財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐

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酔っ払いのキス1

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 フロアへ入ると、崇さんから呼ばれた。

「香月、ちょっと……」

「はい」

 部長室へはいると、彼が机の前に座って言った。

「お前、ここの引き継ぎ、一日で何とか出来るか?」

「はい。支社長秘書は元々やっていた人に戻すようお願いすれば引き継ぎの必要はありません。それに、坂本課長のことは、いずれ部長になったとき秘書へつくであろう難波さんに引き継ぎします。それは一日あれば大丈夫です」

「そうか。悪いが俺は週明けに本部へ戻る。香月は翌日の火曜日には本部へ出て欲しい」

「わかりました。でもこんな急に本部へ戻って、私の席ってあるんでしょうか……」

「だから俺が先に戻るんだよ。ぐちゃぐちゃ言う奴は俺が一刀両断して、お前の席を作っておくから安心しろ」

「……そんな……」

 私は頭をかかえた。それってちっとも安心できない。それじゃあ帰ったらまた、絶対四面楚歌だよ。ああ、帰りたくない。

「何だよ、その顔。もう、嫌だとかなしだぞ。きのう、OKしたよな。辰巳に伝えたら喜んでた。お前のこと可愛がっていたからな。さっそく引き継ぎすると言ってたぞ」

「実は先ほど辰巳さんから直接電話をもらいました。総帥秘書の新藤さんが大変だそうですね」

「そうなんだ。父も辰巳がいて実は助かってるだろう。香月お前……今日の夜、ちょっと食事しないか」

「え?」

「お前について知っておきたいこともあるし、親睦を兼ねて奢ってやるよ」

 ニヤリと笑う。何なのこれ?まあ、いいか。

「美味しいものを奢って頂けるんでしょうか?」

「俺は釣った魚にもエサをやる優しい上司なんだ。その代わり、店はお前が探しておけ」

 指をビシッと私に指した。これだからもう。何なの……。前の専務とは大違い。このツンデレな感じはどうしても慣れない。

「支社の近くなんて知らないからお前に任せるよ」

「じゃあ、行ってみたかったスペインバルのお店でもいいですか?」

「ああ、期待してるから……」

 そう言って、部長の資料の説明を求められたところだけ応じた。

 引き継ぎをしていたらあっという間に夜になり、予約を入れたその店にふたりで入った。

「いい雰囲気だな」

「そうですね」

「これで味が良ければ合格だな」

「ひと言余計です……」

 必ず嫌みを言う性格なの?呆れて彼を見やると、背の高い彼は私を見下ろしてニヤッと笑った。ふたりで奥の席に向かい合わせで座った。

 海鮮マリネが前菜だ。エスカルゴも美味しい。サングリアが自然と進んでしまう。彼を見ると頷いて私を見た。

「どうやら味も合格だな」

 お腹すいていたのもあり、パエリアが出てきた頃にはふたりでたくさん飲んで食べて、冗談を言いながら時間が過ぎた。こんな風にふたりで話が出来るなんて意外だった。

「香月は兄弟いるのか?」

「あ、弟がひとりいます。大学卒業して今年から働き始めましたが、大阪赴任になったので家を出ました」

「実家は支社の近くなんだとか?」

「そうです。ここから一時間以内なんです」

「お父さんは何をしているんだ?」

「父は財閥のエレクトロニクス部門にいたんですけど、今は小さな研究所を持っています」

「そうだったのか……知らなかった」

「実は専務の秘書になったのは、専務が父と知り合いでその縁もありました。随分昔に専務のお嬢さんと一緒に遊んだことがあったんです。財閥内で昔運動会がありましたよね。父について遊びに行ったら、二つ上の小学校三年生に専務のお嬢さんがいて、その日一緒にいたんです」

