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第六章 見えないところで誰かがきっと
惹かれ合う者たち(2)
しおりを挟むコルレオーネが馬を複数飼っているそうで、乗せてもらえる事になった。
「もうっ、新堂さんもくればいいのに?」彼は頑なに拒否。母と家に残っている。
このタイミングで話をするつもりかもしれないと思ったので、強くは誘わなかった。
義父に連れられて裏庭に出ると、若い男性が馬の手入れをしているところだった。
その男性に私の事を手短に説明してくれる。
「(ユイ、私はちょっと席を外すよ。彼に何でも聞いてくれ)」
「(ありがとう、パパ。……あ、ねえ?パパの所の、何て言ったかしら、えっと、)」
前回来た時に見かけたヘルムート似の男性を思い出して、どうしても気になる。
あの時コルレオーネが呼んでいた名が、どうしても思い出せない。
「(ごめんなさい、大丈夫です)」私が断りを入れると、コルレオーネは笑顔で手を上げて背を向けた。
「きっと会ってはくれないものね……」会ってどうする?結婚の報告に来ているのに!
まだどこかでヘルムートを想う自分がいるなどと、再確認してどうなると?
私は勢い良く頭を振る。もう考えるのはよそう。
「せっかくだから楽しませてもらおう!」
何頭かいる中からインスピレーションで一頭選び、相性を確かめる。私に似て気の強そうな雌馬だ。
しばしの格闘(!)の末、ついに暴れ馬を手懐ける事に成功。
「(乗馬なんて久しぶり~!よお~し、行くわよ?)」馬にまたがり手綱を握る。
「(あっ、待って!あまり遠くには行かないで!)」
馬の(私の?)世話係の男性が後ろで叫ぶ声が聞こえたが、勢い良く走り出した私達は、毛頭止まるつもりはない。
「ここで馬に乗れるとは思わなかった!さすがお金持ちね?」
このままヘルムートを探しに行ってしまおうか……。
こんな事を考えた時、いきなり馬がいななき前足を高く上げた。
「うわっ!何してるのよっ、落ちる……っ」そして呆気なく落馬したのだった。
強かに腰を地面に打ち付け仰向けに転がる。馬はまだ何食わぬ顔で横にいる。
「いったぁ~い……、もう、何すんのよ?」馬に悪態をつく。
ため息を吐きながら大の字に倒れたまま、空を見上げる。
「……綺麗だなぁ」
水色の空に白い雲が浮かび、緩やかな風に流れている。
しばらくそのまま空を見つめた。
そこへ誰かが駆け付けた。
「ユイ!大丈夫か?」新堂さんだった。どうやら家の中から見えていたらしい。
目を開いている私を見て言う。「……驚かすなよ!いつまでも起き上がらないから、意識を失ってるかと思った」
「新堂さん、見て!」私は寝転んだまま空を指す。
「何だ、何かあるのか?」彼が指の先を辿って上を向いた。
「キレイな空よ!」
「何の変哲もない、ただの空だが?」
「もう~!キレイでしょ、この色どりが!」腕を目いっぱい広げて説明する。
「いいから早く起きるんだ。馬に蹴られても知らないぞ?」
すぐ横に私を振り落とした馬がいる。
「そうよ、この子ったら口答えするのよ?信じられる?どうやら相性悪いみたい。蹴られたら蹴り返す!」
ヘルムートを探しに行こうと考えた矢先の落馬。彼女が阻止したのか?
