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第二章 人生は万事、塞翁がウマ!
じゃじゃ馬のハート(3)
しおりを挟む一時間ほど経った頃、彼が戻って来た。もう外は暗かった。
「ただいま」
「お帰りなさい、新堂さん、その……ごめんなさい、余計な事させて」
「何がだ?生ゴミを出して来ただけだが」
この辛辣なコメントを聞いて耳を疑った。絶対に殺人はするなという人が、こんな事も言うのかと!
しかも、どこにあのどデカいゴミを出して来たのか。外科医なら手早くバラバラにできるだろうが。……ああ、何て事を想像しているのか、私は!
微妙な表情で見られていた事に気づいたのか、彼が牽制するように言った。
「さあユイ、改めて聞く。何があったのか言うんだ」
もちろん私は包み隠さずありのままを話して聞かせた。
「難題があまりにも起こりすぎて、対処が後手後手になってしまったせいだ……」
新堂さんの嘆きには同感だ。あのリングの存在を改めて忌々しく思う。
「だけど、あれにそこまでの価値が?もしかしたらとんでもない鉱物だったりして!」
「何だよ、鉱物って」
「例えば特殊な電波でも放出してるとか。あれって、箱か何かに仕舞ってたんでしょ?」
「ああ。金属製の厳ついヤツにね。むしろ箱の方が何かありそうな!」
「それよ!その箱が電波を遮断していて、外に出した途端放出されたとか!それを感知した連中が奪いに来たの」
「小説家になれるな、おまえ」
「まだ続きが。その石から出るのは妨害電波で、あらゆる通信網を遮断できるとしたら?」
「遮断して世の中を混乱させるのが目的か?」
「まさか!そんなちっぽけな事じゃないわ。狙いは軍事的分野よ。ステルスって知ってる?相手に見つからずに侵入するアレ。妨害しつつ入り込み、敵を一網打尽!」
乗りに乗ってどんどん妄想は膨らむ。全く興味がなさそうな彼をよそに、私はしばらくこんな熱弁を繰り広げた。
やがて話は世界の軍事バランスの大幅な変革にまで行き着いた時、ついに彼が話を遮った。
「なあ。そろそろ気が済んだだろ?」
彼がポケットから外国製の携帯電話を取り出す。
「それは?」
「ゴミの中から発掘した。掛けてみよう」
彼はまだゴミと言っている。それは射殺したあの男の持ち物という事だ。
「面白そうね」
おもむろにリダイヤルした後、先方の応答を待っている。
何度目かの呼び出し音の後、女性の声が聞こえて来た。
『オラ?コモ、エストヴァ?(もしもし、どうだった?)』
沈黙する彼に指摘した。「スペイン語みたいよ」
彼は気を取り直したように話し始めた。
「ドゥー・ユー・スピーク・イングリッシュ?」
『キエ・ネ・レスト!(あなたは誰なの!)』電話越しの相手はスペイン語で続ける。
「ユイ、スペイン語は……」
「できません!いくらユイさんでも、そんなに何でもかんでもできません」
やや落胆した様子で新堂さんが電話を切った。「ああ、残念だ。一言言ってやりたかったのに」
「何て?」
「この家のものに……朝霧ユイに、金輪際手を出すな。今度無断で侵入したら一人残らず殺すってな」
私は耳を疑った。この人が殺すと言った。表情や口調ではよく分からないが、彼は本気で怒っているようだ。
「新堂さん、……大丈夫?」あまりにも静かな彼の怒りに、とても不安になる。
ふと彼が顔を上げて私を見た。
「ああ、大丈夫だ。おまえの過激発言が移ってしまっただけだ」
「ふふっ、そうみたいね」
新堂さんは無言で、手にしていた電話をゴミ箱に投げ捨てた。
「ところで、何でモデルガンが置いてあったんだ?あの転がってたのはおまえのじゃないだろ」一緒に捨ててしまったが、と続ける。
「うん。あなたが帰って来たんだと思ったから、何も持たずにリビングに行ったの。でも違って。コルト取りに行く時間なくて、あれで脅して追い出そうと」