「へえ。専務のお嬢さんって確か……」

「一年前に、財閥の保険会社の役員の方とご結婚されました」

「香月は……いくつになる?」

「私は……もう二十八です。アラサーなんです」

「俺なんて三十六だぞ。アラフォーだ」

 ふたりで笑い合う。

「香月は俺をどう思う?」

 びっくりして、サングリアが変なところに入った。

「……けほっ!」

「おい、どうした?」

「どうしたじゃありません。何ですか、その質問……」

「いや、この際だから聞いてみたくてね」

「さすが御曹司という噂通りの敏腕ぶりは専務を通して伺っていましたし……」

「ストップ!」

 目の前で大きな手が私を遮った。

「そうじゃない。そんなことを聞きたいんじゃない……」

「じゃあ、なんです?そうだ、昨日と今日は驚きました。笑顔を何回も見たからです。笑顔とても素敵ですよ。元々イケメンだから二倍増しで格好よくなります。私のメンタルのためにもこれからは笑ってくださいね」

「その台詞お前にそっくり返す。お前、昔秘書室であまり笑わなかっただろ」

「……そうですね」

 私の顔が曇ったのを見て、彼は話題を変えてきた。

「香月。お前の趣味は?」

「何ですそれ、お見合いみたい……趣味ですか?普通ですよ。アプリでドラマや映画を見たり……」

「好きなものは何だ?」

「可愛いものと綺麗なもの。動物と花が好き」

「なるほどな……」

「崇さんは?」

「俺は、時間があればゲームとかしている。そうだ、どうしてもお前にひとつだけ聞いておきたいことがある。秘書課の斉藤とは別れたのか?」

 私の手が止まった。誰に聞いたの?帰国してすぐこちらに来たのに、聞く暇なんてなかったはず。

「……もう別れました。ここへ来る前です」

「専務のことがきっかけか?アイツそういうタイプだろ。親父の秘書を新藤さんから引き継ぎたいと声をかけてきたそうだ。親父はあいつに引き継ぎをさせる気はさらさらないがね」

「別れたのは、専務のことはきっかけにしか過ぎないです。別れる理由がようやく出来て、彼はほっとしたんだと思います」

「なんだ、それ?」

「あまり……最初からうまくいっていなかったんです」

「そうだったのか。お前付き合いだした頃、笑顔が見えて驚いたんだ。幸せそうだったじゃないか」

「最初、秘書課に慣れなくて辛かった時期に声をかけて優しくしてくれたのは彼だけでした。話す人もいなくて嬉しかったんです。皆さんの話を聞いていると私と住む世界が違うし、怖くて誰にも話しかけられなかっただけなんですけどね」

「お前は入ってきたとき、美人なのに笑わないクールビューティーと言われてたぞ。俺のこと無愛想なんてよく言えたもんだ」

「今思えば、斉藤さんは専務がいずれ出世すると思っていたようでしたので、そのせいで私に声をかけたのかもしれません」

 私はいいたくない話を口に出して、サングリアをおかわりして一気飲みした。甘くて飲みやすいが、結構アルコール度数が高いと気づいたのは酔いが回り始めてからだった。

「馬鹿馬鹿しい。そんな訳あるか。お前を落としたって斉藤がしょっちゅう自慢していると辰巳から聞かされて頭にきてたんだ」

 吐き捨てるように目の前の崇さんが言った。

「え?」

「まあ、お前も俺と一緒で笑わないクール同士だと思ってたのに、お前だけ幸せになってさ……」

「なんだ……それなら、崇さんも縁談を受けちゃったら、はあ、良かったのに……。お相手は美人らって聞きましたよ。なんでふったの?もったいないれすね」

「俺は好きな奴じゃないと結婚は絶対嫌だ」

「お付き合いしてみたら好きになるかもしれないれすよ?」

「ならないね……俺にはもう……いるんだよ」

「何がいるんれすか?……」

 酔いが回ってきた。夕べは御曹司秘書のはなしもあって、心配で眠れなかったのだ。寝不足なのだ。
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