「バカな事言ってないで、早く立て!」
「もう、何なのよ!……イっタタぁ」引っぱられて立ち上がり腰を擦る。
「痛めたのか?」
「コイツが、思いっ切り振り落とすんだもん!」馬の脇腹を叩いて言う。
再び馬がいななき、今度は横にいた彼を蹴りそうになる。
「おっと!」彼が華麗に避けた。「ナイス瞬発力!」
こんな合いの手を入れる私をスルーして、ひたすら強打した私の腰を気にしている様子。「ちゃんと歩けるか?痺れたりはしてないか?」
「……も~、心配し過ぎよ、新堂センセっ!」
彼の視線が突き刺さり、口を閉ざす。
「……歩けます、痺れはありません。ごめんなさい……」小さな声で答えた。
「あまり無茶な事するなよ?今回は遊びに来たんじゃないんだから」
「はい、その通りです」今回は報告に来ただけだ。
彼に手を引かれて屋内に戻る。
「ユイ、大丈夫なの?」
「お母さんも見てたのか……。カッコ悪いなぁ~、私!」腰を擦りながら嘆く。
「あんまり、先生を困らせないようにね。こんなあなたが先生を支えてるなんて、やっぱり信じられないわ!」
「おっ、お母さん!これはたまたま!……イタタ」
屈んで腰を擦っている私の背中に新堂さんが手を当ててくる。
「ただの打ち身だろうが、念のためレントゲンを……」こんな言葉を遮り、「その通り、ただの打ち身よ。湿布、貼って下さる?新堂先生!」
客用の部屋に通され、彼が改めて患部を診てくれる。
「なあ。受け身を取るとか、できなかったのか?」
こんな問いかけに思わず絶叫した。「きゃぁぁっ、ごめんなさい、ごめんなさ~いっ……!」私にとって屈辱以外の何者でもないご指摘。これがキハラ師匠だったらと思うと、謝らずにはいられない。
「おっ、おいユイ、そんなに怯えるなよ。俺は別に怒ってない」
ハッとして新堂さんの顔を見上げる。「そ、そう……?」
「全く!急に騒ぎ出すな。変な事を大声で言われちゃ困るぞ!」
「変な事?」
「まるで俺が尻叩きでもしてるみたいだろ?」
「……重ね重ねゴメン」
それにしても情けない。昔の自分だったらどう落ちていただろうと考えるも、想像もつかないのだから?
「頭を打たないように落ちただけでも偉いよ」湿布を貼り終えた彼が言ってくれた。
「それはどうも!」
そこへノックの音が聞こえてドアが開く。「ユイ、入るわよ?」
「どうぞ」彼が立ち上がってドアを支える。
「お母さん、何?」
「何だか騒がしいから見に来たんだけど。大丈夫なの?」
「騒々しくて済みません……」彼が詫びる中、「ただの打ち身よ。あっという間に治ってるわ!」ソファにうつ伏せに横たわったまま言い放った。
「また先生を困らせてるの?ごめんなさいね、いつまでも手の焼ける子で……」
「お構いなく。もう慣れましたから」
いつものようにシラッと返され、またも騒ぐ私。「って先生!ヒド~いっ」
「本当に、大丈夫なのかしら!」母が呆れた様子で言い放った。
「まだ言ってるし……イ~っだ!」
思えばこの人はいつだって先生の味方だった。先が思いやられる……。こうなったら私はコルレオーネを味方に付けてやる!
そして夕食の時間となる。ダイニングに四名が集まった。
「ミサコさんの料理はどれも美味しいですね」新堂さんが言った。
これを皮切りに話題が広がる。「ねえお母さん、新堂さんもお料理してくれるのよ!」
「まあ!今時の男性はそういう事もできちゃうのねぇ。羨ましいわ」
「それもね、凄く上手なの。食材の切り口なんて、もう最っ高なんだから!」
「それ、褒めてるか?」彼がポツリと言った。
私がイタリア語でコルレオーネに説明すると、腹を抱えて笑い出した。
返してきたコメントを彼に伝える。「あなたの刃物捌き、是非拝見したいってさ!」
「はぁ……」新堂さんが答えに困っていた。
そこからしばし刃物の話題になり、私はコルレオーネと意気投合。しばし彼はネタにされ続けた。
食事が済み、コルレオーネは先にシャワーを浴びるために部屋を出て、リビングには私と新堂さんが残された。
「やれやれ」
「新堂さん、何だか疲れてる?」
「どうも、彼といると精神的にね……」
「コルレオーネは、もうすぐ私達のお義父さんになるんだけど?」
