この恋、腐れ縁でした。

氷室ユリ

文字の大きさ
125 / 131
第六章 見えないところで誰かがきっと

  惹かれ合う者たち(2)

しおりを挟む

 コルレオーネが馬を複数飼っているそうで、乗せてもらえる事になった。

「もうっ、新堂さんもくればいいのに?」彼は頑なに拒否。母と家に残っている。
 このタイミングで話をするつもりかもしれないと思ったので、強くは誘わなかった。

 義父に連れられて裏庭に出ると、若い男性が馬の手入れをしているところだった。
 その男性に私の事を手短に説明してくれる。

「(ユイ、私はちょっと席を外すよ。彼に何でも聞いてくれ)」
「(ありがとう、パパ。……あ、ねえ?パパの所の、何て言ったかしら、えっと、)」
 前回来た時に見かけたヘルムート似の男性を思い出して、どうしても気になる。
 あの時コルレオーネが呼んでいた名が、どうしても思い出せない。

「(ごめんなさい、大丈夫です)」私が断りを入れると、コルレオーネは笑顔で手を上げて背を向けた。
「きっと会ってはくれないものね……」会ってどうする?結婚の報告に来ているのに!
 まだどこかでヘルムートを想う自分がいるなどと、再確認してどうなると?

 私は勢い良く頭を振る。もう考えるのはよそう。

「せっかくだから楽しませてもらおう!」
 何頭かいる中からインスピレーションで一頭選び、相性を確かめる。私に似て気の強そうな雌馬だ。
 しばしの格闘(!)の末、ついに暴れ馬を手懐ける事に成功。
「(乗馬なんて久しぶり~!よお~し、行くわよ?)」馬にまたがり手綱を握る。

「(あっ、待って!あまり遠くには行かないで!)」
 馬の(私の?)世話係の男性が後ろで叫ぶ声が聞こえたが、勢い良く走り出した私達は、毛頭止まるつもりはない。
「ここで馬に乗れるとは思わなかった!さすがお金持ちね?」

 このままヘルムートを探しに行ってしまおうか……。

 こんな事を考えた時、いきなり馬がいななき前足を高く上げた。
「うわっ!何してるのよっ、落ちる……っ」そして呆気なく落馬したのだった。
 強かに腰を地面に打ち付け仰向けに転がる。馬はまだ何食わぬ顔で横にいる。
「いったぁ~い……、もう、何すんのよ?」馬に悪態をつく。

 ため息を吐きながら大の字に倒れたまま、空を見上げる。
「……綺麗だなぁ」
 水色の空に白い雲が浮かび、緩やかな風に流れている。
 しばらくそのまま空を見つめた。

 そこへ誰かが駆け付けた。
「ユイ!大丈夫か?」新堂さんだった。どうやら家の中から見えていたらしい。
 目を開いている私を見て言う。「……驚かすなよ!いつまでも起き上がらないから、意識を失ってるかと思った」
「新堂さん、見て!」私は寝転んだまま空を指す。

「何だ、何かあるのか?」彼が指の先を辿って上を向いた。
「キレイな空よ!」
「何の変哲もない、ただの空だが?」
「もう~!キレイでしょ、この色どりが!」腕を目いっぱい広げて説明する。

「いいから早く起きるんだ。馬に蹴られても知らないぞ?」
 すぐ横に私を振り落とした馬がいる。
「そうよ、この子ったら口答えするのよ?信じられる?どうやら相性悪いみたい。蹴られたら蹴り返す!」
 ヘルムートを探しに行こうと考えた矢先の落馬。彼女が阻止したのか?

「バカな事言ってないで、早く立て!」
「もう、何なのよ!……イっタタぁ」引っぱられて立ち上がり腰を擦る。
「痛めたのか?」
「コイツが、思いっ切り振り落とすんだもん!」馬の脇腹を叩いて言う。

 再び馬がいななき、今度は横にいた彼を蹴りそうになる。

「おっと!」彼が華麗に避けた。「ナイス瞬発力!」
 こんな合いの手を入れる私をスルーして、ひたすら強打した私の腰を気にしている様子。「ちゃんと歩けるか?痺れたりはしてないか?」
「……も~、心配し過ぎよ、新堂センセっ!」

 彼の視線が突き刺さり、口を閉ざす。

「……歩けます、痺れはありません。ごめんなさい……」小さな声で答えた。
「あまり無茶な事するなよ?今回は遊びに来たんじゃないんだから」
「はい、その通りです」今回は報告に来ただけだ。