「それが失敗したって事は、手強かったんだな」あの惨劇からも明らかだが、と続ける。
「実はそうでもないのよ」
私の答えに彼が首を傾げた。
「そもそも、盗みに入るのにあんな香水プンプンさせて来る?しかも日中に黒尽くめ姿よ?一人は武器も持ってないし。大体住人が在宅中に入るなんてバカじゃないの?」
本来のコンディションならばモデルガンで十分だったはず。イラ立ちが募る。
「二度失敗してこれが三度目の襲撃よ?普通だったら強敵を寄こすと思わない?なのにむしろ前回の方が強かった。雇い主はよっぽどのおバカさんね」
「バカというか、何も考えてないんだろ」サラリと彼が言う。
「せめてもの救いは、あっさりオモチャって見破った事かしら。おまけにこの私をコケにするなんて!命知らずでしょ?」
「だな」彼の口角がやや上向いた。
「今の弱り切った私に、スマートな手段を選択する余裕があると思う?」
「体調が万全じゃないんだ、仕方がないさ。一人にして悪かった。まさかこんな事になってるとは……」
「それはいいのよ、全然平気。ただ、あのリングの謎は究明する必要があるわね」
またしても熱弁を揮われたら堪らないとでもいうように、彼が手を上げた。
その手が私の頬に近づく。そして私の瞳孔や脈拍を調べ始めた。
「ユイ、少し静かにして」
「……あ、うん」突然始まった診察に戸惑うも、指示に従う。
しばしされるがままとなり、やがて診断結果が下る。
「よし。鎮暈剤を使おう」
「注射は……っ」
「内服だよ」私の言葉を最後まで聞かずに彼が言った。
今日の新堂さんはどうもいつもと違う。殺しを容認したり、自分が殺すと言ったり。
私を痛めつけるのが趣味(?)のはずが、注射をしない事もそうだ。
じっと見つめていた私に、彼が不審そうに聞いてくる。「何か異論でも?」
「いいえ!」
そして持って来てくれた薬を飲む。
「もう少し寝るか?」
「ううん。座ってた方が楽なの。ここでこうしてるわ」ベッドを指して言う。
さっきもそうだったが、横になると眩暈が起こるようだ。
「ねえ先生、今は眩暈よりも体が痛くって……。いつになったら治る?」
これのせいであんな情けない戦い方になってしまったのだ。
「もう少しの辛抱だよ」
ベッドの横に椅子を運んで彼が腰かけた。しばらく側にいてくれるつもりのようだ。素直に嬉しかった。
新堂さんの温かい大きな手を掴む。「新堂さんの手、あったかいね」
「さっき力仕事して来たからかな。ちゃんと洗って消毒してきたぞ?」
こんなセリフに、私は何も言い返せない。
「それより、あまり体の痛みが酷いなら鎮痛剤飲むか?」
「そんなに色々飲んで平気なの?」つい今しがた三種類の眩暈の薬を飲んだばかりだ。
「ああ。それなら問題ない。痛みは我慢するな」
「なら、もらおうかな」
「本当は注射した方が早いんだが……」
私は彼から腕を隠す。
悪戯っぽい笑みを浮かべている新堂さん。私は無言で応戦した。
「おまえは本当に注射嫌いだな!」
「針が太すぎるの!」
「針と言えば、日本の医療機器メーカーが世界最細の針を開発したらしい。医者から言わせてもらえば、細きゃいいって訳でもないんだが?」
「それいいわね、使ってみてよ」
「残念ながら、それはインシュリン等の自己投与専用だ」
「じゃ、自分で打つわ」
「いいかもな」面白そうに頷いている彼に驚く。「っ!……いいんだ」私を痛めつける機会を失う事になるのに?
「どんなに痛くても、自分に文句は言えないだろ?」
私は自分に注射器を向ける姿を想像した。まるで麻薬中毒者だ!
サイドテーブルに置かれた何種類もの薬の山を見て、今の自分も似たようなものかと笑えてくる。
「楽しそうだな」笑っている私に彼が言う。
「いつもとは違う光景だなと思って」薬剤シートの山を横目にして答える。マキ教授を見習ったのかも?
