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5話 『瑠衣の浮気者』
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ダンジョンの最下層まで落ちた瑠衣たちは、魔族に操られたボスの攻撃に苦戦していた。 ボスを操った魔族は、もう何処にもいないらしい。 上階からわらわらと低級な魔物が沸き、瑠衣たち目掛けて飛び降りて来る。
お貴族様の誤作動を起こしたサーベルは、ダンジョンの地上までぶち抜いたらしく、青空が澄み渡っていた。 各階から沸いた魔物が最下層を嫌な瞳を光らせ覗き込んでいた。
ボスから染みだしている黒いオーラが、他の魔物たちにも感染していくようだった。 見上げた瑠衣は、優斗に指示を飛ばす。
「優斗! 俺が雑魚を吹き飛ばす! お前はボスをやれ!」
「分かった。 フィル!」
「りょうかい!」
フィルが銀色のスライムに姿を変えて優斗の頭の上に飛び乗る。 瑠衣が弓を上空に向けて構えると、仁奈たちは華の結界内に移動した。 全身に魔力を巡らせ、弓に魔力を流す。
矢の先に、ユリを模した魔法陣が展開された。 瑠衣の身体から大量の魔力が抜けると、周囲の空気が振るえる。 瑠衣の周囲に空気の波紋が拡がり、魔法陣にも暴風が吹き荒れる。 脳内に浮かんだ言葉を、瑠衣は心の中で呟いた。
『全てを吹き飛ばせっ!!』
矢を放つと、吹き荒れる暴風が放たれ、最下層のボス以外の上階に居た低級魔物が全て吹き飛んでいった。 瑠衣の放った魔法はダンジョンの入り口も吹き飛ばし、空高く上がった。
魔物たちが切り刻まれ、魔法石に変わり、壊されたダンジョンの周辺や、瑠衣たちが居る最下層まで降り注いだ。 そして、バルドたちの叫び声も聞こえてきた。
崩れた瓦礫を足場に、ボスまで跳躍した優斗が頭頂部に飛び乗ると、強化した木刀を突き刺す。 木刀が音を立てて氷を纏い、桜の花びらが舞った。 優斗の瞳がキラリと光りが宿った後、凍結の魔法が発動される。
一瞬でボスが音を立てて凍りつき、ボスと辺り一面から氷の棘が飛び出し、氷の世界に変わった。 凍結したボスは音を立てて砕け散った。 砕け散ったボスの氷の欠片は、床へ落ちる前に魔法石へと変わる。
フィルが器用に舌を拡げ魔法石を飲み込み、フィルが拾いきれなかった魔法石を皆で拾う。 この世界では、魔法石は色々な所で使う為、いくらあっても足りない。 瑠衣の魔法で脆くなっていたダンジョンは、優斗の凍結の魔法で完全に壊れてしまった。 凍結された氷が崩れていく。
「ヤバい!! ダンジョンが壊れる!」
優斗の声に皆が周囲を振り仰ぐ。 仁奈が口笛を吹くと、遥か上空から巨大な鷹がダンジョン内に降りてきた。 ダンジョンが崩れる音でお貴族様が気絶から気が付いたのか、2メートル級のスライムに変身したフィンの中で叫び声を上げている。
「雷神!! 皆を乗せてここから出るよ!」
雷神と呼ばれた巨大化した鷹は、仁奈が異世界に来て雛から育てた従魔だ。 全員を背中に乗せ、風神とお貴族様、護衛を体内に入れたフィンを雷神の足が掴んだ。
ギリギリで、ダンジョンが崩れる前に飛び立つ事が出来、無事にダンジョンを抜け出した。 地面には、ぽっかりと開いた大穴が口を出していた。 下にはバルドたちや大勢の冒険者たちが上空を見上げている。
「あ、やばっ! バルドさんだっ! あの顔は怒ってるなっ」
「ははっ。 うん、すっごい怒ってるなっ」
瑠衣の前で座る優斗が乾いた笑い声を出した。
「ま、皆、無事だし、いいんじゃない?」
皆の先頭に座り、あっさりと宣った仁奈に全員が苦笑を漏らす。 仁奈以外の表情には『良くないんだけど』とありありと出ていた。 バルドに怒られる覚悟を決めて地上に降りた。
地上に降り立つと、お貴族様をフィンから開放する。 直ぐに婚約者が駆け寄って来た。 令嬢の目は、恐ろしく釣りあがっていて、令嬢を見たお貴族様は『ひぃ』と小さく悲鳴を上げていた。 尻に引かれそうなのが目に視えて分かった。
「お前らっ! これで何個目だ!! これ以上、ダンジョンを壊すなと言っておいたはずだが」
バルドのデカい声に『羽根飛び団』の面々は、飛び上がって直立不動になった。 次は『羽根飛び団』が悲鳴を上げる番だった。 黙り込んだ『羽根飛び団』の中で、声を出したのは優斗だった。
「バ、バルドさん。 これには訳があってっ」
わざとらしく溜め息を吐いたバルドは、諦めた様に言った。
「まぁ、壊してしまったものは仕方がない。 数か月したら、ここに新たなダンジョンが出来るだろうしな。 ただ、初心者の攻略出来るダンジョンが減っただけだ」
「「「「すみませんっ」」」」
皆で謝ると、バルドは『次は許さんぞ』と釘を刺し、食堂まで帰って行った。 バルドは冒険者たちを仕切っているお偉いさんだ。 恐縮する瑠衣たちの横で、お貴族様たちはイチャつき出した。
((おいっ! どこが相手にされてないだ! 令嬢の方も、満更でもない感じじゃないか! 俺らは何を見せられてんだよっ!!))
