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14 落とし穴
しおりを挟む街に寄って二人分のスキーウェアとその他必要な道具を揃えて、車は目的地付近までやって来た。
「この辺にスキー場なんてなかったよね?」ユイが車窓から外を見て言う。
辺りは、雪に覆われた木々が連なる奥深い山だ。
「なかったよ。数日前まではね」
俺がこの数日で施したある事が、もうすぐ明らかになる。
「どういう事?」
「見てろ。もうすぐ分かる」早くおまえの驚く姿が見たいよ。
やがて目の前が開けて、陽光に煌く雪の斜面が視界に広がった。
「うわ~っ!何?ここ……!雪崩でも起きたの?」
その一部分だけごっそりと木がなくなり、見事なゲレンデが出来上がっている。
「雪崩か。ある意味そうかもな!」
俺がこの手で木を切り倒し、整地して雪を運び、均してこの状態にしたのだ。このくらいの事は、ヴァンパイアのパワーがあれば大した作業ではない。
「斜面が少し急すぎたかな?」それだけが心配だ。何しろスキーをした事がないので。
「全然!このくらいの方が、私としては滑り甲斐あってワクワクする!」
このコメントから、通常はもっとなだらかなのだと判明する。
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
車内でウェアに着替え、道具を抱えて降り立つ。
「私までスキーの板買って貰っちゃって。ホントに良かったの?」
「いいんだよ。そんなに高額なものじゃないし。自分のを買うついでだしね」
淡いピンクのスキーウェアに身を包んだユイが、頬を同色のピンクに染めて言う姿があまりに可愛らしくて、笑みが零れてしまう。
どうした、新堂和矢?小娘に翻弄されすぎだ!
困惑を隠すため、素早くゴーグルを装着する。ミラー加工を施したレンズによって、目元は完全に隠せたはずだ。
「快晴なのはいいんだが、日差しがきついな」
「でも先生は日焼けなんてしないでしょ?」いいなぁ~と羨ましげに視線を向けてくる。
ユイは色白なので、日焼け対策には苦労しているのだろう。
「まあね。この肌を焼けるのは、ある特別な炎だけだ」
「特別な炎って?」
興味津々のユイに、少々戸惑う。
「そんな事聞いて、俺を滅ぼす気か?」冗談めかして聞いてみる。
「って事は、私にもできそうなんだ、先生を滅ぼす事!」
「さあ、どうかな。恨みの度合いによる」
「恨み?」
「ああ。強い恨みや憎しみを持った者が熾した火だけが、ヴァンパイアを滅ぼせるんだ」
俺を生み出したヴァンパイアは、自ら熾した炎に消えた。つまり自分を激しく憎んでいたという事だ。
「それなら私には無理だな。だって新堂先生の事大好きだもん。……あ、言っちゃった」
口に手を当てて慌てるユイ。
おまえは気づいていないだろうが、俺に対してそんな感情を抱くのは、ヴァンパイアが獲物を誘惑するための罠に掛かっているからだ。拒絶する事のできない罠にね。
「ありがとう」
礼を述べるだけにとどめたものの、ユイは嬉しそうに頬を緩めた。
「さ~!気分良く滑ろうじゃない?ね、先生!でも、頂上に行くまでに大分時間がかかりそうね……」
遥か彼方の天辺を見上げて、ウンザリしたように言う。
「ご心配なく。さあ、乗って」
「え?先生、おんぶしてくれるの、まさか上まで?」
「今さら驚く事か?あの山奥から、ひとっ飛びで病院まで連れてったのを忘れたか」
あの時の出来事を思い出したのか、ユイがほんの少し肩を震わせた。
「ごめん、嫌な事を思い出させたな」
「ううん。大丈夫」
そう言って笑うユイが何を考えているのかは、やっぱり分からない。
「ウェア越しなら冷たさも感じないだろう。乗ってみろ」
「そうそう、あの時、新堂先生の手がとっても冷たくて驚いたのよ。本当に人間じゃないんだな~って」
「そう思ってた割には、平然としていたように見えたが?」
「だって。見た目普通の人間だし?ああ、普通ではないか。カッコ良過ぎるもんね」
俺の背に飛び乗りながらこんな事を言う。
「落ちるなよ?しっかり掴まってろ」
そしてものの数秒で山頂に到着し、ユイを背から降ろす。
「今度こそしっかり見極めようと思ったのに、何も見えなかった!」あっという間に着いてしまって文句を言われる。
さっきは頂上まで時間がかかりそうだと言ってなかったか?
