28 / 40
三.白は嘘つきの言葉
28.別れの理由
しおりを挟む
「桜乃さん。どうして君がここに」
桜乃は部屋着だったのか、大きめのTシャツの下にショートパンツという姿だった。確かにもう夜も遅く、ゆったりとしていても不思議はない。
「それは私の台詞です。今日二回目の病院ですか」
桜乃は僕が麗奈をつれて病院に向かった事を当然知っている。しかし僕達が響をつれて病院にきた事は知らなかっただろう。
桜乃はしかしすぐに納得したかのようにうなずく。おそらく僕の心の中が見えてしまったのだろう。
「私が思っていた通りになってしまいましたね。貴方はこれからどんどん悲しい思いをする事になります」
桜乃は思わせぶりに言葉を紡いだ。
ただ響の場合は完全に事故だ。体型的にもまさか大志が犯人という事はないだろうし、もしもそうなら電話中に事件を起こす必要なんてない。しかしこれも桜乃が知った何かに関係しているのだろうか。
「なら、止めてみせる」
そうだとしても桜乃だって、未来そのものを知っている訳ではない。あくまで人の心を読んで推測しただけに過ぎない。僕が望んでいるのは、初めから運命に抗う事だ。桜乃は未来を見せて欲しいといった。それなら僕は運命を止めて、実際に未来を変えてみせるしかない。
桜乃はこれ以上もう何も答えなかった。微笑みと共に覗かせた横顔は、どこか切なさをにじませているようにも思えた。
「そういえば私がここにいた訳を言っていませんでしたね。旅館で怪我人が出て連れ添う人がいなかったので、私が一緒に来たんです」
桜乃はゆっくりとした声で告げていた。あのあと旅館で他に怪我人がでたのだろうか。そうだとすれば、麗奈の事件も含めて悪い事が続いているなと思う。
一瞬それこそ祟りなのだろうかと思うものの、そんな訳はないと首を振るう。
桜乃ははじめ僕の方を見つめていたが、不意にため息を少し漏らして、くるりと背を向けていた。
そしてそこにすぐに女性の看護師の姿が現れる。
「どなたか、こちらにAB型の方はいませんか!? 緊急に輸血が必要な患者さんがいらっしゃるのですが、この台風のせいで血液が足りていないんです」
よほど慌てているのだろう。息を荒くしながら駆け寄ってくるなり、声を張り上げていた。
看護師の言葉に、桜乃は僕に背を向けたまま静かな声で答える。
「私、AB型です」
桜乃の答えに看護師の顔が明るくて変わる。
桜乃はおそらく看護師が血液をもとめてこちらにきているのを知っていたのだろう。だから前もって僕に背を向けて、看護師がくるのを待っていたのだと思う。
「お願いです。協力してください。少しでも血が必要で、それで」
「わかっています。行きましょう」
桜乃は落ち着いた様子で、そのまま歩き始めていた。
強い意志ほどはっきりと感じられる。そんなことを桜乃は言っていたように思う。だから焦って走っていた看護師の心は桜乃には筒抜けだったのだろう。
こうして見るとやっぱり人の心がわかるというのは、あまりいいことではないと思った。
桜乃の中で唐突に叩きつけられる心は、たぶん彼女の心を乱し続けているはずだ。あんな風に落ち着いていられるのは、桜乃が心を閉ざしてしまっている証拠なのだろう。
心は時に刃になる。時に人を傷つけ、過ちを犯させる。だけど普通はそれを態度に表さない限りは感じさせることはない。
なのに桜乃はいつでも無条件にぶつけられて、感じなくてもいい痛みや悲しみを刻みつけられているのだろう。
このまま朝がこなければいいのに。何もなく平穏な時間がきてくれたらいいのに。僕は心の奥で願う。
もうこれ以上に悲しい事がないように、未来なんて見えなければいいのに。
僕は桜乃にどこか自分を重ね合わせてため息をもらした。桜乃のように常時ぶつけられる訳ではないけれど、自分では制御できない想いを垣間見てしまうのは僕も同じだ。
桜乃の気持ちがわかるのは、そういう意味でもしかしたら僕だけなのかもしれない。同じような力を持つ、僕だけが桜乃を支えられるのかもしれない。
そして僕を支えてくれるのも、もしかしたら彼女だけなのかもしれない。
