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第二章 恋愛と仕事
異動
しおりを挟む今日は、なぜか私だけ朝から社長に呼ばれた。彼は昨夕から大阪へ出張中。何か頼まれるのかなと思って最上階へ急いで向かった。
いつも社長が座っている席に会長が座っている。背中を向けて向かい側に社長がいた。私は驚いた。何しろ、この会社は会長のものだから、絶対権力者なのだ。
「え?会長お久しぶりでございます」
「森川さん、こちらへ来て下さい」
社長秘書の篠田さんが言うので、向かいの席に座る。
「森川さん、永峰君はどうかね?」
社長が話し出した。
「お忙しくされていますが、仕事に問題は特にありません。挨拶回りも終わりましたし、通常業務が増えてきました」
会長は私を見てふむふむと言う。篠田さんのほうを社長が見た。すると、篠田さんがしゃべりだした。
「森川さん、あなたは業務部へ戻りたいんじゃありませんか?」
私はびっくりした。そうか、彼がいないときに呼び出したのはそういう意味だったのかとすぐに思い至った。
「……あの……それって……」
すると、篠田さんが言葉を繋いだ。
「あなたさえよければ、業務部へ戻して差し上げましょう。新しい業務部長の秘書をしながらになりますけれども……いかがでしょうか?」
びっくりしすぎて、返事を忘れて固まった。
「森川さん?」
「は、はい。えーっとそれはその……永峰取締役の秘書を下りるということでしょうか?」
社長がこちらを向いて話し出した。
「そうなるね。挨拶回りまでは君にお願いするつもりだったから、俊樹には何も言っていないんだ。見るからに君を気に入っているしね。実は業務部の新しい部長は三橋達也と言って、以前営業にいたんだが知ってるかい?」
知らないわけがない。三橋の名字だけでも有名なのに、イケメンで……そして確か社長の甥っ子だったような……。
「そう俊樹は私の妻の家系なんだが、達也は会長の孫、私の兄の子供だ」
つまり直系のサラブレッドといった感じだろうか。私は深呼吸して聞いた。
「どうして私……なんですか?」
会長が鋭いまなざしでこちらを見た。
「達也は経営者気質を継いだ逸材だ。業務部でこの会社の今後について学ばせた後、2年後には永峰君同様取締役に就任させて会社経営に参画させる予定だ。森川さん、君は業務部きっての逸材だと聞いていた。実務だけでなく、秘書もできる。達也の将来のために君をつけておきたい」
「……お褒めいただき光栄ですが、永峰取締役秘書の後任はどうなりますか?」
社長秘書の篠田さんがこちらを向いて話し出した。
「今、業務部長秘書をしている並木さんを君と交換しようと相談している。永峰取締役は業務部本部長も兼務するから、並木君のほうがいいだろう。現在の業務部長の佐竹部長は営業に達也の後に入り、異動になる予定だ」
並木さんは以前から彼にモーションをかけていた。相談すれば、喜んですぐに了承するだろう。彼女の仕事ぶりに問題はないが、彼は絶対に了承しないだろう。私情を見せる彼女が煩わしいのはあきらかだ。
何も返事しない私を三人はじっと見ている。
「……何か思うところがあるようだな。はっきりいいなさい」
会長が私に促した。社長がたたみかけるように口を挟む。
「俊樹のことなら、私が説得するから大丈夫だよ、森川さん。君にとっては願ってもない話だと思う。いずれ、達也につけば社長秘書となる日もそう遠くはないはずだ」
「なんだね。森川さん」
会長は、もう一度聞いてきた。
「……並木さんの能力に問題はありません。ただ、彼女は永峰取締役を男性として慕っているのは業務部では割と有名です。永峰取締役が煩わしく思うかもしれないです」
「ふーん。なるほどな。誠二、お前把握していなかったのか?」
「いや、そういう報告はなかったです」
社長は、篠田さんの方をすがるように見た。篠田さんは困った顔をしている。
「それに、永峰取締役が私を放出してくれるかどうかもわかりません。前の仕事が好きで自分としても辞めたくなかったのも事実です。だからといって、今の仕事を放り出せるかと言えばそれも……」
「会長、並木さんは秘書検定も持っているので、業務部よりも秘書室勤務を希望していました。できれば、業務部長は森川さんでなく並木さんに秘書室へいってもらい、森川さんには残ってほしかったようです。業務部の戦力としての判断です」
篠田さんが元気よくフォローする。
「そんなことはどうでも良い。永峰君に言い寄るような女はだめだ。もう少し、敏感に人事に取り組みなさい。人間関係は重要だ」
会長は一刀両断した。篠田さんは下を向いてしまった。
「とりあえず、永峰君の秘書はその並木さんでない人を探すとしよう。そうしないと、森川さんに永峰君が固執しそうだ。森川さん、達也に一度会ってもらおうか。永峰君が帰ってくるのはいつだ?」
「明日の夜です」
「ふむ。では今日の夜にでも良かったら一緒に食事でもどうかね。私も入るから三人だが……」
会長からのお誘いを断れるはずもない。
「はい。かしこまりました。何時頃になりますでしょうか?」
「七時くらいに料亭を予約しておこう。地下の会長専用車で行くから六時半くらいに上がりなさい」
「かしこまりました。その頃下に参ります。では、よろしいでしょうか。失礼致します」
正直、頭が混乱したまま社長室を後にした。業務部の仕事を提案された喜びよりも、上が彼に内緒でこんなことを計画していることのほうが怖かった。
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