18 / 38
第二章 中宮殿
一ノ巻-気がかり②
しおりを挟むそうなのだ。兄上は最近、私に直で晴孝様と顔を合わせることを禁じられた。今までは何も考えずお目にかかれたというのに、なぜか最近は姫扱いで御簾越しにしか会えない。
まあ、本来の姫であれば直にお話をすることもできないが、それは許されているのでふたりでお話をする。私にとっては幸せな時間。私は彼の姿を見ることができるが、彼は私を見ることができなくなった。
私の姿を見るには、夜においでくださるしかない。そうすれば、燭台の灯りで私の姿がぼんやりとでも御簾越しに見える。あとは……男女の仲になり、御簾をくぐるしかない。
兄上は私をきちんと姫として扱い、晴孝様に簡単に渡さないと示したのだ。そうすることで周囲に、私を娶りたくばきちんと習わし通りに通って、兄である自分にも誠意を見せて交際の許しを乞えと言っているのだ。
またそうしてこそ、周囲の者も親なし娘として私を軽々しく見ない。いずれ私の父親代わりとして、恥ずかしくないようにしてから私を嫁がせたいと思ってくれているのだ。
「あなたが私の義妹となってくれたら、どれほどうれしいか……」
「姫様。私こそ、姫様と兄上様とのことのほうが……」
そう言うと、姫様は顔を扇子で隠してしまわれた。恥ずかしそうにしておられる。可愛らしい。
「兄上様は静姫様が次の縁談が来る前に、御殿でのお仕事をお引き受けになり、正式に姫様とのことを左大臣様にお認め頂きたいと思われているようです」
兄は最近精力的に姿を現している。今まではわざと神社にこもっていたのだ。だが、静姫をほかの男君に渡せないと思ってからは、姫様に歌を定期的に送り、求婚するために段階をきちんと追っている。
「わたくしは、何を言われようと今はあの方以外の殿方へは心が動きません。歌を頂くようになり、幸せです。昔を思い出しています」
「それは嬉しいお言葉です、姫様これを兄から預かってまいりました」
私は胸元から梅の枝のついた文を姫様の前に出した。今日は兄の文使いでも来たのだ。私はなんて良い妹なのか……。
「まあ、ありがとう夕月。実はわたくしも準備してあったの」
そう言うと、後ろの見事な文様の入った文箱から、透かしの入った紙を結んだ文を私の前に置いた。手に取ると、とても良い香りがする。紙に姫様の香を焚き染めたのであろう。
「……ふふふ。おふたりは考えていることが一緒ですね。うらやましい」
「もう、夕月ったら……でもお願いね」
「はい。もちろんです。兄上様にお渡しいたします」
恥ずかしそうな姫を見ながら私は聞きたかったことを口にした。
「先ほど、こちらに入る際、清涼殿の上臈女房様とすれ違いました。女の童も連れていましたが、何かあったのですか?」
静姫は驚いた顔をして私を見ると、うなずいた。
「伯母上様は最近急になぜかお加減がすぐれず、寝たり起きたりなの。朱雀皇子の東宮廃位により、お子の京極皇子が東宮に立たれることがほぼ決まっているけれど、その準備が何もできず止まっているの。それで清涼殿の御上もご了承とのことで中宮殿へ私にきてくれないかとのご依頼の文だったのよ。父の手前、正式な御上経由のご依頼として清涼殿の上臈女房が来たのよ」
あの問題で御上は朱雀皇子の東宮廃位を先ほど決心された。次男である京極皇子は左大臣の姉である中宮の皇子。静姫にとっては従弟にあたる。京極皇子は姫の妹である奏姫とは恋仲だ。
「そうでしたか。中宮様としては宮中のしきたりに明るく、そのうえ、上臈女房を束ねられる姫といえば、静姫様しか思い浮かばなかったのでしょう」
「そうね。お気持ちはわかるので、京極皇子のためにも近いうち中宮殿に参上することとなりそうなのよ」
御上には男子のお子が三人おられる。朱雀皇子、京極皇子、先月生まれたばかりのまだ幼い藤壺皇子だ。皇子は一年半ほど前に入内した蔵人の頭の娘である藤壺尚侍の皇子だ。今はその若い尚侍が御上の寵愛を独占していると聞いている。
「……尚侍のお父上は武門のお家柄でしたよね」
「そうね。でもお母上はあなたと同じように神社の巫女だったと聞いているわ。吉野にある神社で戦祈願をしてもらったときに偶然蔵人の頭が見染めたとか。あの辺りでは有名な恋の話になっているそうよ。娘が入内し今や寵姫となっているからかしら……」
私はその話を聞いて、嫌な予感がした。もしや……。私は静姫のお顔を見て言った。
「姫様。あの上臈女房についていた女の童ですけれど……気になることがありました。戻りまして兄上と相談いたしますが、中宮殿に入るのは少しだけお待ちください」
「……え?」
「どうしても中宮殿へ上がるのであれば、一緒におつきの女房としてこの夕月をお連れください」
「夕月、うれしいわ。そうしてくれたらどんなにか助かるかしら。志津はここの管理のために残すかもしれないの。父上のことも私が母上のかわりに見ていましたので、志津が必要なのよ」
「兄上に戻り次第お許しを頂戴しますので、今しばらくお待ちくださいませ」
すると、御簾越しに衣擦れの音がした。そしてぱちりと扇子を閉じる音がした。
「夕月。また、君は何かする気だな?私は心配で夜も眠れないぞ」
御簾の外には直衣姿もまぶしい、晴孝様が立っておられた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。
しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。
無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。
『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。
【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる