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17話 『瑠衣の浮気、再び?』

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 テッドとの闘いを終えて、瑠衣たちは魔道具の街に戻り、いつもの生活に戻っていた。 いつもの様に店を開けて、いつもの様に『羽根飛び団』としての依頼も受けていた。 以前、テッドの行方は分からない。

 そして当たり前だが、レヴィンも店には来なくなった。 テッドの事も気になるが、瑠衣たちにも日常という現実がある。 金を稼がなくては生活が出来ない。

 ある日の夕方、ダンジョン帰りに瑠衣は運悪く、またもやボルドに捕まり、例の店に連れて行かれていた。 ボルドのお気に入りの店、老若男女が出会いを求めて集う酒場だ。

 店に入ると、奥の4人掛けのソファーセットを選んで座り、瑠衣は深い溜め息を吐いた。 本当は断るつもりでいたが、テッドの事もあり、飲みたい気分でもあった。 夕方にボルドと一緒に店へ突撃され、あれよあれよと言う間に、瑠衣は連れて行かれたのだ。

 「俺は、2・3杯飲んだら直ぐに帰るからな。 後は自分でどうにかしろ」
 
 ボルドは爽やかに片目を瞑り、笑顔で答えた。
 
 「分かってるって、ありがとうな。 ルイ」

 仁奈もテッドの事もあって、あまりうるさく言わなかった。 しかし、席につくなり、瑠衣は直ぐに若い男女に囲まれた。 ボルドは後から来た若い男に隅へ追いつめられ、泣いていた。

 ボルドの様子に瑠衣は、頬を引き攣らせた。 瑠衣は内心でボルドに同情した。 瑠衣とボルドに同性愛を否定する気持ちはない。

 (今回も駄目だな、ボルドの奴っ)

 瑠衣とボルドの恋愛対象は女性、そして、ボルドは女性にモテたいが為に、ここに来たのだ。 ボルドに同情していたからか、対応が遅れた。 瑠衣の隣に座った少女が腕を絡めて来たのだ。 ボルドの羨ましそうな視線が瑠衣に突き刺さる。

 (やばっ! 油断してた)

 穏便に離れてもらう為にも、瑠衣は少女を無下にはせず、腕を取られたままにした。 話をしないで冷たい態度でいれば、諦めて次に行くだろうと、瑠衣は思っていた。

 少女を見向きもしない瑠衣は、少女の口元が妖しい笑みを作った事に気づかなかった。 瑠衣がブランデーを煽った瞬間、ぐらりと頭が揺れた。

 (あれ? この酒、こんなにアルコール強かったっけ?)
 
 ぐらついた瑠衣を支えた少女が、心配そうに見つめている。
 
 「あの、大丈夫ですか?」
 
 瑠衣はチャンスだと思い、絡めていた少女の腕をやんわりと振りほどいた。
 
 「ああ、大丈夫。 悪いけど、離れてくれる」
 「えっ」

 瑠衣の思った通り、少女は相手にして来ない瑠衣に飽きたのか、次に入店して来た男性にすり寄って行った。 小さく溜息を吐いた瑠衣は、ソファーの隅っこで泣きながらワインを飲んでいるボルドに声を掛けた。

 ボルドに言い寄っていた男性は、別のターゲットを見つけていて、既にボルドから離れていた。

 「おら、ボルド。 帰るぞ、気が済んだだろう?」
 「ルイ~~。 なんで俺、女の子にモテないんだろう?」
 
 べそをかいているボルドを瑠衣は目を細めて呆れた。
 
 「お前がガツガツしてるからだろう。 ボルド、結構有名だぞ。 女漁ってるって」
 
 瑠衣の話にボルドの頭に岩が落ちた様だ。 分かりやすく顔を青ざめさせている。
 
 「嘘っ! まじでっ!」
 「ほら、分かったら帰るぞ」

 瑠衣がボルドに手を伸ばすと、腕にちくりと痛みが刺した。 身体の異変に袖を撒くり、痛んだ箇所を見たが何もなかった。 不思議そうに顔を顰めて、気のせいだったかと思い、瑠衣はボルドを引っ張って酒場を後にした。


 瑠衣が店を出て行く後ろ姿を、先程、瑠衣に寄って来た少女が妖しい笑みを浮かべながら、面白そうに見ていた。 少女は瑠衣が飲んでいた同じブランデーを煽ると、眉を顰めた。

 (まずっ! まだ、お酒の味は分からないな。 しかし、全く気付かなかったな。 油断大敵だよ、ルイさん。 悪魔の言う通りに魔力を流して視たけど、やっぱりルイさんたちってこの世界の人間じゃなかったんだ。 結構、波乱万丈だね。 ふふっ、ルイさんの過去の出来事を利用すれば、面白い事になるかもっ)

