平安事件絵巻~陰陽師の兄と妹はあやかし仲間と悪人退治致します!

花里 美佐

文字の大きさ
27 / 38
第二章 中宮殿

五ノ巻ー準備②

しおりを挟む
 

 中宮様のもとへ赴く前。

 兄上が左大臣邸に訪ねてきた。しかも、静姫様との御簾越しでのお話の後だった。それを見に行くときかない鈴を、兄上にばれたら怒られるから見つからないようにねと言ったら、静姫の几帳の外から覗いていたらしい。

「にゃ、にゃにー、にゃん!(兼近、真っ赤だったぞ、笑える!)」

 今までになく鈴が後ろ脚で立ち上がり、腕を振り回して私に興奮して言った。あまりのことに、近くにいた女房仲間が驚いている。

「鈴ちゃん、どうしたの?ごはんもらえなかった?私があげましょうか?」

「あ、違います。すみません。ちょっと興奮したようで」

「……興奮って、そういう季節なの?」

「にゃあ、にゃん、にゃにゃ!(違う、発情しているのは私ではなく兼近だ!)」

「……鈴……」

 すると、女房の部屋の御簾越しに懐かしい嗅ぎなれた香り。衣擦れの音がして皆がざわざわとした。

「どなた?素敵な方ね」

「こんな明るい時分から来られるなんてどちらかのお使者ではないの?」

 女房達が中から兄上を覗いて囁き合う。そう、わが兄上は美しい。晴孝様にも劣らない。内裏や陰陽寮に入るにあたり、兄上の装いも一変した。妹ながら、こんな立派な兄上だったと見とれたほどだ。これなら静姫も兄上にさらにお気持ちが傾かれるだろう。

 こういうときのため、父上が兄上のために金子を準備されていたそうだ。兄上はそれを使い、思い切って参内用に装束をすべて新調した。

「夕月」

 小さく私の名を呼ぶ。周りは私を一斉に振り向いて、どういうことだと見つめた。

「兄上様」

 立ち上がり、御簾側へ移る私を見て、皆そういうことだったのかと口々に話し出した。自分たちを紹介してもらおうという魂胆だ。ところが、志津さんが御簾内に入られてひとこと。

「みなさん、姫がお呼びです。あ、夕月さんは兄上様とお話なさい。久しぶりに積もるお話もあるでしょうからと姫から伝言です」

「ありがとうございます」

「ごゆっくり」

 志津さんはにっこり笑い、皆を引き連れていなくなった。私と鈴。兄上と側には旭丸がいる。

「鈴……聞こえていたぞ」

 びくっと毛を逆立てた鈴は私の後ろへ隠れた。

「兄上。そのように凄まれずともよろしいではございませんか。そのご様子、さぞ楽しまれたのでしょう」

「お前にそんなことを言われる日が来るとはな。入った瞬間ゆかしい香の薫が漂い、心が洗われた。姫と御簾越しでお話できるのは素晴らしい。聞きたいことがすぐに聞ける。やはり、思い切って参内を決めてよかった」

 兄上の輝くような笑顔。これは鈴でなくてもびっくりだ。妹だがこんな顔見たことなかった。鈴が小さく後ろでにゃあと鳴いた。ほら見ろというわけだ。本当にその通りだよ、鈴。私は鈴を後ろ手で撫でてやる。彼女は身体を摺り寄せてきた。もふもふだ。

「それはよろしゅうございました。姫様も兄上様同様にさぞお喜びかと存じます」

「それで、鈴どうだ?少しはわかったか」

 周りに人がいないので、鈴は人の言葉を使った。

「まだ入って三日だ。思った以上にうちの配下ではないあやかしがいる。邸内だけでもかなりの数で、私の配下をさらに増やした。今、弘徽殿や藤壺にも入らせている。争うなと言ったのだが、あちらに気づかれ仕掛けられて怪我をしたものがすでにいる。難しくなってきた。少し待ってくれ」

