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一.青は始まりの色
5.旅の始まり
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すでに皆は座席に座っていた。いつの間に響や大志、楠木も来ていたようだ。さきほど麗奈が決めた席に座っている。
「おお、浩一。どうした、ぼうっとして。腹でもいたくなったのかね。ちゃんとトイレにはいっておくのだよ。それからおやつは五百円まで、バナナはおやつに入らないぞ」
響が軽口を叩くと、隣に座っている麗奈が笑みをこぼしていた。相変わらず響の独特なセンスにはついていけなかったが、麗奈には受けが良いようだ。彼の整った顔がそうさせるのかもしれない。他の人間が言えば軽薄さが先に立つような台詞でも、響が告げる分には独特の空気を醸し出していて、微笑ましさすら感じさせる。
「小学生か、僕らは」
響の軽口を受けて立つ。僕は響の事は嫌いではなかった。それどころか友人の中ではかなり仲が良い方だ。むしろ親友とすら言えるかもしれない。僕は学校でも響と一緒にいる事が多い。
「いいね。小学生。リュックを背負って、てとてと遠足。そんな訳でレジャーシートを敷いて、お弁当を広げようじゃないか」
響がまた訳のわからない事を告げるのを聴いて、呆れてため息をもらす。
もちろん電車の中でレジャーシートを広げられる訳もないし、そもそも弁当も持ってきてはいない。響は何か変わった事を言わずにはいられないのだ。
その声を聴いて隣に腰掛ける大志がのんびりとした口調で話し始めていた。
「そういえば、お腹すいたよね。今日は寝坊したからさぁ、なーんにも食べてないんだよねぇ」
ころころ転がれそうな飛び出たお腹を押さえながら、大志がため息をもらしていた。
やや太り気味な体型の通り、大志はかなりよく食べる。食事についての興味は他の誰よりも強い。はやくお弁当売りにきてくれないかなぁ、などとのんきな声をこぼしていた。
その隣で楠木がにこやかな顔で大志を見つめている。ストレートの髪を、サイドだけ三つ編みにして後ろで束ねている。いかにもふわふわとしたお嬢様といった感じの彼女は、このメンバーの清涼剤でもある。彼女の優しい空気に何度救われた事があるかはわからない。もっとも彼女の天然ぶりに頭を抑える事も多々あるのだが。
「そうなんですか。じゃあ竹川さん、これいただきますか? 私のお手製ですからお口にあうかどうかわかりませんけども」
楠木はゆっくりとした口調で告げると、自分の鞄の中からラップで包まれたサンドイッチを取り出していた。どうやらお手製のサンドイッチのようだ。
「愛ちゃんは気がきくねぇ。じゃあ、せっかくだから一ついただこうかなぁ。どれどれお相伴」
大志が言いながら楠木の作ったサンドイッチを美味しそうに口にしていた。その向かいで響が「おお、遠足にはサンドイッチかおにぎりか。これは永遠の命題だな」などとつぶやいていたが、その辺は聴かなかった事にして窓の外へと視線を向けていた。
窓際に座っている矢上と視線がからんで、矢上が爽やかな笑みを浮かべてくる。何となくばつの悪さを感じて、慌てて少し矢上から視線を逸らした。
ただそんないつもの風景は、僕の張り詰めかけていた心を少しずつほぐしてくれていた。
とにかく変に思い詰めても意味はない。見えてしまった風景を本当の未来にしないように、何かを変えていくしか無い。それまでは僕も旅行を楽しもう。心の中でつぶやくと、再び車窓から外を見つめる。
いくどとなく見た見知った風景は、やがて少しずつ遠ざかっていき、次第に見慣れない新しい姿へと変わっていく。
それが今度こそ未来を変えられる啓示のようにも思えて、僕の心は少しずつ晴れ上がっていく。今はただ旅行を楽しもう。そう思えるくらいには落ち着きを取り戻していた。
しばらくの電車の旅が終わって、僕達は海辺の街へと到着していた。
辺りには潮の香りが漂っていて、海に来たのだとはっきりと感じさせる。どこか湿っぽい空気と、輝くばかりの陽光が激しく辺りを包み込んでいる。みんみんと鳴き叫ぶセミの声も、いつもはうるさいばかりなのに、この場所ではどこか楽しげにすら感じさせる。
「みたまえ、みんな。あれが伊豆の海、青と白の交わる場所だ。この夏らしい熱い輝きを吸い込んで、澄んだ水音を奏でているじゃないか。宿に荷をおいてさっそく向かおう」
響は海が見えるなり両手を広げて大きく叫ぶ。
真面目なんだか、芝居がかっているんだかわからなかったけれど、響の通常営業である事には変わりが無い。
海はもうはっきりと目に見えて辺りにも潮の香りが漂っていた。どこか湿っぽい空気が、しかし夏らしい空気に満ちている。みんみんと鳴き叫ぶ蝉達の声が、いつもはうるさいばかりなのに、ここではどこか楽しげにすら聞こえた。
ふと振り返る。いままで歩いてきた道。特に変わりばえもしない平坦な田舎街だけども、それでも忘れられていた、いや忘れようとしていた事実を思い出させる。
海辺の風景とどこか感じる匂いは、あの時みた未来と同じものだ。やはり未来を避ける事は出来ないのだろう。
「浩一、またぼーっとしてる。ほら、はやくしないと置いていくわよ」
麗奈の声にぴくんと身体を震わせていた。
