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第三章 愛と迷い

彼の縁談ー2

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 二人の間で立ち上がり、パンパンと手を叩いた。

「はい、ふたりともわかりましたから静かにしましょうね。佐倉さん、そろそろお昼だし、久しぶりにあそこへ食べに行こうか?」

「え?ホントですか?わあ、久しぶりだし嬉しい!」

 手を上げた彼女は鞄をとりにロッカーへ行った。

「悟、彼女を許してあげて……」

「いや、俺も大人げなかった。確かにあいつの言うことにも一理ある」

「じゃあ、あとでね」

「ああ。里沙、一度営業行く前に食事しよう。いいだろ?」

「……考えておきます」

「おい、何だよ。ひどいな。送別だろ?」

「わかったわ」

 誰にも見えないようにウインクしてる。はあ、相変わらずだね。きっと営業二部でも女の子を翻弄するんだろうな。

 佐倉さんの言うとおり、社内でゴタゴタはよくないから少しは反省してほしい。でも悟とふたりで食事なんて絶対行かない。それが私のけじめ。今は仕事だから当たり障りないようにやっているだけ。

 私は割と淡泊だと周囲からよく言われるし、自分でもさっぱりしているほうだと思ってたけど、鈴村さんには最初からどこか心を奪われてしまった。

 出会いも今までの関係もすべて勢いだったけど、どうしてもこのままにしたくはないと思って連絡したくても、会いたくても我慢している。

 佐倉さんと来たのは近くのイタリアン。会計部に入りたくなかった彼女がつまずいてやめたいと言うたびに連れてきたお店だ。彼女は秘書になっていた私の代わりに今では会計部のチーフとなっていた。それが何より嬉しい。

「今日は先輩に私が奢ります」

「は?何言ってんのよ」

「ここに来ると、先輩のお陰で今があると痛感するんです。この席で何回やめたいって先輩の前で泣きましたかねえ……」

「そうねえ。少なくとも片手の指以上は慰めた気がするなあ……」

「そうでしょ?私があるのは先輩のお陰です。あの私がチーフとか、笑うしかないでしょ?」

 私は確かに笑ってしまったが、でも彼女に言った。

「チーフになって、新しい子を教えるのがすごくうまいって部長が言ってたよ。自分でつまずいたことがあるからこそ、わかんない子の気持ちがわかるんだろうって。そういう点、私なんて佐倉さんに何を教えてたのかしらね。最初、仕事が苦手だったのは私のせいじゃない?」

「確かに、先輩の合い言葉は今でも覚えてますよ。数字は嘘つかないだの、数字は友達だの、ちょっと斜め上の指導でしたねえ、あはは」

「……ほんと、ごめん。佐倉さんが大変だったのはぜーんぶ私のせいよ。だから、罪滅ぼしに私が奢ります」

 手を合わせて彼女に拝んだ。すると、佐倉さんが私の合わせていた手を握って離した。

「いつも食べていたパスタでいいですか?パスタは私のおごり。デザートは先輩のおごりで。それでいいですか?」

「それでいいの?本当に?」

「本当はデザートもおごりたいけど、先輩の気持ちも嬉しいからそうさせて下さい」

「ありがとう」

 二人が大好きなホタテとイカのオイルバスタが来た。美味しい。鷹の爪がきいている。久しぶりに食べた。デザートは定番のティラミス。ここのティラミスはマスカルポーネが美味しい。

「ねえ、先輩。先輩とよく話していたあの鈴木さん、本社の鈴村さんって人だったらしいですね。嘘ついてみんなを騙してまで調査してたなんてびっくりですよ。関連会社って本社だったんですね」

「そうらしいね」

「……実は、私本社に知り合いがいるんです。その人に聞いたら、鈴村さんてすごい人だよって言ってました」

「彼、ここをやめるときに何も言ってなかった?」

「うーん。何か最後の挨拶の時、急に背筋が伸びて雰囲気が全然違う人って感じでした。あの芝居必要だったのかなあ?」

 おかしい、吹いてしまった。

「確かに……。ただ、畑中専務の手前やっていたのかもしれない。専務を油断させるためにね。専務のことは本当に残念だわ。私には良い上司だったの」

 専務は不正取引の引責辞任と言われている。不正の内容は公表されていない。美術館名も伏せている。

「……先輩のやってきたことが無になったわけじゃないですからね。落ち込まないで下さい。まあ、たまたま悪いものに当たってしまった程度のことですからね、気にしないで下さい。それに、そのお陰でこっちへ戻ってきたし、ありがたや……」

 目の前で手を合わせている。もう、面白い子よね。

「鈴村さんって次期社長のお付きの人だって知り合いが言ってました。なんか、次期社長つまり御曹司の妹さんとも縁談があるとかって……」

「え?御曹司の妹さんと縁談?」

「……そうらしいですよ。すごいですよね、お婿さんになるのかなあ?そしたら氷室さんになっちゃうんですよ。創業家になるってことでしょ?」

 部長が言っていたことはこれだった。確かに私とすぐに付き合えない。彼が言っていたことがようやくわかった。

「……先輩?」

「……す、すごいね。お婿さんにならなくても社長一族になるってことだものね」

「そうですよ。そんなすごい人が一時的にでもうちに来てたんだからうちってすごいのかなあ?」

「……」

「あ、先輩時間ですよ。出ましょう。とりあえず私全部払っちゃいますね?」

 何も答えずぼーっとしている私に気を遣って佐倉さんが会計に行ってしまった。その午後は何も頭に入ってこなくて、引き継ぎがいい加減になったせいで久しぶりに悟から怒られてしまった。

「里沙。お前どうした?具合悪いのか?様子が変だぞ」

「……ううん。ごめん。今日はもう引き継ぎやめてもいい?私、少し秘書のほう片付けたいから」

「ああ。無理すんなよ。病み上がりなんだろ」

「あ、うん。ありがとう」

 
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