財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐

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間引き

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「あ、もうだめ……いい加減に……」

「……菜々……」

「……ん……んっ……」

 私が彼のキスに弱いことを知られている。もう日が高いのはわかっているのに、ベッドから起きようとすると覆い被さってきてキスをするのだ。そうすると、私の身体の力が抜けてしまう。ダメだ。菜々、しっかりしろ。今日こそはと思っていたのに……。ああ、煩悩に弱い私……。

 彼の胸を押し返し、今度こそと身体を起こした。横で彼がびっくりしている。

「どうした菜々?」

「ど、どうしたじゃないです!もう時間を見て!どうして昼過ぎなの?」

 するとまた私をベッドへ倒す。

「どうしてって肥料をもらっていたからだよ。ようやく葉っぱが……」

 私はガバッと起きた。

「そのことですが……種からたくさん芽が出過ぎたので、これから間引きをしようかと思います」

「……は?」

 彼もガバッと起きた。

「間引きって何だ?」

「間引きを知らないんですか?種からたくさん芽が出て、全て育てると栄養を取り合うので、元気な芽を一つ残してあとは取るんです」

「……菜々。さすがの俺もそんなことは知っている。お前、何を言ってるんだ?」

 * * *

 先日、実家に呼ばれて帰ってみると、そこには日傘専務がいた。

「やあ、久しぶり。綺麗になったね、香月さん」

「……専務!ご無沙汰しております。お見えになるなら教えてくれれば良かったのに、お父さん」

 お父さんは日傘専務をちろりと見て言った。

「事前に言うなというからさ。菜々が綺麗になったとか……気にしていることを軽く簡単に言うな!腹の立つことばかり君は昔から言う。だから、本当は菜々を秘書にするのを反対したのに……」

「しょうがないだろ。もしかすると、私のお陰で榊原家の外戚になるかもしれないんだぞ。感謝されこそすれ、そんな顔されるのは筋違いだなあ」

 母がお茶を運んできた。私は専務にお茶を出した。

「君のコーヒーが懐かしいよ」

「あとでおかわりは私が入れます。入れ方は母直伝です」

「いや、君の僕への愛をいれてもらわないとね。お母様じゃダメだよ」

「「は?」」

 父と母は呆れている。専務はにこにこしている。こういう人なのは変わらない。

「実は話があって君を呼んでもらった。もちろん、仕事のことだよ」

 父と専務は私に色々と教えてくれた。そして崇さんへの伝言を託されて帰ってきたのである。

 * * * * 

 私達は着替えて食事をした後、彼の書斎で話をした。
 
「父の研究所はいいとして、そのほかのエレクトロニクス関係のところは全部を傘下に入れるのは難しいです……専務もおっしゃっていました」

「菜々。仕事のことはいくら秘書でも口を挟むのはやめてくれ」

「……そうですか。じゃあ、いいです」

「おい、菜々!」

 きびすを返して部屋を出ようとした私の腕を彼がつかんだ。

「言っておきますけど、口を挟むのはやりたくてやっているわけではありません。専務は崇さんの性格をご存じで、直接崇さんにおっしゃらないのは私を利用するためです」

「……菜々!」

「崇さんは芽の出た全ての苗を、自分から間引きはできない。清家に負けたくないという気持ちもあって、特に新分野の研究は全て手の内に入れようとするだろうと……おっしゃっておられました」

「確かにそうだ。その通りだが、清家だけではない、こういう新しい分野は最初に資金を援助したほうがあとで……」

「父のところのものに関しては……いくら私がいても、父は研究所内の会議で公平に決めると思います。父はそういう人です」

「……菜々」

「でも、崇さんや……榊原にとって不利益になるようなことを父の研究所で決断するようなら、私も黙ってはいません」

 崇さんは私を膝にのせると呟いた。

「わかってはいるんだ。全部は無理だ。業務部からも限度額の相談話はきている」

 私は崇さんに言った。
 
「鷹也さんがこの間言ってましたよ。崇さんは気になるものや自分のものを人に譲るのが大嫌いだと……でも全部は無理です。例えばあなたの興味を引く女性がこれからも出てくるでしょう。その人達を全部人に取られたくないから囲うんですか?」

 崇さんは笑い出した。そして、私の手を握った。

「そうだな。例えが悪いが言いたいことはわかる。一族経営を少し変えたいのは、風通しを良くするためだ。俺のブレーンを若い人間にもっと増やして、直言できるようにしないとダメだな」

