサラに、シャーバンは頭を撫でてやりながら尋ねる。
「そんなに寂しそうな顔するなよ。何かあったか?」
「…また、ママとドクターが」
「えっ、もしかしてイチャついてた?!」
「違うよ。ケンカしてたの」
「何だ…驚いた。それはいつもの事だろ」

「みんなそう言う!でもサラには分かんない。ケンカしちゃいけないのに…」
「それについては、オレもよく分かんない。その昔、ヴァシ兄も頭を悩ませてたっけ」
「あの優秀なヴァシルお兄ちゃんが?」
――なら、サラが分かんなくてもおかしくないや――
 こういう結論に達したのは当然の流れである。

「あの二人はあれが普通なんじゃない?気にしなくていいと思うよ」
「ダンも言ってた。それが分かんないの!」
「それよりサラは、良くなる事だけ考えて、ゆっくり休んで。ね?」
「うん…お兄ちゃん、もう行かないと遅刻しちゃう」
「そうだな、学校終わったらすぐに来るよ」
「うん!行ってらっしゃい」

 サラに微笑みかけて軽くハグをすると、シャーバンは出て行った。
「シャーバンお兄ちゃん…大好き」

 サラは頻繁に面倒を見てくれるシャーバンに、恋心を抱くようになった。
 禁断の恋といえば、ラウルの従妹ルアナだ。そしてフォルディス家の若い配下がユイに想いを寄せていた事もある。

 叶わぬ恋が、ここでも始まってしまった。


 シャーバンがサラの心を読めるのかという疑問点について、ラウルが本人に尋ねるも的を得た答えが得られず、ヴァシルに頭の中を覗かせるも判断できなかった。

「いずれにしろ、シャーバンには超能力はない。サラの誕生を強く願っていた事で、その想いが共鳴し合う力を生み出したのかもしれない」ラウルはユイに説明する。
「何とも言えないけど…ラウルがそう思うならそうなのね」
 ユイはあっさり納得した。

 強すぎる想いが時に悲劇を生んだりもするが、何にせよ兄妹が心を通わせるのは悪い事ではないのだから。


「シャーバン!どこに行ってたの?遅刻するわよ、早く乗って!」
「ああゴメン。待たせたな、ラドゥ」

 ユイは今でも恒例の双子達の慌ただしい登校を見送る。
「またサラの所にいたんじゃないでしょうね?困った子!」
 シャーバンのサラへの熱は、生まれる前からずっと続いている。
――完全にシスコンじゃない。恋とかされたら厄介だわ…――

 現実はその逆で、サラが一途に思いを寄せているのだが。

 この手の悩みはラウルにはピンと来ないため、相談を持ち掛けられても特に心配する素振りもない。フォルディス家の男は、恋愛となると甘くなり大抵の事は許容してしまうのだ。
「女性に優しくするよう教えてきたのだ、何ら問題はないと思うが?」
 こうサラリと言ってのけるラウルを見て、ユイが落胆したのは最近の話だ。

「そうじゃないでしょーがっ、全く話にならないわ!」
 一人憤慨して次なる策を練る。そして行き着くのが、「やっぱ新堂先生に相談しよう」と、こういう展開である。
 ラウルに悩みを打ち明けなくなったのには、話にならないから(!)に加えて、余計な心配や面倒をかけたくないからでもある。

 だからこそユイにとっては、新堂が共にいてくれるのはとても有り難い事だ。

 健康体となったユイは、これまで通りのルーティンをこなす。
 まずは軽くトレーニング。そしてY・Aセキュリティの事務所に顔を出してアドバイスなどをした後、屋敷の見廻りをしてから昼食を摂る。
 この日課から分かるように、今では用事がなければ新堂とユイは完全に別行動だ。

 そして顔を合わせれば言い合いを始める二人。皆が不思議に思う二人の仲の悪さ、改め仲の良さは見慣れた光景だ。

 ただ一人、サラを除いては…。

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