瑠衣と優斗は、お貴族様たちの様子にガックリと肩を落とした。 令嬢は俗にいう『ツンデレ』なだけだった。 項垂れている瑠衣と優斗の背後から明るい声がかかった。
「相変わらずすげぇな。 お前ら」
振り返ると、そばかすを散らした顔の爽やかな青年が立っていた。 全く似ていないが、バルドの1人息子だ。 父親と一緒に新人の育成に来ていたらしい。
バルドは身体も大きくて豪快な人柄だ。 息子のボルドは、気さくで明るくて、気のいいお兄さんだ。 瑠衣たちより1つ年上で、冒険者をしていた頃から世話になっている。
「なぁなぁ、ルイ、ユウト。 この後、あそこ行こうぜ」
ニヤリと嗤ったボルドに、瑠衣と優斗はピンと来た。
「あ、俺は結婚したし。 元々、そんなとこに行く気ないからっ。 それに嫁が晩ご飯作って待ってるからっ」
優斗はチラリと華を見て気にしている様だ。 華たち女性陣は勘が働いたのか、訝し気に目を細めてこちらを見ている。 瑠衣の目には、仁奈の表情が『瑠衣の浮気者』と責めている様で頬が引き攣った。
ボルドが言う『あそこ』とは、男女が出会う酒場だ。 日夜、老いも若きも出会いを求めて集まり、賑わっている。 ボルドが最近嵌っているらしく、前に一度無理やり連れて行かれた。
優斗は女子を寄せ付けてなかったが、瑠衣はそこそこ楽しんでいた。 チラリと瑠衣は仁奈を見た。
「俺もパス。 そんな気にならん。 ボルド1人で行けよ」
「そんなこと言うなよ。 お前らがいないと女の子が寄って来ないだろっ」
「ボルドなら1人でも大丈夫だってっ! じゃ、俺は用があるからっ」
優斗はそそくさと華の所まで行ってしまった。 瑠衣も優斗の後を追うつもりだったが、ボルドに肩を掴まれてしまった。 細身のボルドには似つかわしくない力強さだった。
「ちょっと待て!! 俺は行かないってっ」
「まぁまぁ、ユウトは嫁がいるから仕方ないけどさ。 ルイはフリーだろう? 行くぞ。 ってか、離さないからなっ」
ボルドの妖しく光る瞳に瑠衣はたじろいだ。
(くそっ! こうなったら頃合いを見て抜け出すか)
瑠衣は力強いボルドにズルズルと引きずられていった。 そんな瑠衣を残った面々は、可哀そうにと眺めるだけだった。 仁奈の瞳には軽蔑の色が滲んでいた。 ボルドに捕まると中々帰れない上に、絡み酒で面倒なのだ。
――案の定、瑠衣はボルドに絡まれ、中々帰してもらえなかった。
瑠衣は朝方近くに隠れ家へ戻り、昼過ぎまで寝込んでいた。 瑠衣の部屋の扉を乱暴に叩く音が響く。 二日酔いの頭に響き、呻きながら目が覚めた。 頭が鐘を鳴らすように痛み、脳が伸縮する感覚に襲われる。
「瑠衣! 起きてる? もう、お昼だよっ」
扉を叩いていたのは、仁奈の様だ。
「開いてるよ~」
瑠衣はベッドから抜け出せず、気だるい様子で返事を返した。 扉の開く音がすると、ベッドに近づいて来る足音が耳に届く。 ベッドの横に置いてあるチェストの上に、お盆の置かれる音が鳴った。 野菜スープのいい匂いが、瑠衣の所まで漂って来た。
「瑠衣、大丈夫? 二日酔いの薬、華が作ってくれたから飲んで。 スープ飲めそう?」
瑠衣が重い瞼を開けると、仁奈は視線を逸らした。 少し不機嫌な仁奈の横顔に、笑いを零した。 熱を測ろうと、瑠衣のおでこに伸ばしてきた仁奈の手を引っ張った。 バランスを崩して覆いかぶさって来た仁奈を捕まえる。 瞳を大きく開いて見つめて来る仁奈を、瑠衣は強く抱きしめた。
「ごめん。 上手く断れなかった。 仁奈が心配するような事はなかったから」
仁奈は瞳を閉じて瑠衣に体重を預けてきた。 お互いの首筋に息がかかる。
「瑠衣、お酒臭いっ」
「ごめん」
仁奈が瑠衣を受け入れられない理由は、瑠衣の女癖の悪さだった。 昔からそういう所のある瑠衣を、仁奈はとても軽蔑していた。 仁奈の家庭環境もあるのだが、随分前から瑠衣の事を好きになっている自覚はあった。
しかし、素直になれないでいた。 瑠衣の意外に逞しい胸板に心地よさを感じ、仁奈の胸の鼓動が速くなった。
仁奈の気持ちを察していた瑠衣は、仁奈を無理やり自分のものにはしなかった。 ただ、仁奈が素直になるのを待っていた。
――隠れ家の裏庭にある露天風呂の鹿威しが『かぽ~ん』と鳴った。
露天風呂は時には女子会、男子会など、内緒の話をする場にかわる。 この日も、仁奈と華、フィンの3人で自然と女子会になっていた。
「ねぇ、仁奈に一度訊きたかったんだけど」
岩で出来た露天風呂に浸かり、いい湯加減に華の頬がピンクに蒸気して、とても可愛いと仁奈は心中でつこっみを入れた。 華の質問のタイミングで『かぽ~ん』と、また鹿威しが鳴る。
「何?」
「本当の所、瑠衣くんの事どう思ってるの?」
華とフィンは、瞳を輝かせて仁奈を見つめて返事を待っている。
(華、自分以外の事だと直球なのねっ)
「まぁ、好きかなっ。 でもなぁ」
「そうなんだ。 良かった、仁奈には幸せになって欲しいんだ」
華はにこにこしながら喜んでいる。 サラサラと顎で切り揃えた華の髪が揺れた。 仁奈は華の様子に、眉尻を下げた。
「でも、どうしても瑠衣の前だと素直になれないんだよねっ」
仁奈の視界にフィンのドアップが映る。
「でも、ニーナ。 そんな事言っていたら、気づかないうちに横から取られちゃうわよ。 ルイだって、ユウトには負けるけど、女の子にモテるんだから。 それにルイは女慣れしてるし、不自由してなさそうだし」
(最後の方、悪口みたいになってないっ?)
