時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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36 年を重ねる意義

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 ユイはこの日、十九回目の誕生日を迎えた。

「ユイ、誕生日おめでとう」
「あ、ありがと……。どうしたの?誕生日なんて。覚えててくれたのね」
「覚えてるとも。昨年は散々な日にしてしまったから。今年こそはと待ち構えてた」
 これは嘘ではない。例のスキーデートの時は大失態を冒した。
 あれからようやく一年が経った。たったの一年がこんなに長く感じたのは、ヴァンパイアになって以来初だ。

 俺にはもう二度とできない、年を重ねるという行為。ユイにとっては格別意味を持つ日だ。彼女は早く大人になりたいと願っているから。

「さあ。何でも欲しい物を言ってご覧。プレゼントしようじゃないか」
「欲しいものねぇ……。別にないよ。新堂先生がいてくれるだけで満足だもん」
 全く欲のないヤツだ。
「そんな事言わずに。何かあるだろ?洋服でも宝石でも。何なら新しい家とか」
「ここで十分です!それに宝石ならこの指輪があるし。洋服も間に合ってます!」

「何だ。つまらん」
 途端にテンションが下がって、あからさまに肩を落としてしまった。
「それより!私のお願い聞いてくれるなら、今夜はとことん愛して?ね!」
 俺に抱きついて、顔を胸元に密着させて言う。

 ユイが冷たさを感じる前に、やんわりと離して答える。
「冬はできないって言ったはずだ」
 それはつまり、この真冬に氷枕を抱きしめるようなものなのだから。
「何か方法があるはずよ、考えて先生!それがプレゼントって事で。よろしくね!」
 困り顔の俺を残して、ユイはさっさと部屋を出て行った。

 凍えさせる問題だけではないのだ。だがまあ……たまにはいいか。誕生日だし?


 その夜、寝室のドアを開けたユイが叫んだ。
「あっつ~い!エアコン壊れたの?」
「壊れてないよ。例の方法、考えたんだが。……却下か」
 俺の言葉に納得した表情になる。「いいえ!」慌てて否定の言葉を発した。

 ユイに続いて室内に入ると、途端に室温が幾らか下がった。満面の笑みで振り返ったユイが、早速俺に飛びついて来る。
「偉い、先生!これならくっつけるもんね~!」
「あまり勢いをつけるな!痛くなかったか?」何度言っても分からないようだ。彼女を見下ろし確認せずにはいられない。
「大丈夫だって!」

 そう答えたユイは、俺をベッドに押し倒した。というか俺が自分から倒れたのだが。この体はそうそう倒せるシロモノではないので!

「相変わらず積極的だな」おかしくなって、つい笑いを零した。
 そんな俺の上下する胸元に手を当てて無言になるユイ。
「ユイ……?どうかしたか?」
「ホントに先生の心臓が動いてないのか、確認してたの」
「なぜ今さら?」自分の胸元にあった彼女の手を取って尋ねる。
「なんだか最近、先生が、本当は人間なんじゃないかな、って思う時があるから」

 こう答えたユイを、今度は俺が組み敷いた。彼女を押し潰さないように気をつけながら、上からそっと抱きしめる。

「残念だが、俺は人の生き血を吸うヴァンパイアだ」
「別にいいの。だって私ってばもう、ただの人間とじゃ満足できそうにないし?」
 言い分を理解するのに数秒時間を要したが、何とも彼女らしい答えじゃないか。
「ははは!言ったな?」

 その後、俺達はもつれ合って愛し合った。
 お互いが甘い甘い誘惑に酔いしれて感極まった時、ユイは意識を失った。


 ぼんやりと目を開けたユイは酷く汗ばんでいた。隣りで横向きに肘を付いて寄り添う。

「気分は?ごめんな、室温を上げすぎたようだ。まだ汗ばんでるな……」
 冷たい自分の手で、額から首筋を満遍なく冷やしてやる。ユイは身動きもせず、とても気持ち良さそうに目を閉じている。

「ねえ新堂先生?私、どうなったの?最後の方、あんまり覚えてなくて……」
「最高!と言ったきり、気を失ったんだ」
「……ヤダ、恥かしい!」
 別に辱めるつもりは毛頭ない。俺は真剣な眼差しを彼女に向け続ける。
「ユイ、一度きちんと検査をしよう」
「え?それって……何の?」こう言いつつも、彼女の顔にはすでにノーと書いてある。

「大丈夫、痛くないから。まあ、採血は少し痛いかな」
「少しじゃない、凄~く痛いです!……イヤだって言っても、どうせやるんでしょ」
「当たり」


 数日後に早速検査を受けさせた。全てを終えて家に戻る。

「どこにも異常は見当たらない」どこか納得行かない自分に対し、ユイは真逆だ。
「良かった良かった!だから病気じゃないって言ったでしょ?」
 不服そうな視線をまともに浴びながら、良くもそんな自慢げな態度が取れるものだ。
「まだ分からない。こうなったらもう、当分夜の情事はなしだ」
「何でそうなるのよ!決め付けないでよ、それのせいだって」

「なら他に何か、思い当たる事でもあるのか?あるなら教えてくれよ」
 俺の悲痛な叫びを受けて、ユイは口籠もった。
「それは……」
「決まりだな。その方がいい。俺は前からそう思っていたんだ」

 納得する俺に、ユイが不満いっぱいの顔で頬を膨らませて睨んでくる。
「可愛くないぞ、そういう顔は。いい子にできないなら寝室も分けるかな」

 一応、寝室にはベッドが二台ある。ユイが寝静まるまでの間、自分のベッドで横になったりする程度しか使わない。その後は一晩中起きているので。
 ヴァンパイアにとって、横になる行為には大して意味がない。通常、精神的にも肉体的にも疲れる事がないのだから。
 だが最近の俺はどうも、精神的に疲れを感じる事がある気がする。気がするだけか?

「あ~!!もうこれ以上は勘弁してください!分かったから!」
 ユイの嘆きの声がこだました。
「きっと先生は、私とのエッチより血の方に魅力を感じるんでしょ。だから平気な顔してられるのよ」私はもっと先生と一つになりたい、と呟く。

 それは違う。俺はユイを慈しむように見つめた。

「確かに、ユイの血には何にも代え難い魅力がある。しかしユイとの行為は、それをも越える何かを感じる」
「それって?」
「分からない。ただ、抗いがたいというのは事実だ」

 本当は俺だって断腸の思いだ。こんな魅力的なおまえを前にしてお預けだなんて?

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