 どうやら、テッドが流した魔力に微量な黒いオーラが混じっていたらしい。 黒いオーラを使い、瑠衣の過去を覗き視たようだ。 闇に落ちないくらいの微量だった為、瑠衣は体調が悪くなっただけで、無事だったらしい。 テッドには、ベネディクトには出来なかった能力があるようだ。 テッドは、店を出た瑠衣に思いを馳せた。

 (次に会う時が楽しみだよ、ルイさん)


 瑠衣は迎えに来てくれた風神と一緒にボルドを家まで送った後、隠れ家まで急いでいた。 背中に悪寒が走り、大きなくしゃみが出た。 頭の中で風神の声が聞こえる。

 『主、風邪か?』
 「大丈夫だ。 ちょっと、悪寒が走っただけだ」
 『それを人間は、風邪だと言うのではないか?』
 「本当に大丈夫だって、家に帰って仁奈と一緒に露天風呂で浸かれば、元気になるよ」
 『ふむ、それはラブラブというやつだな』
 「おまえ、そんな言葉、何処で覚えてくるわけっ!」
 『ん? 主の頭の中だが。 それがどうした?』
 「まじかよっ!」

 瑠衣が隠れ家に着くと、仁奈は予想通りまだ起きていて、瑠衣の帰りを待っていた。 恥ずかしがって嫌がる仁奈を抱き上げて、瑠衣は露天風呂に足を向けた。 ちょっぴり騒がしい2人の夜が更けていった。

 ――数日後、テッドの事も和らいだ頃『羽根飛び団』へ直々に依頼が来た。
 
 隠れ家の近所の農場に住む、老夫婦の依頼だ。 いつもの様子で朝食を済ますと、店に向かう瑠衣たちの元に、1体のポテポテがやって来た。 指のない丸い手に、1通の手紙が張り付いている。

 『ギギッ、お隣さん、からっ、ギギッ、ですっ!』

 ギギッと顔を震わせながら話すようになったポテポテには、絶対にいつまで経っても慣れないだろうな、と華以外の瑠衣たちの表情に出ていた。

 瑠衣たちは取り敢えず、意思疎通が楽になった事だけ良しとしようと、自身を無理やり納得させた。 手紙を優斗に渡すと、ポテポテは食堂を出て行った。 ポテポテの後ろ姿を眺めながら、瑠衣がポツリと呟いた。

 「相変わらず、『ですっ!』が『Death(デス)っ!』に聞こえるなっ」

 瑠衣の呟きに、優斗たちから乾いた笑いが小さく漏れる。 手紙を開く擦れる音が耳に届き、裏庭にある露天風呂に設置した鹿威しの音が小さく聞こえる。 長閑な空気が流れる食堂に反して、不穏な声を優斗は出した。

 「大変だ。 ブレアさんとこの闘牛が数頭、逃げ出したらしい。 捕まえて欲しいって」
 「あらら。 で、報酬は?」
 「ソーセージ1年分と、シンディーさんの手作りジャム1年分」

 にこやかな笑みを浮かべながら、優斗がブレアからの手紙を左右に振った。 手紙がゆらゆらと、優斗の手で揺れる。 瑠衣たちの口元に笑みが零れる。

 『羽根飛び団』の面々は、二つ返事でブレアからの依頼を引き受けた。 フィルとフィンは、お互いの手を打ち合わせ『ソーセージ1年分』と小躍りしている。 フィルとフィンの様子を見て、1年分が一瞬でなくなりそうな予感に、瑠衣たちから乾いた笑い声が零れた。

 「勿論、行くでしょ! 早速、倉庫に行って道具を揃えないとっ」
 「あ、仁奈っ! 私も行くよっ」
 「ハナ、ニーナ、待って! わたしも行くわっ」
 「今日は、店は休みだな。 ポテポテに臨時休業の札を出してもらおう。 風神からポテポテに連絡を入れてっと」
 
 瑠衣と仁奈が、口々に次の行動を話す。 仁奈は華とフィンを連れて、庭に建てた倉庫へ向かった。
 
 「瑠衣、俺が転送魔法で行って来る。 今日はポテポテの定期報告の日だから」
 「ユウト、ぼくも一緒に行くっ!」
 
 フィルは優斗の頭の上に飛び乗り、器用にバランスを取った。
 
 「分かった。 じゃ、俺は風神と先行して、ブレアさんから詳しい話を聞いてくるわ」
 「ああ、頼む。 用が済んだら俺も直ぐに行くから」

 瑠衣たちはそれぞれの準備と、用事を終わらせ、お隣のブレアの農場に向かった。

 ◇
 
 お隣と言っても、ブレア宅とは森1つ分は離れている。 馬車で2・3時間の距離だ。 ブレアとどのように連絡を取っているかと言うと、隠れ家を守っている森の入り口に、2・3体のポテポテが待機して警備している。

 ブレアには、森の入り口に手紙を置けば使いの者が、『羽根飛び団』に手紙を届けてくれると伝えてある。 手紙の主が置いて行った後、見つからない様にポテポテが手紙を取りに行くのだ。

