12 / 55
12 矛盾
しおりを挟むユイ達のショッピング当日。予定の時間が迫ると、俺は仕事先の病院を足早に出た。今日は朝から依頼が入り、外科医として一日を過ごしていたのだ。
「ストーカーでもあるまいし!……俺は何をやっているんだ?」
車に乗り込み、いつしかユイ達の目的地付近まで来てしまっていた。そんなつもりは全くなかったのに、どうしても気になって仕方がない。
何かと言い訳を考えながら車を走らせつつ、神経を研ぎ澄まして居所を探る。
〝ねえユイ。……あの人達、ヤな感じだね〟
〝ああいうのはムシムシ!行こ!〟
二人の会話が聞こえる距離にまで近づいた。嫌な感じの人達とは、どんな連中だろうと考える。
〝よお!カワイイ彼女達~。お兄さん達暇してるんだ、一緒にどっか行かない?〟
〝行きません!〟
威勢の良いこの声はユイだ。さてはナンパか。この時はまだこの程度にしか思っていなかった。
やがて雲行きが怪しくなる。
〝先に帰ってて。私は大丈夫だから!早く!行って!〟
ユイが友人を先に帰した模様。なぜだ?
その時、その友人の思考か流れて来た。恐怖の色に染まったその中には、ナイフのような鋭利な物がチラついた。
〝ユイ!……やだ、どうしよう。警察呼んだ方がいいかな……誰か、来て!〟
次に現れた映像は、男達の卑猥な妄想シーン。その対象はユイだ。
この時、俺の中に殺意が芽生えたのは言うまでもない。純粋な殺意だ。獲物を殺す時のものとは全く別の。
「お前達、そこで何をしている?」
俺は瞬く間にその現場に居合わせていた。
「……え?新堂先生、どうしてここに」
ポカンとする彼女を背に隠し、男達と向かい合う。そこでユイの自転車の横で伸びている男に目が行く。
「おまえがやったのか?」俺の問いかけに、当然のようにユイが頷く。
ああそうだ……。こいつの肝の据わり方は半端じゃないんだった。
だがこいつらは許せない。ヴァンパイアの無言の威嚇ですでに硬直している男達。
「二度とこういう真似をするな。今度やったら殺す。いいな」あえて穏やかな口調を心がけて伝える。
こんな定番の脅し文句に、男達は一目散に逃げて行った。
「あ~あ~、先生ったら殺すだなんて!物騒ね」
「ユイ。なぜ友人と一緒に逃げなかった?どうしておまえだけ残ったんだ」
「だって。ムカつくじゃない?ああいうヤツ等!ここで私達が逃げても、また別の被害者が……」
我慢できずにユイの言葉を遮った。「どうしてそう、自らトラブルに巻き込まれるような行動を取る?理解に苦しむ!」
「別に、そんなつもりありませんけど!」単に困ってる人は助けたい、悪人を倒したいだけです!と続ける。
悪人を倒したい、だと?そんな小さな体の非力な小娘が!そんな事はおまえがやらなくてもいい。
「あのね、新堂先生。私、本当に平気なの。とても鍛えられてるから、その辺の不良達なんか簡単に……」
「そういう考えが厄介なんだ。どうして大人しくできない?もう少し命を大事にしろ」
つい熱くなってしまった。
「何てな。この俺が一番おまえを危険に晒しているというのに。今のコメントは矛盾していた。……だが、本心なんだ」
「危険に晒してるの?先生が私を?」
「ああ。そうなんだよ」
疲れるはずのない不死身の肉体が、ぐったりしている気がする。
「さあ、帰るぞ。乗れ」
「ダメよ、自転車置いて行けないもの。乗って帰る」
「……トランクにでも乗せればいいだろ!」訳も分からずイラついた。
彼女の自転車を強引にトランクに押し込み、開口部を半開きにしたまま走らせる。
「警察に見つかったら、違反切符切られちゃうよ?」
「見つからないよ」
「そうよね。新堂先生には、な~んでも分かっちゃうんだもんね!私の居場所とか」
不満そうな言い分だ。
「ユイの事が心配なんだ」
「大丈夫よ。先生がお守りくれたじゃない」
「それは人間には効かないんだよ!」
「あら。人間相手なら、私は負けない自信あるわ」
……だから。それを厄介だと言っているんだ。
出会った当初は、もっと大人しい娘だと思ったんだがね。どうやら正反対のようだ。
