時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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12 矛盾

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 ユイ達のショッピング当日。予定の時間が迫ると、俺は仕事先の病院を足早に出た。今日は朝から依頼が入り、外科医として一日を過ごしていたのだ。

「ストーカーでもあるまいし!……俺は何をやっているんだ?」
 車に乗り込み、いつしかユイ達の目的地付近まで来てしまっていた。そんなつもりは全くなかったのに、どうしても気になって仕方がない。
 何かと言い訳を考えながら車を走らせつつ、神経を研ぎ澄まして居所を探る。

〝ねえユイ。……あの人達、ヤな感じだね〟
〝ああいうのはムシムシ!行こ!〟

 二人の会話が聞こえる距離にまで近づいた。嫌な感じの人達とは、どんな連中だろうと考える。

〝よお!カワイイ彼女達~。お兄さん達暇してるんだ、一緒にどっか行かない?〟
〝行きません!〟
 威勢の良いこの声はユイだ。さてはナンパか。この時はまだこの程度にしか思っていなかった。

 やがて雲行きが怪しくなる。
〝先に帰ってて。私は大丈夫だから!早く!行って!〟

 ユイが友人を先に帰した模様。なぜだ?
 その時、その友人の思考か流れて来た。恐怖の色に染まったその中には、ナイフのような鋭利な物がチラついた。

〝ユイ!……やだ、どうしよう。警察呼んだ方がいいかな……誰か、来て!〟

 次に現れた映像は、男達の卑猥な妄想シーン。その対象はユイだ。
 この時、俺の中に殺意が芽生えたのは言うまでもない。純粋な殺意だ。獲物を殺す時のものとは全く別の。

「お前達、そこで何をしている?」
 俺は瞬く間にその現場に居合わせていた。
「……え?新堂先生、どうしてここに」
 ポカンとする彼女を背に隠し、男達と向かい合う。そこでユイの自転車の横で伸びている男に目が行く。
「おまえがやったのか?」俺の問いかけに、当然のようにユイが頷く。

 ああそうだ……。こいつの肝のわり方は半端じゃないんだった。

 だがこいつらは許せない。ヴァンパイアの無言の威嚇ですでに硬直している男達。
「二度とこういう真似をするな。今度やったら殺す。いいな」あえて穏やかな口調を心がけて伝える。
 こんな定番の脅し文句に、男達は一目散に逃げて行った。

「あ~あ~、先生ったら殺すだなんて!物騒ね」
「ユイ。なぜ友人と一緒に逃げなかった?どうしておまえだけ残ったんだ」
「だって。ムカつくじゃない?ああいうヤツ等!ここで私達が逃げても、また別の被害者が……」
 我慢できずにユイの言葉を遮った。「どうしてそう、自らトラブルに巻き込まれるような行動を取る?理解に苦しむ!」
「別に、そんなつもりありませんけど!」単に困ってる人は助けたい、悪人を倒したいだけです!と続ける。

 悪人を倒したい、だと?そんな小さな体の非力な小娘が!そんな事はおまえがやらなくてもいい。

「あのね、新堂先生。私、本当に平気なの。とても鍛えられてるから、その辺の不良達なんか簡単に……」
「そういう考えが厄介なんだ。どうして大人しくできない?もう少し命を大事にしろ」
 つい熱くなってしまった。

「何てな。この俺が一番おまえを危険にさらしているというのに。今のコメントは矛盾していた。……だが、本心なんだ」

「危険に晒してるの?先生が私を?」
「ああ。そうなんだよ」
 疲れるはずのない不死身の肉体が、ぐったりしている気がする。
「さあ、帰るぞ。乗れ」
「ダメよ、自転車置いて行けないもの。乗って帰る」
「……トランクにでも乗せればいいだろ!」訳も分からずイラついた。

 彼女の自転車を強引にトランクに押し込み、開口部を半開きにしたまま走らせる。

「警察に見つかったら、違反切符切られちゃうよ?」
「見つからないよ」
「そうよね。新堂先生には、な~んでも分かっちゃうんだもんね!私の居場所とか」
 不満そうな言い分だ。
「ユイの事が心配なんだ」
「大丈夫よ。先生がお守りくれたじゃない」
「それは人間には効かないんだよ!」
「あら。人間相手なら、私は負けない自信あるわ」