 何故なら、ポテポテの容姿は、見慣れない人には恐怖しか与えないからだ。 後は、隠れ家の所在地を知られない様に、入って来られない様にしている。 勇者の力の事もあり、色々な人がいるので、住処はなるべく知られない方がいい。

 瑠衣は準備を済ますと、風神に跨った。 軽やかに駆け出した風神は森を抜け、草原へと足を向けた。 森の入り口で見張りをしているポテポテたちが、瑠衣に向かって行ってらっしゃい、と手を振っていた。 瑠衣もポテポテたちに応えて手を振った。 闘牛を探す時間も考え、早めに着きたいと瑠衣は思っていた。

 「風神、同化してスピードをあげるぞっ」
 『承知した』

 風神の声が頭に響くと同時に、風神と同化する感覚が全身を駆け巡った。 鞍もない状態だというのに、瑠衣はバランスを保ちスピードを上げた。 周囲の景色がもの凄い速さで流れていく。 白いマントが、後方に引っ張られるように伸びた。

 2・3時間かかる距離を瑠衣と風神は30分程で駆け抜けた。 徐々に風神はスピードを緩め、程なくしてブレア宅に辿り着いた。 農場の入り口で状況を確認すると、闘牛の小屋と囲っている柵が壊れている。

 瑠衣は風神から降りると、囲いの柵に作られている入り口にある鐘を鳴らした。 周囲の草原と農場中に、鐘の音が鳴り響いた。 何回か鳴らすと、広い農場の奥から馬が駆けて来た。

 馬に騎乗している人物を見て瑠衣は大きく瞳を開いた。 騎乗していたのはまだあどけない少女で、ブレア宅では見た事がない少女だった。

 「えっと、君は?」
 
 にっこり微笑んだ少女は、可愛らしい声で挨拶して来た。
 
 「私、ブレアおじいさんの遠縁で、エミリーといいます。 あなたは『羽根飛び団』の方ですか?」

 幼そうに見えるエミリーは、しっかりとした挨拶をして来た。 エミリーを見て呆けている瑠衣を眉を顰めて、訝し気に見つめて来た。 エミリーの視線にハッと我に返った瑠衣は、咳払いしてから慌てて自己紹介した。

 「ああ、ごめん。 俺は『羽根飛び団』のメンバーで、名前は瑠衣だ。 ブレアさんから依頼を受けたんだけど、本人はいないの? もしかして、闘牛を探しに行ってしまった?」
 
 エミリーは眉を下げて顔を横に振った。
 
 「いいえ、ブレアおじいさんは、その、少し無理をして闘牛を追いかけて、腰を痛めたんです。 今は、家で休んでいます」
 
 エミリーの話を聞いて瑠衣は呆れた顔をした後、苦笑を零した。
 
 「ああ、それはブレアさんらしいな。 それじゃ、家に行って状況を聞こうか」
 「はい、お願いします」
 
 エミリーの笑顔に、瑠衣の胸の奥が小さく騒ぐ。 瑠衣の異変に気付いた風神が声を掛けて来た。

 『どうした? 主、あの雌に興味が沸いたのか?』
 (やめろっ! 雌とか言うなっ! ただの古傷がうずいただけだ)
 『古傷とは?』
 
 (お前には関係ない)
 
 瑠衣は風神との繋がりを、一時的にシャットダウンした。
 
 (幼いけど、雰囲気と顔もあいつに似てる。 まさか、名前まで同じとはな。 すっごい他人の空似だな)

 エミリーが先導し、瑠衣と風神はブレアの家へ歩みを進めた。 瑠衣はエミリーの背中を眺めると、小さく息を吐いた。

 ブレアの話では、早朝に闘牛小屋が壊されたらしい。 物音で様子を見に出ると、闘牛が農場を囲っている柵を壊し、逃げ出していく所だった。

 慌てて闘牛を追いかけたブレアは、ギックリ腰になり、瑠衣たちに依頼をする事にしたのだと。 瑠衣は話を聞き、闘牛小屋を見て驚愕した。

 「これはっ、めちゃくちゃだなっ。 闘牛同士が暴れたのか?」
 
 瑠衣の頭の中で風神の声が聞こえる。
 
 『ふむ、外に壁の瓦礫が転がっている。 内側から壊されたのだな』
 「ああ、そうだな」

 風神の言う通り、闘牛小屋は中で闘牛同士が暴れ、いくつもの穴が開き、瓦礫が飛び散り、無残にも壊されていた。 ブレアは何故、闘牛が暴れたのか分からないという。

 瑠衣と風神が闘牛小屋を調べていると、農場の鐘が数回鳴り響いた。 どうやら、優斗たちが到着したらしい。 瑠衣は優斗たちを迎える為に、闘牛小屋を後にした。
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