フィンはふわふわの銀の髪をタオルで巻いてアップにしていた。 大人っぽく見えるが、訳知り顔で10歳児にしか見えない少女が言うセリフではない。 フィンの様子に、仁奈と華からは苦笑しか零れなかった。
「あ、そうだっ。 明日、瑠衣くんとデートすればいいよっ」
華が今思いついたかのように、雑な感じで仁奈に話を振って来た。 華の棒読みに、仁奈はいったいどうしたと驚いた。
「華?!」
「そうね、それはいい考えかもっ」
フィンも同じように棒読みで賛成する。 これは絶対に誰かに頼まれたな、と仁奈は誰の差し金か理解した。 仁奈は目を細めて呆れた顔を華とフィンに向ける。
「分かったわ。 誰かさんに行くわって言っておいて」
『だ、誰にも頼まれてないよ。 ね、ね! フィン』と分かりやすく華とフィンは動揺した。 フィンも慌てて『うんうん』と頷いた。 瑠衣はきっとお詫びのつもりなのだろう、そして自分は決して浮気者ではないと言いたい様だ。 かくして、明日は瑠衣と仁奈のデートが行われる事となった。
(別に、お詫びとかいいのにっ)
仁奈はそれでも楽しそうに、鼻歌を歌いながら、明日の為に早寝する事を決め込み、露天風呂を出るのだった。 楽しそうにしている仁奈を見た華とフィンが『素直じゃないわね』と苦笑を零した事にも気づいていなかった。
お貴族様の誤作動を起こしたサーベルは、ダンジョンの地上までぶち抜いたらしく、青空が澄み渡っていた。 各階から沸いた魔物が最下層を嫌な瞳を光らせ覗き込んでいた。
ボスから染みだしている黒いオーラが、他の魔物たちにも感染していくようだった。 見上げた瑠衣は、優斗に指示を飛ばす。
「優斗! 俺が雑魚を吹き飛ばす! お前はボスをやれ!」
「分かった。 フィル!」
「りょうかい!」
フィルが銀色のスライムに姿を変えて優斗の頭の上に飛び乗る。 瑠衣が弓を上空に向けて構えると、仁奈たちは華の結界内に移動した。 全身に魔力を巡らせ、弓に魔力を流す。
矢の先に、ユリを模した魔法陣が展開された。 瑠衣の身体から大量の魔力が抜けると、周囲の空気が振るえる。 瑠衣の周囲に空気の波紋が拡がり、魔法陣にも暴風が吹き荒れる。 脳内に浮かんだ言葉を、瑠衣は心の中で呟いた。
『全てを吹き飛ばせっ!!』
矢を放つと、吹き荒れる暴風が放たれ、最下層のボス以外の上階に居た低級魔物が全て吹き飛んでいった。 瑠衣の放った魔法はダンジョンの入り口も吹き飛ばし、空高く上がった。
魔物たちが切り刻まれ、魔法石に変わり、壊されたダンジョンの周辺や、瑠衣たちが居る最下層まで降り注いだ。 そして、バルドたちの叫び声も聞こえてきた。
崩れた瓦礫を足場に、ボスまで跳躍した優斗が頭頂部に飛び乗ると、強化した木刀を突き刺す。 木刀が音を立てて氷を纏い、桜の花びらが舞った。 優斗の瞳がキラリと光りが宿った後、凍結の魔法が発動される。