 ……だから。それを厄介だと言っているんだ。
 出会った当初は、もっと大人しい娘だと思ったんだがね。どうやら正反対のようだ。

「……先生、何だか怒ってる。私、何か悪い事した?」
「怒っているのはあの連中にだ。悪かった、声を荒げたりして。ユイは悪くない」
「心配かけて、ごめんなさい」

 こんな言い合いをしたのはいつ以来だろうか。逆にこんな言い合いができる相手がいるのは。恐らくヴァンパイアになってからは存在しない。
 やっぱり彼女は俺にとって不思議な存在だ。

「ユイ。ナイトの代わりを俺ができるか分からないが、申し込んでもいいかな」キハラはもう、おまえを守ってはくれない。
 正式に本人から許可を貰っておけば、ストーカーと言われる事は避けられる。
「代わりだなんて!新堂先生はもう、私にとって、かけがえのない人よ?」

 これはイエスという事か?彼女の顔を見つめて悩む事数分。

 かけがえのない人、とはどういう意味だろう。あの忌まわしい鬼から救えたのは、確かにヴァンパイアの俺だからこそだが。
「……ありがとう」ここは取りあえず礼を言っておいた。
 鬼退治のためであれ、ユイは俺を必要としている。

 誰かに必要とされる事が、どんなに喜ばしい事かを初めて知ったのは、奇しくもヴァンパイアになってからだ。
 出来損ないのような医者だった俺が、ヴァンパイアになる事で得た多くの能力。視力は顕微鏡並みで聴診器も必要ない程の聴力。そして手先の器用さと腕力、体力。
 これによって俺は、超一流の外科医と言われるまでになった。引く手数多、国境を越えて活躍する事も可能だ。それをする気はないが。あまり有名になるのは困る。

 そのうちに欲が出て、医者としてだけでなく、俺自身を必要としてくれる誰かが欲しくなった。ヴァンパイアの知人は幾らかいるが、心を打ち解けられるような仲ではない。 
 それなのに、今そういう関係になりつつある相手が人間とは!

 俺の心の葛藤を破ってユイが声を発する。
「ねえ新堂先生」
「何だ?」
「この間、言ってたでしょ。これから先も、先生はずっと孤独だって」

 唐突にそんな話を……。何を言う気だ?

「私、なってもいいよ?先生の仲間に!そしたらずっと一緒に……」
 大抵はこう言うだろう。不死身の肉体や永遠の命が、さぞ素晴らしいものと思い込んだ連中は!おまえもそうだとは少々がっかりだよ、朝霧ユイ。

「俺は、人間のユイに惹かれたんだ。同じ存在になろうなんて考えてない」
「なら考えてよ。孤独はもう飽きたでしょ?」
「仕方のない事だ。所詮は呪われた存在。この程度の苦しみは当然なんだ」
 キハラさんだって言ってたじゃないか。魔物、とね。おまえは、そんな魔物になる必要などない。

「先生は呪われてなんかない!だって悪い事、何もしてないじゃない!」
 ユイはムキになって反論したが、ヴァンパイア以上に極悪非道な存在はない。
 獲物達は、甘い誘惑に酔いしれた矢先に身も凍える恐怖を与えられ、逃れる術もなく何の抵抗もできずに死んで行く。まさに天国と地獄だ。

 こんな事実を打ち明けて口論するつもりはない。もっと別の説得法はないか。

「考えてみろ。おまえがヴァンパイアになったら、俺が医者をやってる意味がなくならないか?ヴァンパイアは滅多に怪我もしない。病気にも罹らない。俺は用無しだな!」
 少々自虐的過ぎただろうか。だが今の話題を変えるには、このくらいのインパクトは必要だ。

 突然の俺の変化にユイが呆然としている。

「用無しって……。ならやめれば?医者なんて。私は元々大嫌いだし。ちょうどいいわ」
「そうすると、たちまち食糧難に陥るだろうなぁ」
「う……それは……。べ、別に!私の世話焼きをしなくてもいいでしょって事!」
「ダメだよ。俺の楽しみを奪う気か?」
「楽しみ?」
「そうさ。脆く壊れやすい人間のくせに、危険な事にすぐに首を突っ込みたがる誰かにとっては、重宝されるはずなんだがね」
「壊れやすくて悪かったわ!どうあっても優位に立ちたいってワケね」

 ハハッと乾いた笑い声が自分の口から漏れた。
「快感だからね!」

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