ネソの見解

電流

文字の大きさ
1 / 2

1 綾小路探偵事務所

しおりを挟む
電車では、マフラーを巻いたJKがスマホをいじっている。足を無防備に広げるのは、ついつい見てしまうからやめてほしい。
「みてんじゃねーよ」
「み、みてませ…」
 しまった、JKにバレたか。そう思い、咄嗟に否定する。しかし、すぐにその声の主がJKでないことに気がつく。クックッと笑う隣の男だ。俺は抗議の意を込めて、ジト目でその男を見た。それに気づくと、彼は挑発的な笑みを浮かべる。
「……右側の扉が開きます、ご注意ください」
 そんなことをしていると、次の駅へ到着するアナウンスがした。俺はカバンをきちんと持ち、すぐに降りられるように準備をする。男は、相変わらずニヤニヤしたまま上着のポケットに手を入れた。ポケットにはスマホが入っているくらいだろう。大人が財布すら持たないのはどうかと思う。先日、その旨を伝えたところ「今はスマホ決済だろ。遅れてんなぁ」と馬鹿にされた。俺はスマホ決済が信用ならないのだ。
 俺たちが扉の前に行くと、まもなく扉は開いた。閑散としたこの無人駅が、今日の俺たちの目的地。降りるのはのは俺たちくらいかと思いきや、先ほど凝視してしまったJKもここで降りるようである。なんという偶然。
「ああ、お待ちしておりました。綾小路さまと古河さまですね?」
 ホームでは一人の女性が俺たちを待ち構えていた。
「はい。あなたが依頼人の上井出裕子さんで間違いありませんか?」
「ええ。よろしくお願いいたします」
 その女性_上井出裕子は丁寧に頭を下げる。育ちのよさが仕草や口調からうかがえた。それゆえに、ポケットに手をつっこんだまま辺りを見渡す彼が気になるようだ。
「おい、廉。挨拶くらいしろ」
 小声で言う。少しかったるそうな顔をしてから
「どうも」
とだけいった。コイツには社会人の常識というものが、ちっともない。
「あ、えっと、では車をつけてありますので、こちらへどうぞ」
 奴の挨拶は、依頼人をさらに困惑させただけとなった。
 駅を出てすぐに、一台の黒光りの車が停められてあるのが見えた。いかにも高そうなその車には、先ほどのJKが乗っていた。
「あ」
 思わず声が漏れる。廉だけがこちらをちらりと見た。
「さつき、ご挨拶なさい」
 裕子が扉をノックし、呼び掛ける。なんと、親子であったか。JKは車を降りる。
「…上井出さつきです」
 そう言い、会釈した。裕子と比べると無愛想に感じたものの、まあ普通だろうと感じる挨拶。
「きちんとなさい!」
 しかし、母親は満足いっていないようだ。声を荒げる。娘は不服そうにため息をついた。
「さつき!」
 さらに声を荒げる。俺が間に入ろうかと伺っていると、一人の男が車から降りてきた。
「まあまあ、奥様。お客様の前ですし、その辺りにされては?みなさん寒いでしょう。さあどうぞ」
 丁寧に扉まで開けてくれる。執事のような人物なのだろうか。
「……それもそうですね。申し訳ありません」
 裕子は少し目を瞑ってから、俺たちの方へ微笑む。
「さあ、こちらへどうぞ。少し狭いですが…」
「ああ、すみません。失礼します」
 俺は廉に、視線で「先には入れ」と合図する。それまで特に言葉も発さずに見ていた彼も、それに気づき、先に乗り込んだ。続いて俺も乗り込む。最後に裕子が乗ると、執事のような紳士が扉を閉めた。いつの間にか先ほどのJK、さつきも助手席に乗っていた。狭いとは言うものの、成人男性二人を含めた、大人が三人が乗っている割には余裕があるように感じる。
「遠くからどうもすみません。何もないところですが、ゆっくりなさってくださいね」
「ゆっくりする気ねぇし、いいっすよ。さっさと用済ませたら帰るんで」
 ずっと黙っていたと思えば、余計なことしか言わない廉をにらむ。裕子はまさかそんなことを言われるなんて思ってなかったように、ただ驚いている。そりゃそうだ。
「あああ、ありがとうございます!それで依頼内容ですが……」
 俺は空気を変えるように、わざと大きめの声で促した。
「え、あ、そうですね」
 ハッとしたように、俺を見る。そして少し咳払いをしてから、続けた。 
「最近、不思議なことが起こるんです」
もう一度息を整える。