「やはりな。吉野神社は調べた。夕月、藤壺尚侍はお前では太刀打ちできないやもしれぬ。結構力があるとわかった。その力を使い御上を虜にしている可能性も出て来たな」

 私と鈴は驚いた。ふたりで目を見合わせた。

 旭丸が言う。

「俺の配下が嗅ぎまわったところ、あそこの娘はかなりの力を持っていたとのことだ。式神を使っているところも見たことがあると言っていた。あやかしもあの娘が直で配下にしているのが何体もいるらしい」

「……あ、兄上、どういたしましょう……私、修行しなおしましたが、ご存じの通り、式神など遣えようもなく……」

「夕月のことはわかっているから別にいい。私が守る」

 鈴が言う。びっくりだ。目が輝いている。

「鈴。お前、そこまで言い切れるとはどういうことだ?」

「私は少なくとも以前よりできるようになった。我らあやかし猫数体で戦うすべも考えてきた。でも、もちろん兼近が助けてくれるんだろ?」

 鈴は顔を搔きながら、兄上をちろりとながめた。

「ああ、もちろんだ。想像以上の結果でこちらも考えないと動けない。これは総力戦となろう」

「兄上。どうなさるのです?」

「とりあえず、藤壺尚侍が自分から動いたのか、父のいる吉野が主導したのかを見極めねばならない。さらには、中宮様の呪詛も何なのか、夜に祈祷をさせていただき調べねばならぬ」

「はい」

「中宮様がお前とふたりで会いたいとご希望のようだな」

「はい。そう言われました。兄上、御上に何を奏上されました?」

「知らなくてよい。お前はとりあえず、私が明日の夜から中宮様の寝殿で夜呪詛払いの祈祷をするとお伝えしろ。準備をしていただかねばなるまい」

「はい。藤壺尚侍に会うのが私の役目ですね」

「お前の身分では会うのは叶うまい。先ほど、静姫に中宮殿へ入ったご挨拶という名目でご機嫌伺いに藤壺へ行っていただくよう頼んできた。お前を連れて行ってもらう」

「なるほど。さすが兄上様」

「何を褒めている。それでだな、鈴もついて行けよ」

「もちろんだ。そこまでなら常に即戦力で行く。数体引き連れて静姫も守る故安心せよ」

「……は、鈴。お前言うようになったな。まあいい。さすがにご機嫌伺いの意味をあちらもわかっているだろうし、あちらはお前に興味があってこちら同様に観察してくるだろう。さすがに当日静姫の前で何かするとは思えないが念のためだ」

「え?」

「うちの伝来の香木を準備していけ。いざとなればそれを使うのだ。」

 伝来の香とは父上が作っていたうちの神社以外の邪悪なあやかしを防ぐための香だ。父上は兄上ほどの力がなく、邪悪なあやかしと戦うことをおそれ、それらが嫌う香木を燻して神社の周りに札以外の結界を作っていた。

 うちの配下のあやかしにはその周辺を歩かぬよう言っていた。

「わかりました」

「中宮様のほうなら材料もすぐに手に入ると静姫から聞いた。今日伺った際に、相談してきなさい」

「はい」

「よいか、夕月。どのような人なのか見てこい。お前は初対面から誰にも好かれる良い娘だと静姫も言っていた。きっと大丈夫だ」

「兄上様ったら、静姫がお世辞を言ったのにも気づかないなんて……でもできるだけやってみます」

「いいか。無理はするな。何かあれば鈴にたよれ。白藤を静姫付女童として外で待機させるゆえ、何かあれば白藤も使えよ。わかったか、鈴」

「あの白藤がおしろいばばあじゃなくて女童になるのか!それは楽しみだにゃー」

 嬉しそうに鈴が走り回っている。まったくもう……。

「夕月。晴孝からも強く約束させられた。お前に怪我させたら絶交だとさ。お前が妹なのに、誰が怪我などさせたいものか。あいつ頭がおかしくなったな」

「……」

「では無理するなよ」

「兄上様もお気をつけて。何かあればご連絡ください」

「ああ」

 兄上は立ち上がり去っていった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。  しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。  無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。  『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。 【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...