「……ああ。いつもは、あれが全部点滴液の中だからな」
そうそう、と同意してから思う。「どれを飲んだか忘れそうだわ」
この言葉に、ここぞとばかりに彼が言う。「だろ?だからユイみたいなヤツは、やっぱり点滴で一気に……」
そんな言葉を遮って言い返す。「私みたいなヤツって何よ?」
「だから面倒くさがりって意味だろ」
「ああ~!聞こえない、聞こえない!また耳がおかしいみたい!」
「全く……。絶対に飲み忘れるなよ?」
危ない危ない。墓穴を掘るところだった。
彼が薬一回分ごとの束を作り始めた。こうすれば分かりやすいだろうと。全くまめな人だ。私とは大違い!
そんな新堂さんを眺めながら、話題を変えた。
「熱でうなされてた時にね、夢を見たの」
「どんな?」
「子供の頃から、熱を出した時に見る夢ってなぜかおんなじ悪夢で。けど、今回はどういう訳か違ったの」
「同じ悪夢?」彼が手を止めて私の方を見た。
「うん。知ってるはずの道で迷う夢。田舎の道よ。一面畑や森。誰一人住人の姿はなくて。晴れてる時もあるし、曇り空の時もあるの」
「子供の頃に実際に迷った事あるんじゃないのか」
「ないわ。迷いようがないでしょ、知ってる所で?私、方向音痴じゃないし!」
疑わしいという目で見て来る彼を無視して話題を戻す。
「でね、今回の夢は……」
「アルジェリアにでも飛んだ夢か」この言葉には驚いた。「何で分かったの?!」
彼も驚いているようだ。「本当にそうなのか……。で、目的は達成できたのか?」
私は下を向いたまま無言になった。言いたくなかった。夢の世界でも自分は無力だったのだから。
「ごめん、今のコメントは無神経だったな。謝る」彼は何も言わない私を察してくれた。
「いいのよ」
「やっぱり少し休め」
「うん、そうする」
「今度侵入者が来たら、俺が対処するから。安心して眠れ」
「ええよろしく。コルト、貸しとこうか?」
私はコルトの収納場所を暗に示して言う。イエスと言う訳がないけれど。
「ユイのお守りを俺が持ったら意味がないだろ。おまえが持ってろ」
「うふふっ、は~い!」
彼が在宅中に侵入者が来ても、対処するのはこの私だ。それは私の仕事だから。どんな状態になろうが、私は新堂和矢のボディガードだ。
幸いと言おうか、その後侵入者は現れなかった。ひと眠りした後、喉を潤しにキッチンへ向かうと、彼がダイニングで夕刊を開いていた。
「起きたのか」彼が私に目を向ける。
「ええ。喉が渇いて」
「体の痛みはどうだ?」
「とてもいいわ。薬でこんなに楽になるなら、もっと早く言えば良かった」
「それは良かった。喉の渇きは薬の副作用だな」
「……そうなの?」水を一気に飲み干して彼の方を見る。
「ねえ。あのリングの持ち主に連絡してみたらどう?」
「何も知らないだろうよ」なぜか彼は断言した。
「どうしてそう思うの?」
私もダイニングに腰を下ろし、彼と向き合う。
「受け取った時の感覚さ。あれに執着があるようには見えなかった。むしろ逆だ」
「でもお金の代わりにするくらいだから、大事な物なんじゃない?」
資金に困った依頼人が、金目の物という事でそのリングを提示したと聞いている。
代々その家に伝わる物らしく、価値はあるだろうとの話だ。
「呪いのリング……」ふとこの言葉を思い出す。侵入者の男の発言だ。
「何だって?」
「冗談だろうけど、さっきの連中が言ったのよ。女の呪いがかかってる、とか」
「俺には冗談には聞こえないね。全くもって呪いだ。次から次へと面倒を起こしやがって!」彼が吐き捨てるように言った。
確かに一理ある。私のここ最近の体調も然り?先日の心臓のおかしな動きとか!まるで憑き物が落ちるように収まった事もある。
「あんな物、早々に処分してしまおう」彼が言いきる。
「ちょっと待ってよ!これだけブツがここにあるって知れ渡ってるのに、今捨てても連中はきっとまたここに来るわよ?」
それ以前にもったいない!もし本当に妨害電波を出してたらどうするの?
「ここにはもうないと、情報を撒けばいい」
「どうやって?」
「できるヤツにやらせる」
「だからそれは?」
彼はそれ以上何も話さなかった。
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