一瞬でボスが音を立てて凍りつき、ボスと辺り一面から氷の棘が飛び出し、氷の世界に変わった。 凍結したボスは音を立てて砕け散った。 砕け散ったボスの氷の欠片は、床へ落ちる前に魔法石へと変わる。
フィルが器用に舌を拡げ魔法石を飲み込み、フィルが拾いきれなかった魔法石を皆で拾う。 この世界では、魔法石は色々な所で使う為、いくらあっても足りない。 瑠衣の魔法で脆くなっていたダンジョンは、優斗の凍結の魔法で完全に壊れてしまった。 凍結された氷が崩れていく。
「ヤバい!! ダンジョンが壊れる!」
優斗の声に皆が周囲を振り仰ぐ。 仁奈が口笛を吹くと、遥か上空から巨大な鷹がダンジョン内に降りてきた。 ダンジョンが崩れる音でお貴族様が気絶から気が付いたのか、2メートル級のスライムに変身したフィンの中で叫び声を上げている。
「雷神!! 皆を乗せてここから出るよ!」
雷神と呼ばれた巨大化した鷹は、仁奈が異世界に来て雛から育てた従魔だ。 全員を背中に乗せ、風神とお貴族様、護衛を体内に入れたフィンを雷神の足が掴んだ。
ギリギリで、ダンジョンが崩れる前に飛び立つ事が出来、無事にダンジョンを抜け出した。 地面には、ぽっかりと開いた大穴が口を出していた。 下にはバルドたちや大勢の冒険者たちが上空を見上げている。
「あ、やばっ! バルドさんだっ! あの顔は怒ってるなっ」
「ははっ。 うん、すっごい怒ってるなっ」
瑠衣の前で座る優斗が乾いた笑い声を出した。
「ま、皆、無事だし、いいんじゃない?」
皆の先頭に座り、あっさりと宣った仁奈に全員が苦笑を漏らす。 仁奈以外の表情には『良くないんだけど』とありありと出ていた。 バルドに怒られる覚悟を決めて地上に降りた。
地上に降り立つと、お貴族様をフィンから開放する。 直ぐに婚約者が駆け寄って来た。 令嬢の目は、恐ろしく釣りあがっていて、令嬢を見たお貴族様は『ひぃ』と小さく悲鳴を上げていた。 尻に引かれそうなのが目に視えて分かった。
「お前らっ! これで何個目だ!! これ以上、ダンジョンを壊すなと言っておいたはずだが」
バルドのデカい声に『羽根飛び団』の面々は、飛び上がって直立不動になった。 次は『羽根飛び団』が悲鳴を上げる番だった。 黙り込んだ『羽根飛び団』の中で、声を出したのは優斗だった。
「バ、バルドさん。 これには訳があってっ」
わざとらしく溜め息を吐いたバルドは、諦めた様に言った。
「まぁ、壊してしまったものは仕方がない。 数か月したら、ここに新たなダンジョンが出来るだろうしな。 ただ、初心者の攻略出来るダンジョンが減っただけだ」
「「「「すみませんっ」」」」
皆で謝ると、バルドは『次は許さんぞ』と釘を刺し、食堂まで帰って行った。 バルドは冒険者たちを仕切っているお偉いさんだ。 恐縮する瑠衣たちの横で、お貴族様たちはイチャつき出した。
((おいっ! どこが相手にされてないだ! 令嬢の方も、満更でもない感じじゃないか! 俺らは何を見せられてんだよっ!!))