 彼に手を引かれて屋内に戻る。

「ユイ、大丈夫なの?」
「お母さんも見てたのか……。カッコ悪いなぁ~、私!」腰を擦りながら嘆く。
「あんまり、先生を困らせないようにね。こんなあなたが先生を支えてるなんて、やっぱり信じられないわ!」
「おっ、お母さん!これはたまたま!……イタタ」

 屈んで腰を擦っている私の背中に新堂さんが手を当ててくる。
「ただの打ち身だろうが、念のためレントゲンを……」こんな言葉を遮り、「その通り、ただの打ち身よ。湿布、貼って下さる?新堂先生!」

 客用の部屋に通され、彼が改めて患部を診てくれる。

「なあ。受け身を取るとか、できなかったのか?」
 こんな問いかけに思わず絶叫した。「きゃぁぁっ、ごめんなさい、ごめんなさ~いっ……!」私にとって屈辱以外の何者でもないご指摘。これがキハラ師匠だったらと思うと、謝らずにはいられない。

「おっ、おいユイ、そんなに怯えるなよ。俺は別に怒ってない」
 ハッとして新堂さんの顔を見上げる。「そ、そう……?」
「全く!急に騒ぎ出すな。変な事を大声で言われちゃ困るぞ!」
「変な事?」
「まるで俺が尻叩きでもしてるみたいだろ?」
「……重ね重ねゴメン」

 それにしても情けない。昔の自分だったらどう落ちていただろうと考えるも、想像もつかないのだから?
「頭を打たないように落ちただけでも偉いよ」湿布を貼り終えた彼が言ってくれた。
「それはどうも!」

 そこへノックの音が聞こえてドアが開く。「ユイ、入るわよ?」
「どうぞ」彼が立ち上がってドアを支える。

「お母さん、何?」
「何だか騒がしいから見に来たんだけど。大丈夫なの?」
「騒々しくて済みません……」彼が詫びる中、「ただの打ち身よ。あっという間に治ってるわ!」ソファにうつ伏せに横たわったまま言い放った。
「また先生を困らせてるの?ごめんなさいね、いつまでも手の焼ける子で……」
「お構いなく。もう慣れましたから」
 いつものようにシラッと返され、またも騒ぐ私。「って先生!ヒド~いっ」

「本当に、大丈夫なのかしら!」母が呆れた様子で言い放った。
「まだ言ってるし……イ~っだ!」
 思えばこの人はいつだって先生の味方だった。先が思いやられる……。こうなったら私はコルレオーネを味方に付けてやる!


 そして夕食の時間となる。ダイニングに四名が集まった。

「ミサコさんの料理はどれも美味しいですね」新堂さんが言った。
 これを皮切りに話題が広がる。「ねえお母さん、新堂さんもお料理してくれるのよ!」
「まあ!今時の男性はそういう事もできちゃうのねぇ。羨ましいわ」
「それもね、凄く上手なの。食材の切り口なんて、もう最っ高なんだから!」
「それ、褒めてるか?」彼がポツリと言った。

 私がイタリア語でコルレオーネに説明すると、腹を抱えて笑い出した。
 返してきたコメントを彼に伝える。「あなたの刃物捌き、是非拝見したいってさ!」
「はぁ……」新堂さんが答えに困っていた。
 そこからしばし刃物の話題になり、私はコルレオーネと意気投合。しばし彼はネタにされ続けた。

 食事が済み、コルレオーネは先にシャワーを浴びるために部屋を出て、リビングには私と新堂さんが残された。

「やれやれ」
「新堂さん、何だか疲れてる?」
「どうも、彼といると精神的にね……」
「コルレオーネは、もうすぐ私達のお義父さんになるんだけど?」
 頭を掻きながら苦笑いだ。ああいった威圧感は苦手か。

「いいわよ、無理しないで。でもあの人はあなたの事、気に入ったみたいよ!」
「本当か?それは!何でまた?」
「さあ。何となくそう思った」
「本場のイタリアンマフィアだもんな、恐れ入るよ」
「もう引退したでしょ。私は好きだけどな~」
「……全く、おまえ達母娘は、怖いもの知らずだ!」

