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第一章
五ノ巻ー作戦会議➁
しおりを挟む兄上は、私を見てため息をついた。
確かに私は修行が嫌いで、父上に適当に理由をつけて逃げ回っていた。母上が早くに亡くなり、家のことを萩野と一緒にやってきたせいもあり、家業は優秀な兄上任せだった。
まさか、こんな日がくるとは思わなかったのだ。もう少し修行しておけばよかった。こういうのを後の祭りというのだ。
「まあ、お前は何も視えないという訳ではない。お前の周囲の気配に気づくくらいの大物はきっとすぐには仕掛けて来ないだろう。小者であれば、逆に対処できる」
「……ありがとうございます、兄上」
にっこりと微笑んで兄を見た。兄は目を見開いて息をのんだ。
「夕月お前……これは晴孝の気持ちが少しわかる」
小さい声で最後に何事か言う。何だろう。
「鈴」
「にゃあ(はい)」
鈴が右手を挙げた。ついでに顔を掻いている。
「お前の配下を相当数配備せよ。先ほど言った忠信親子、朱雀皇子自身、静姫に、夕月。そして、連絡のために白藤のところにも一匹入れろ」
「にゃにゃ……」
右手を二度掻いた。了解しましたという意味だ。鈴は変化が得意ではない。身体も小さいので体力を消耗することはやりたがらない。私達は鈴の話す言葉がわかるのでまあ、許されている。
「よいか、あちらにいる猫とあやかし猫でいちゃつくのは禁止だと告げておけ。毛並みのいい猫が多いはずだ。惚れっぽいあやかし猫は対象から排除しろ」
「にゃにゃあ(面倒だな)」
「だが、おそらくエサは上等だ。そうやって誘いを掛けろ。そして本当に力のある惚れにくい猫だけにしろ。数はいらないから、使えるものだけにするのだ」
「にゃ(はい)」
「権太」
「へい、旦那様」
「お前は夕月付の小姓とする。そして、外回りは全てお前がついていけ。常に狸のあやかしを近くにつれておき、何かあれば数人で夕月を守れ。相手の悪い奴には怪我をさせず、後から叩いていつものように昏倒させろ」
「へい」
「毎日、式神をそちらへ回しておく。私の把握のためだが、急ぎの場合はすぐに連絡をよこせ」
「へい」
「白藤も同様だ。鈴の配下を使って連絡をよこしてもよい。鈴とは仲良く連携しろよ。喧嘩したらお前とはしばらく口をきいてやらんからな。しっかりやれ」
白藤は驚いて目を赤くした。兄上は本当に人が悪い。あやかしになったほうがいい。人間としては意地が悪すぎる。
「あい、仲ようやりやんす。ああ、可愛いね鈴……」
急に白藤が変な微笑みを浮かべた。仲良くしようと鈴を褒めだした。気持ち悪い。
「にゃ?!(へ?!)」
驚いた鈴が腰を抜かしてしまった。後へひっくり返った。
「鈴もだぞ。白藤に喧嘩を売ったら許さないからな。もしわかったら、猫のあやかしの棟梁を百舌に代えるぞ。式神が見ている。ズルをするなよ」
鈴は猫だから隠れるのもうまくて、兄上を騙そうとする。
だが、兄上の紙式神が鈴の腹の後についていたりして、前も悪事は全て筒抜けだった。
その時は兄上の命で、一週間百舌に仕事を取られて泣きべそかいていた。百舌は鈴のライバルだ。兄上付きのあやかし猫だ。
兄上は本当にずるい。これで鈴は真面目にやるだろう。
「にゃ!にゃにゃ!(わかった!仲良くやる!)」
「夕月」
「はい」
「……静姫を頼んだぞ」
兄上……遠くを見ながら言う。
兄上の気持ちはやはり姫様にある。姫様と数日話をして、姫様の心のうちにも兄様が住んでいるのはわかった。
「もちろんです。ご安心下さい。夕月は兄上様と姫のため、おふたりを繋げる橋となりましょう。そしてこの身に代えても静姫をお守り致します」
「身に代えてはダメだ。言っただろ」
「……そうはいっても、夕月はそのために行くのです」
「お前が身に代えたら……あいつが怒る。連絡をくれたら対処は私がする。巻き込まれる前に連絡しろ」
私は小さく頷いた。ここはできなくても頷いておくしかない。
大体、事前に察知して連絡なんて……そんな難しいことできるわけがない。
まあ、なるようになるだろう。前向きなのだけが私の取り柄だと父にも言われてきた。
兄は私を能天気と言っていたが、明るく、そして天気がいいのはいいことだと気象を占う父が笑いながら言っていたことがある。私もそう思う。
その夜はそのまま久しぶりに自邸で休んだ。だが、日が昇る前に戻らねばならない。
藤野に起こされて、男君達が退出する時間を見計らい、夜が明ける直前に左大臣邸へ戻った。眠かったし、とても疲れた。
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