「ハッキリとわかったのはニヶ月前くらいだったかしら…家には蔵があるんですけれど、夜にその前を通ったときに、ドンドンと激しく戸を叩くような音がしたんです。もちろん、本館の方に家族が皆いることは確認していましたから、蔵に誰かがいて閉じ込められているというわけでもないんですよ?もしかしたら、泥棒かもしれない、と思って藤松さん、ああ、今運転されている方ですね。藤松さんに来ていただいて、蔵を確認しました」
 藤松は、その事を思い出すようにしてから、前を向いたまま頷いた。
「けれど、誰もいなくて…それまでなっていた音も消えたんです」
「外側からの音、例えば風で木が揺れて、戸ではなく壁を叩いていた、という可能性は…」
 俺がいいかけると、裕子はすぐに否定する。
「いいえ、周りには何もありませんから、その可能性はないと思います。木以外にもぶつかりそうなものもありません。それにあれは内側からの音だったと思います」
 なるほど。
「不思議なことはそれだけではありません。その半月後くらいでしょうか、また蔵で起きました。今度は主人です。私からの話も聞いていましたから、中に呼び掛けたそうなんです。誰かいるのか、と。すると今度は唸り声がしたしたそうで…」
 廉はその話を黙って聞いていた。
「もちろん、そのあと急いで鍵を取りに行き、開けたんですけれど、誰もいませんでした」
「なるほど、それは不気味ですよね」
 今度は、声に出して肯定する。そうこうしているうちに、車が停車した。
「こちらです」
 裕子がフロントガラスから外を指して、そう教える。立派な日本家屋だ。四方を囲むようにした塀からは、切り揃えられた樹木が顔を覗かせている。藤松が手慣れたように、門の前に車をつけた。
「では、話の続きは中で…ああ、蔵は裏なので、話のあとにご案内いたしますね」
 藤松が扉を開けると、裕子はそう補足した。俺たちも順に降り、玉砂利を踏む。さつきは全員が降りてから降りた。少し距離を取りながらついてくる。門をくぐると、立派な日本家屋に似つかわしい庭園が広がっていた。庭師が手入れをしている姿が目に浮かぶようだ。すると、玄関の前に一人の女性が立っているのが見えた。
「おかえりなさいませ」
 こちらに向かって丁寧にお辞儀をする。その後、その女性がちらりと俺と廉を見る。一瞬ではあったものの、訝しげな視線を感じた。なるほど、俺たちは全員から歓迎を受けているというわけではないのか。
「こちらはお手伝いの佐々木です」
「綾小路探偵事務所から来ました、綾小路と古河です」
 できるだけ笑顔で挨拶する。
「よろしくお願い致します」
 佐々木も口元だけ微笑み、返してきた。すると、さつきが佐々木の横をすり抜けて、先に家の中へ入っていった。相変わらず視線は手元のスマホである。
「さつき!携帯ばかり見てないの!」
 母親からの叱責に対して、無反応のまま奥の方へいってしまった。
「全くあの子は……すみません」
「いえ、難しいお年頃なんですね」
「ええ、なんというかまあ………さあ、どうぞお上がりください。佐々木、お茶をお出しして」
 佐々木は一礼をしてから、部屋の奥へと入っていく。俺たちは、スリッパが人数分揃えられた玄関へと進む。
「こちらです」
 客間であろう和室に通される。床の間には生け花があり、後ろには掛け軸が飾ってあった。いかにも、といった感じだ。座卓の周りに座布団が四つ置かれている。
「どうぞ」
 俺たちは下座の座布団についた。
「本来は主人の方から挨拶するべきでしょうが、生憎今は仕事で…帰り次第ご挨拶します」
「お気になさらず」
 廉が胡坐でも書いているんじゃないか、と思い、ちらりと視線をやるが、きちんと正座をしているのが見えて、少し意外に思う。
「それでは本題に…。先程の車内では、唸り声がした、というところまでお話しさせていただきましたよね」
「はい」
「ええ。それがしばらく続いて…そうですね、更に半月ほど経った頃でしょうか。その頃には、もうわざわざ中を確認することもしなくなっていたのですけれど、ここにいても聞こえるくらいの大きな音がして。ビックリして蔵に向かい、扉を開けたら、蔵の中にあったものが床に散乱していたんです」
「棚などにあったものが落ちていた、と」
「はい、その通りです」
 裕子は神妙な面持ちで頷く。
