時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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37 不安要素

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 年月は過ぎて夏が近づいた頃、定期的にしていたユイの血液検査にて、ある値に異常が現れた。

「この内分泌は、生命維持活動にとても重要な働きをするんだ。これまでの疲労はこれが原因だったのか……」その要因は不明だ。
「血液に異常が出る前から、症状って出るものなの?」
「敏感な場合には現われる事もある。悪化してから発覚する事の方が多いが。何かがその不安要素を増幅させていたのか。……それはまさか」ある結論に達する。

「何かって何?」
 問いかけた直後に何か閃いたらしい。さては俺と同じ事を考えたか。つまりヴァンパイアの毒が、という事だ。
「そうだよ、まさかだよ!あり得ないって!」そう否定したものの、ユイは俺を見つめて黙り込んだ。

「あのお誕生日の日から、全然してないのに……!」
「元々、その行為とは無関係に進行してるんだよ。恐らく」
「でも!すぐに疲れるけど、私こんなに元気だよ?そうでしょ?」
「今はな。早くに発見できて良かった。心配するな。この時代ならきっと、ユイに効く薬があるはずだ」

 この免疫疾患は、その昔は半数が死んでしまう病だった。だが有効な薬が開発されて、現在ではほとんどが寛解する。
 寛解、これは完治ではない。症状が治まるという意味だ。ここまでをユイに説明する。

「あの、新堂先生、お願いが……」ユイは泣きそうな顔で口を開いた。
 そんな彼女の顔にそっと手を添える。
「そんなに怖がらなくていい。大丈夫だ。俺が治してやるから」
「違うの。お母さんには言わないで!心配させたくない。先生、治してくれるなら言わなくていいよね?」
「……ああ、了解したよ」



 治療に専念させるため、会社を退職させて再びロシアへ移住する事にした。薬剤の入手方法が複雑なこの国より、ヨーロッパにも近いペテルブルグが療養に適している。

「こんな形になって申し訳ない。せっかく仕事も楽しくなって来た頃だったろう?」
「何で先生が謝るの?仕事は別にいいの。私は何よりあなたと一緒にいる時間の方が大事だったから」

 ロシアの屋敷に到着して荷物を片付けると、早速病院へ連れて行く。

「徐々に医療機器を揃える。そうしたらもう、病院へ行く必要はなくなるから。少し我慢してくれ」
「スゴ~い、私のためにそこまでしてくれちゃうの?あの家とっても広いし、あそこで開業できそうね!」
「開業はしない。プライベートの場所ではユイの事だけに専念したいんだ」
「そっか……。嬉しいな、ありがと!」

 何かと勝手が利くので、良く顔を出す病院を選んだ。すれ違う度にあちこちから声をかけられ、彼女が誰かを説明する羽目にはなったが。

「先生って、案外、人間関係良好じゃない?」俺を手招きして屈ませると、ユイは耳元で小声で囁く。
「お陰様で」
 ユイが一緒にいたから、こんなにフレンドリーに声をかけたれたのだという事は伏せておいた。

 一通りの検査を終えて、すぐに病室へと誘導する。

「さあ。すぐに治療を始めるよ。ベッドに横になって」
「え。検査だけじゃないの?今さっきこっちに着いたばっかりよ?」
「進行が思った以上に早い。手遅れになる前に始めた方がいい」
 ナースに用意させておいた点滴薬を確認しながら、手際良くセッティングを始める。
「さあ。腕を」
「……て、点滴?私、薬飲むよ」すっかり怖気づいたユイが訴える。
「さっき言った事、聞いてなかったのか?進行が早いんだ。内服では効果が出るのに時間がかかり過ぎる」

 それでも不満顔の彼女に、顔を寄せて囁いた。

「俺との性交の痛みは我慢できて、点滴なんかで根を上げるのか?」
「んな……っ、こんな所でそういう事言うなんて!反則よ?先生っ!」
 ユイの顔は、たちまちカッと燃え上がる。
 その様子に堪らず吹き出す。
「堪らなく可愛いよ、ユイ」そう言って、額に軽いキスをする。

 彼女がキスの余韻に浸ってぼんやりしている隙に、透かさず点滴針を装着した。

 

 その後、自宅療養に切り替えて、ひたすら点滴三昧の毎日を送るユイだったが、順調に回復を続け、冬になる頃にはついに寛解の段階に入った。

「良く頑張ったな。偉いぞ、ユイ」
 彼女を優しく抱きしめ、すぐに体を離す。もう冬も近い。気温は一気に下がり出した。当然俺達は距離を置かねばならない。
「ユイ?どうした。嬉しくないのか?」
「だって……。私、冬ってキライ!」そう言って俺の方に手を伸ばしてくる。

 すぐにその手を掴んで応じる。一度指を絡ませて微笑むも、それもすぐに離す。

「ほらね?これだから!」
「我がままを言うんじゃない。仕方ないだろう?冷えは人間にとって大敵なんだ」
「分かってるけど!……分かってるけど」
 離された手を握り締めて、ユイが下を向いた。

 そんな彼女の頭にそっと手を乗せて、ポンポンと上下させる。

「気持ちは一緒だよ。そんなユイに朗報だ。年末はイタリアで過ごさないか?」
「イタリア?お母さんに会えるの!」
「ああ。会いに行くって約束してたしな」
「嬉しい、一年ぶりね!これも病に打ち勝ったご褒美かな」
「向こうはこっちよりも温暖だ」
「つまり、ここよりもくっつけるって事ね!」

 母親の前でそれをする勇気があるのならば。それと、まだ見ぬ義理の父親の前で!

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