時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

文字の大きさ
11 / 55

11 孤独を紛らすもの

しおりを挟む

 キハラとの対面を果たした翌日。早朝の空に立ち込めていた分厚い雲からは、次第に激しい雨が降り始めた。

 まさかユイめ、こんな日に自転車登校などして来ないだろうな?
 いささかそんな不安が過ぎったところで、医務室のドアが勢い良く開く。

「きゃ~、参った参った……!良かったぁ先生がいて。タオル貸して!」
「……ユイ。あまりに予想通りの展開で、もはや怒る気も失せたよ」
 棚からフェイスタオルを数枚出して渡してやる。

「ありがと。ここにならタオルあると思って」
「俺はいつもいる訳じゃないぞ?頼られても困るんだが」
「分かってる!でも昨日の今日だし?今日はいると思って……」
 これは例の対話の件、根掘り葉掘り聞かれそうだ。

「雨が降るのは知ってただろう。キハラさんはどうした?送って貰わなかったのか」
「ああ、キハラなら昨夜帰ったよ。婚約者さんのとこにね」早く帰れと自分が言ったんだと、どこか自慢げに続ける。
「なあ。ユイはキハラさんの事、どう想ってるんだ?」

「あらぁ~?新堂先生ったら、今になって嫉妬?」被ったタオル越しに、意味ありげな視線を向けてくる。
 そう易々とは答えないか……。と思ったがユイはあっさり答えた。
「別に隠す気はないわ。好きだったよ、初恋の人、それだけ。完全に失恋したけどね」

「だからって、ただの失恋相手って事もないだろ」
「そうねぇ~。今言えるとすれば……家族、かな。キハラはずっと孤独だったから、きっと家族が欲しかったんだと思う。だったら私が妹にでも何でもなる」
「だから、切っても切れない関係だと?」

 ユイが大袈裟なくらいの笑みを浮かべて大きく頷いた。あの男の話になると、ユイは本当に嬉しそうに語る。その様子はやはり気に食わない。指摘されたように、これは嫉妬なのか?……いや、違う。いや待て、違わないか。
 ただあの男が羨ましいだけだ。俺を気にかける者など誰もいなかったから。

 自分にも一応家族はいたが、父親も兄達も温かみの欠片もない連中だった。唯一、母親だけには愛情を期待したいところだが、俺が生まれてすぐに亡くなったので、どんな人物かも知らない。
「俺も長らく孤独だ。まあ俺の場合は、これから先もずっとだけどな」

「やだ、先生ったら!新堂先生には私がいるじゃない?」
「ありがとう、例え束の間でも嬉しいよ」
 今は、な……。永遠に共に生きられる訳じゃない。

 そうするつもりもない。おまえを巻き込むつもりは、これっぽっちも。

 ユイに反論する隙を与えずに言葉を続ける。
「さあ、授業が始まる。もう行きなさい。まだ髪が濡れている、ちゃんと拭いて、風邪引かないようにね」
「あ、もうこんな時間?はぁ~い!それじゃ先生、またね!」

 ユイが去った医務室は、元の静けさを取り戻した。
 いつもの如くユイの教室に意識を向けて動向を探る。こんな事を始めたのは、彼女が俺の正体をバラさないか監視するためだった。
「今やこれが日課だ。どうかしてるな、新堂和矢!」苦笑して肩をすくめる。

 だがその動向調査のお陰で、明日の放課後にユイが友人と二人で、隣町のショッピングモールに行く事が判明した。

〝……親戚の人に赤ちゃんができて、何かお祝いあげたいんだけど。一緒に選んでくれる?〟
〝それはめでたい!行く行く!受験も終わったし。後は野となれ山となれ!ってね~〟
〝ありがと、助かる!試験、受かってるといいね〟

 キハラの件に関しては、ユイとしては複雑な心境だろうが、良く乗り越えたと思う。初恋の相手に子供ができたなんて!

〝ねえ、ユイはチャリで行くでしょ?〟
〝もち。明日、まさか雨じゃないよねぇ……〟

 君達、良かったら乗せて行こうか?などと口を出すのはやめておく。有らぬ誤解を与えたくはない。特定の生徒を贔屓にするのはご法度だ。どんな噂が立つか知れない。
 特に女子高生の情報網はバカにならない。こんな知識も医務室の座談会(と呼んでおく)で学んだ事だ。

〝あ~!早く免許取りたい!ユイ、早生まれだっけ?〟
〝そうだよ。それより私は、早く大人になりた~い!〟
〝え~?何それ〟

 ユイと意見が一致した事に少々驚いた。彼女がそんな事を思っていたとは。

 いろいろな経験を経て、人は成長して行く。その過程を見守りたいと思う。そして早く成長したユイに会いたいと。これは親心なのか?
 俺はどこかで、朝霧ユイが大人になる事を心待ちにしている。それが意味するのは?
 仲間にするならば、自分に相応しい年齢に達してからが望ましい。

「……おいおい、何をバカな!自分の存在さえも呪いたいのに、仲間を作るなどあり得ない!」
 医務室にて、一人こんな事を口にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~

美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。 貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。 そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。 紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。 そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!? 突然始まった秘密のルームシェア。 日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。 初回公開・完結*2017.12.21(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.02.16 *表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...