天を見上げる。もちろん病院の天井が見えるだけだ。だけど僕はこの時、理解してしまっていたのだろう。
僕はたぶん桜乃に惹かれてしまっている。彼女を助けてあげたいと。彼女を救いたいと。いつの間にか感じてしまっている。
僕は彼女を救えるのだろうか。未来を変えられるのだろうか。
僕が未来を変えない限り、彼女は救われないのだろう。そして僕の力が示す通り、さよならを連れてきてしまう。
さよならはいつも角張っていて、僕達を傷つけていく。
僕は君にそれを感じさせずにいられるだろうか。
麗奈とはいまだ別れを告げずに済んでいる。幸い怪我は軽い。たぶん病院内で何かが起きる事もないだろうし、医者からの話の限りでは急激に悪化する事も考えにくい。そう思えば未来を変えられたのかもしれない。
でも桜乃との別れはまだ来ていない。見えた未来からすれば、僕が一緒に彼女と死ぬのか。いや誘いには僕は断った。もう見てしまった未来は訪れた。なら別れもないはず。
そこまで考えてから、僕はある一つの結論にたどり着いていた。
麗奈が怪我をするから、麗奈との別れがあると考えていた。
桜乃が僕を死に誘うから、桜乃との別れがあると考えていた。
でも麗奈や桜乃が死ぬ事がなかったとしても、まだ二人と別れる可能性があるじゃないか。
僕が死ぬ。僕がいなくなれば、二人との別れは必然的に訪れる。
そうか。そうだったのか。
未来には僕自身の姿も見えていた。自分と別れるというのは、僕自身の死しかありえない。僕がいなくなるなら、他に誰が見えていたとしても全員と別れる事になるのが自然だ。
もういちど天井を見上げていた。
もしも未来を変えられないのなら、せめて。
僕は心の中で強く誓う。
消えてしまうのは僕だけでいいんだ。
桜乃は部屋着だったのか、大きめのTシャツの下にショートパンツという姿だった。確かにもう夜も遅く、ゆったりとしていても不思議はない。
「それは私の台詞です。今日二回目の病院ですか」
桜乃は僕が麗奈をつれて病院に向かった事を当然知っている。しかし僕達が響をつれて病院にきた事は知らなかっただろう。
桜乃はしかしすぐに納得したかのようにうなずく。おそらく僕の心の中が見えてしまったのだろう。
「私が思っていた通りになってしまいましたね。貴方はこれからどんどん悲しい思いをする事になります」
桜乃は思わせぶりに言葉を紡いだ。
ただ響の場合は完全に事故だ。体型的にもまさか大志が犯人という事はないだろうし、もしもそうなら電話中に事件を起こす必要なんてない。しかしこれも桜乃が知った何かに関係しているのだろうか。
「なら、止めてみせる」
そうだとしても桜乃だって、未来そのものを知っている訳ではない。あくまで人の心を読んで推測しただけに過ぎない。僕が望んでいるのは、初めから運命に抗う事だ。桜乃は未来を見せて欲しいといった。それなら僕は運命を止めて、実際に未来を変えてみせるしかない。
桜乃はこれ以上もう何も答えなかった。微笑みと共に覗かせた横顔は、どこか切なさをにじませているようにも思えた。
「そういえば私がここにいた訳を言っていませんでしたね。旅館で怪我人が出て連れ添う人がいなかったので、私が一緒に来たんです」
桜乃はゆっくりとした声で告げていた。あのあと旅館で他に怪我人がでたのだろうか。そうだとすれば、麗奈の事件も含めて悪い事が続いているなと思う。
一瞬それこそ祟りなのだろうかと思うものの、そんな訳はないと首を振るう。
桜乃ははじめ僕の方を見つめていたが、不意にため息を少し漏らして、くるりと背を向けていた。
そしてそこにすぐに女性の看護師の姿が現れる。
「どなたか、こちらにAB型の方はいませんか!? 緊急に輸血が必要な患者さんがいらっしゃるのですが、この台風のせいで血液が足りていないんです」
よほど慌てているのだろう。息を荒くしながら駆け寄ってくるなり、声を張り上げていた。
看護師の言葉に、桜乃は僕に背を向けたまま静かな声で答える。
「私、AB型です」
桜乃の答えに看護師の顔が明るくて変わる。
桜乃はおそらく看護師が血液をもとめてこちらにきているのを知っていたのだろう。だから前もって僕に背を向けて、看護師がくるのを待っていたのだと思う。