 ヒーローではなく、悪役に惹かれるタイプの私達。
「俺は今まで、ミサコさんを表面的にしか見てなかったようだ。考えてみれば、おまえの母親だもんなぁ。そうだよ、そうだそうだ……」一人でブツブツ言っている。
「何よぉ。どういう意味?」

 そこへ地獄耳の母が現れた。

「あら。難しい顔して何話してるの?ユイ。痛めた所はどう?」
「うん、触ると痛いけど平気よ」
 母が頷いて新堂さんを見た。「この子はいつもこんなケガしてるの?」
「いえ、そんな事はありません」彼が答えた。「正直に言って」母は引かない。
「ですから本当に。たまにです、たまに」

「お母さん!そうやってお母さんだって新堂先生を困らせてるじゃない」
 ハッとした顔で、「あらヤダっ!」と母が顔を赤らめた。
「……ああ、まるでユイが二人いるようだ」
 彼がぼやいたのは言うまでもない。


 その晩は、コルレオーネ宅で一泊となる。
 あてがわれた部屋に収まり、お互いベッドに座って語り合う。

「お母さんには結局、どこまで話したの?」
「病の事を言うのはやめた。だって、俺のだけ打ち明けるのは不公平だろ?」
「……確かに。あなたばっかり病弱な人になっちゃうしね!」
 本当のところ、言わないでくれて有り難かった。余計な心配はさせたくないから。

「だが、子供の件は話したよ。俺には作れないって」
「うん。お母さんは何て?」
 彼はその時の事を話してくれた。あなた達が幸せに人生を全うする事が、私の一番の願いだと、母は言ったそうだ。幸せの形はそれぞれあるからと。
「だから言ったでしょ?新堂和矢は私が独占するの!それが私の幸せ!」

 彼に勢い良く抱きついた瞬間、腰に痛みが走り顔を歪める。

「ううっ!力入っちゃったみたい、いったぁ~い……」
「愛情表現は治ってから存分に味わわせてもらうよ。さあ、もう休むぞ」
「え~?だってまだ十時前よ?眠れな~い!」
「長旅だったんだ、いいから寝ろ」ここへ来てようやく見られた威圧的態度。
「はぁ~い」

 母の前でタジタジの新堂さんを思い出して、ベッドの中でこっそり笑った。


 そして翌日。無事に結婚の報告も終え、詳しい日程が決まったら招待状を送ると伝え、帰国する事となる。
 イタリアといったらワインだ。ワイン好きの私達は是非土産に買って帰ろうという事になった。

「(ワインを買うならあそこがいいわ)」母の言葉に、「(エトナ山麓のワイナリーだな)」とコルレオーネが続ける。息ピッタリではないか?
 そうそう!と母が相槌を打っている。
「いいですね。では、そこへ寄ってから帰ろう」彼が私を見て言った。
「そうしよう!」

「(ああそれと、ぺッレグリーノ山に登るといい。そこからパレルモが一望できる)」
 こんな提案に今度は母が答える。「(そうね。今日はお天気もいいし)」
「どうせなら行こうよ、ねえ新堂さぁ~ん?」
 遊びに来た訳じゃないと釘を刺されていた手前、誘うのに勇気がいったが、コルレオーネの勧めとあれば無下には断れないはず!

 期待に満ちた目を向けていると、彼の手が私の腰の打ち身部分に伸びた。
「動くのには支障ないんだな?」
「もちろん大丈夫よ、歩くだけなら痛くないから」

 こんなやり取りを見ていたコルレオーネが首を傾げる。「(おいミサコ、ユイは腰をどうかしたのか?)」
 母が説明してくれた。「(あら、聞いてないの?この子、昨日落馬したのよ)」
「(もしやあの暴れ馬を選んだのか?度胸があるな、ユイは!)」
「(えっ、あの馬ってやっぱりそうなの?)」思わずコルレオーネに聞き返す。

 すると母が言った。「似た者同士は惹かれ合うのよ!」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

天使と狼

トウリン
恋愛
女癖の悪さに定評のある小児科医岩崎一美《いわさき かずよし》が勤める病棟に、ある日新人看護師、小宮山萌《こみやま もえ》がやってきた。肉食系医師と小動物系新米看護師。年齢も、生き方も、経験も、何もかもが違う。 そんな、交わるどころか永久に近寄ることすらないと思われた二人の距離は、次第に変化していき……。 傲慢な男は牙を抜かれ、孤独な娘は温かな住処を見つける。 そんな、物語。 三部作になっています。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...