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第三章 愛と迷い
彼の縁談ー3
しおりを挟む会社の人にはあのときのことは過労で入院したということになっている。でも専務のこともあり、皆は信じていないだろう。
佐倉さんが心配そうに私を見てる。彼と親しかったから、彼女にはばれたかもしれない。私、見るからにあの話を聞いてからおかしくなったものね。
もしかして私、このままだと彼の出世の邪魔をしている?そのことに気付いた。彼を信じるべきだろうけど、それが彼のためになるのか、そうとは到底思えない。考えれば考えるほど悩みが深くなっていった。
結局、悩み抜いた末、文也さんの店へ行くことにした。
最初は彼に連絡して事情を聞いて身を引いた方がいいのかと二日くらい考え抜いた。私は何も彼に連絡をしなかった。彼はあれから一度も連絡をよこさない。聞かれても何も答えられないからだろう。
それなら、周囲から話を聞いた方がいいだろうと思った。文也さんは彼をよく知っているようだったし、重要な話をするときにあの店を使っているのはわかったので、彼に聞くのがいいだろうと結論づけた。
あの話を聞いて三日後。丁度、あれから一週間。金曜日だった。店はとても混んでいた。いつも別室に通されていたから、店の中をよく見たことがなかった。
「……こんばんは」
「あれ?えっと……」
「あ、北村です。この間はお世話になりました。これ差し入れです。良かったら……」
「あ、なに?あー、リンゴだ。こんなにたくさんいいの?」
「ええ。うち実家が東北なのでリンゴを送ってくるんです。良かったらお店で使って下さい」
「わー、助かるよ。リンゴは色んな事に使えるんだ。いやあ、北村さん気が利くなあ。僕、君にこんなことしてもらう理由はないけどね」
結構ハッキリ言うんだな、この人。まあ、いいや。
「理由を作ってもいいですか?」
文也さんは、カウンターの奥のほうで曲がったところにある席を私に示した。目の前にたくさんの食器などがある。賄い用の席?
「北村さんはお客さんだけど、そうじゃないよね、きっと。なんとなく俺に話があって来た?賢人が来るとは聞いてないしね。待ち合わせじゃないよね?」
小さく頷くと、笑顔を見せた。
「……君は賢い人だね。賢人が最初から連れてくるくらいだから信用があるんだろうと思ったけど。そうだったね、やっぱり。で、何飲む?あんまり強くないんでしょ、お酒。あとエビがだめだったよね」
「よく覚えて下さってるんですね。さすがです」
「まあね。お客様の好きなもの、苦手なものを把握してこそマスターだよ」
「ふふふ。柑橘系のカクテルで甘すぎないもの、そして強すぎないものをお願いします」
「言うねえ。俺を試してる?乗ってあげるよ。そこの席はね、賄い席でもあるから、隣にお客さんは座らないから安心して待っていて」
そう言うとにこりと笑う。こちらの意図を瞬時に把握してもてなしてくれる。それでいてミステリアスな魅力のある人だな。背中を向けてお酒を作りに行ってしまった。
お客様を見ていると女性と男性が半々。そして、割とホワイトカラーの人が多い。落ち着いた感じの男性が多いのだ。女性もそう。
もしかして一見さんお断りなのかもしれない。それに……周りの話している内容を聞いていて気づいたことがある。
「はいどうぞ。ホワイトキュラソーにカシスとオレンジを入れて見たよ。どうかな?」
「……っん。美味しいです。甘すぎない。ちょっとでも度数が高そう」
「まあ、いいじゃん。少しは酔った方がいいよ。それからさ、聞きたいことは賢人のこと?素性はわかったんだよね」
「……このお店は一見さんお断りですか?客層が割と偏っているように見えるんですけど……もしかして氷室の秘密を守る場所?」
「……はー。君、良く見てるね。その通り。氷室の関係者ばかりの店だよ」
「なるほど。そういうことですか。スパイの店?」
「そうだね、氷室の関係者といっても誰でも入れるわけじゃあないんだ。接待に使うこともあるけれど、ここを使うにはすべて理由がある。こちらで事情を把握したうえで、ということになるからね……」
「じゃあ、私勝手に来たらダメだったんじゃないですか?」
「んー。賢人が連れてきたって事は最初の審査に合格してるのさ。あの最初の日、帰り際に賢人が君は今後来ないって言ってただろ?そんなわけあるかよ。それなら最初からここに連れてこないよ」
私はなんと答えていいのかわからず、カクテルを見つめたまま黙っていた。
「さあて、何が聞きたいの?あいつの知り合いが来るといけないから早めに聞いてね」
私は彼の目を見て、単刀直入に聞いた。食べもせずお酒を飲んで回ってきたのだろう。度胸がついてしまっていた。
「彼の縁談のことです」
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