「その手の話は、信じてはいませんでしたけれど、こうも奇妙なことが続くと、所謂『ポルターガイスト』なんじゃないかしらって…。それで、今回綾小路様をお呼びしたのです。その道では有名だと伺いましたもので…」
 俺の目をまっすぐ見つめながら話す。廉の方を見ると、視線が合った。アイツは、面倒くさそうな、どこか呆れたような表情で小さくため息をつく。
「なるほど、ありがとうございます。そうですね。現場を見ないと、やはり何とも言えませんから…とりあえず、その蔵を見せてもらえませんか」
「ああ、そうですね。こちらです」
 裕子が誘導するように先頭に立ち、襖を開ける。すると、お盆に載せたお茶を運んできた佐々木が、丁度目の前にいた。
「あ…」
 佐々木は驚いたように目を丸くして、声を漏らす。
「ちょっと、蔵の方にご案内してくるわね。お茶はここに置いておいて」
「あ、はい。分かりました」
 裕子の指示を聞くと、そっと横に避けて、俺たちの道を作る。裕子、俺、廉の順に部屋の外に出た。先ほどの視線もあり、なんとなく気まずいような気持ちがあったが、とりあえず会釈しておくと、向こうも微笑みながら会釈を返される。なんだ、敵意があるというわけでもないのか。
「ち、ちがいます!」
 そう安心したのもつかの間、後ろで佐々木が大声を出した。咄嗟に、俺と裕子が振り返ると、佐々木はハッとしたように、
「し、失礼しました……」
 お茶も置かずに、奥の方へ戻っていった。そして、俺は残された男を睨む。
「おい、お前何かしただろ」
「別に、変なことは言ってねぇよ」
「そういうこと言うときは、大抵変なこと言ってるんだよ」
「大変申し訳ございませんでした。いつもは声を荒げたりすることはないんですけど…」
 俺たちの言い合いを遮るように、裕子が頭を下げる。
「ああ、いえ、そんな。きっとコイツが何かしたんだと思います。こちらこそ、すみません」
 さっきの娘さんに対しての叱責の方が、大声でしたし、と心のなかで呟く。口には出さないけど。当の裕子は、俺の言葉を一瞬否定しようとするが、それまでの廉の言動に思うところがあったのか、苦笑するだけだった。当然である。
「では、改めてご案内しますね」
 先程入ってきた玄関から出ると、行きにも見た立派な日本庭園の中を、飛石に従って進んでいった。来たときには気がつかなかったような池の横を通ると、鹿威しが小気味のよい音をたてる。
「あれは…椿でしたっけ?」
 沈黙が苦手な俺は、一際目立つ、マゼンタのようなピンクの花を指差す。
「ええと…」
「山茶花。椿は散るときに花がまるごと、ボトンと落ちるんだよ。あれは下に花弁が散ってるから、山茶花」
 廉が横からひょい、と顔を出して説明する。
「ですよね?」
 そして、廉は裕子の顔を覗き込むようにして聞いた。裕子は一瞬、呆気にとられてから、ハッとしたように頷く。
「ええ、お詳しいんですね」
それから、にこりと笑った
「…どうも」
 廉はそれを少しの間見つめてから、またふい、と顔を背けた。
「あの、蔵ってこっちでよかったですか?」
 どこかボーッとしている裕子に、俺が指を差しながら問いかける。彼女は、またハッとしたようにして、顔を上げた。
「あ、そうです。その先に見えると思います」
 言われた通り進むと、すぐに蔵の屋根が見えた。その方向に、今度は俺を先頭にして進んでいく。
 玄関から見て、家の裏に例の蔵はあった。確かに、話の通り、辺りに木があったり、何かがぶつかったりして音が鳴りそうなものはなかった。それだけが、妙に異質なくらいポツンとあったのだ。大きさは、想像していたよりは一回り小さかったが、そもそも蔵が存在している家自体珍しいのだから、金持ちであることには違いないと再確認する。
「これが…」
 ポルターガイストが起きたのだと話を聞いていたからか、辺りの空気が重いように感じる。俺は思わず、唾をゴクリと飲み込んだ。
「はい、こちらが先ほどからお話ししていた……」
「おい」
 裕子の話を遮ったのは、廉だ。廉はつかつかと蔵の方に近づいていく。
「なんだこれ」
 俺もそれを追う。その異様さは、凝視するまでもなかった。
 蔵の扉には、びっしりとお札が貼られていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...