頭を掻きながら苦笑いだ。ああいった威圧感は苦手か。
「いいわよ、無理しないで。でもあの人はあなたの事、気に入ったみたいよ!」
「本当か?それは!何でまた?」
「さあ。何となくそう思った」
「本場のイタリアンマフィアだもんな、恐れ入るよ」
「もう引退したでしょ。私は好きだけどな~」
「……全く、おまえ達母娘は、怖いもの知らずだ!」
ヒーローではなく、悪役に惹かれるタイプの私達。
「俺は今まで、ミサコさんを表面的にしか見てなかったようだ。考えてみれば、おまえの母親だもんなぁ。そうだよ、そうだそうだ……」一人でブツブツ言っている。
「何よぉ。どういう意味?」
そこへ地獄耳の母が現れた。
「あら。難しい顔して何話してるの?ユイ。痛めた所はどう?」
「うん、触ると痛いけど平気よ」
母が頷いて新堂さんを見た。「この子はいつもこんなケガしてるの?」
「いえ、そんな事はありません」彼が答えた。「正直に言って」母は引かない。
「ですから本当に。たまにです、たまに」
「お母さん!そうやってお母さんだって新堂先生を困らせてるじゃない」
ハッとした顔で、「あらヤダっ!」と母が顔を赤らめた。
「……ああ、まるでユイが二人いるようだ」
彼がぼやいたのは言うまでもない。
その晩は、コルレオーネ宅で一泊となる。
あてがわれた部屋に収まり、お互いベッドに座って語り合う。
「お母さんには結局、どこまで話したの?」
「病の事を言うのはやめた。だって、俺のだけ打ち明けるのは不公平だろ?」
「……確かに。あなたばっかり病弱な人になっちゃうしね!」
本当のところ、言わないでくれて有り難かった。余計な心配はさせたくないから。
「だが、子供の件は話したよ。俺には作れないって」
「うん。お母さんは何て?」
彼はその時の事を話してくれた。あなた達が幸せに人生を全うする事が、私の一番の願いだと、母は言ったそうだ。幸せの形はそれぞれあるからと。
「だから言ったでしょ?新堂和矢は私が独占するの!それが私の幸せ!」
彼に勢い良く抱きついた瞬間、腰に痛みが走り顔を歪める。
「ううっ!力入っちゃったみたい、いったぁ~い……」
「愛情表現は治ってから存分に味わわせてもらうよ。さあ、もう休むぞ」
「え~?だってまだ十時前よ?眠れな~い!」
「長旅だったんだ、いいから寝ろ」ここへ来てようやく見られた威圧的態度。
「はぁ~い」
母の前でタジタジの新堂さんを思い出して、ベッドの中でこっそり笑った。
そして翌日。無事に結婚の報告も終え、詳しい日程が決まったら招待状を送ると伝え、帰国する事となる。
イタリアといったらワインだ。ワイン好きの私達は是非土産に買って帰ろうという事になった。
「(ワインを買うならあそこがいいわ)」母の言葉に、「(エトナ山麓のワイナリーだな)」とコルレオーネが続ける。息ピッタリではないか?
そうそう!と母が相槌を打っている。
「いいですね。では、そこへ寄ってから帰ろう」彼が私を見て言った。
「そうしよう!」
「(ああそれと、ぺッレグリーノ山に登るといい。そこからパレルモが一望できる)」
こんな提案に今度は母が答える。「(そうね。今日はお天気もいいし)」
「どうせなら行こうよ、ねえ新堂さぁ~ん?」
遊びに来た訳じゃないと釘を刺されていた手前、誘うのに勇気がいったが、コルレオーネの勧めとあれば無下には断れないはず!
期待に満ちた目を向けていると、彼の手が私の腰の打ち身部分に伸びた。
「動くのには支障ないんだな?」
「もちろん大丈夫よ、歩くだけなら痛くないから」
こんなやり取りを見ていたコルレオーネが首を傾げる。「(おいミサコ、ユイは腰をどうかしたのか?)」
母が説明してくれた。「(あら、聞いてないの?この子、昨日落馬したのよ)」
「(もしやあの暴れ馬を選んだのか?度胸があるな、ユイは!)」
「(えっ、あの馬ってやっぱりそうなの?)」思わずコルレオーネに聞き返す。
すると母が言った。「似た者同士は惹かれ合うのよ!」
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