それでもまた向き直って前へとゆっくりと歩き出す。
まだ垣間見た未来は気になっていたけれど振り返らずにいようと誓う。
旅はいま始まったばかりだ。
「おお、浩一。どうした、ぼうっとして。腹でもいたくなったのかね。ちゃんとトイレにはいっておくのだよ。それからおやつは五百円まで、バナナはおやつに入らないぞ」
響が軽口を叩くと、隣に座っている麗奈が笑みをこぼしていた。相変わらず響の独特なセンスにはついていけなかったが、麗奈には受けが良いようだ。彼の整った顔がそうさせるのかもしれない。他の人間が言えば軽薄さが先に立つような台詞でも、響が告げる分には独特の空気を醸し出していて、微笑ましさすら感じさせる。
「小学生か、僕らは」
響の軽口を受けて立つ。僕は響の事は嫌いではなかった。それどころか友人の中ではかなり仲が良い方だ。むしろ親友とすら言えるかもしれない。僕は学校でも響と一緒にいる事が多い。
「いいね。小学生。リュックを背負って、てとてと遠足。そんな訳でレジャーシートを敷いて、お弁当を広げようじゃないか」
響がまた訳のわからない事を告げるのを聴いて、呆れてため息をもらす。
もちろん電車の中でレジャーシートを広げられる訳もないし、そもそも弁当も持ってきてはいない。響は何か変わった事を言わずにはいられないのだ。
その声を聴いて隣に腰掛ける大志がのんびりとした口調で話し始めていた。
「そういえば、お腹すいたよね。今日は寝坊したからさぁ、なーんにも食べてないんだよねぇ」
ころころ転がれそうな飛び出たお腹を押さえながら、大志がため息をもらしていた。
やや太り気味な体型の通り、大志はかなりよく食べる。食事についての興味は他の誰よりも強い。はやくお弁当売りにきてくれないかなぁ、などとのんきな声をこぼしていた。
その隣で楠木がにこやかな顔で大志を見つめている。ストレートの髪を、サイドだけ三つ編みにして後ろで束ねている。いかにもふわふわとしたお嬢様といった感じの彼女は、このメンバーの清涼剤でもある。彼女の優しい空気に何度救われた事があるかはわからない。もっとも彼女の天然ぶりに頭を抑える事も多々あるのだが。
「そうなんですか。じゃあ竹川さん、これいただきますか? 私のお手製ですからお口にあうかどうかわかりませんけども」
楠木はゆっくりとした口調で告げると、自分の鞄の中からラップで包まれたサンドイッチを取り出していた。どうやらお手製のサンドイッチのようだ。
「愛ちゃんは気がきくねぇ。じゃあ、せっかくだから一ついただこうかなぁ。どれどれお相伴」
大志が言いながら楠木の作ったサンドイッチを美味しそうに口にしていた。その向かいで響が「おお、遠足にはサンドイッチかおにぎりか。これは永遠の命題だな」などとつぶやいていたが、その辺は聴かなかった事にして窓の外へと視線を向けていた。
窓際に座っている矢上と視線がからんで、矢上が爽やかな笑みを浮かべてくる。何となくばつの悪さを感じて、慌てて少し矢上から視線を逸らした。
ただそんないつもの風景は、僕の張り詰めかけていた心を少しずつほぐしてくれていた。
とにかく変に思い詰めても意味はない。見えてしまった風景を本当の未来にしないように、何かを変えていくしか無い。それまでは僕も旅行を楽しもう。心の中でつぶやくと、再び車窓から外を見つめる。
いくどとなく見た見知った風景は、やがて少しずつ遠ざかっていき、次第に見慣れない新しい姿へと変わっていく。
それが今度こそ未来を変えられる啓示のようにも思えて、僕の心は少しずつ晴れ上がっていく。今はただ旅行を楽しもう。そう思えるくらいには落ち着きを取り戻していた。
しばらくの電車の旅が終わって、僕達は海辺の街へと到着していた。
辺りには潮の香りが漂っていて、海に来たのだとはっきりと感じさせる。どこか湿っぽい空気と、輝くばかりの陽光が激しく辺りを包み込んでいる。みんみんと鳴き叫ぶセミの声も、いつもはうるさいばかりなのに、この場所ではどこか楽しげにすら感じさせる。
「みたまえ、みんな。あれが伊豆の海、青と白の交わる場所だ。この夏らしい熱い輝きを吸い込んで、澄んだ水音を奏でているじゃないか。宿に荷をおいてさっそく向かおう」
響は海が見えるなり両手を広げて大きく叫ぶ。
真面目なんだか、芝居がかっているんだかわからなかったけれど、響の通常営業である事には変わりが無い。
海はもうはっきりと目に見えて辺りにも潮の香りが漂っていた。どこか湿っぽい空気が、しかし夏らしい空気に満ちている。みんみんと鳴き叫ぶ蝉達の声が、いつもはうるさいばかりなのに、ここではどこか楽しげにすら聞こえた。
ふと振り返る。いままで歩いてきた道。特に変わりばえもしない平坦な田舎街だけども、それでも忘れられていた、いや忘れようとしていた事実を思い出させる。
海辺の風景とどこか感じる匂いは、あの時みた未来と同じものだ。やはり未来を避ける事は出来ないのだろう。
「浩一、またぼーっとしてる。ほら、はやくしないと置いていくわよ」
麗奈の声にぴくんと身体を震わせていた。
それでもまた向き直って前へとゆっくりと歩き出す。
まだ垣間見た未来は気になっていたけれど振り返らずにいようと誓う。
旅はいま始まったばかりだ。
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