「お願いです。協力してください。少しでも血が必要で、それで」
「わかっています。行きましょう」
桜乃は落ち着いた様子で、そのまま歩き始めていた。
強い意志ほどはっきりと感じられる。そんなことを桜乃は言っていたように思う。だから焦って走っていた看護師の心は桜乃には筒抜けだったのだろう。
こうして見るとやっぱり人の心がわかるというのは、あまりいいことではないと思った。
桜乃の中で唐突に叩きつけられる心は、たぶん彼女の心を乱し続けているはずだ。あんな風に落ち着いていられるのは、桜乃が心を閉ざしてしまっている証拠なのだろう。
心は時に刃になる。時に人を傷つけ、過ちを犯させる。だけど普通はそれを態度に表さない限りは感じさせることはない。
なのに桜乃はいつでも無条件にぶつけられて、感じなくてもいい痛みや悲しみを刻みつけられているのだろう。
このまま朝がこなければいいのに。何もなく平穏な時間がきてくれたらいいのに。僕は心の奥で願う。
もうこれ以上に悲しい事がないように、未来なんて見えなければいいのに。
僕は桜乃にどこか自分を重ね合わせてため息をもらした。桜乃のように常時ぶつけられる訳ではないけれど、自分では制御できない想いを垣間見てしまうのは僕も同じだ。
桜乃の気持ちがわかるのは、そういう意味でもしかしたら僕だけなのかもしれない。同じような力を持つ、僕だけが桜乃を支えられるのかもしれない。
そして僕を支えてくれるのも、もしかしたら彼女だけなのかもしれない。
天を見上げる。もちろん病院の天井が見えるだけだ。だけど僕はこの時、理解してしまっていたのだろう。
僕はたぶん桜乃に惹かれてしまっている。彼女を助けてあげたいと。彼女を救いたいと。いつの間にか感じてしまっている。
僕は彼女を救えるのだろうか。未来を変えられるのだろうか。
僕が未来を変えない限り、彼女は救われないのだろう。そして僕の力が示す通り、さよならを連れてきてしまう。
さよならはいつも角張っていて、僕達を傷つけていく。
僕は君にそれを感じさせずにいられるだろうか。
麗奈とはいまだ別れを告げずに済んでいる。幸い怪我は軽い。たぶん病院内で何かが起きる事もないだろうし、医者からの話の限りでは急激に悪化する事も考えにくい。そう思えば未来を変えられたのかもしれない。
でも桜乃との別れはまだ来ていない。見えた未来からすれば、僕が一緒に彼女と死ぬのか。いや誘いには僕は断った。もう見てしまった未来は訪れた。なら別れもないはず。
そこまで考えてから、僕はある一つの結論にたどり着いていた。
麗奈が怪我をするから、麗奈との別れがあると考えていた。
桜乃が僕を死に誘うから、桜乃との別れがあると考えていた。
でも麗奈や桜乃が死ぬ事がなかったとしても、まだ二人と別れる可能性があるじゃないか。
僕が死ぬ。僕がいなくなれば、二人との別れは必然的に訪れる。
そうか。そうだったのか。
未来には僕自身の姿も見えていた。自分と別れるというのは、僕自身の死しかありえない。僕がいなくなるなら、他に誰が見えていたとしても全員と別れる事になるのが自然だ。
もういちど天井を見上げていた。
もしも未来を変えられないのなら、せめて。
僕は心の中で強く誓う。
消えてしまうのは僕だけでいいんだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
元カレは隣の席のエース
naomikoryo
ライト文芸
【♪♪♪本編、完結しました♪♪♪】
東京で燃え尽きたアラサー女子が、地元の市役所に転職。
新しい人生のはずが、配属先の隣の席にいたのは――
十四年前、嘘をついて別れた“元カレ”だった。
冷たい態度、不器用な優しさ、すれ違う視線と未練の影。
過去を乗り越えられるのか、それとも……?
恋と再生の物語が、静かに、熱く、再び動き出す。
過去の痛みを抱えた二人が、地方の公務員として出会い直し、
心の距離を少しずつ埋めていく大人の再会ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる