さよならはまるいかたち

香澄 翔

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一.青は始まりの色

2.食べられないケーキ

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 教室の外は夏の熱気に溢れていて、蒸した空気が肌をなでる。みんみんと蝉が鳴き声をかしましいほどに主張していた。

 夏だな、と思う。さっきの未来視もただの夏の幻であってくれればいいのに。

 僕はまだ死ぬつもりはないし、誰かに死んで欲しいとも思わない。ましてや見知らぬ誰かと一緒に死のうだなんて思わない。内心で毒づくように吐き捨てると、そのまま廊下の向こう側を見つめる。

 僕には不思議な力がある。未来を見る力だ。だけれどその力は僕の思うように使う事は出来ない。脳裏に浮かんだ幻は、空想でも白昼夢でもない。確かな現実なんだ。今までの経験からすれば、今から二週間以内に必ず起こる事象だった。

 僕は幾度となく見えた未来を覆そうとしてきた。けれど一度も避けられた事はない。どんなに避けようとしても、なぜかつじつまが合わされて現実となる。
 初めはただ見えた事態が現実になった事に驚くだけだった。だけど何度となく繰り返されて、未来を見ている事に気がついていた。そして見えた未来には必ず別れを伴うことに気がついてからは、ずっと未来を変えようと抗って、見えた風景を避けようとしてきた。

 だけど避けられなかった。避ければ避けるほど、未来の方から押しかけてくる。
 それなら。避けようとしても避けられないのなら、こっちから飛び込んでやるんだと強く思う。

 海辺の風景をみたと同時に伊豆旅行への誘い。あからさまに未来への道筋を作られている。いつもであれば未来を避けるために断っていただろう。でも結局は自分の意思との関係なく海辺に向かう事になる。それならば自分から未来へと飛び込んでやる。そして未来を変えてやるんだと心に決めていた。

 見知らぬ少女、何も知らない海。
 知らない相手から一緒に死のうと誘われたからといって、それで一緒に死ぬほど僕は弱ってはいない。

 今まで見た夢は必ず現実になってきた。どんなに避けようとしても、変える事は出来なかった。そして未来は誰かとの別れを連れてきてしまった。
 親しい相手との別れは、心に影を落とす。だから避けようとしてきた。

 だけどどんなに避けようとしても避けられないのなら、もう避けてやるものか。今度は自分から向かっていってやる。夢の中で出会った見知らぬ少女に、そして必ず起きてしまう未来に立ち向かってやる。

 今までの経験からすると、近いうちに必ず新しい映像が見えるはずだった。今まで繰り返されてきた未来視の経験を顧みながら、今後こそ変えてみせると心に誓う。

 未来は変えられない。変わらない。そんなバカな事があってたまるか。運命で全て決まっているだなんて、そんな人生はつまらない。こんな力なんていらない。普通に生きさせてくれ。心の中で叫びを漏らした。

 いつも忌々しい事実ばかり見せる夢。だけどいまみたばかりの夢は、まだ現実になった訳ではなかった。まだきっと変えられるはずだ。

 だから振り返らずに前に進んでやるんだ。

「ちょっと、浩一こういち。待ちなさいよっ。何で人の話をきちんときこうとしないの。だいたい浩一ってば昔からそうなんだから、自分勝手が過ぎるのよ」

 後ろからきゃんきゃんとした甲高い声で文句を告げる声が響いていたが、聞こえなかった事にして歩き続ける。廊下を進みながら、まだ見ぬ風景を心に描く。
 夏の時間。暑い日差し。海の香り。潮の囁き。

 僕は夏が嫌いだ。夏の暑さはただでさえ少ない気力を奪うし、べとべと貼りつく汗が不快感を増す。

 でも今は不思議とどこか期待に満ちていた。今まで抗おうとして避けたはずなのに、流されるように未来に向かっていて、いざと言う時には避けようとして避けられなかった。だけど今回は違う。まっすぐに本気で立ち向かってやるんだ。

 逃げていたって事態は変わらなかった。どこかでつじつまを合わせるようにして未来は訪れていた。だったら自分からその未来に向かってやる。その上で未来を変えるんだ。

 絶対に新しい別れなんて避けてみせる。
 僕が見た未来には必ず別れがつきまとう。悲しい出来事はいつも突然にやってくるものだけれど、さよならは深く胸の中を切り裂いていく。

 さよなら。優しげに聞こえる別れの言葉は、どうして胸を奥に冷たくうたうのだろう。

 空をじっと見上げてみる。澄んだ絹のような青い青い空に、真っ白な入道雲がもくもくと沸き立つ。みんみんと鳴き続ける蝉たちの声が、遠くから呼んでいるように思えた。

 海の色と空の色は似ているようでいてどこか遠くて、思い浮かべるだけで鼻腔をくすぐるかのような潮の香りが漂う。

 この先に待ち受けている未来はいったいどんなものなのだろうか。どんな別れが待っているのだろうか。思いを巡らせるが、思う時に未来が見える訳でもない。

 僕には力がある。不思議な力だ。

 だけどこんな力は欲しくなかった。僕にとっては無用な力だった。出来るのならば捨ててしまいたい力だ。この力はただ悲しみばかりを呼び寄せる。

 なぜ自分だけがこんな力を持っているのだろうか。こんな思いをしているのは自分だけなのだろうか。それとも実は誰もが力を持っていて、心の中にそれぞれの想いを秘めているのだろうか。わからない。だけど今度こそ。