「リフトなんかより、時間短縮でいいだろ?」
ユイは俺の言葉に何の反応もせず、眼下に広がる光景に目を奪われている様子。
「すご~い!いい眺め!最高~」サイコ~と叫ぶユイの声がこだまする。
「ここから滑り降りる訳だな」自分も改めて遥か下を見下ろした。
別に恐怖は感じないが、こんな板を足に付ける意味があるのだろうか?邪魔なだけのような気がする。
足元を見て考え込んでいると、ユイがしゃがみ込んで俺の顔を見上げた。
「先生?こんな板邪魔だって思ってるでしょ。だったら競争しよう。先生はそれ着けないで滑って。私は普通に滑る。ダメよ?ヴァンパイアの力は禁止ね。ただ滑ってね!」
「おいおい、競争ってなあ……」無謀だ。あまりに!
「行くわよ、よ~い、スタート!」
「あ!おい、待てって!」
俺は瞬時に板を外して後を追う。靴底が雪に埋もれて、なかなか滑って行かない。
見る間にユイは斜面の半分程まで達している。見事な滑りだ。彼女は本当に運動神経がいい。
「ゴール!ユイさんの勝ちィ!」ユイが麓で叫ぶのが聞こえた。
面倒になってユイの目の前まで走り、一瞬で到達する。
「先生ったら、ずるい!ダメって言ったでしょ、その力使っちゃ」
「勝敗は歴然。時間のムダだ、もういいだろ。良く分かったよ。滑り方もね」
一目見ただけで習得した。スキーか、なかなか楽しいスポーツじゃないか。
何度かの滑走の後、再び頂上までユイを運んで休憩する。ゴーグルを頭の上に押し上げて、横に座る彼女を見た。
「こんなに楽しい時間を過ごすのは、生まれて初めてかもしれないな」
「大袈裟よ、先生!因みに、生まれて何年経つの?」
「さあ、忘れた。とにかく本当に初めてなんだよ。誘ってくれてありがとう、ユイ」
しばらく腑に落ちない様子だったが、彼女に笑顔が戻った。
「私の方こそ、新堂先生と来れて、とっても嬉しい」
二人で笑い合う。ユイの笑顔が、雪面からの照り返しの光に映えて輝いている。
人間だった頃、それなりに恋愛経験もあった。だからこれがデートというものだと認識はしているが、相手の事は全く覚えていないし、楽しかった記憶もない。
今、目の前にいる彼女は紛れもなく人間で、しかも十も年の離れた小娘だ。自分の恋愛対象には該当しない。そう自分に言い聞かせて気持ちを制御しようとするも、この胸に生まれた特別な感情は、そう簡単には消えそうもない。
「新堂先生、超カッコいいよ。……卑怯だよ、イケメンでスポーツもできて、しかもお金持なんて!」
「何だよ、卑怯って?意味が分からん」まだ頭の中の議論が続いていたので、曖昧な返事になってしまった。
「だから~、弱点はないのかってハ・ナ・シ!」
弱点……か。その一つの言葉に意識が向く。
「あるだろ、いくらでも」人間だった頃はむしろ、ウィークポイントしか見当たらなかった気がする。
ユイが紅潮した顔を向けて訴える。
「ないよ。先生は全部ステキ。私、先生と……」
その先を待つが、彼女は何も言わない。
「ユイ、俺にとっておまえは獲物なんかじゃない。逆にどうやら、俺が朝霧ユイの虜になってしまいそうだよ」
「私は、獲物でも構わない……先生、キス、して?」
こんな懇願に、それをしているシーンが浮かび上がる。……悪くないじゃないか?
俺達の顔が近づく。鼻先が触れそうな程に。そしてユイの甘く芳しい血の香りが一層強くなる。彼女以外の背景がぼやけ始める。
「新堂、先生……」
目を閉じた彼女が俺からのキスを待っている。
いや、待ってくれ。まだ俺の心は決まっていない。この期に及んでもまだ、この感情に確信が持てない。単なる血の誘惑というには、あまりに甘く切ないこの心のざわつき。
遠い昔の事すぎて忘れてしまった。恋愛感情などというものは!
……これがそうなのだろうか?
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