瑠衣と優斗は、お貴族様たちの様子にガックリと肩を落とした。 令嬢は俗にいう『ツンデレ』なだけだった。 項垂れている瑠衣と優斗の背後から明るい声がかかった。
「相変わらずすげぇな。 お前ら」
振り返ると、そばかすを散らした顔の爽やかな青年が立っていた。 全く似ていないが、バルドの1人息子だ。 父親と一緒に新人の育成に来ていたらしい。
バルドは身体も大きくて豪快な人柄だ。 息子のボルドは、気さくで明るくて、気のいいお兄さんだ。 瑠衣たちより1つ年上で、冒険者をしていた頃から世話になっている。
「なぁなぁ、ルイ、ユウト。 この後、あそこ行こうぜ」
ニヤリと嗤ったボルドに、瑠衣と優斗はピンと来た。
「あ、俺は結婚したし。 元々、そんなとこに行く気ないからっ。 それに嫁が晩ご飯作って待ってるからっ」
優斗はチラリと華を見て気にしている様だ。 華たち女性陣は勘が働いたのか、訝し気に目を細めてこちらを見ている。 瑠衣の目には、仁奈の表情が『瑠衣の浮気者』と責めている様で頬が引き攣った。
ボルドが言う『あそこ』とは、男女が出会う酒場だ。 日夜、老いも若きも出会いを求めて集まり、賑わっている。 ボルドが最近嵌っているらしく、前に一度無理やり連れて行かれた。
優斗は女子を寄せ付けてなかったが、瑠衣はそこそこ楽しんでいた。 チラリと瑠衣は仁奈を見た。
「俺もパス。 そんな気にならん。 ボルド1人で行けよ」
「そんなこと言うなよ。 お前らがいないと女の子が寄って来ないだろっ」
「ボルドなら1人でも大丈夫だってっ! じゃ、俺は用があるからっ」
優斗はそそくさと華の所まで行ってしまった。 瑠衣も優斗の後を追うつもりだったが、ボルドに肩を掴まれてしまった。 細身のボルドには似つかわしくない力強さだった。
「ちょっと待て!! 俺は行かないってっ」
「まぁまぁ、ユウトは嫁がいるから仕方ないけどさ。 ルイはフリーだろう? 行くぞ。 ってか、離さないからなっ」
ボルドの妖しく光る瞳に瑠衣はたじろいだ。
(くそっ! こうなったら頃合いを見て抜け出すか)
瑠衣は力強いボルドにズルズルと引きずられていった。 そんな瑠衣を残った面々は、可哀そうにと眺めるだけだった。 仁奈の瞳には軽蔑の色が滲んでいた。 ボルドに捕まると中々帰れない上に、絡み酒で面倒なのだ。
――案の定、瑠衣はボルドに絡まれ、中々帰してもらえなかった。
瑠衣は朝方近くに隠れ家へ戻り、昼過ぎまで寝込んでいた。 瑠衣の部屋の扉を乱暴に叩く音が響く。 二日酔いの頭に響き、呻きながら目が覚めた。 頭が鐘を鳴らすように痛み、脳が伸縮する感覚に襲われる。
「瑠衣! 起きてる? もう、お昼だよっ」
扉を叩いていたのは、仁奈の様だ。
「開いてるよ~」
瑠衣はベッドから抜け出せず、気だるい様子で返事を返した。 扉の開く音がすると、ベッドに近づいて来る足音が耳に届く。 ベッドの横に置いてあるチェストの上に、お盆の置かれる音が鳴った。 野菜スープのいい匂いが、瑠衣の所まで漂って来た。
「瑠衣、大丈夫? 二日酔いの薬、華が作ってくれたから飲んで。 スープ飲めそう?」
瑠衣が重い瞼を開けると、仁奈は視線を逸らした。 少し不機嫌な仁奈の横顔に、笑いを零した。 熱を測ろうと、瑠衣のおでこに伸ばしてきた仁奈の手を引っ張った。 バランスを崩して覆いかぶさって来た仁奈を捕まえる。 瞳を大きく開いて見つめて来る仁奈を、瑠衣は強く抱きしめた。
