時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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47 約束

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 式の数日後、ユイはまた病院に缶詰となった。
 薬剤の副作用は怖いが、使わなければ症状はさらに悪化する。使ったところで今は、微々たる効果しか見込めないのだが……。

 婚礼イベントの甲斐あって、上向きになっていたユイの気持ちもここ数日で一気に落ち込み、今は笑顔もない。何とかこの状況を打破したい。何かないか?何か!

 途方に暮れていたこの日、ふいに強烈な思考が流れ込んできた。キハラだ。
 あの日彼からは返事を貰えなかったが、俺の願いを聞き入れてくれたようだ。これでようやく、前に進めるかもしれない。


〝よう。思ってたより元気そうじゃないか〟
〝キハラ!?何で?ああでも、来てくれて嬉しい……!〟
 ユイは愛しの師匠の姿に素直に喜んでいる。

〝残念だが、あまり時間は取れないんだ。すぐに帰らなければならない。……時間がないのは、お前も同じみたいだな〟
――こんなにやつれて……。式の時はあんなに元気だったじゃないか!
 キハラの心の声が叫ぶ。

 今見ているそれが、本当のユイの姿なんだよ。騙して悪かったね。

 ユイは何も反応しない。
 キハラは続けた。〝単刀直入に言う。お前の意向を確認に来たんだ〟

〝意向って何の?そういう事は、ちゃんと新堂先生に話してあるよ〟
〝その新堂に頼まれたんだ。お前が本当に望む事は何か。あいつには魔力とやらがあるからな。信用できないんだとさ。それを自分で言うかね!〟
 全くイカれてるぜ!とキハラが嘲りを追加する。
〝キハラにもありそうだけどね、その魔力ってヤツ〟
〝抜かせ!〟

 束の間、二人の笑い声が心地良く耳に響いた。

〝最後にこうしてキハラの笑顔が見られただけで、私はもう思い残す事はないよ〟
〝何を言ってる?大袈裟だ、バカ野郎……っ!〟
 珍しくキハラの声が上ずった。
 その声に被せるようにユイが言葉を発する。
〝あなたが聞きたいのは、私がこのまま人間として死を待つか、人間をやめるか、って事でいい?〟

 キハラの咳払いが聞こえた後、ドアが閉まる音がした。

〝こんな話を、ユイとする事になるとは思わなかったよ〟
〝そうよね。私も。大体、普通モンスターに遭遇したら、殺されて終わるでしょ〟
 その通り、とキハラが応じる。
〝それがバケモノを魅了するとはな!恐れ入ったよ、朝霧ユイ〟
〝そのバケモノに、私もなるとしたら?〟

 ふいに訪れた沈黙。室内の空気が、たちまち張り詰めたのが分かる。

〝本気か〟ドスの利いた、それは恐ろしい問いかけだった。
 けれどユイは怯む事もなく答える。
〝ええ。このまま終わるつもりなんてない。彼を愛してるの。心から。魔力なんかじゃない。……だけど、先生には拒絶されてる。きっと受け入れてはくれない〟

 本当にそれが、おまえの本心なんだな……。ユイは絶対にキハラに嘘はつかない。
 彼女のこの言葉は信じない訳には行かなかった。

〝どうやら、嘘はなさそうだな。心配するな。お前の望みは、俺がちゃんとあいつに伝えてやるから〟
〝……ホントに?〟いいの?とユイの不安そうな声が続く。

〝今さら、しおらしい態度取るなよ!この件ではすでに言いつけを破ってるだろ?〟
〝そうよ。言いつけを破った最初で最後。キハラ、ごめんね、私……っ!〟
 ユイは涙声になり、声を詰まらせる。

〝言うな。何も言うな。俺はお前の幸せだけを願っている。どんな存在になろうと、お前が幸せならいい。ただし、手当たり次第に殺すのだけはやめろよ?〟
〝ふふふっ……!その忠告だけは絶対に守ります、師匠〟
 その場にいずとも、はにかむユイが目に浮かぶようだ。

〝おい、泣くなよ?シバくぞ?〟
〝もう……!鬼教官なんだから〟

 ドアの向こうで二人の会話は続く。

〝ユイ、お前には本当に感謝してる。今の家族はユイに貰ったも同然だ。あの時実は、結構修羅場だったんだ、俺とあいつの関係〟キハラが打ち明けた。
〝そりゃそうでしょ、妊娠してる恋人を放って他の女のとこに行くだなんて?〟
〝……仕事だ。男には時に、そういう時だってある〟
〝そうよ、あれは仕事だった。そしてそれも終わった〟

〝私こそ、キハラに感謝してる、鍛えてくれて。何度命拾いした事か!外国語も役に立ってるし、この肝の据わり方、キハラ仕込みだもんね〟
〝バカ野郎、それは生まれつきだろ。俺のせいにするな〟
 キハラがユイの頭を小突いた模様。
〝あなたの仕事が終わっても、キハラの事、ずっと師匠って思ってていいかな〟

 しばしの間があった。

〝当たり前だ。俺の弟子はお前しかいない。もし、許されるなら……俺にだけは、また会いに来い。例えバケモノになっても、弟子の相手ならしてやる〟
〝キハラ……!〟ユイは感極まったらしく、ついに号泣し始めた。
〝こら、泣くなって言ったろ!〟
〝だってぇ……〟
〝だってじゃない!〟

 やはりここに、俺の入り込む余地はなさそうだ。
 キハラにこの役目を頼んで正解だった。久しぶりに楽しそうなユイの声を聞きながら思った。


 キハラはすぐに、俺の待つ病院の北側駐車場へやって来た。近づく気配を感じ取り、助手席のドアを軽く開ける。
 そこへ、躊躇う事無くキハラが乗り込んでくる。

「どうせ聞いてたんだろ?俺達の会話」顔も見ずにキハラが口を開く。
「ああ」
「聞かなくても、俺には答えは分かってたよ。ユイがお前を選ぶ事はな。妻子持ちの身で言うのも気が引けるが、妬けるよ!全く……」こう吐き捨てる。

「ありがとう、心から感謝する。この恩はいずれ返す」
「おいおい!もう俺に関わらないでくれ!恩など感じる必要はない。お前はユイを必ず幸せにする事。それから、くれぐれもアイツを殺人鬼にしない事。俺からはこれだけだ」

 話した時間はたった数分だった。
 この数分で全ては決まったのだ。それぞれの決意が。



 それから一週間後の深夜、病室にてユイにそっと声をかける。

「ユイ。起きてるか」
「うん……。眠れなくて。だけど注射はいらないからね?」
「分かってるよ」相変わらずのコメントに思わず笑いが漏れる。

「少し話をしたい。場所を移そう」
 そう断ってから、彼女に付けられた配線類を全て外してそっと抱き上げる。
「どこ行くの?」

 ここでは話しずらい、とだけ答えた。

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