「崇さんがやりたいことを全部やるのはまだ早いそうですよ。徐々に……と伝えてと言われました」

「まずは、専務を戻すところからやらないとダメだな。総帥継承まで半年以上ある。そこから徐々にだな」

「ええ。徐々にいきましょう。私のこともそうですよ」

「え?」

「総帥もおっしゃっておられましたが、今はお仕事に集中すべきです。そうじゃないと、崇さんは全部をきちんとやろうとするでしょ?ちなみに婚約も指切りで出来るようなおうちではありません」

「それはこのあいだ母にも言われた。結納とかも準備にすごく時間がかかると……」

「そうらしいですよ。お金がすごくかかるそうです。私はやらなくてもいいんですけど……とりあえず、総帥になることもお金がかかりそうですから、そっちに注力しましょう」

「菜々は俺にとってどういう存在か最近よくわかってきた。今日のこともそうだ。実は菜々自身が俺の土で、太陽なんだよ。お前がいなければ俺は所詮、種のままで終わりだな」

「私にとっての崇さんも太陽です。そうだ、私も自分のものを人にあげるのは好きじゃありません。いくらセロムの櫛引社長があなたを誘惑して元サヤを狙っていたとしても、私はあなたを貸す気はありません」

「菜々、おい、な、何を言ってるんだ?元サヤって……」

「櫛引社長から言われました。まだ婚約前なんでしょ、私にも権利があるわねって……」

 櫛引社長は元カノだったそうだ。この間アポを取るフリをして電話をしてきた。鷹也さんの言うとおり、年上。熟女ではなかったけれど……。私は彼の胸に腕を回して抱きついた。

「櫛引社長に崇さんはあげないから。私のものです」

「菜々は馬鹿だな」

「え?」

「それはお前のことだよ。彼女、お前を秘書に欲しいっていってたんだ」

「……は?」

「お前のコーヒーが美味しいのと、いつも彼女の好きな菓子をキチンと選んで出してくれるって褒めていた。話が面白いのも気に入ったんだってさ」

「うそ、そんなこと言ってませんでした。それって、あなたから私を引き離す作戦ですよ!」

「まあ、そうかもしれないな……どうでもいいけど……」
 
 急に彼の唇に口を塞がれた。

「……ん……ん、ん……」

「……愛してる菜々。他には見向きしないし、お前は渡さないから安心してろ」

 そう言うと、彼は引き出しから箱を出してきた。

 色々と変更をしたせいで、できあがりが大分遅くなってしまった。でも私の欲しい形のリングになった。派手ではないが、普段使いが出来る。

 ようやく出来てきたそれを、彼は私の左手の薬指にそっとはめた。

「結婚前にはもっと大きいキラキラしたやつを俺が選んでやる。これは菜々の希望であんまり大きくはないけれど、少なくとも虫除けにはなるだろう」

「……崇さん」

「もちろん、俺の虫除けにもなる。菜々とはハリセンボンを飲む指切りげんまんをしたと言うからな。それに俺の彼女はけっこう嫉妬深い。初めて知ったぞ」

 彼は私を抱きしめた。私はお願いがありますと彼に言った。

「崇さん。今日こそ、あのレストランに行きたいの!」

 私達は、二人で食事に行ったり、飲みに行ったりが大好き。最初にそれがきっかけで距離が縮まったので、今でもふたりでふらりと飲みに行く。

 ところが、最近ずっと忙しくて、狙っていたお店も行く暇がないのだ。お休みもこうやって煩悩にさいなまれ終わっていく。今日こそは行きたいと思っていたのだ。

「わかったよ。よし、オシャレしてくれ。そしたら連れて行く」

「何ですかそれ?」

「前みたいにしてくれ。ああいう菜々の姿がそそる。楽しみだな。こういうのが俺の肥料になるんだよ」

「?……もう、訳がわかりません」

「さて、食いしん坊の菜々に俺からも肥料をあげよう。今日は好きなだけ飲んで食べていいぞ」

「本当に?期間限定のスペシャルデザートを付けてもいいですか?実はそれが食べたくて……」

「肥料だからな。いいぞ」

「食べ物は肥料じゃありません」

「……チュッ」

「もう!すぐごまかして……」

「菜々の好物は俺のキス。さてと……俺もおしゃれするとしようかな」

 そう言って、ふたりで着替えるために部屋へ戻った。

 一体、花が咲くのはいつになることやら……私の栽培のお仕事はまだまだ続きそうだ。

 
 
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