「ごめん。 上手く断れなかった。 仁奈が心配するような事はなかったから」
仁奈は瞳を閉じて瑠衣に体重を預けてきた。 お互いの首筋に息がかかる。
「瑠衣、お酒臭いっ」
「ごめん」
仁奈が瑠衣を受け入れられない理由は、瑠衣の女癖の悪さだった。 昔からそういう所のある瑠衣を、仁奈はとても軽蔑していた。 仁奈の家庭環境もあるのだが、随分前から瑠衣の事を好きになっている自覚はあった。
しかし、素直になれないでいた。 瑠衣の意外に逞しい胸板に心地よさを感じ、仁奈の胸の鼓動が速くなった。
仁奈の気持ちを察していた瑠衣は、仁奈を無理やり自分のものにはしなかった。 ただ、仁奈が素直になるのを待っていた。
――隠れ家の裏庭にある露天風呂の鹿威しが『かぽ~ん』と鳴った。
露天風呂は時には女子会、男子会など、内緒の話をする場にかわる。 この日も、仁奈と華、フィンの3人で自然と女子会になっていた。
「ねぇ、仁奈に一度訊きたかったんだけど」
岩で出来た露天風呂に浸かり、いい湯加減に華の頬がピンクに蒸気して、とても可愛いと仁奈は心中でつこっみを入れた。 華の質問のタイミングで『かぽ~ん』と、また鹿威しが鳴る。
「何?」
「本当の所、瑠衣くんの事どう思ってるの?」
華とフィンは、瞳を輝かせて仁奈を見つめて返事を待っている。
(華、自分以外の事だと直球なのねっ)
「まぁ、好きかなっ。 でもなぁ」
「そうなんだ。 良かった、仁奈には幸せになって欲しいんだ」
華はにこにこしながら喜んでいる。 サラサラと顎で切り揃えた華の髪が揺れた。 仁奈は華の様子に、眉尻を下げた。
「でも、どうしても瑠衣の前だと素直になれないんだよねっ」
仁奈の視界にフィンのドアップが映る。
「でも、ニーナ。 そんな事言っていたら、気づかないうちに横から取られちゃうわよ。 ルイだって、ユウトには負けるけど、女の子にモテるんだから。 それにルイは女慣れしてるし、不自由してなさそうだし」
(最後の方、悪口みたいになってないっ?)
フィンはふわふわの銀の髪をタオルで巻いてアップにしていた。 大人っぽく見えるが、訳知り顔で10歳児にしか見えない少女が言うセリフではない。 フィンの様子に、仁奈と華からは苦笑しか零れなかった。
「あ、そうだっ。 明日、瑠衣くんとデートすればいいよっ」
華が今思いついたかのように、雑な感じで仁奈に話を振って来た。 華の棒読みに、仁奈はいったいどうしたと驚いた。
「華?!」
「そうね、それはいい考えかもっ」
フィンも同じように棒読みで賛成する。 これは絶対に誰かに頼まれたな、と仁奈は誰の差し金か理解した。 仁奈は目を細めて呆れた顔を華とフィンに向ける。
「分かったわ。 誰かさんに行くわって言っておいて」
『だ、誰にも頼まれてないよ。 ね、ね! フィン』と分かりやすく華とフィンは動揺した。 フィンも慌てて『うんうん』と頷いた。 瑠衣はきっとお詫びのつもりなのだろう、そして自分は決して浮気者ではないと言いたい様だ。 かくして、明日は瑠衣と仁奈のデートが行われる事となった。
(別に、お詫びとかいいのにっ)
仁奈はそれでも楽しそうに、鼻歌を歌いながら、明日の為に早寝する事を決め込み、露天風呂を出るのだった。 楽しそうにしている仁奈を見た華とフィンが『素直じゃないわね』と苦笑を零した事にも気づいていなかった。
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