 想いを巡らせながら、空を見つめる。
 そのうちすぐに麗奈れなが追いついてきて、甲高い声で僕の名を呼ぶ。

「こーいち。もう、こーいちってばっ。妹をもう少しいたわりなさいよー。ね、浩一ってば」

 ゆっくりと振り返ると麗奈はわずかに笑顔を浮かべるが、すぐに元の渋い顔に戻って眉を寄せる。
 変な奴と思いながらも、麗奈へと無愛想な声で答えていた。

「妹を可愛がれと言うなら、兄を敬ったらどうだよ。普段はぜんぜん兄だなんて思ってないだろ、お前」

「だって浩一、歳かわらないし。誕生日も学年もずっと一緒だったじゃない。だから兄って感じぜんぜんしないし。浩一、いつも無愛想な顔してるばっかですっごくつきあいよくないし」

 麗奈はぶつぶつとつぶやくように告げると、少し眉を寄せる。その表情が私は悪くないんだからと主張していた。たぶん敬うつもりは何もないのだろう。

 ため息を漏らして、この話題は打ち切る事にする。このまま会話を続けていても麗奈には勝てない事はわかっていた。いまさら麗奈にこんな事を騒ぎ立てても変わるものじゃないだろうと声には出さずにつぶやく。

 僕と麗奈はいわゆる双子だけど、二卵性双生児だから性格も見た目もさほど似ていない。同じ歳だからか、それとも元の性格によるものなのか、麗奈は僕をさほど兄だとは考えていないようで、兄として敬うことない。

 それでも兄妹ゆえにか、それとも都合が良いからか、何かと麗奈は僕のそばをついて回ってきていた。そして何かと僕を同席させようとする。たぶん伊豆旅行だって行かないと答えても、結局は麗奈がああだこうだと言って参加させられていただろう。

 それは少しうるさく感じる事もあるけれど、あまり人付き合いをしない僕にとってはむしろ助かっている事もあるかもしれない。

 ちらりと麗奈へと視線を送る。麗奈は僕の視線に気がついたのか、きょとんとした顔を向けてきていた。
 僕はあまり話す方ではなかったけれど、麗奈はとにかくよく喋る。そして少しばかり口が悪い。一緒にいてたまにひやひやとする事もあるくらいだ。そんな麗奈と言い争いを始めたとしたら、この夏が終わるまで止まらないだろうな。

 双子といえども僕達はあまり似ていない。

 だからもしかしたら麗奈にもこんなことがあるのかと思って、未来が見える話をした事もあった。だけど麗奈はバカにしたように一笑に付しただけで、信じてはくれなかった。それ以来まともに話はしていない。

 何度も話し続ければ、さすがに信じてくれたかもしれない。

 だけどこの力で見えた未来は必ず別れを伴う。時には強く辛い想いをする事すらある。その重みを麗奈にまで背負わせるのは、兄として出来なかった。

 みーんみんみんみんと蝉の鳴き声が伝う。じりじりと焦げるような熱気が、窓ガラスごしでも十分に感じられた。

「暑いな。溶けそうだ」
「そりゃ夏なんだから暑いに決まってるじゃない。暑くない夏なんか、食べられないケーキと一緒だもの」

 麗奈は外の様子をみてとると、それからすぐに僕の手をとって早足で歩き出す。
 こうして手をとって歩くのは麗奈のいつもの癖だ。小さな頃からこうして麗奈に引っ張られていくのはずっと変わっていない。

 しかし夏をケーキに例えるなんて、麗奈らしい。

 麗奈はたまにこうしてどことなく幼い言葉を漏らす。でもこんな時にこそ、ああこいつは僕の妹なんだと再認識させられるし、案外そういうところが嫌いではなかった。

「夏なんだからかき氷くらいに例えたらどうだよ」

 ぼそりと声を漏らして、それから別にどうでもいいことだけどと口の中で続ける。
 麗奈はきょとんとした顔を浮かべると、その後にすぐに吹き出して笑い始めていた。

「浩一、おかしいよ。熱でもあるんじゃないの。さてはこの熱暑にやられたか。惜しい人を亡くしたものだ」

 麗奈はそのあともくすくすと笑いながら、よくわからない事を言う。死んでないからな。

 何にしても、伊豆旅行か。こうも都合よく海に関わる事が脳裏に浮かぶなんて出来過ぎというものだろう。未来は必ず起きるのだと意地の悪い誰かに笑われているような気すらしていた。

 あまりにも露骨な運命の導きだけど、それでも僕は変えてやる。未来は絶対に変えてやるんだ。もうさよならはいらない。僕は絶対に帰るんだ。

 心の中で誓う祈りは、どこかに届いているのかはわからない。だけどただ空を見上げる。
 空はどこまでも青く白く、遠い場所にある海へと誘うようにも思えた。
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