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11 孤独を紛らすもの
しおりを挟むキハラとの対面を果たした翌日。早朝の空に立ち込めていた分厚い雲からは、次第に激しい雨が降り始めた。
まさかユイめ、こんな日に自転車登校などして来ないだろうな?
些かそんな不安が過ぎったところで、医務室のドアが勢い良く開く。
「きゃ~、参った参った……!良かったぁ先生がいて。タオル貸して!」
「……ユイ。あまりに予想通りの展開で、もはや怒る気も失せたよ」
棚からフェイスタオルを数枚出して渡してやる。
「ありがと。ここにならタオルあると思って」
「俺はいつもいる訳じゃないぞ?頼られても困るんだが」
「分かってる!でも昨日の今日だし?今日はいると思って……」
これは例の対話の件、根掘り葉掘り聞かれそうだ。
「雨が降るのは知ってただろう。キハラさんはどうした?送って貰わなかったのか」
「ああ、キハラなら昨夜帰ったよ。婚約者さんのとこにね」早く帰れと自分が言ったんだと、どこか自慢げに続ける。
「なあ。ユイはキハラさんの事、どう想ってるんだ?」
「あらぁ~?新堂先生ったら、今になって嫉妬?」被ったタオル越しに、意味ありげな視線を向けてくる。
そう易々とは答えないか……。と思ったがユイはあっさり答えた。
「別に隠す気はないわ。好きだったよ、初恋の人、それだけ。完全に失恋したけどね」
「だからって、ただの失恋相手って事もないだろ」
「そうねぇ~。今言えるとすれば……家族、かな。キハラはずっと孤独だったから、きっと家族が欲しかったんだと思う。だったら私が妹にでも何でもなる」
「だから、切っても切れない関係だと?」
ユイが大袈裟なくらいの笑みを浮かべて大きく頷いた。あの男の話になると、ユイは本当に嬉しそうに語る。その様子はやはり気に食わない。指摘されたように、これは嫉妬なのか?……いや、違う。いや待て、違わないか。
ただあの男が羨ましいだけだ。俺を気にかける者など誰もいなかったから。
自分にも一応家族はいたが、父親も兄達も温かみの欠片もない連中だった。唯一、母親だけには愛情を期待したいところだが、俺が生まれてすぐに亡くなったので、どんな人物かも知らない。
「俺も長らく孤独だ。まあ俺の場合は、これから先もずっとだけどな」
「やだ、先生ったら!新堂先生には私がいるじゃない?」
「ありがとう、例え束の間でも嬉しいよ」
今は、な……。永遠に共に生きられる訳じゃない。
そうするつもりもない。おまえを巻き込むつもりは、これっぽっちも。
ユイに反論する隙を与えずに言葉を続ける。
「さあ、授業が始まる。もう行きなさい。まだ髪が濡れている、ちゃんと拭いて、風邪引かないようにね」
「あ、もうこんな時間?はぁ~い!それじゃ先生、またね!」
ユイが去った医務室は、元の静けさを取り戻した。
いつもの如くユイの教室に意識を向けて動向を探る。こんな事を始めたのは、彼女が俺の正体をバラさないか監視するためだった。
「今やこれが日課だ。どうかしてるな、新堂和矢!」苦笑して肩をすくめる。
だがその動向調査のお陰で、明日の放課後にユイが友人と二人で、隣町のショッピングモールに行く事が判明した。
〝……親戚の人に赤ちゃんができて、何かお祝いあげたいんだけど。一緒に選んでくれる?〟
〝それはめでたい!行く行く!受験も終わったし。後は野となれ山となれ!ってね~〟
〝ありがと、助かる!試験、受かってるといいね〟
キハラの件に関しては、ユイとしては複雑な心境だろうが、良く乗り越えたと思う。初恋の相手に子供ができたなんて!
〝ねえ、ユイはチャリで行くでしょ?〟
〝もち。明日、まさか雨じゃないよねぇ……〟
君達、良かったら乗せて行こうか?などと口を出すのはやめておく。有らぬ誤解を与えたくはない。特定の生徒を贔屓にするのはご法度だ。どんな噂が立つか知れない。
特に女子高生の情報網はバカにならない。こんな知識も医務室の座談会(と呼んでおく)で学んだ事だ。
〝あ~!早く免許取りたい!ユイ、早生まれだっけ?〟
〝そうだよ。それより私は、早く大人になりた~い!〟
〝え~?何それ〟
ユイと意見が一致した事に少々驚いた。彼女がそんな事を思っていたとは。
いろいろな経験を経て、人は成長して行く。その過程を見守りたいと思う。そして早く成長したユイに会いたいと。これは親心なのか?
俺はどこかで、朝霧ユイが大人になる事を心待ちにしている。それが意味するのは?
仲間にするならば、自分に相応しい年齢に達してからが望ましい。
「……おいおい、何をバカな!自分の存在さえも呪いたいのに、仲間を作るなどあり得ない!」
医務室にて、一人こんな事を口にした。
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