財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐

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御曹司と上司3

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「うん、やっぱりうまい。コーヒー担当として連れて行きたいところだよ」

 すると、専務が笑って言う。

「君もそんな誘い文句しか言えないようじゃダメだな」

「……専務!」

 崇さんが声を上げた。私はとにかくすぐにこの場を去った方がいいだろうと思った。

「……失礼します」

 私はコーヒーを専務の前にも置いて、二人に礼をすると部屋を後にした。

 一体どうしたんだろう?いつもの和やかな感じがみじんもない。

 出発前の緊張感が彼を包んでいたのは入る前から気づいてはいた。いつも私のこともいじるのに、それもなかったからだ。

 そしてその後一時間以上部屋にこもりきりだった。彼が留守の間のことを話し合っていたのかもしれない。

 ようやく挨拶をして部屋を出てきた崇さんは、私の顔をじっと見ている。

「香月はさ、俺がいなくなったら寂しい?」

 びっくりした。元のお茶目な彼に戻ったのかな?

「そうですねえ、お顔がしばらく見られなくなるのは寂しいですね」

「香月……君にあちらから戻ったら頼みたいことがあるから、そのつもりでいて欲しい」

 頼みたいこと?何だろう。とにかくじっとこちらを見ているし、わからないけど返事をする。

「はい、わかりました。お気をつけて行ってきて下さい」

「ああ、お前も元気でな」

 綺麗な笑顔を見せてくれた。やっぱりイケメンだなあと美しい笑顔にしばし見とれてしまった。最低でも二週間に一度は必ず訪ねてきてくれていた。そんな彼がいなくなるのかと思うとやはり寂しかった。

 いつも私をいじって楽しんでいた彼は、実は他の人にはほとんど笑わない。ポーカーフェイスが有名な御曹司で、気持ちを表情から悟られないよう気をつけていると言っていた。

 専務の部屋にコーヒーを下げるため入った。すると、少し座りなさいと声をかけられた。

「香月さん。おそらく、彼がアメリカへ行くタイミングで私への総帥からの圧力が強まるかもしれない。それは予測済みだ。もし、私がこの財閥を追われることとなったとしてもそれは想定内。君まで巻き込まれる必要はないからね」

「……どういう意味ですか?おやめになるようなことがあるかもしれないと言うことですか?」

 私はびっくりして中腰になった。

「まあ、落ち着いて。君も知っての通り、僕は崇君の仕事のことやいろいろな相談にものってきた。彼の悩みはお父上の周りを取り囲む親族の人達の権力争いなんだよ」

 そして……崇さんの考えている将来像について、私に内緒だよといいながら初めて教えてくれた。

「血族経営をできるだけ脱したいとずっと崇君は主張しているけど、すぐには難しいだろう。僕の考えを実践するのはあと一年後、彼が本当に上に立ってからだ。今は彼のお父上とその周辺がこの榊原を支配しているからね。将来を見据えて僕は彼に種まきをするだけだよ。崇君が干からびないように君が水をあげてね」

「水なんてあげられません。お茶かコーヒーなら今日みたいにあげられますけど……」

「そうじゃないんだよ。水をあげてほしい。肥料もたまにあげてね。そうしたら僕の蒔いた種から芽が出て花が咲く」

 私にゆったりと笑いかける専務がそこにいた。その時は言っている意味が全くわからなかったが、忘れかけた頃になって、その意味に気づかされることとなる。

* * * *

 御曹司がいなくなって二ヶ月。もうすぐ総会だ。

 役員室のフロア周辺は物々しい雰囲気に包まれている。総会前はいつもそうだ。役員人事があり、駆け引きが始まっている。しかも御曹司がいないので、隠すことなく今年は口に出す人もいる。

 秘書は知らぬフリを通している。怖くて情報収集もできないくらい、今年は状況が良くない。私は居心地が悪くて、ほとんど秘書室で過ごさなくなっていた。

 四階に用事があって久しぶりに降りた。懐かしいフロアだ。

「あ、いたいた。武田課長さま」

 スポーツ刈りの日焼けした顔をこちらに見せた。彼は真紀の交際相手。つまり親友の彼氏なので私も親しい間柄だ。

「……珍しいな。どうしたんだこんな所に来て?」

「それはもちろん武田課長さまにお願いがあって来たのよ」

「何だそりゃ?」

「総会の前のお手伝いをお願いしたいなー、なんて……」

「おいおい、それなら真紀に断ったぞ」

「さっき、うちの専務理事を訪ねてきた総務の金井課長に武田君を設営準備に誘うよう言われたの」

 金井課長も実は同期。

「お前ら、結託してなんなんだよ」

「まあ、いいじゃないの。金井君も総務の男性だけじゃ無理だから、力持ちでスポーツマンの武田君に頼みたいってさ」

「金井の奴め。まったくもう、わかったよ。うちの若いのも連れて前日の夕方に上の階に行けばいいんだな」

「素晴らしい!さすが武田課長様さま。真紀がベタ惚れするだけのことはあるわね」

 私は拍手をしてきびすを返した。すると、彼が声をかけてきた。

「おい、香月。専務理事大丈夫なのか?常務連中が結託してるって噂がこの間……」

 私は彼の口に手を当てた。彼はびっくりしているが、しょうがない。

「しーっ!そんなこと口にしたらダメだよ。誰が聞いてるかわかんないんだから。武田君だって課長なんだよ。自分の為にも気をつけて」

「……ああ、お前は相変わらず人のことばっかり心配して、自分は大丈夫なのかよ……真紀に聞いたぞ。お前、秘書課のやつに目を付けられて嫌みを言われてるらしいじゃないか。御曹司がいなくなってからだろ」

「ありがとう。なるようになるよ。何かするなんてできないし、もう諦めた」

「おい、何かあれば相談に乗るぞ。無理すんなよ」

「うん。ありがと」

 四階の人達にも空気感が伝わっている。武田君が耳にするくらい、日傘専務が大変な状況なんだとわかってきた。

 最近は他の役員が全然訪ねてこない。日傘専務も訪ねていかない。自分から何とかしようという気持ちもないんだろう。

 専務は辞めるつもりなんだろうと最近見ていて思う。このままだと私はどうなるの?他の人の秘書をするためにここへ残るなんてまっぴらだと思った。

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