「……先生、何だか怒ってる。私、何か悪い事した?」
「怒っているのはあの連中にだ。悪かった、声を荒げたりして。ユイは悪くない」
「心配かけて、ごめんなさい」
こんな言い合いをしたのはいつ以来だろうか。逆にこんな言い合いができる相手がいるのは。恐らくヴァンパイアになってからは存在しない。
やっぱり彼女は俺にとって不思議な存在だ。
「ユイ。ナイトの代わりを俺ができるか分からないが、申し込んでもいいかな」キハラはもう、おまえを守ってはくれない。
正式に本人から許可を貰っておけば、ストーカーと言われる事は避けられる。
「代わりだなんて!新堂先生はもう、私にとって、かけがえのない人よ?」
これはイエスという事か?彼女の顔を見つめて悩む事数分。
かけがえのない人、とはどういう意味だろう。あの忌まわしい鬼から救えたのは、確かにヴァンパイアの俺だからこそだが。
「……ありがとう」ここは取りあえず礼を言っておいた。
鬼退治のためであれ、ユイは俺を必要としている。
誰かに必要とされる事が、どんなに喜ばしい事かを初めて知ったのは、奇しくもヴァンパイアになってからだ。
出来損ないのような医者だった俺が、ヴァンパイアになる事で得た多くの能力。視力は顕微鏡並みで聴診器も必要ない程の聴力。そして手先の器用さと腕力、体力。
これによって俺は、超一流の外科医と言われるまでになった。引く手数多、国境を越えて活躍する事も可能だ。それをする気はないが。あまり有名になるのは困る。
そのうちに欲が出て、医者としてだけでなく、俺自身を必要としてくれる誰かが欲しくなった。ヴァンパイアの知人は幾らかいるが、心を打ち解けられるような仲ではない。
それなのに、今そういう関係になりつつある相手が人間とは!
俺の心の葛藤を破ってユイが声を発する。
「ねえ新堂先生」
「何だ?」
「この間、言ってたでしょ。これから先も、先生はずっと孤独だって」
唐突にそんな話を……。何を言う気だ?
「私、なってもいいよ?先生の仲間に!そしたらずっと一緒に……」
大抵はこう言うだろう。不死身の肉体や永遠の命が、さぞ素晴らしいものと思い込んだ連中は!おまえもそうだとは少々がっかりだよ、朝霧ユイ。
「俺は、人間のユイに惹かれたんだ。同じ存在になろうなんて考えてない」
「なら考えてよ。孤独はもう飽きたでしょ?」
「仕方のない事だ。所詮は呪われた存在。この程度の苦しみは当然なんだ」
キハラさんだって言ってたじゃないか。魔物、とね。おまえは、そんな魔物になる必要などない。
「先生は呪われてなんかない!だって悪い事、何もしてないじゃない!」
ユイはムキになって反論したが、ヴァンパイア以上に極悪非道な存在はない。
獲物達は、甘い誘惑に酔いしれた矢先に身も凍える恐怖を与えられ、逃れる術もなく何の抵抗もできずに死んで行く。まさに天国と地獄だ。
こんな事実を打ち明けて口論するつもりはない。もっと別の説得法はないか。
「考えてみろ。おまえがヴァンパイアになったら、俺が医者をやってる意味がなくならないか?ヴァンパイアは滅多に怪我もしない。病気にも罹らない。俺は用無しだな!」
少々自虐的過ぎただろうか。だが今の話題を変えるには、このくらいのインパクトは必要だ。
突然の俺の変化にユイが呆然としている。
「用無しって……。ならやめれば?医者なんて。私は元々大嫌いだし。ちょうどいいわ」
「そうすると、たちまち食糧難に陥るだろうなぁ」
「う……それは……。べ、別に!私の世話焼きをしなくてもいいでしょって事!」
「ダメだよ。俺の楽しみを奪う気か?」
「楽しみ?」
「そうさ。脆く壊れやすい人間のくせに、危険な事にすぐに首を突っ込みたがる誰かにとっては、重宝されるはずなんだがね」
「壊れやすくて悪かったわ!どうあっても優位に立ちたいってワケね」
ハハッと乾いた笑い声が自分の口から漏れた。
「快感だからね!」
0
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる